ど田舎じゃん
「うーん。飽きた」
「シャーリー様、そのようなことを仰っても、負けは負けですよ」
「うるさい。別に負け続けてるから言ってるわけじゃないもん!」
視察先の街についた。道中暇で暇で仕方なくて、旦那様にちょっと八つ当たりしたりもしたけど、無事についた。それはいいけど、お仕事とか言って、旦那様はここでのまとめ役を任せてる人とすぐに出かけてしまった。
館の人には紹介してもらったし、侍女のシスティアにも慣れた。慣れたっていうか、前から知ってたし、俺のラミとの会話も丸聞こえなわけで、普通に話すようになっただけだ。
でも、ここにきてもう、三日もたつ。なのに旦那様と来たら、忙しいと夜もろくにお話できないくらいだ。
お仕事で来たのはわかってるし、だから無理を言うつもりはないけど、でも暇なものは暇だ。
時間が空いたら案内してやるから大人しくしてろ、と言われたから我慢してきたけど、これじゃ軟禁状態だ。
手慰みにオセロつくらせたけど、何でこんなに連敗するのか意味がわからない。システィア、なんで手加減しないの? 最初にするなって言ったけど、それはあくまで俺が本気出しちゃうぜって前振りであって、初めてやるあなたが三連勝したあたりから空気読んで。段々差を広げて勝ってるんじゃないよ。上達が早いなぁ天才か。
「仕方ない。出かけようか」
「何かお急ぎの用がおありですか?」
「もちろんないけど」
「でしたら、せっかくクリフォード様がご一緒にと仰られているのですから、もう少しお待ちになったほうがよろしいかと存じます」
わかってる。俺だって、初めてのこの街を、旦那様が案内するって形で楽しもう。デートしようってことなのはわかってる。だからここまで待った。でも、仕方ないじゃん? 飽きたんだもん。
「大丈夫大丈夫。今日のお出かけのことは内緒にして、あたかも初めてですって顔してれば問題ないって」
そうすれば、俺も楽しいし、旦那様も満足する。WINWINってやつだ。うんうん。
「え、いえ、しかし」
「大人しくしてろとは言われたけど、出るなって言われたわけじゃないしね。別に護衛の人がいない訳でもないでしょ?」
「それはそうですけれど」
「はい、じゃあ決定」
問答するのも面倒なので、さっさとお出かけしよう。服をさっと脱いで、用意してって無言で促すと、諦めたらしく用意してくれた。
護衛の人も揃えたので、お出かけする。おや? 人数は王都と一緒だけど、半分知らない顔だ。全員連れてくるわけにはいかなかったし、旦那様にもついているから仕方ないか。
「初めましての人もいるけど、今日はよろしくね。あと、旦那様にはお出かけしたこと内緒だからね」
「シャーリー様、念のためにお伝えしますが、雇い主はクリフォード様ですよ」
「え? なにそれ、裏切ります宣言なの?」
「私は一応、シャーリー様専属として、あなたを第一に考えるようにクリフォード様から指示されています。ですが、彼らはそうではありませんから、仮に話が伝わっても、仕方のないことだ、と後ほどシャーリー様が傷つかれないようお伝えしているだけです」
「うーん。なるほど。でも大丈夫だよ。だって私可愛いから、旦那様より私のお願い聞きたくなるでしょ?」
システィアの言うことはわかるけど、こんなどうでもいいことなら、可愛い俺のお願いを優先するでしょ。なんか旦那様の不利になることでもなくて、むしろ旦那様のためになる嘘なんだから。
「……そうかもしれませんね。出過ぎた真似をして申し訳ございません」
「ううん。心配してくれたのはわかってるから、ありがとう」
さて、気を取り直して出発だ。
この領地は割と大きい方らしい。中心となる街がひとつあって、それより規模の小さい複数の町と、その周辺に複数の村々がある。それぞれ畜産業とか、色々していて複数の生産業に貢献しているらしい。で、領主の館は当然中心の街にある。
その街の一番大きい中心街の近くの丘を上がったところにあるのが、滞在する領主館だ。で、館を出ました。はい。
「わー……土地広いなぁ」
上から見下ろした印象、建物より地面の方が多い。そんなに高いわけじゃないのに、建物が集中してる繁華街かなってあたり以外の市街地も丸見えだ。土地余ってる感。実際は農地だったりで使ってるんだろうけど。
王都は一応、普通にどこ行っても建物と人ばっかで、農地とか全然近くになくて視界に入らないレベルだった。あれくらいとは言わないけど、ここまで田舎感あるとは。
まぁ、前世でもここまでの田舎って写真でしか見たことないけど。通りが一本違うだけでもう畑みたいな感じが、すごい田舎って感じする。
ま、まぁまぁ。避暑に来たと思えば、田舎OKだよね。むしろ、今まで経験ないほうがいいんだから。うん。王都より田舎なのは想定してたし、想定以上の田舎だっただけで。
気を取り直して中心街へ向かう。護衛と侍女を連れてるからか、ちょっと注目を浴びている。うーん。王都では貴族が在中していて当然だから、こんなに注目されるなんてないから、変な感じだ。
