デートしよう
こんなど田舎に来て、それでも二日に一回お出かけすること一週間。ついに旦那様とのデートの日がやってきた。
全く、気をもたせてくれる。旦那様ときたら、連れてきたくせにこんなに長く待たせるなんて。でもちゃんと今日のデートに備えて、昨日の夜も我慢してくれたし、許してあげる。
「まずは、ここがおすすめの露天商です。犯罪者もまじってる、とってもスリリングなとこですよっ」
「お前な、外出を禁じたくなることを言うんじゃない」
比較的まともなやつしかいないと言われた。まぁ、あの後も何回か来たけど詐欺だけで、暴力沙汰とかいかにも、なのは見てない。腐っても、領地内ではメインの街の中心街らしい。まぁ、旦那様も父もその父も、ずっと手塩にかけてきた自慢の領地らしいから、あんまり言ってあげないでおこう。
実際、治安が悪いとは思わないし、ただ田舎なだけだし。生産メインなんだから、仕方ないよね。
「もしかして、旦那様は全部のお店把握してたりするんですか?」
「完璧にとは言わんが、申請内容や場所は把握している」
「えぇ、すごい! 旦那様、すごい!」
まじかー。そんなの、あっちにいた時も把握してたとか無理だろうし。こっちきてもう覚えたってこと? まじすご! あの父が、自慢の息子ーとかって言ってたの、親ばかだろうと思ってたけど、まじで有能だったのか。記憶力チートかよ。
「ふん。そう声高に言うほどではない」
旦那様はめっちゃ得意げだ。どや顔可愛すぎか。
それにしても、なんか、周りの人の態度違うなぁ。もしかして、旦那様顔割れしてるのかな? 今まで普通のお嬢様その1でやってきたのに、これから領主夫人として扱われちゃうのかどきどき。
って、いや、普通に館ではそう扱われているのか? 前からの扱いと全然変わってないから、何も意識したことなかった。
「ここの焼き鳥美味しいんですよ」
「なに、こんなところで買い食いしていたのか」
「え、何で批難口調? ちゃんと、毒味終わるまで待ってますよ?」
「……まあ、いいだろう」
なんでそんな大袈裟な感じに許可だしてんの? もったいぶるなぁ。恩をうるつもりか? そんなことしなくても、旦那様から離れるつもりとかないのに。
購入する。いつも愛想のいいおっさんだったけど、いつも以上ににこやかで、いつもお嬢ちゃん美人だから一本サービスだったのに、旦那様に向かって美男美女で素敵ですねって三本サービスってされた。
どういうこと……? 俺が一本で、旦那様分が二本って、俺より旦那様の方が、顔がいいってこと……?
なんて、なんてね! さすがにそんなわけないよね。あれでしょ。旦那様への賄賂でしょ。領主だって顔知られてるんだし、旦那様って多分この街のアイドルなんだろうし、しゃーないなー。
「旦那様、一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「私、旦那様より可愛いですよね?」
「……俺と比べて勝って、嬉しいのか?」
「嬉しいから、保証が欲しい」
「……俺より、いいと思うぞ」
微妙に濁されたけど、目的は旦那様を衆人環視の元恥ずかしがらせながら可愛いって言わせることじゃない。旦那様主観で、俺の方が顔面偏差値高いって思ってるなら、OKだ。
素直に喜んで、旦那様の左腕に軽く抱き着く。こうやって腕組むくらいはいいよね。
「お、おい……人前だぞ。控えろ」
「え、あ、ごめんなさい」
注意された。これ駄目だったのか。今までは外だと知り合いに見られたら恥ずかしいから、やっても旦那様の服の袖つかむくらいだったけど、旅先だし、テンション上がって、ついしてしまった。
でも旦那様からしたら、ここも旅先じゃなくて、顔なじみがいるってことだよね。悪いことしてしまった。
と、頭では思うけど、旦那様からスキンシップ断られた。ショック。
「お、おい。泣くな」
「いや、泣いてはないけど」
ショックを受けたけど、泣いたりはしないって。逆にそんなに動揺されたら、こっちが驚くよ。ごめんね、ちょっとうつむいたから紛らわしかったね。
「そうか。まあ、何だ。そんなにしたいなら、少しくらいは、構わんぞ」
「あ、ありがとうございます」
