新婚旅行かな
「旦那様ー、旦那様ー」
「ああ、シャーリー。機嫌がいいようだな」
「あ、はい……疲れたの?」
夜。疲れた顔で戻ってきた旦那様に、馬鹿ってわざと言わせて反論しよう作戦は一時中止する。
旦那様の後ろに回って上着を脱がせ、肩をもむ。うわ、肩かたっ。力が入りにくいので、ベッドに座らせて、自分はベッドに膝立ちしてもむ。もみもみ。
「ああ、気が利くな」
「今日はお仕事大変だったの?」
「大したことはない。少し寝不足だっただけだ」
「そ、そう」
「ああ。そうだ。以前に言っていた、視察の件だが」
「ん? ああ、日付決まったの?」
「ああ。来月から、三か月ほどな」
「そっかー、大変だね」
旦那様は当主として管理する領地があり、基本的にはその管理は現地に派遣している部下に任せているけど、年数回は視察に行って実際に状況とか確認したりする。普段住んでるここ王都でのお仕事が一段落する頃には長期の視察に行く。往復で3週間くらいの距離だ。
今回 三か月ってちょっと長い気もするけど、いつもどうだっけ? 当主になる前から、父にもくっついて視察行ってた旦那様だけど、その頃はあんまり旦那様に興味なかったし、期間まで意識してなかった。
うーん。まぁ今までのことはいいか。三か月か。ちょっと長いなぁ。せっかく旦那様と仲良くなれたのに、来月には行っちゃうのか。寂しいかも。でも、仕方ないよね。うん。
そうだ、せっかく友達になったんだし、アイリーンと遊ぼうかな。どうせ暇だろうし。
「頑張ってね、旦那様。俺の為に馬車馬のように働いてきてね」
「お前の物言いはともかく、来るか?」
「ん? 何を?」
来るか? え? 胸に飛び込んで来い的な? うーん。今背中側に回ってるしめんどいんだけど。やぶさかではないですが。
とりあえず肩をもむのはやめて、旦那様の顔を覗き込む。振り向いた旦那様の顔によっては前に回ってあげよう。
「何をって、鈍い奴だ。決まっているだろう。領地にだ」
「……え? 視察についていくってこと? 新婚旅行?」
「は? なんだそれは。まぁ、まだ新婚期間と言えるし、旅行とも言えるが。あくまで仕事だからな。遊んではやれないが、まぁ、たまにはいいだろう」
新婚旅行ではないのか。まぁいいけど。旅行かー……いいね。っていうか、そもそも俺、どっかに遠出とか全然してない。この街から一歩も出てない。
確か昔、行きたいなーって言ったことあったけど、その時遊びじゃないぞってめっちゃ怒られて諦めたっけ。今、興味がないと言えば嘘だ。どうせどこ行ったって田舎だろうけど、行ったことないってだけで面白いかも知れない。
出来たら海とか行きたいけど、家の領地が内陸だってのは知ってる。そもそも片道馬車で二週間って、かなり近い方なんだよね。一度海って見てみたかったけど、ないものはしかたない。お休みの日がないわけじゃないだろうし、旦那様とずっと離れ離れよりはずっと面白そうだ。
「いいね。前はダメって言われたし、行けないものだって思ってたけど、行けるなら行く!」
「ああ、前は不安だったが、今ならいいだろう」
「え? ああ、前お願いした時は子供だったもんね」
大人の今なら全然OKってことね。うんうん。あー、テンションあがってきた。
「ねぇ、どんなとこ? 水遊びできる川とかある?」
「あることはあるが……お前、子供ではないのだから、まさか川に入る等と言わんだろうな」
「えー。これから暑くなるんだし、いいじゃん」
「よくない。連れて行くが、くれぐれも、俺の妻だと言うことを忘れるなよ」
「そんなことどうやって忘れるのさ。なに、浮気でも疑ってるの? そんなのあるわけないじゃん」
「……別に、疑ってはいない。が、お前は隙が多いからな。むこうは、誰もがお前を気遣うわけじゃないからな」
むむむ? どういうことだ? 浮気は疑わないけど、気遣われないんだから妻と言うことを忘れるなって? あ、貴族の妻って立場をわきまえてそれらしくしろってことかな? まぁ、よくわからないけど、とりあえず忘れなきゃいいんだろ。外では多少おしとやかにするのもいつものことだし、簡単じゃん。
「わかったわかった。気を付けるよ。ねぇ、旦那様、何用意すればいい?」
「必要なものは使用人に用意させる。お前は精々、お気に入りの衣服を新調しておけ」
「んー。それはいいけど、気候はそんな変わらない感じ? 上着とかいる?」
「そうだな。館は丘の上にあるから、少し涼しいと思うが、向こうに着くころには、気温は上がっているだろう。上着はいらん。半袖は許すが、もしスカート丈を短くしたら許さんぞ」
「わかってるって」
そんなの子供のときか、自室でしかしてないってば。全く心配性なんだから。俺が男だって言っても、体が女なのはわかってるんだから、ちゃんとその辺気を付けてるっての。あと半袖許すとかなにそれ、受け狙い?
