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愛妻弁当

 旦那様に愛妻弁当をつくろうと決めて、練習すること数日。サンドイッチはできるようになった。

 刃物の許可は下りなかったし、火を使うのは正直自分でも恐いから嫌なので、あんまり料理できるようにはなってない。でもサンドイッチができれば、あとはサラダやフルーツでも入れておけば、お弁当には十分だろう。


 一週間もない準備期間にしては、十分な成果ではないだろうか。

 サンドイッチも、用意されたのを挟むだけって感じだし、せめて切るくらいしたいけど、貴族の奥様はそんなことしないって言われたら仕方ない。俺、奥様だからね。


 とうとう出発の日だ。わくわく。本当は向こうについてからのお出かけの時に披露するつもりだったけど、待ちきれないので今日作ってしまった。ふふふ。お昼には目にものみせてくれよう。


「ずいぶんと機嫌がいいな」

「ふふふ。お昼のお楽しみですよ。おっと、これ以上は内緒です。トップシークレットってやつです」


 人差し指で口元にばってんをつくって示すと、旦那様はふん、と鼻をならした。全く、旦那様はいつもしかめっ面なんだから。

 馬車に乗って出発する。夕方前には到着するらしい。そして旦那様がなんかお仕事して、翌日は一日実際に見て回って、三日目の朝に帰ってくるらしい。ふむふむ。ほぼ移動時間じゃん。近いって言ってたけど、まさかだな。


 車でも発明したら、死ぬほど儲かるだろうけど、仕組みがわかるはずもない。自転車くらいなら、見たことないけど理屈はわかるしできなくもないけど、馬車より早くは無理だよね。それに一人一人がのるってなると、貴族が自分で乗るわけないし、需要低そう。あと舗装されてないし、絶対乗り心地悪い。


「うわぁ……旦那様、何でそんな強いんですか?」


 馬車は揺れるので、俺の開発したオセロとかボードゲームは無理だ。なのでトランプもどき(最初からあった。模様とか違うだけでほぼトランプ)で勝負しているんだけど、旦那様くそつよ。なにこれ。チートじゃない? もしかして旦那様、前世チートなんじゃ……?


「旦那様、空飛んだことあります?」

「は? 何を寝ぼけたことを言っている」


 ないか。じゃあやっぱりないのか。前世において、空飛んだことないとか、病院から出たことないレベルの病弱引きこもりしかありえないし。

 うーん。なんでこんなに強いんだろう。コツとかないの? コツとか。


「はぁ? 手管を教えろと言うことか? 普通に楽しめばいいだろう。賭けているわけでもあるまいし」

「普通にしてたって勝ちたいですよー」

「だったら、まずは表情を動かさないようにしろ。手札が丸見えだ」

「! だ、旦那様、私の表情読んでたんですか? 変態!」

「誰がだ!」


 でもそうか。ポーカーフェイスか。旦那様はどうやら社交で外でもよくトランプするらしくて、それで強いようだ。やっぱり数をこなさないとだめなのかな。トランプも、前世でルールは知ってても顔突き合わせてやることってあんまりないし、表情何て気を使ってなかった。


「クリフォード様、じきに次の停留地に到着しますがそろそろ馬を休憩させてもよろしいでしょうか?」

「ああ、そうだな。ちょうど昼時だし、昼にするか。しゃ、ふん。シャーリー、昼にするか」

「え、あ、はい。ちゃんと準備してますよ。システィア!」

「はい。こちらに」

「じゃじゃーん! 旦那様、なんと今日は私の手作り愛妻弁当だよ! 括目せよ!」


 システィアから受け取ったバスケットを掲げると、おお、と旦那様にしては珍しく声に出して驚いてくれた。ふふふ。旦那様と言えど、予想外だったみたいだね。この俺の妻力の高さに、恐れおののくがよい!


「あ、せっかくだし馬車から降りて木陰で食べましょう。システィア」

「はい。すぐに」


 馬車は街道脇の少し開けて馬車を休められるようになっているところに止まっている。そこの奥まった馬車の裏の木陰に大きな布を敷いてくれて、そこに広げてくれた。これで他の馬車とか通りかかっても、外から人には見えないし、ちょっとくらいはしゃいでもいいよね。


「見て下さい、旦那様、可愛いでしょ?」

「ん? なんだこれは。皮をわざと残しているのか?」

「ウサギさんです!」

「……ああ、ここを耳に見立てているのか」


 果物を可愛くカッティングしてもらったので、自慢してみる。もちろん俺の手はいっさい入ってないけど、指示したのは俺だから、半分くらいは俺作と言っても過言ではない。

 しげしげと可愛いウサギさんの果物を手に持って見る旦那様、なんかちょっと可愛い。


「食べて食べて」

「……ふむ。ほら、口を開けろ」

「へ?」

「早くしろ。俺に恥をかかせる気か」

「あ、あーん」


 口を開けると、ものすごく眉間にしわを寄せた旦那様が仏頂面のまま、俺の口に果物の先端を入れた。しゃくり、と反射的に噛む。甘酸っぱい。と感じてから、一拍遅れで心臓が高鳴る。

 あ、あーんて! なにそのバカップル! てかそういうのこの世界であるの!? う、恥ずかしい!


