愛妻弁当への道
「料理をつくりたい、ですか?」
「うん。あ、旦那様から、教育禁止令が出てるのは知ってるよ? でもね、旦那様に作って驚かせたいから、こっそり教えて欲しいんだ」
朝、昨日よりは早く起きれたので、朝からお手紙を仕上げながらシスティアにそうお願いする。
あ、字をまちがった。く、くそぅ。書き直しだ。なんでこのインク消えないのか、まじ不便。
「かしこまりました。準備もありますので、午後からになりますが、よろしいですね?」
「もちろん。いってらー」
システィアを片手で見送り、集中する。今のうちにシスティアのも清書しよう。あとできれば今日のうちに、ラミのも下書きしておきたい。
文章を書くのは苦ではないし、文字を綺麗に書くのは得意だ。旦那様より綺麗なんだから。代筆屋を目指していた時期もあるので、文字には自信がある。
これでアンジェリカも俺を見直すだろう。
アンジェリカとシスティアを仕上げて、両方に封をして、次の下書きに取りかかったところでシスティアが戻ってきた。
ナイスタイミングだ。
「システィア、これ、アンジェリカに出すやつね。あとこれ、システィアに」
「はい? 私に、ですか?」
「うん、システィアにはお世話になってるから、ついでに。あ、あとラミにも書くから、遠慮しないでね」
「お気遣いいただきありがとうございます」
システィアはうやうやしく受け取って懐にしまった。すぐ開けてくれてもいいのに、システィアってば、職務に忠実だなぁ。
それはともかく、システィアはさすが仕事が早い。今から軽く昼食代わりにお茶してる間に、厨房の隅でお菓子作りの用意をしてくれるらしい。
お菓子? って思ったけど、俺の腕前が分からないから、とりあえず簡単なことをやって器用さとか確認したうえでじゃないと危ないって言われたら仕方ない。そう言うのささっと打ち合わせて指示しちゃうとか、システィアできる女だよね。ラミも当然できるけど、システィアは半分以下の年齢だし、凄いなーって思う。ラミだとできて当たり前ーって感じだし。
あ、そうだ。愛妻弁当はもちろんするとして、それ以降にどんなことするか、ちょっとシスティアの意見を聞いてみよう。
「ねぇねぇ、システィアだったら、結婚相手にどういう風に愛情表現する?」
「は? ……そうですね。言葉で伝えれば十分ではないでしょうか」
「うーん。それも大事だけどぉ。それ以外には?」
「…………日々の、日常において、雑事の全てに、愛情を込めることが、一番ではないでしょうか」
とても抵抗しながら答えられた。恥ずかしいのかな? でも、そういうのが聞きたいんじゃないんだよね。そう言うのは俺だってわかるけど、じゃあどうやって具体的に表現するのってことだよ。例えば挨拶一つとっても愛情込めるって……おはようのキスとか?
あ、ありかも。おはようとお休みのキスしたら、楽しそう。じゃなくて、伝わりそう。うんうん。いいかも。やっぱり人の意見聞いたら、考え直したりするからいいね。
「それより、練習するのはクッキーです。上手にできましたら、クリフォード様に差し入れするのがよろしいかと」
「! それいい! システィア、天才じゃない!?」
「恐縮です」
やばい。それも考えてのチョイスだったの? 天才過ぎる。相談する前から、愛情表現につなげてくれるなんて。有能だ。今後もラミの次にシスティアを重用しよう。
まずはダイニングで、お茶をする。朝と言うには遅い時間にご飯を食べたから、今昼食までは食べられない。でもだからって、全く抜きで夕食までは持たないので、こんな時は軽くお腹に入れる程度にしている。
朝食、昼のおやつ、三時のおやつ、夕食。って感じだ。ちなみにお茶に関しては、いろんな種類がすでにあって、気分によって結構変えてる。よくわかんない葉っぱとか、いろんなので作られてる。
前世でも、コーヒー豆つかわない色が黒いだけだけどコーヒーって名前の飲み物とかあったし、なんでもかんでもお茶として扱われている。
この国ではあんまりお茶って売られてないから、取り寄せなきゃいけないんだけど、最近は旦那様が作らせてくれてるみたいで、俺好みなのもあって、結構おいしい。
「あとでクッキー食べるから、今は甘くないのね。あ、お茶は代わりに甘くして」
