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旦那様視点 妻、可愛い

 俺の妻は可愛い。一度言葉に出して言ってしまったからか、脳内で軽い言葉が気安く出てきて困るが、しかし可愛い。とても可愛い。もう世界中の可愛さを凝縮したとしか思えない。

 貴族男児として褒められたものではないが、シャーリーが俺への愛を自覚して伝えて、あまつさえ甘えてきたので、ついつい、言葉にして可愛がってしまった。恥ずべきことだが、しかし、仕方がない。シャーリーという妻は、世界一可愛い妻なのだから、仕方がない。

 しかもなんだ、俺と私どっちが可愛いかなどと、馬鹿なことを。どっちもまた違った魅力があるに決まっている。シャーリーが自分の意思で変えたりするならまだしも、俺に選べるはずがない。


 全く、可愛すぎると言うのも、罪なものだ。

 だがシャーリーが俺への思いを認めたのなら、もう何も心配することはない。妻は愚かなので、嘘偽りを言うことはない。少なくとも自分について。


「セバス、次回の視察だが、シャーリーを連れて行くことにした」

「そうなのですか。わかりました。そのように」


 と言う訳で、もはや妻が気の迷いで俺以外の者に目を向ける可能性は、万が一にもなくなったのだから、安心して外に連れて行けると言うものだ。視察先で、自由気ままに遊びまわらせるつもりもないが、ここほど目が行き届くわけでもないからな。

 念には念をいれて連れて行かなかったが、心身ともに俺の妻となった今ならいいだろう。と言うか、俺も妻とは離れたくないからな。


 俺の妻は、あれでなかなか心が深いので、俺が誘うまで寂しいだの一緒に行きたいだのと言わなかったが、俺がいない日々など考えただけでつらかっただろう。


 セバスに指示を出せば、後は全てやってくれるが、全てを任せるわけにはいかない。なにより、妻につける侍女の選別は重要だ。もちろん半端な世話では困るが、単に優秀であればいいわけではない。

 元平民と言うことで、よく思っていないものもいる。そんなものは論外として、貴族女性としての常識なんかを親切心で教えようと言うのも問題外だ。妻は今のままで最高なのだから。

 となると、侍女としての技に長けた上で、破天荒な妻に黙って付き従い、かつ絶妙なフォローもできて、そのすべてを受け入れる器が必要になる。

 表だけできても、内心小ばかにするような者も絶対にダメだ。ほんの少しでもぼろを出しては、妻が傷つく。呆れるくらいで、受け入れてもらいたい。となると、どうしても難しくなる。


 急遽決めたことなので、あまり時間がないが、ここで手を抜くわけにはいかない。


「ではこちら、侍女の候補です」

「ん? 早いな」

「遅かれ早かれ、こうなるだろうと思っていたので、準備しておりました」


 ふむ。さすがに、仕事が早いな。俺としては、今年はまだ早いと思っていたから、俺より妻の動向を察しているようでいい気分ではないが、早いに越したことはない。

 確認したら数を絞って、明日にでも、それぞれ面接をして見極めるか。


 予定していなかった内容が差し込まれたことで、多少忙しくなるが、その後の妻との旅行気分を思えば、大したことではない。









「うー……暇ですー……」


 ついに始まった、視察の道程だが、始まって三日目にして我が妻はだらけていた。初日は馬車が街を出るだけではしゃぎ、携帯食料に目を輝かせ、御者台を覗き込んでその景色を楽しんでいた。二日目には立ち寄った村を興味深そうに一回りし、時に意味もなく馬車を下りて並走してみたりと楽しんでいたようだ。

 が、それも三日目には飽きたようだ。早い。まだ半分も来ていない。現在の通常のペースではあと一週間はかかる。もちろん飛ばせばその限りではないが、シャーリーのように鍛えてもいない、現行のペースですら揺れると文句を言う人間には耐えられないだろう。


「ねー、旦那様ー。暇なんですけど。なんか面白い話してください」

「無茶を言うな」

「わかってますよ。だから侍女には言ってないじゃないですか」


 ふん? なるほど。一応、侍女に言えば無理を通せる立場で困らせるとわかっているらしい。

 だが、そう言う気遣いができるなら、俺にももっと気遣ってくれないものか。馬車は二台で、大半の荷物と人は前を行く馬車に乗っているが、それでも護衛二人と侍女一人が、同じ馬車にいる。もちろん御者にだって声は聞こえる。

 だと言うのに、そう気安く俺の膝に頭を乗せて甘えるとは! その頭を撫でて可愛がりたいのを、俺がどんなに我慢しているか。表情だって、しっかりさせなければいけない。


 二人きりではないのだから、俺の威厳が保てるよう、少しは気をつかってしっかり距離を取ってほしいものだ。一応敬語なので、人がいるとわかっているだろうに、室内かのようにくつろいでいる。