「な、なにを赤くなっている。お前は侍女にしょっちゅうやらせているだろうが!」

「う、あ」


 確かにやらせている。指先汚れるような濡れたのとか、ナイフフォークつかうまでもないものとか、結構だらけて最初と最後の一口を意味なくやらせたりしてる! でも、それはあくまで侍女で、女同士でお仕事だからで、そんな、旦那様にされるとか!


「だ、旦那様……」

「ば、馬鹿か。何を考えている。そんな顔を、人前でするな」


 さらに言えば、今のは完全に不意打ちだし、システィアとか見てた。人前であることがより羞恥に拍車をかけ、眉をよせて唇を震わせていると、旦那様まで顔をほのかに赤くした。

 それを振り切るように怖い顔になって、吐き捨てるようにひどいことを言う。そんな顔って、旦那様のせいなのに。こんなことを人前でするからなのに。


「そ、そんな顔とか、俺はいつでも可愛いもん!」

「馬鹿か! 可愛いから問題なんだろうが!」

「へっ」

「! だ、黙って食っていろ」

「う、うん」


 とりあえず旦那様が持っているかじった分を受け取り、残りを食べる。うう。味がよくわかんない。心臓バクバクするようぅ。

 黙って口を動かしながら旦那様を見ると、そっとサンドイッチに手を伸ばしていた。ちゃんとしたご飯らしいものを食べてもらうのは初めてだ!


 改めて、緊張でドキドキしながら見守る。旦那様は躊躇わず口に入れ咀嚼する。

 どう? どう? 美味しい? 愛情感じる? 伝わってる? って聞きたいけど、黙れって言われたから静かに口パクで尋ねてみる。


「……何をしている?」

「喋っちゃダメって言うから、口パク。旦那様、貴族なんだから読唇術つかえますよね?」

「わけのわからんことを言うな」

「あれ、ないんですか? こう、唇の動きで何言ってるか読み取るやつですよ」

「んん? ああ、確か、ろう教育にそんなものがあったような。教育学のおまけ程度に乗っているようなものだろう。ろう教育はろう教育で学問としてあるが、通常の教育学の範疇ではないぞ。相変わらず、妙なことには知識が深いな」

「ふふふふ」


 前世の賜物だね。とはさすがに人前では言えないので、言葉を慎む。って、そうじゃない。褒められて嬉しい。じゃない。愛妻弁当を褒められたいのだ。知識とかどうでもいい。


「で、美味しいですか? 愛情伝わってますか?」

「……まぁ、美味いぞ」

「やった。えへへ。ありがとうございます、旦那様」


 わーい。褒められたー。第一段階クリアだ! これでちょっとは愛情伝わってるよね? 今後もガンガン伝えていくぞ!


「ふん。別に、思ったままを言っただけだ。と言うか、お前が礼を言うのはおかしいだろう」

「え、そうですか?」

「ああ、作ってもらったわけだしな」


 あ、確かにそうかも。愛情表現とは言え、旦那様の為に作ったわけだし、お礼を言われる立場かー……、なんか、だからってわけじゃないけど、その、ちょっとキスとかしたいな。うーん。なんていうか、恥ずかしいけど、もうこの間も顔そらされた状態であんなことしたし、軽くちゅってくらいなら。

 さっき凄いドキドキしたし、褒められて嬉しいし、もうちょっとイチャイチャしたいっていうか。あー、でも、直接言うのって、はしたなくない? 恥ずかしい……。


「あの、じゃあ、ご褒美、ください」

「……ふん。そんなことだろう。なんだ、言ってみろ」

「ええ、そんな、私の口からは言えません。もう、自分で考えてくださいよぉ」


 全く、真面目に考えたら、すぐわかるでしょ。もー、旦那様、手抜きしないでよね。

 旦那様は私の言葉にむっと眉を寄せている。しょうがないなぁ。ヒントをあげよう。私はそっと、旦那様の唇をつつく。


「わ、やわらか!」


 え、確かにいつも気持ちいいけど、触ってもこんなに気持ちいいんだ。旦那様の唇、魔性じゃん!


「な、なにをしている」

「え、ヒントですよ。してほしいご褒美のヒント。わかりません?」

「……お前は、ねだるのが下手くそにもほどがあるだろう」

「え、そ、そうですか? そんなこと言われても……旦那様以外にしたことないし、初めてなんだもん」


 おねだりが下手くそとか、逆に上手でも怒りそうだし、旦那様理不尽。と言うか、恥ずかしいのにほぼ説明したんだから、早くしてよ、もー。気持ちさめてきちゃうじゃん。


「そうか。いいか? シャーリー」


 旦那様は大真面目な顔で、子供に言い聞かせるような声で私の名前を呼ぶと、ぐい、と私の腰を抱いて抱き寄せた。思わず手を出して、旦那様の胸にそえる。

 う、たくましい。冷めてきた気持ちがまた早くなる。


「そういう時は、黙って目を閉じるんだ。この間みたいにな」


 この間、と言われて、アンジェリカに泣かされた夜を思い出す。確かにあの時は、言葉もなくキスしてもらった。でも、それはベッドで二人きりで、もともと雰囲気良かったからで、て言うか、昼間の屋外でそんな思い出すようなことを言わないでよ!

 と思うけど、でも、それ以上にキスされるんだってどきどきしてしまって、私は黙って目を閉じた。


「ん」


 触れた旦那様の唇に、私は旦那様の胸元の手に力をこめて応えた。


 なお、たっぷりキスした後は、恥ずかしいので終始黙って食事しました。

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