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妻です

 牛の乳しぼりはできなかったけど、そもそも結構よく見たらいかつい感じだったし、結構独特の匂いもするので近づくことはやめておいた。羊とかはちょっと頑張って撫でておいた。大きくはないし。

 でも思ったほど触り心地もよくなかった。ほとほと、幻想を砕かれる。田舎なんか、空気がキレイでのどかで自然が豊かで果物が美味しいくらいしかいいとこないじゃん。あれ? いいとこめっちゃ多くね?

 まぁそれはともかくあと、養鶏とか回ってから、最後に布をつくっている工場を見学して終わった。


「あー、疲れたー」


 うーんと伸びをする。もう夕方だ。後は屋敷に帰って、明日にはもう帰るんだ。そう思うと、何だか早かったなぁ。


「家に帰ったら、久しぶりにラミのつくったプリン食べたいなぁ」

「は? 何を言っている? ラミがいるのは王都だろうが」

「はっ……そうでした。てっきり家に帰るつもりになってました」


 まだ領地内の館に帰るだけだった。あー、なんか間違った。と言うか、一回帰るって思うと、急に帰りたくなってきたかも。はぁ。


「シャーリー様、私でよければおつくりしましょうか?」

「え、ほんとに?」

「はい。簡単なものはすでに習得しております。それ以外にも、シャーリー様が希望された場合に備えて、一通りのお気に入りのレシピは持ってきていますので、料理長に練習させてからでもよろしければ、なんでもだせますよ」

「システィア……有能過ぎて、ちょっと恐くなってきた」

「……困ります」


 いや、ごめんね。俺の為ってわかってるけど、用意よすぎじゃない?  しかも俺が言い出すまで全く気取らせないで、気を遣わせないし、なんでそこまでできるのか、不思議だ。


「おいシャーリー、馬鹿なことを言うな。その程度、家に仕える人間として当然だ。少なくともそうでなければ、連れてこれるか」

「はー」


 俺、絶対奉公に出るとか無理じゃん。ふー。旦那様と結婚しなかったらそんな無理難題押し付けられた可能性あるとか、びびるわ。


「私、旦那様と結婚して、よかったです」

「! ふ、ふん。脈絡もなく、当たり前のことを言って、どうした」

「私に侍女とか、無理そうなんで」

「……当たり前のことを」


 ちょっと照れたような怒り顔から一転、呆れたように相槌をうたれた。当たり前のことなのか。まぁ、侍女の難易度とか知らなかったし、知ってる旦那様からしたら当然なのか。


「お前には、俺の妻以外の道はない。覚えておけ」


 あ、はい……えへへ。なんか、よく考えたら他に何もできない無能扱いを受けている気がしないでもないけど、ちょっと嬉しいかも。旦那様に独占されている感がして、悪い気はしない。

 他の人なら腹立つけど、他ならぬ旦那様なら、こんな風に扱われるのも、悪くない。


 滞在先の家に着いたら、やっぱり旦那様は今日のお仕事の結果をまとめたりするので忙しいと別れた。夕食くらい一緒に食べたらいいのに、とは思うけど、仕方ない。明日領主館に戻れば、王都よりは夕食を一緒に食べるチャンスがある。