 ま、まぁ、もちろん悪い気はしないが。夜だと、こうのんびりくっつくと言う時間はあまりないしな。


「旦那様、いつもは何して時間潰してるんですか?」

「そうだな、普通に本を読むとか、軽く体を鍛えるとかだな」

「本なんか読んだら酔いますよ」

「酔う? 酒も飲んでいないのに何を言っているんだ」

「え? いや、乗り物酔い……しないの!?」

「は? 意味の分からないことを言うな」


 シャーリーはまるで、何かに乗ることで酔っぱらうような物言いをしているが、意味が分からない。確かに、馬車なら少しくらい酒を飲んでも構わないが、乗馬をしながら酒を飲んだら、危ないだろう。


「そ、そうなんだ。じゃあ本読みます」

「そうだな。一応、お前向きのものも持たせている」

「さっすが旦那様、気が利くー。大好き」

「ふ、ふん。お前が、愚鈍なだけだ」


 だ、だだ大好きなどと、気安く口にして。全く、怪しからん奴だ。しかし、まだ昼前だ。今日の夜を宿にしようと思ったら、今からなら急がせれば問題ないな。

 俺は今よりペースをあげるよう指示を出す。少し振動が激しくなったが、本を受け取って

俺から離れて読みだしたシャーリーは、特に気にしなかったようだ。


 また変に勘繰って騒がれても困るからな。大人しくこのまま運ばれていろ。


「う……うぉぉ……だんなさまぁ……気持ち悪い」


 と思っていたのだが、訳が分からないが、シャーリーは体調を崩した。何事かと思ったが、本人曰く酔った、とのことだった。

 意味が分からないぞ、と首をひねっていると、馬車を止めて前に乗せていた医療の心得のある侍女によると、どうやら普段から運動せず、乗馬の技量もなく、馬車移動もしない箱入りすぎる人間には、乗り物にのることにより、気分の悪くなることがあるらしい。

 ゆっくり進む分には問題ないだろうと、本人も認めているので、明日からは問題ないだろう。しかし本日はここまでだ。これ以上シャーリーを揺らすわけにはいかない。全く、本人の意識がないわりに、どこまでもか弱い令嬢なのだから、困ったものだ。


 まぁ、そういう口先ばかり威勢の良いところも、可愛らしいところなので、いいのだけど。予定が潰れたのは残念だ。


 その場で、野宿の用意をさせているのを見ながら、シャーリーは寝転がったまま恨めしそうな声を出す。


「うう……旦那様のせいですよ」

「ん? どうした? 大丈夫か?」

「大丈夫じゃないです。旦那様が、酔わないって言ったから信じたのに、嘘つき」

「人のせいにするな」


 シャーリーのような特殊事例でしか起こらない体調不良の可能性まで把握しているわけがないだろう。俺の指示で早くしたので、少しは悪いと思わなくもないが、ここまではっきり俺の責任にするとは。何と言うふてぶてしいやつだ。くそ、可愛いっ。


「……苦しいのか?」

「……しんどいです。だから、さっさと膝枕して頭撫でるとか、介抱してください。気が利かないんですから」

「お前は、夫である俺に対して、態度がおかしいだろう」

「おかしくありません。病人には優しくするものです」


 人前なのだから、少しは気を遣えと暗に言ったのに、シャーリーは病人などと大げさな物言いで、全く意に介さない。少し休んだら大丈夫だと自分でも言っただろうが。


 いくら何でも、人前で俺が自主的にそこまでしては、あまりに妻の言いなりだと思われてしまう。個人的にはシャーリーだからこそ俺自身の意思でそうしてやりたいくらいなのだが、シャーリーの良さのわからぬ人間にとっては、世間一般の男女で考える。俺だって、もし普通の女を妻にしたなら、そんなことは絶対にしないし、他のものがそんなことをしていたら驚くに決まっている。

 だからこそ、ここは涙をのんで耐えるしかない。


「なんでぇ、何で冷たいんですかー。旦那様のせいで苦しいのに。慰謝料を請求するっ」

「わかった。いくらだ。言ってみろ」


 お金で解決できるなら、それで済ませたい。連れてきている人員は、少数に絞る関係上、信頼のおける者ばかりだが、それでもうかつな隙をそうそう見せるわけにはいかない。


「看病して」

「……全く、仕方のない奴だな!」


 金銭だとばかり勘違いして了承してしまったが、頷いたものは仕方ない。嘘をつくような雇用主だと思われることもまた、問題だ。

 ならば仕方ない。ここは妻の望み通り看病してやるのが、正しい貴族男児と言うものだろう。俺ともあろうものが、簡単なひっかけに引っかかってしまったのは屈辱だが、あくまでプライベートな言葉遊びなのだから、そこはそれほど問題ではないだろう。


 うむ。約束は守らなければならないからな。仕方ない。膝枕をして頭を撫でて、食事を食べさせて、寝るまで見てやればいいんだろう。全く、手間のかかる妻め!


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