視察
無事に夕方には到着した後は、旦那様は急ぎ今日中に確認したいことがあるとか言って、別行動だ。滞在先は割と小さめの、本当にこうやって確認に来る時にだけ使う避暑地みたいな感じだ。と言ってももちろん、直接管理を任せている人とかの家よりは大きいけど。
任せている人は本当に農家の人って感じだ。大きな農地の経営者って感じで人も雇っているみたいだけど、本人もやってるんだろうなって感じの、むっきむき日焼けおやじだった。
夕食を食べてからちょっと暇だし、いつものベッドほどの寝心地じゃないから、起きている間にごろごろする気にならなくて、何人か連れて散歩することにした。まさかの入浴場がなくて、
「システィア、この辺りについて何か知ってる?」
「そうですね、一応、近隣の地図は頭に入っています」
「へえ! 何となく聞いたのに、本当に? すごーい」
「シャーリー様が気まぐれを起こされてもいいよう、常に準備しております」
「職人みたいだね、凄いなぁ」
「恐縮です」
てなわけで、システィアの案内で散歩する。夜中ならともかく、夕方くらいなので街でも外出が禁止されたりはしていないけど、ここは民家もあまりないからか、同じ時間帯なのにかなり暗く感じる。
と思ったらすぐに護衛の人が明かりをつけている。ランプなんか持っていたのか。対応早いなぁ。
「足元にお気を付けください」
「ありがとう」
とはいうものの、左右から明かりを照らしてもらっているとは言え、そもそも地面が舗装されてなくて、小石とか多いし、普通に転んだりもしそうだ。念のためシスティアと手を繋ぐ。
「システィアの手、あったかいね」
「ありがとうございます」
「お礼言うとこなの?」
「そう言われると困りますが、反射的に言いました」
まぁ、そういう事もあるよね。反射的に言うのがお礼なあたり、育ちが出ている気がする。
「ねぇ、システィアも貴族のお嬢様なんだよね?」
「シャーリー様を前にして申し上げにくいのですが、貴族の一端に属してはおります」
「何で申し上げにくいの?」
「貴族とひとくくりに言っても、位が違いますから」
「へー。そうなんだ」
「よほど事情がなければ、基本的に自分より高位貴族へとご奉公することになりますね」
「と言うことは、もし俺がご奉公に出るとしたら……公爵? やばいね」
「そんなことはあり得ませんから、ご安心ください」
「まあもう結婚しているもんね」
「はい。クリフォード様と婚姻されている以上、そのようなことはあり得ません」
いやー、よかった。だって公爵って、確か王様の次に偉い人じゃん? ていうか、王族から分離してできるものじゃん? 一応絶対王族縛りじゃないけど、今のところそれしかないじゃん。
現行の王族と親戚とか、もうそれ王族じゃん。そんな恐い人に仕えたくない。よかった、旦那様と結婚しておいて。
「あ、今ちなみにどこ向かっているの?」
「はい。このまま畑沿いに進んで、水車小屋で道を変えて、反対側の果樹園沿いに戻ってこようかと。そうすれば、適度に就寝時間になりますし」
「いいね。色々興味はあるけど、あんまり無理して、危なくなっても仕方ないし、そうしよう」
「お願いします」
軽く散歩して、途中すれ違う人が数人いたので、ちゃんと貴族っぽく挨拶しておいた。そうしてぐるっと回って帰ってきた。水車小屋が少し高い位置にあったので、ちょっとだけ土地勘がついた気がする。
屋敷に帰っても、まだ旦那様はお仕事のようだ。忙しいのかな? どうせなら、もう一日滞在することにすれば、ゆっくり仕事できるのに。
でも、あっちでもいっぱい領主として仕事あるみたいだし、仕方ないか。何にもできないから、せめて心の中で応援しておいてあげよう。頑張れ頑張れ。
お風呂はないので、桶にお湯を用意して、お湯を浸した布で綺麗になるまで拭いてもらう。髪の毛はまた別に用意した桶に頭を突っ込んで洗ってもらう。
結構大変だったし、頭を洗ったので少しはすっきりしたけど、やっぱりお湯につからないと駄目だな。何回か馬車内で夜を明かすこともあったから、多少は慣れたけど、家の中だから余計に変な感じだ。ここで何日も過ごしたら、体がかゆくなりそうだ。
頭をかきながらベッドに入り、明日を楽しみに眠りについた。
○
「奥様、来月にはこれが赤くなって、収穫するんですよ」
「そうなのね。いいですわね、取れたてが食べれるなんて、贅沢な話だわ」
「へへっ、はい! やっぱり取れたてが一番おいしいですよ、生産者の特権ってやつです」
それぞれ部門で実際に作業している人たちに、確認の為回って話を聞いている。ずっとついていても暇なので、専門的なことを話している間は、その家の子供と一緒に軽く見せてもらっている。
