進路相談中
「あら、シャーリー。こんなところで何してるの?」
中庭の薔薇園の隣で、侍女から借りてきてもらった洗濯用具で、俺のちょっとデザインの気に入らないドレスを一着もみ洗いしていると、後ろから声をかけられた。母だ。
振り向くと、花でも見に来たのか日傘を持った侍女を連れた母がいた。たらいを中心に回って、洗いながら返事をする。
「あ、お母様。見てわかりません? 洗濯です」
「どうしてそんなことを? 侍女の仕事でしょ。とってはダメよ」
「練習ですよ。家を出た後の」
「呆れたわ。あなた、まだそんなことを言っていたのね」
「え、なんですか、その反応。いいんじゃないって言ってたのに」
「まあ、言ったけれど」
けれどって、何だかふわっとした返事だなぁ。まぁ自由がモットーで責任と言うのが嫌いな母なので、基本的に力強く断言することってあんまりないし、前言撤回するのも珍しくないけど。
「とにかく、それで練習ですよ。もちろん、これくらい簡単だと思いますけど」
「あなたのその自信って、どこから来るのかしら」
「やだなぁ、ただ洗うだけじゃないですか。よしっ、あとは濯いで干すだけです」
「ちゃんと汚れはとれたの? 一度ちゃんと広げて確認してみなさい」
確かに、長い服なので立ち上がって持ち上げないと全体像は見にくい。言われた通り立ち上がり、肩部分を持ってひろげてみる。
「ん? こうやって見ると、シミがありますね」
「やだぁ、なぁにその黒い汚れは」
「インクです。私の汚れ落とし能力を試す為、意図的にインクや泥で汚しました」
「落ちてないわ。と言うか、そこまで汚れたら、交換するしかないわよ」
「そうなんですか? お母様も以前は洗濯とか自分でされてたんですか?」
「しないわ。実家でも就職先でも洗濯婦はいたもの」
え、確かに貧乏ではないって聞いていたけど、母の実家ってそんな使用人居るような家だったの? 本当に何で娼婦になったのか謎すぎる。縁を切って出てきたってことだから、詳しく聞いたことないけど。
「そんな無駄な努力をするより、使用人付きの旦那様でも探した方が早いわよ」
「そんな無茶を。私、上流階級って苦手なんですよ。お母様みたいに奥様とかそういうの性に合わないですし」
「不思議よねぇ。あなたってずっと、ここで暮らしているのに、話し方も思考も、妙に庶民的なのよね」
「きっと血筋ですよ」
「ふーん。まあいいけど。ちゃんと片付けておくのよ」
「はーい」
どこの馬の骨とも知れない男の子供なのだし、そういう事にしておけばつっこまれないだろう。と言うか俺としては、むしろ母の方が疑問だよ。何のためらいもなく奥様してるんだから。
あと、ちゃんと敬語つかってるのになんで話し方まで駄目だしされたんだろう? うーん。普通にしてるつもりだし、むしろ前世の文明人的感覚があるから、思考だって中世の未発達国の庶民とも違う気がするんだけど。貴族的かと言われたらわかんないけど。
でもまあ、確かに、あまりうまくできなかったし、そのうえで、めんどくさい。この大きい服を洗うのってめんどくさい。しかも毎日とか無理だし、週末にまとめるとしたら大量にあるわけだし。クリーニング屋とかに任せるしかないか。
兄と話して、成人後について話してから、自分なりに家事の練習をしてみたけど、どうにもうまくいかない。父にも相談したら、そうか、確認しておくって言われたけど、あれって就職先見つけてくれるって意味なのかな?
もう庶民に羽ばたく前提でいたから、直前の今になって別ルート表示されても困るんだけどなぁ。
「あ、クリフォードお兄様。いいところにっ」
「む、ど、どうしたんだ? シャーリー、お前から声をかけてくるなんて珍しい。ふん。どうせ、なにか企んでいるんだろう?」
片づけを侍女に頼んで、部屋にもどろっかなーと思っていると、途中の部屋からお兄様が出てくるのが見えたので、声をかけて走りよった。驚いた顔で返事をしてから、また悪そうな顔になって憎まれ口をたたくけど無視する。
「そんなことより、私の進路どうなったんですか?」
「進路? 妙な言い方をするな。成人後の身の振り方を聞きたいということか。お前でも、気になるのか」
「そりゃそうですよ。一か月もしたらこの家を出るのに、まだ決まってないんですから」
「……その件は、却下したはずだぞ」
「え? そうでしたっけ? まぁとにかく、お兄様は私をどうするつもりなんですか? 政略結婚でキモイおっさんと結婚とかは遠慮したいんですけど」
「き、きも……んん。シャーリー、貴様、この家で育ててもらった恩を忘れたのか」
兄は何だか図星っ、とでも言いたげに目を見開いてから、ぎんっと今まで以上に睨み付けて威圧的な声を出した。
うええ。何その反応。マジですか。いくら俺が女になっても、キモイおっさんはさすがに勘弁!