「はい」
用意されたのは皮つきナッツのピスタチオだった。皮剥くの嫌いだけど、あんまり事前に剥かれても風情がないので、直前に侍女に一個一個剥いてもらうことにしている。
ミルクを入れた甘いお茶を飲んでから、ピスタチオを食べる。ちょっと濃厚な感じがして、塩味もきいていて、お茶にまけてない。
なかなか好きな組み合わせだ。そうだ。一緒に口に入れたらどうだろう。
「システィア、ちょっと俺がカップ持ってるから、そのまま口にいれて」
「はい。いきますよ」
上を向いて口を開けて、カップから口に注いだ状態でスタンバイして、いれてもらう。ぼり、ぼりと噛みしめる。ふむ。塩味がありつつも甘い。食感がいいのは変わらなくて、面白い味だ。
「ありだね」
「そうでしたか」
「システィアも食べてみなよ」
「いえいえ、シャーリー様とご一緒になどと恐れ多い。後日こっそり楽しませていただきます」
「そっかー。また感想きかせてね」
「はい」
軽食を終えて、用意ができたとのことなのでキッチンへ向かう。キッチンは当然ながら前世のシステム的キッチンと違って、なんかいかつい感じだ。無駄に大きいし、ちょっとびびる。う、火が丸見えだ。
実物の火なんて、前世では見ないから、映像じゃない火ってちょっと雰囲気あって恐いかも。熱気を感じる。
でもビビッていられない。ここでビビってるのが知られたら、過保護なシスティアのことだ。やめましょうとなるに決まっている。それに、旦那様のためだもん。頑張らなきゃ。
○
システィアに紹介されたコックの指示通りに行う。と言っても、生地を混ぜたり入れるナッツを選んだりするくらいだ。分量とか用意されてる。
それでも、結構疲れる。成形もなんか、べたべたして大変だった。なんか思ってたのと違う。
「あ、そう言えば、型ないの? なんか、かわいい動物のとか」
「型、ですか? 何のですか?」
「クッキーを動物の形にするために、金属の枠だよ。それを押し付けたら、もうその形になるでしょ? そういうのないの?」
コックが言うにはないらしい。何でも、クッキーを成形する段階で手を加えて、肖像画みたいにしたのは一昨年発表されて、モデルになった女王のお気に入りになったらしいけど、一般的にはわざわざ何かの形にしたりしないらしい。
これはもしや、クッキーチートが始まってしまうのではないだろうか。と思ったけど、なんかこんなべちゃべちゃしてたら、型抜きできる気がしない。一つ頑張って猫の顔につくってみたけど、なんか指にくっついて波立つし、おかしい。クッキー自体が違うのかもしれない。
そう言えば、自分の記憶の中で動物の形してるクッキーは固めだった。こっちは噛んだら崩れる感じだし、物が違うのかもしれない。でも、前世でお菓子作りなんかしたことないし、よくわかんない。とりあえず旦那様に相談だけしておこう。
「あとは焼きあがるのを待つだけです」
「やったー。楽しみだね」
「そうですね。では危ないので、部屋に戻りましょうか」
「そうだね」
部屋にも戻って、手紙の下書きの続きをする。
「あ、そうだ。旦那様に持っていくとき、システィアと同じ格好しようかな。驚かせたいし」
「……では、用意してまいりますね」
「お願いね」
旦那様どんな反応するかなー。楽しみ。
システィアは部屋を出て行き、クッキーが焼けたよって報告が来るより早く戻ってきた。手にはもちろん、システィアとおなじ使用人の服がある。
メイド服はスカートが長くてエプロンつけていて、シンプルな奴だ。ふりふりしてないし、今まであんまり気にしてなかったけど、着るとして俺の好み的にもいい。さっそく着させてもらう。
「どうどう?」
「とてもよくお似合いですよ」
「本当に? システィアみたいに仕事できる女に見える?」
「そう、ですね。仕事ができそうな外見かどうかについては、主観により諸説別れるところでありますが、そのように見受けられますね、はい」
何かややこしいけど、見えるってことだよね? 全くシスティアったら、旦那様じゃないんだから、そんな照れずに素直に褒めてくれたらいいのに。でも似合うんだからいいよね。
旦那様にばらした後、どんな反応するかな? わくわくしてきた。ふっふっふ。見てろよ、旦那様。無様にうろたえるがいい!