ま、まあ、別に? 傷ついていたわけじゃないし、どうしてもってことはないけど、でも旦那様がそこまで譲歩してくれるなら、大人になってあげてもいいかな。
そっと、お上品に見えるように右手で旦那様の左腕の肘部分を添えるように軽くつかむ。そっとエスコートするように固定されていて、何だか、人混みが全然ないから、今更ながらあからさまにいちゃついている気になってきて、ちょっと恥ずかしい。
ちょっと口数が少なくなりながら、旦那様と一緒に食べられる場所まで移動する。さすがに、旦那様と立ち食いはできない。広場の端っこにあるベンチに座る。座る前に、システィアがベンチを拭いてくれる。システィアは本当に気が利くなぁ。
じっと見ていると目が合ったけど、にっこり笑って無視された。旦那様を見てろってことかな。
「ふん、まぁ、悪くないな。素人だが、物がいいからな。こいつは、東2広場の裏の養鶏場と組んでいたはずだ」
え、まじでそこまで覚えてるの? まじひくわ。仕事できて素敵! と言うレベルじゃないじゃん。まぁ、そういう部分が0でもないけど。
露天商も、他の店舗も一通り冷やかして、お昼はちゃんとしたとこで食べてから今度は馬車移動だ。町中だけじゃなく、ちゃんと郊外まで足を運んでデートスポットを開拓しておいたのだ。さすが俺。ふふふ。
「どこまで行くんだ?」
「ついてからのお楽しみですよー」
「この先は……湖のあるあたりか」
「見ちゃダメ!」
馬車の行き先を覗き込もうとしてくる旦那様の顔を、慌てて両手で挟んで自分の方を向かせる。勢い余ってぐきって音が旦那様から聞こえたけど、聞こえないふりをする。だって旦那様が悪いし。
「おい」
「なぁに? 旦那様ったら、恐い声をお出しになって」
おほほ、と誤魔化す。旦那様はため息をついてから、開き直ってじっと俺の顔を見てくる。あ、ちょっと近くないですか?
「だ、旦那様? 近いですよ? 踊り子さんにはお手を触れないでください?」
「触れているのはお前だ」
「そ、そうだけど。だって、旦那様がぁ」
「甘えた声をだすな、口を合わせるだけだ。さっさと目を閉じろ」
合わせるだけだって、キスじゃん! 何さらっと言ってんの!? こんな大して広くもない馬車に、何人も乗ってるし、システィアなんか俺が寝転がって手を伸ばしたら届くくらい近いんだよ?
「な、なに言ってんの。そんなの、人前でできるわけないじゃん」
「安心しろ。誰も見ていない」
「そんなわけ……」
助けをもとめようとぐるりと首を回して、全員が痛くない? って聞きたくなるくらい首をひねって可能なかぎり顔をそらしていた。い、いつの間に。場所は移動しないのに、全力で顔そらしてる。システィアなんて、距離近いからか、体もひねって完全に後ろ向いてる。
「やぁ。恥ずかしいよぅ」
「黙れ。俺が耐えている間にさっさとしろ」
いや、どこら辺耐えているのか……え? もしかして、本当はもっとしたいけどキスで耐えてくれるってこと? えー……い、嫌じゃないけどさぁ。そう言う察しちゃうことを、人前で言わないで欲しいんだけど。
どんどん旦那様が顔を近づけてくるから、仕方なく俺は観念して目を閉じた。暖かい慣れた感触が唇に合わさると、遠慮なく開かれて俺の唇がふにゃふにゃにされる。
「……んふぅ……、んぅ」
やだぁ、変な声でちゃった。旦那様が、勝手に口の中までいれてくるから。私はやだって言ったのに。聞こえちゃうじゃん。もうやだ。恥ずかしくてどきどきして死にそう。
「はぁ……旦那様の馬鹿」
「ふん。お前に何と言われようと、何とも思わん」
ようやく離されたから苦情を言ったら、旦那様はにやにやした顔でそう言った。なにさぁ。ひどい。人に馬鹿馬鹿気安く言う旦那様は、自分が何とも思わないから、人にも言うのか。くそぅ。なんかダメージのある悪口ないかな。
「むむむ……旦那様のはげぇ」
「何を言うんだ、お前は。俺のどこが禿げていると言うんだ。んん?」
「ぐ、ぐゆ」
頬っぺた引っ張られた。え、これはダメージ受けてるの? 面白がってるの? どっち?
悔しいので引っ張り返してやろうと、旦那様の頬に手を伸ばすけど、その手を掴まれる。何ということでしょう。優しく包み込んでるんじゃない。強い力じゃないのに、抵抗しにくいじゃないか。
そんな感じでやいやいしていると、馬車は目的地に着いた。




