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水遊び

「ここだよ」

「やはり、湖か。ここは拓けているし、涼しくて過ごしやすいからな」

「やめてください。ちゃんと驚いてください。頑張って見つけたのに」

「……まあ、頑張ったな」

「うん!」


 へへへ。よかろう。俺は優しいから、簡単に許しちゃうんだぜ。


「ちょっと遠かったですけど、その分他の人もいませんし、アイドルの旦那様でも安心でしょう?」

「は? あいどる? またぞろ、妙なことを言っているな」

「ああ、えっと、街だと、旦那様って領主様って知られているから、気を抜けないでしょ? ってことです」

「まぁ、そうだな、お前にしてはいい気遣いだ」

「ひどい。私はいつでも、旦那様のことを一番に気遣っていますのに」

「ああ、そうか」


 あれ、普通に相槌うたれた。別に照れてくれるとか、感動してくれるとかまで望まなくても、少しくらい喜んでくれてもいいんじゃない? なんで、呆れた感じにスルーなの?

 ま、まあ心の広い俺は、別にそれをスルーするけど、なんだよ。


「でー、ここでお茶にしまーす。システィア、用意して」

「かしこまりました」

「急にだらけたな」


馬車の壁にもたれて足を延ばして、語尾を伸ばし気味に指示をすると、システィアはこの間のリハーサルと同様にきびきび対応してくれたけど、リハーサルにない余計なちゃちゃがはいってきた。


「べっつにー、なんでもないですー」

「どこがなんでもないんだ。と言うか、馬車からわざわざ出て休むのか」

「ん? そうですよ。馬車の中じゃ、せっかく来た意味ないじゃないですか」


 見えるだけで意味がない。せっかくなんだから、湖の脇でレジャーシート敷いてしないと。システィアもいくら布を敷こうと地面に直接座るなんてと最初は抵抗したけど、絶対するって言ったら妥協してクッションを敷くことにしてくれた。


「お待たせいたしました」

「あ、はいはーい。じゃ、行きますよ、旦那様」

「わかったわかった」


 旦那様の袖を引いて促し、勢いよく馬車から飛び降り


「ふぎゃ!?」

「おい! 気を付けろ」


 足元がつまずいて、地面に転がり落ちるかと思ったら、旦那様が後ろから腰を抱き上げて助けてくれた。


「わー、び、びっくりしたー。旦那様、ありがとうございます!」

「まったく。おちおち目を離していられないな」

「え、目を離すつもりだったんですか? ずっと見ていてくださいよ」


 夫婦なのに、目を離すつもりでいるとか。言葉の綾だと思うけど、新婚なんだから、ちょっとくらい気を使ってほしいものだ。旦那様ってば、そういうとこほんと駄目だよね。

 旦那様がゆっくり俺を地面におろしてくれたのに、ねぎらいでぽんぽんと軽く肩をたたいてあげながら、俺はそう注意する。


「……ふん。お前に言われるまでもない」


 わかってくれたならいいんだけど、最近気づいたけど、ふんって旦那様が言う時って照れてる時なのかな? 特に今照れる要素なかったけど。

 気を取り直して、用意された湖脇のシートの上に靴のままのる。ホントは靴脱ぎたいけど、室内でも靴脱ぐ文化がなくて、はしたないって言われるからしゃーなしではいたままだ。まぁ、この後脱いでたら危ないしね。


「ささ、旦那様。ここは私がそそいであげます」

「ん? ああ、そうか。悪いな」

「こういう時は、ありがとう、でしょ?」

「……ありがとう」


 カップを渡して、そこにお茶をそそぐ。もう入れてくれてるから注ぐだけだけど、愛情を追加しているんだから、味は変わるよね。美味しくなーれ美味しくなーれ、なんてね。

 注いだら、砂糖とミルクもいれて、ふーっと息を吹きかけて冷ましてから、旦那様に促す。


「ささ、どうぞ」

「あ、ああ。いただこう」


 旦那様は口をつけて、ふっと笑った。

 柔らかい微笑みで、見ているだけで安心するような、ずっと見ていたくなる気持ちになる。こんなに素敵な顔をする人が、旦那様なんだって、自慢したくなってしまう。

 なのでシスティアを振り向いた。声に出して言うと、旦那様はきっと照れてまた眉をよせたしかめっ面をしてしまうから、無言でにこっと笑って自慢する。


「……」

「? ……! !」

「おい、シャーリー、何をしているんだ?」


 は。システィアが無反応だから、つい駄目押しで眉を寄せたりして顔で示してしまった。しかもそれでも伝わらない上に、旦那様に気づかれて変な目で見られた。

 く、くそ。システィアには後でめっちゃ自慢してやる。


 それはそれとして、旦那様には誤魔化そう。


「なんでもないです。私はいつでも可愛いですけど、なにか?」

「まあ、いいが」


 よし、誤魔化した。

 自分の分も入れて飲む。用意されたお茶菓子も口に入れる。ふむ。美味しい。バターの香りがいい。甘いけど、お茶とよくあう。はー。馬車に乗った疲れが取れる。

 足を延ばして旦那様に凭れ掛かってゆっくりする。湖の遠くに、水鳥が泳いでいるのが見える。可愛い。広いからか風もそこそこ吹いていて木陰なのも相まって、涼しいし、とてもリラックスできる。


