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旦那様視点 俺の妻が可愛すぎる件について

 以前より世界一可愛かった妻だが、最近はより愛らしくいじましく可愛すぎる為、少々寝不足気味だ。しかしより仕事ははかどる。むしろ、これにより妻の生活を支えていると思うと、以前は面倒だったことまで楽しくさえ思えるから不思議なものだ。


「クリフォード様に急ぎご確認いただきたいことがございます」


 そんな折、その妻についている侍女がやってきた。そんなに急ぐことなど、妻に関することしかあり得ない。シャーリーは無垢なので、時々びっくりすることをするのだ。


 内容を聞くと、何やら俺に料理を作りたいと言う。そんな危険なことを、と反射的に却下しそうになるが、俺の為にと言われれば、仕方ないことだ。妻は俺を愛しているので、あれこれとしたくなるのだろう。可愛いやつだ。

 もちろん危ないことはさせられないし、料理なんて覚えたら、万が一勘違いが重なり俺と仲違いした場合に、できるから別れてもまた庶民として生きていける等と言う思考になっては困る。何があろうと別れる等とあり得ないが、そう思うだけの能力を身に付けさせるのは望むところではない。


 なのでレシピなど覚えないよう、分量も手順も全てコックが主導し、下拵えなどは先にすませて妻に料理に必要なことを悟られないようにすること。

 もちろん危ないことも禁止だ。刃物を持たせないは当然のこと、火には近づけさせず、そもそも視界にはいるところで火をつけない。どうしても見たいと言うなら侍女の後ろに十分に距離をとり、万が一を考えて手には防護の為に分厚い手袋をつけさせ、無邪気に伸ばされる妻のたおやかな手を守らせる。

 等、料理をするにあたっての最低限の注意点を全て述べた。


 後は料理のことは俺は門外漢なので、料理人に確認をとり、とにかく危なくないように行うよう指示をした。


 その後クッキーをつくり、俺に差し入れることになったと報告があった。俺に内緒にと希望していたと最初の報告にあったが、変わったらしい。

 侍女の誘導の結果らしい。妻につけている侍女は、以前からラミの推薦によりつけていただけあり、妻の呼吸をよくわかっているようだ。うまくやっているようだし、都に戻ったら何らかの報奨を考えなければな。


 そしてさらに、俺を驚かせようと侍女の格好でやって来ると言う追加情報もあったが、今日は来客予定もなく屋敷内でのことなので当然問題はない。即座に許可を出す。

 妻はどんな格好をしても可愛いことは言うまでもないが、妻が使用人をするなんて、あり得ないことだけに色々と楽しいではないか。

 本当に妻が使用人として働けば、すぐに失敗をしてしまうし、何より可愛すぎてすぐ雇い主に目をつけられてしまうだろう。しかし妻は元の生まれを考えれば、実のところあり得ないことではないのだ。

 もし俺のもとに妻が使用人見習いとしてやってきたなら、と考えるだけで胸が熱くなる。当然すぐに俺のお気に入りとして、自室の整備担当にして、俺の部屋で生活させなければ。


 と益体もないことを考えていると、妻がやって来た。

 ぽてぽてと、どこかふらつくような遠慮のない可愛らしい足音は妻しかありえないので、聞き間違えることはない。


 さあ、来るぞ、と思っていると扉の前でピタリと止まった。


「うん、ちょっと緊張しちゃって。考えたら、旦那様の働いてる姿って初めて見るし」


 どうやら侍女と話しているようだ。ドアの前で普通に声を出せば、普通に聞こえると言うのに、侍女が声を潜めていても何の疑問もなく普通に声をあげる妻は、実に可愛い。


「あ、そうそう。旦那様には気づかれないようにしないとね。絶対黙っててよー? ……。失礼いたします、お茶をお持ちしました」


 入ってきた。気づいてない振りをして顔はそちらへ向けないが、そっと視線をやる。

 俯き気味な姿なぞあまり見ないから、それこそ幼少期に侍女見習いとして入ってきたとしたら心細くて不安でこんな姿なのだろうと想像をかきたてられ、庇護欲がわいてくる。


 しかし、それにしても、ノックをする習慣を教えていないからか勝手に入ってきたが、その動きはなかなか品の良いしなやかな歩き方だ。これなら廊下を歩かれてもわからないかもしれない。やはり覚えがいいし、体の使い方も意識すれば使い分けられるようになったのだ。

 まだ本人に自覚がないのでいいが、妻の覚えの良さには少しだけ危機感を覚えてしまう。心身ともに俺の妻になったので、今までほど無知でなくとも余所へ行く心配はないだろうし、心配が減るとその分妻を自慢したい気になって顔見世くらいはできる程度の作法を身に付けてもらってもいいかと思ったのだが、早まったか?