 あれ、これ田舎の利点じゃない? 田舎サイコーだった。まぁでも、不便は不便だし、年中ここだとちょっとね。毎年視察に来るくらいがちょうどいいのかもね。


「ふー、にしても、一日外回ったから、体気持ち悪いなぁ」


 もちろん頭洗って体拭いてもらったけど、なんとなくすっきりしない。昨日もだけど、より顕著だ。もぞもぞしてしまう。


「あまり掻かないでください。傷になります」

「だって気になるんだもん」

「一日歩き回ってお疲れでしょう? 早く寝てください」

「そう言えばシスティアは寝ないの? もう体綺麗にしたのに」

「寝ますけど、ここではついている人数が少ないので、念のためクリフォード様が戻られるまで、部屋についているんです」

「そうだったんだ。昨日もいたもんね」


 そう言えばそうだった。昨日は全然気にしてなかったけど。そういうことだったのか。ふーん。なんか新鮮だなぁ。


「じゃあ寝るぎりぎりまでお話ししようか」

「構いませんよ。眠気覚ましにもなりますし」

「えーっと、じゃあ、面白い話して」

「……面白い、と言う感性は個人の主観に寄りますので、保証はできませんが」


 と言いながら、爆笑はしないけどちょっとくすっとするような、日常あるあるネタを話してくれた。てっきり物語の朗読とかでお茶を濁すかと思ったけど、引き出し広いな。

 ラミは完全にお母さん感覚だったし、あんまり自覚してなかったけど、本当に侍女ってハイスペックなんだなぁ。


 と思いながらベッドの上でまどろんでいると、扉がそっと開いた。


「ん? まだ起きていたのか」

「クリフォード様、お疲れさまでございました。それでは私は失礼させていただきます」

「ああ、ご苦労だったな」


 旦那様と入れ替わりにシスティアが出ていった。


「旦那様、体は綺麗にした?」

「ああ、ここではできないからな。先に済ませてきた」

「なーんだ。やってあげようかと思ったのに」

「……と、思ったが夢だったな。まだだ」

「いやー、そういうのはいいです」


 なに、夢だったって。雑すぎじゃない? まだならするけど、そういうイチャイチャ目的じゃないから。必要ならするって話だから。


「終わってるなら、早くこっち来てよ。手、繋いで寝よ」

「ふん。いいだろう。だが、あまり体を近づけるなよ」

「はいはい」


 このベッド固いし、家自体がしょぼくて護衛も少ない関係上、部屋の割と近くにも配置されている。なので大きな声が出るようなこととか、絶対したくない。旦那様もさすがにこんな状況でまで考えてないみたいだけど、どうやら体が触れたら理性に自信がなくなるらしい。そこは俺も我慢しよう。


 服を着替えた旦那様とそっと手を繋いで、できるだけ離れてベッドの端と端で横になる。

 なんか、離れて手を繋いでいるのって、新鮮で、逆にちょっとどきどきしてきた。さっきまでもう寝るって感じだったから、旦那様のぬくもり感じてほっこりして寝たかったのに。


「ね、ねぇ旦那様、キス、しない?」

「……明日は朝早い、と言うことを忘れているのか?」

「え、いや、キスだけだから」

「却下だ」

「えー、意地悪」

「馬鹿か。最終的にお前が嫌がることをしないための措置だ。馬車に乗るのに、こんな固いベッドでは、腰を痛めたらどうするつもりだ」

「……いや、まぁ、わかったよ」


 だからそういうのは抜きでキスしたいって話なのに。でもまぁ、諦めるけどさ。どんだけ我慢できないの。キスくらいしたって、って、そうだ。二人きりでキスっていっつもそれだし、条件反射なのかも。

 そう言えばこの間、挨拶にもキスしていこうって思ってたけど、実行に移してないや。それをすれば愛情も伝わるし、いつでもキスできて俺も幸せだしいいかも。


「ねぇ旦那様」

「何だ。もう早く寝ろよ」

「寝るけど」


 その前にお休みのキスしようよ、と言おうとしてやめる。考えたらこの流れだとさすがに呆れられるかも。無理にしても、そのまま旦那様がとめてくれる保障ないし。それじゃ意味がない。

 旦那様が絶対できないように、出がけにしなきゃね。


「何でもないです」

「なんだ、気を持たせるな。早く言え」

「ううん。本当にない。言い間違いだった」

「そうか。もし今日の視察で、何か気になることがあった、なんてことでも、遠慮なく言うんだぞ。お前が見当違いなことを言っても笑わないし、もしかすると今までにない着眼点になることもあるからな」

「そういうんじゃないんだけど……んー、今日の感想を言うなら……各地で、奥さんとして紹介されて、妻ですって自己紹介して、奥様って呼ばれるのは、ちょっと良かったかな」

「……今までも呼ばれているだろう?」


 気恥ずかしくて、旦那様の手を握る力を強くしながら応えると、旦那様はより強い力で握りながらそう言った。そりゃ、初めてじゃないけどね。


「あー、門番と護衛はそうだけど、普段そんなに顔合わせるわけじゃないし、なにより何というか、単なる呼び方って感じがするし。こっち来てからも基本名前呼びだし」

「そうか……変えさえるか?」

「え、いいよ。こういうのは、たまに聞くから嬉しいんだし」

「そうか……確かに俺も、お前に夫、と紹介時に口に出されるのは、悪くない気分だったぞ」


 距離があるからか、薄暗い中寝転がっていて顔が見えないからか、旦那様はそんな風に穏やかな声音で言った。どきどき、と言うより、何だか嬉しくてほっこり胸が温かくなる。

 旦那様も、私と同じように思ってくれているんだと思うと、とても嬉しいし、幸せだなぁって思う。


「ふふ、なんか、今更なことで照れるの、おかしいね」

「別におかしくはない。日常ではないことに、通常と異なる反応をするのは当然だ」

「そういうものかな」

「そういうものだ」


 たわいもない会話をしばらくしてから、そっとその手のぬくもりを感じたまま、体の気持ち悪さも何もかも忘れて、ゆっくりと眠りについた。旦那様セラピーだ。


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