「旦那様、癒されました?」

「ああ、そうだな。悪くない」

「素直に、サイコーって言ってもいいんですよ?」

「ふん」


 流すつもりだ。ま、いいけど。旦那様への癒しも目的だけど、これはデートなのだ、当然俺も楽しんでこそ、お互いの為になるデートになる。と言う訳で、そろそろメインイベントとしますか。


「旦那様、そろそろ」

「ん? もう帰るのか?」

「そんなわけないじゃないですか。はい、立ってください」

「あ、ああ。なんだ? 追いかけっこでもするのか?」


 手をひくと、戸惑ったように立ち上がった旦那様だけど、すぐににやっと笑ってからかうようにそう言った。怒ってますよアピールに、その手を放して先に湖に近寄る。


「もう! 旦那様、私のこと子供だと思ってません? そんなわけないじゃないですか」

「悪い悪い。で、何をするんだ?」


 素直についてくる旦那様に俺はにんまり笑って、しめしめと振り向く。湖のすぐ際に立つ俺に、旦那様が半笑いで俺の腰に軽く手を添えた。


「あんまり近づくと、落ちるぞ」

「落ちません。だって、降りるんですから」

「なに?」


 旦那様の手を掴んで、思いっきり湖に向かってジャンプした。


「は!? お前は!」


 当然、俺のように非力な女の子が手を引いたくらいで、旦那様が動かされるわけがない。だからこそ、俺は我が身も顧みずに転ぶ勢いでジャンプすれば、旦那様は必ず助けるため、湖に入る。


 俺の完璧な計画通り、旦那様は勢いよく湖に足を踏み入れ、両手で俺の腰を掴んで抱き上げた。

 わお。こんな子供みたいに腕の力だけで持ち上げられるとか。旦那様、マジで怪力。びっくり。


「何をしているんだ、お前は」

「ふふふ。旦那様、降ろして降ろして」

「おい、怒っているんだぞ? わかっているのか?」

「わかってます。でもこのままじゃ、顔も見れないですよ」

「……」


 降ろしてもらった。膝まで水で濡れる。冷たくて気持ちいい。降ろしてもらえないかなってちらっと思ったけど、濡れることも俺への罰だと思ったのかな。でもこれこそ、望み通りだ。

 意気揚々と旦那様を振り向く。旦那様はむうっと眉をしかめて腕を組んでいる。こういう真面目な顔、どきってしちゃうなぁ、もう。

 私は思わずはにかんでから、誤魔化して大げさに笑顔になって、両手で水をすくって旦那様にかけた。


「おい、何をするっ」

「あははっ、水遊びですよっ。今日は水遊びデートです!」

「お前な! 子供扱いするなと言っておいてこれか!」

「こっこまっで、おいでー」


 怒り出す前に、転ばないようにスカートの裾を軽く持ち上げて走る。


「お前! やめろふざけるな!」

「わっ! え、そ、そんなガチで」


 なんかめっちゃ本気で怒られてる感じで、勢いよく手を掴まれた。結構痛くて手を離すと、スカートが水面に落ちた。それを見てから、旦那様がほっとしたように手の力を緩めた。

 え、そこ? そこに怒ってたの?


「お前なぁ、何を考えている。本当に子供じゃないのだから、スカートを持ち上げる馬鹿がいるか。しかもこんな野外で」

「ちょっと水面まで持ち上げただけなのに、そんなに怒らなくても。私たちの連れしかいないのに」

「駄目だ! 例え何であろうと、男にお前の肌を見せられるか!」

「ええっ、旦那様に見られてるよ!?」

「俺は別だ! 阿呆が!」


 いやまぁ、知ってました。ちょっとボケただけだ。だって、膝上って言っても、水面ぎりぎりだし、他の人も湖には入ってないから距離あるし、何にも見えないでしょ。


「うー、じゃあ、もう持ち上げないから、水のかけあいっこしませんか?」

「……今回だけだぞ」

「やった。旦那様、大好きです」

「ふん。調子のいいことを言いよって」

「そーれ、くたばれ旦那様!」

「お前ふざけるなよ!」


 全力で水を掛け合ったので、びっちょびちょになった。着替えを用意するようちゃんと言っておいたので、帰りも全く問題なかった。


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