 いやまだ子供の言葉で泣き出す程度の自制心しかないのだから、問題ないか。妻には是非このまま我慢など覚えない清らかな性格でいてもらいたいものだ。


 妻はちゃぽちゃぽかたかたと音をたててお茶を入れる。茶器も温めずに実に雑なことだ。さては、お茶の入れ方を確認せずに来たな。相変わらず、あわてん坊だな。愛いやつめ。


「どうぞ、旦那様、お納めください」


 またわけのわからない言葉遣いになって、そう妻はそっと俺の机に茶器を置く。そっと添えられているお茶菓子はクッキーだ。何だかとてもいびつな形をしている。なんだこの形は。円ではなくでっぱりがありつまみやすそうな形をしているが、何かを模しているのか?

 妻が少し離れてから遠慮なく俺の反応を見ようと顔を向けてくるので、苦心して目を合わせないようにしながら、そのクッキーに手を伸ばす。


「ん、美味いな」


 当然だが基本的な味や固さ等、今までにも出されたクッキーと変わらない。しかしこれを妻が手をくわえ、あまつさえ手ずから運んだとなれば、それだけで極上になるに決まっている。安心して食べられる前提で、妻が触れたのだ。とても美味い。


「本当!? やったー!」


 俺の言葉に反応して、妻は両手をあげて飛び上がった。まったく、可愛い反応をしてくれるのはいいが、スカートが揺れて足首が見えるかと思った。はしたない。寝室以外で飛び跳ねることは禁止しなければ。


「それ私がつくったんですよ。あ、私シャーリーです。旦那様の奥さんです。ビックリしました?」

「そうだな、驚いた」


 正体をあらわにして近づいてくる妻にそう答えてやると、実に嬉しそうに破顔し、今すぐ口づけたくなる愛らしい照れた顔になる。しかも自分で奥さんと言った。とてもいい響きだ。


「えへへ。お仕事している旦那様、格好良かったです」

「ふん。当然のことを言っても、俺の機嫌はよくならんぞ」


 とは言え、ここは仕事場だ。事前に人数を減らしたとはいえ、セバスに、文官も二人いる。威厳を保っておかなければいけない。俺は顔に力をいれてそう牽制しながら、手を払って文官等を退室させる。話の邪魔だ。おいセバス。お前も出るんだよ。さりげなく部屋に残るな。


「知ってます。でも、本当のことですから。旦那様、とっても素敵です」

「ふん……お前も、まぁ、なんだ。その恰好は、似合っていると思うぞ」

「本当ですか? 嬉しいです」

「ああ。なんならどうだ? 今日は一日それを着てみたらいいんじゃないか?」

「えー。そんなにー。ふふふ。私って可愛いからなぁ」


 なんのてらいもなくそう言って、機嫌よくくるりとその場で回って見せる妻は、今すぐ抱きしめたい可憐さだったが、ここは心を鬼にして注意しなければ。


「シャーリー、スカートの裾が揺れているぞ」

「そうでしょ? 可愛いですよねぇ」


 ああ、とても可愛い。ではなくて、全く通じていない。人前では気を付けろと言っているんだ。誰が衣服の作りの話をしているか。そんなもの、お前が着ていなければ意味がないわ。


「旦那様」


 二人だといまだに坊ちゃまと呼んでくる執事のセバスだが、妻の前では空気を呼んだようでそう呼んできた。しかし、旦那様は妻専用にすると以前に伝えたのに、それを選ぶ当たり、性格の悪さが出ているな。


「なんだ、セバス」

「仲睦まじいのは結構ですが、奥様はさきほどから立ったままですし、そろそろ」

「そうだな。ご苦労だったな、シャーリー。残りも楽しませてもらう。もう行くがいい」

「はーい」


 シャーリーが退室する。名残惜しいが、仕事をおろそかにするわけにもいかない。これくらいがいいだろう。


「奥様は実に可愛らしい方ですね」

「当然のことを言うな。糞爺が、俺の妻に色目をつかうんじゃない」

「ほほほ、坊ちゃま、私がまだ現役ほど若く見える、との褒め言葉と受け取っておきますね」

「ふん。再開だ。呼び戻せ」


 二人になったのは最近では久しぶりなので、つい口が滑った。 退席させていた者を呼び戻し、仕事を再開する。さっさと仕事をして、あの制服を着た妻と楽しまなければならない。

 今夜も寝不足になりそうだが、とても楽しみだ。


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