商店街では、自分の店の前で持ち帰り用に屋台や出店みたいな形で商売してるのはあるけど、屋台だけとか露天商と言うのは、大広場でしている以外は禁止されている。でもここではそうじゃないらしく、あちこちに地面に布をひいて露天商をしている人や屋台を引いている人がいた。
大広場はお店を出すお金がないだけじゃなくて、よくない系で許可が出ない人もいたから、大広場に行くこと自体が禁じられていたから、遠目でしかみたことない。
じっくりと露天商を冷やかしていく。
「わー、これ可愛いね」
「これはこれは、お嬢様。お目が高い。そちら、当店でも自慢の一品となっております」
わーい。うさんくさいぞ。
小汚いパッチワークの布の上に、ちょっとしたアクセサリとか小物がいっぱいあった。ちまちまして可愛い。チープ感がいいね。売主は髭の濃い、いかにもなおじさんだ。
ぶっちゃけ、大したことないってのは一目でわかるけど、だからこそのよさというのがある。だからシスティア、そんな嫌そうな顔しないで。
俺が気になったのは、熊をかたどった木彫りの人形だ。可愛い。口を閉じて歯を出して、怒ってる感じが、ちょっと旦那様みたいだ。
「そちらはかの有名な彫刻士、ボルドー氏の初期作品なんです」
「えー、ふふふ」
何言ってんのこの人。そんなわけないじゃん。ボルドーって確かに有名だけど、宗教系の彫刻家だ。初期作品なら動物もあり得ないとは言わないけど、それなら5万って金額は安すぎだし、なにより、ボルドーって教会出身で初期作品は全部教会に寄付されていて、全部に名前があるはずだし、ないない。
いい加減な文句をさらっというとか、この人詐欺師なのかな。詐欺師って初めて見た。こんなにわかりやすく、悪そうな詐欺師がいるものなんだ。面白いなぁ。
「これ可愛いから買うよ。システィア、お金」
「お嬢様、騙されてはいけません」
あ、お嬢様って初めて言われた。詐欺師の前だし名前隠してるのかな? だとしたら、名前で呼んで申し訳ないけど、別に騙されてるわけじゃない。ボルドーのじゃないってわかったうえで、可愛いから欲しいのだ。
「やだな、わかってるよ。教会が手放したとしても、刻印があるはずだしね」
わかってますアピールすると、システィアはほっとしたように微笑み、それから詐欺師に厳しい目を向ける。
「その通りです。自由市が許可されているとは言え、詐称は犯罪です。すぐに衛兵を呼びましょう」
「お、おいおい。言いがかりはやめろ。どこにそんな証拠があるって言うんだ」
「まぁまぁ、面倒だし衛兵はいいよ。買いたいし。あ、でももちろん金額は適正しか払わないけど」
「……わかりました。しかし、このような品に適正金額など……」
「100分の一でいいんじゃない?」
「承知しました」
「お、おいおいおい! 黙って聞いてりゃなんだ! 証拠もなしに勝手なことを! 難癖つけて無理やり値引きしてかっぱらおうってか! お前らこそ詐欺だろうが! 貴族のふりしてるんだろう!」
あれー。このおじさんからしたら、見逃してあげて商品も買ういいお客のはずなのに、なんか唾飛ばす勢いで怒られた。汚いなぁ。
「お嬢様、反省もないようです。お嬢様の慈悲がわからぬ輩に、これ以上は必要ありません」
「えー、面倒くさいんだけど。貴族の証明ってなんかある?」
「……ありますが、庶民に通じるものではありません。とにかく、衛兵を呼びます。いいですね?」
「わ、わかったよぅ。でもこれは欲しい。旦那様へのお土産にするから」
「は? ……わかりました。ではそのように」
仕方ないから、衛兵を呼ぶことになった。おっさんは逃げようとしたけど、俺の護衛につかまってた。他にも露天商はいたけど、何人か衛兵と顔を合わせたくないのか、逃げ出したりして、ちょっとした騒ぎになってしまった。
王都だと、治安のいい場所にだけ限定されても気にならないくらい広いし、そこではこんな風に問題があったことなんてないのに。困ったものだ。
諸々を済ませて館に帰る。予定より遅くなったなぁ。旦那様まだ帰ってないみたいだ。なんだ。たまには出迎えてもらうのもいいかなって思ったのに。
着替えて、疲れたので夕飯に差支えない程度にお茶を飲んで休憩する。システィアとだらだらしていると、ノックされて返事より先にドアが開いた。
「おい、帰ったぞ」
「あ、旦那様! お帰りなさーい。見てみて、これお土産です。旦那様に似ていて可愛いでしょ?」
机に置いてたお土産の熊の人形を、旦那様に差し出す。旦那様はきょとんとしてから、眉をぎゅっと寄せた。
ん? 今照れる要素とかないよね? もしかして、旦那様は無類の熊好きかっ!?
「そうか。ありがたくもらうが、それはそうと、外出したらしいな」
「あ。そうだった。内緒にしてってお願いしたんだった。まあいいか。そうですよ。旦那様とお出かけする時は、私が案内してあげます」
高らかに宣言すると、旦那様は苦笑して、はいはいと流された。
むう。全然本気にしてない。これは、がっつり街を把握して、びっくりさせろってことだな。明日からも頑張ろう。