「何か美味しいものとかある?」
「そうだな。一通りの生産をしているから、新鮮は新鮮だぞ。あと、現地でしか食せないものもあるからな」
「そうなの? やったー。楽しみだね」
「まぁ、そうだな」
がぜん楽しみになってきたぞ。わーい。旅行だー。
○
「あれ。そうなの? ラミこないの?」
「そうですね。その予定はありません」
「えー、そうなの? もしかして、道中とか私と旦那様の二人きりなの?」
旅行に行くと知らされた翌日、ラミに軽い気持ちで聞いたら普通に否定された。三か月もの長旅に、心のお母さんラミが来ないのはちょっと心細いけど、二人っきりは悪くない。
室内でしか二人きりなんてなかったし、向こうでは別の使用人が館にいるだろうけど、旅の間も重要だし。とわくわくしたのだけど、ラミには呆れた目を向けられた。
「そんな訳がないでしょう。身軽な独り身の者で、世話役も護衛もおりますから、安心してください」
「えー。誰? 知らない人だとヤダよ」
「知りませんけど。今までは旦那様だけでしたし、勝手が変わります。と言いますか……シャーリー様が行かれるなんて、初めて聞いたのですが。本当に確定事項なのですか?」
「うん。昨日旦那様に誘われたから」
「はぁ。そうでしたか。でしたらこれから決められると思いますので、希望があるなら私が伝えておきますけど」
「え? 希望って、侍女について?」
「そうですね」
「うーん。そうだなぁ。独り身じゃないと駄目なんでしょ? じゃあ、レイナとか?」
「レイナ……ああ、洗濯係ですね。シャーリー様がたまに仕事の邪魔をしている」
「邪魔してないもん。暇そうだから話し相手になってあげてるの」
にしても、咄嗟に名前出したけど、よくレイナのことわかったなぁ。昨日噴水前で転んでるの見かけたから、つい出てきたけど、別に毎日話すとかでもないし、家の中で俺が誰と話してても、誰も侍女連れ歩いてないからラミは知りようがないのに。
まぁ、でもレイナはなんか何でも言いやすい雰囲気だけど、あんまり頼りにならなさそうな感じだし、ついてこなくてもいいか。
「そうですね。ですが、洗濯係は、侍女の中でも下です。道中はどうしても人員が限られる関係上、一人で複数の役をこなす必要があるので、ある程度上の者でないと」
「えー、じゃあどんな子ならいいの?」
「そうですねぇ。無難なところでは、システィアとかでしょうか」
「誰?」
「昨日、お着替えの際に私といた、背の高い三つ編みの娘です」
「あ、そうなの?」
それなら知ってる。結構前からいるよね。今も、ラミだけじゃなくて他の侍女もいて俺の着替えとかしてくれてるけど、基本ラミがいたらラミに話すから、他の人の名前知らないや。いや、最初に聞いたはずだけどね。
「ラミがいるときは、ラミとしか話さないから、知らなかった」
「私と一緒にいる侍女の方が、シャーリー様に直接お世話するのですから、基本的に上ですからね」
言われてみれば、俺は当主夫人なわけで、そりゃあ下手な侍女はつけないか。昔から一緒だから違和感なかったけど、俺って昔から旦那様に目をつけられてたんだから、ラミって相応のちゃんとした偉い侍女だったんだ。
「ただ、シャーリー様の周りの人員に関しては、旦那様がかなり厳しくされているので、システィアとも限りませんが」
「そうなんだ。やっぱり、私が愛されてるから?」
「そうです」
「……冗談なんだから、否定してよ」
「真実なので肯定します」
うぐ。ま、まぁ、誰がなるのかわからないけど、悪いようにはならないでしょ。名前分からないから指名のしようもないし、いいや。旦那様がいいようにしてくれるよね。
はい、この話は終了。
「さーて、そろそろご飯食べに行こうっと」
「はい、そうですね」