本日三か所目で、果樹園を案内してくれるのは末っ子長男のボッツ君だ。半袖半ズボンでいたるところに傷をつくっている、見るからにやんちゃ坊主だ。
一応、俺の前に出てくる前に着替えたみたいで、服は結構真新しいし、直前で親に顔を拭いてもらっているのがちらっと見えたけど、意味もなく俺や護衛を含めた集団の周りをぐるぐる走り回りながら案内してくれるので、すでに汗だくで、足元は土で汚れている。
「そんでそんで奥様! あっちのが今収穫中のブーボンです! 美味しいんだ! おねーちゃーん!」
ブーボンはブドウの一種だ。お酒にも使われていて、割とすっぱかったはず。ボッツ君は走って現在作業中の果樹園の中へ入っていく。柵の外からでも、よく実っているのが分かる。三姉妹が収穫作業をしていて、姉妹の声は聞こえないけど、ボッツ君が大きな声で食べたいとねだっているのが聞こえる。
「奥様ー!」
すぐにボッツ君が戻ってきた。手には一房のブドウを持っている。そして得意げに見せびらかす。
「もらってきました! 奥様と、みなさんで、食べませんか!」
「まぁ、いいですね。ありがとうございます、ボッツ君」
この子は気が利くなぁ。
一瞬、旦那様も子供のころはこんな感じかな? と思ってからいやいや、と否定する。旦那様は俺の8歳上だ。赤ん坊のころの記憶はさすがにあいまいだけど、10歳くらいの姿は覚えている。すでに貴族然としたクール系お坊ちゃんだった。
子供はやっぱり、こういう感じの方が可愛いよね。将来育てる時には、こんな感じで元気に育ってほしい……いや、まぁ、うん。いつか、育てるのはそうだけど、改めて考えると、照れるなぁ。子供か。えへへ。
ブドウは受け取ろうとして、システィアが先に受け取って丁寧に拭いてから食べ、それから俺の分もむいてくれた。汁で濡れているので、そのまま口に入れてもらう。
それを見ていたボッツ君は驚いたみたいに口を開けた。
「すごーい! 奥様くらい偉い人は、大人でも食べさせてもらうんですね!」
「そうなんですよ」
まあそうじゃない人もいるけど、俺も庶民なら食べさせてもらわないし、そういう事だよね。
「シャーリー、帰るぞ」
「あ、旦那様! お仕事終わりですか?」
後ろから声をかけられ、振り向くと旦那様がいたので、システィアからブドウをもぎ取り駆け寄る。
「見てください。ボッツ君からブドウをいただきました」
「ああ、見ていた。誰にでも餌付けを許すんじゃない」
「何ですか、餌付けって」
ひどい言いぐさだ。まさかボッツ君にまで嫉妬しているんじゃないだろうな? ボッツ君はまだ7歳だぞ。
「ほら、食べてください。あーん」
「……」
口元に近づけると、しかめっ面だけど口を開けてくれた。あ、拭いてないし皮も剥いてないやって気づいたけど、まあ旦那様は頑丈だしいいか。放り込むと咀嚼してくれた。
「美味しいでしょ?」
「ふん。俺が作らせているんだ。当然だ」
素直じゃないなぁ。ま、いいけど。普段から素直過ぎても、気持ち悪いし。
旦那様は恥ずかしかったのか、すぐに俺から離れて、ちょっと離れて待ってたボッツ君の元へ行く。
「おい、少年、案内ご苦労だったな」
「いえいえ! ごりょーしゅ様のお望みとあれば!」
「駄賃だ。どこへでも行け」
お小遣いをもらったボッツ君は、失礼な旦那様の態度も気に留めず、お礼を言うとお姉ちゃんの元へ走って行った。
「次に行くぞ」
「はーい。次はどこですか?」
「次は牧畜だ。羊とヤギ、牛だ。鶏はまた別の場所だ」
「いいですね! 牛の乳しぼりしたいです!」
「お前はまた、変わったことをやりたがるな。できるかわからんぞ」
「そこを旦那様の権力でひとつ」
「馬鹿か。ちょうど子供を産んだ牛がいなければどうしようもないだろうが」
「え? 牛って、年中出すんじゃないの?」
「そんなわけないだろう」
「えー!?」
うそ。特殊な生き物で年中出すんだと思ってた! ええ? え? あれだよね、俺の前世ではちゃんと年中出てたよね? だってそうじゃなきゃ、年中牛乳が売られてるわけないもんね? ……え、でも基本、動物とか果物も、割とおんなじなんだよねぇ。そもそも人間の構造だって同じわけだし……うそでしょ。もう何も信じられない。
「まぁ、もちろん加工品としても使うから、積極的に交配させているが、牛に関してはあまり数がいないからな」
「なんでさ」
「畜産は羊とヤギがメインで、牛は最近始めたものだ。まだ数も揃えていない」
「そうなんですか……あー、なんか、ショック」
「そんなに絞りたかったのか?」
「いえ、絶対年中牛乳を出すと思ってました」
なんか、自分の知識に自信なくなってきちゃった。はぁ。下がるわ。
その後、結局ちょうど先月に乳が出なくなったところと言うことで、できなかった。