俺は兄に詰め寄って、内容を詳しく聞き取ろうと話しかける。
「えっ、なんですかその前振り。まさか本当に? えー? ひどくないですか? あれですか? だれも嫁に来てくれないキモイ行き遅れでデブで不細工で性悪の、そんな糞野郎にコネのためだけに私を売るってやつですか? ひどっ! ひどすぎる! お兄様の私への愛が感じられない!」
混乱してきてついズレたことを言ってしまった俺に、兄は珍しく感情を出した狼狽してますって感じの顔になって大声をだした。
「あ、愛などとふざけたことを言うな! んんっ、が、別に、そう言う、お前を売るわけじゃない」
そしてつい、とでも言いたげにボリュームを下げて、咳払いして、そう兄は否定した。
「あれ、そうなんですか? じゃあなんですか? 庶民にはさせないってことは、余所の貴族の家でのご奉公とか、あ、いい感じで適度にいい人のところにお嫁に出すとかですか?」
適度で格下で逆らえないところに厄介払いするってことなら、面倒もないし、俺の自由とかある程度尊重されそうだし、優しさと打算の妥協点なのかもしれない。奉公の方がいいけど。
庶民になるつもりだったけど、それだけで迷惑をかけるんだっていうなら、確かに育ててもらった恩もあるし、ある程度従うつもりだ。
「お前みたいなやつを、余所に奉公になんてだせるものか。聞いているぞ。掃除も料理も、ろくな結果じゃなかったんだろう」
「ありゃ。じゃあお嫁入りですか……」
正直、自分が男だって意識があるから、男と結婚しろって言われたら反射的に嫌だって思ってしまう。だけど、女として生まれて長いし、生理的な体の動きにも慣れたし、街を歩いたときに男に胸とか見られたって気づいたときに、恥ずかしい! と思っても同性からそういう風に見られたって気持ち悪さは感じてない。
単に前世も今も経験ないからかもだけど、嫌だけど、まぁ結婚するってなったら我慢できないことないと思う。極力避けたいし、嫌は嫌だけど。
だから例えば、兄が権力的に俺に強く出れなくて、無理強いしないような気弱で優しい、俺って言ってもひかなくて自由にさせてくれる人を探し出したって言うなら、結婚してもいいかなって思う。
「わかりましたよ。でも、絶対いい人にしてくださいよ。私、返品されて帰ってくるとか嫌ですから」
覚悟を決めて嫁いで、そういう事まで我慢したのに、前世の記憶のせいで俺がちょっと普通の令嬢と違うからって返品されたら最悪だ。次ってなると、今度こそ変なおっさんに嫁がされる可能性もある。
兄にしてもそれは手間になるだろうし、悪評につながるから気にしてくれるだろうけど、一応念をおしておかないと。
「返品って……お前は、言葉遣いがおかしい。そんなお前を、普通のやつにやれないことはわかっている。安心しろ。離縁されることは、絶対、ない」
「あ、もう決まってるんですか」
「あ、ああ……」
ふーん。って納得したいけど、何ですか、その片言っぽい返事。恐い。いつも自信満々な兄が、こんな目をそらして返事するとか、おかしいでしょ。
「お、お兄様。相手って、いったいどんな方ですか? イケメンですか? 私でもメロメロになっちゃう感じですか?」
「お前の言ってる言葉の意味がわからんが、相手は……その、まぁ、世間的には、悪くない評価だと思うぞ。顔立ちだって、わりと褒められてるし、背も平均よりある。家はそこそこ名の知れた家だし、不自由はさせない。お前のような人間を、社交界に連れ回そうなんて無謀なことだって考えてないし、学びたいなら、その意思を尊重してやってもいい」
「はぁ……そうなんですか。じゃあ、期待してます」
やばいな。全然期待できそうにない。いや、内容はわからないでもないよ?
見た目よし、家柄よし、性格も俺のことわかったうえで尊重してくれるつもりらしい。らしいけど、なんなのその言い方。
そこまで調べて調整してくれたのは嬉しいけど、兄がこんな口調で、いかにもフォローしてます感しかないとか、マジで不安しかない。評した以外の部分にどんな地雷が埋まっているのか、考えただけで恐ろしい。
と不安100%の俺の返答に、それでも兄はほっとしたように息をついて俺の顔を見た。誤魔化せたと思っているところが馬鹿だな。
これで、父いわく、とても優秀な後継者で回りにも自慢で成果を上げているんだから、貴族楽勝すぎじゃない? 俺男だったら貴族目指してたわ。女だし無理だけど。
「とにかく、そう言うことだ。これは決定だ。だから、その……心を決めておけ」
「わかりました。……あの、ところでその、多少変な人でも諦めますけど、性癖とかで変態じゃないですよね?」
女として抱かれるとしても、変態プレイは勘弁してほしい。
「ば!? 馬鹿か! この、変態め!」
え、これ質問するの自体が、俺が変態って言われるレベルなの? うーん。それなら、兄が口にするのもはばかるとしても、大したことない可能性あるか。
うん、前向きに考えよう。




