旦那様の告白
一言くらい褒めてもらいたい、と思って旦那様におねだりしたら、なんかとても嫌そうに眉をしかめられた。この顔も別に嫌がってないって知ってるからいいけど、そうじゃなきゃひるんじゃう顔してる。
でも知っていると、何ていうか、照れ隠しかよ、みたいな。素直に表現できないとか子供っぽくて、可愛いかも、みたいな。
「……お前は、簡単に言っているが、言っておくが、俺のような地位ある者は軽々しく言葉を口にしないもんだ。まして、あ、愛など」
「え? 愛? 俺そんなこと言ってないけど」
そういう事言われたら、そりゃ嬉しいけど。どうしたの急に。
「だ、だから、俺と言うお前は、愛らしいと言うことがわからないのか! この馬鹿が!」
「え、ええぇ……」
理不尽に怒られたけど、そんなことより、愛らしいと思われていた! お、おおお。あ、愛らしい。なにそれ。やばい。照れる。
そんな風に思われてたの? 俺って言う男の俺のこと、そんな風に思ってたんだ!
う、嬉しい。態度で愛されてるーとか察して思ってたけど、口に出して言われると、めちゃくちゃ嬉しい!
飛び上がりたいくらい嬉しくて、でも恥ずかしくてむずむずするから、とりあえずそのままベッドに寝転がって転がって旦那様から距離をとる。今は真っ赤になってる顔を見られたくない。
「おい、シャーリー」
「はひっ、や、やめろー」
だって言うのに、旦那様が俺の動きを止めようと上から覆いかぶさるみたいにして両手をベッドに固定させてきた。な、何だこの姿勢は。どきどきするから今すぐやめるんだ! これ以上赤くなったら、明日拗ねるからな!
「なんだ、お前から言わせたくせに、何を逃げている」
「う、うるさいな。いいでしょ、別に。何したって俺は愛らしいんだから」
「ああ、そうだ。この際だ。二度とお前がこのような辱めを俺に与えようなどと増長しないよう、言い含めてやろう」
「え」
辱めとかそんなつもりないんだけど。ていうか旦那様かなり顔赤いよ? 結構にやけてるよ? 隠さないの? そんな顔でも格好いいけど。うう。どきどきする。
「お前のことを好きかと、執拗に聞いてきたな。そう請う姿は可愛らしいが、室外でされるとさすがに困る。お前の可愛い顔をむだにさらしたくはないし、当主ともあろう俺が、安易な言葉を口にする無様を出すわけにはいかないからな。が、今だけは言ってやろう。好きだ」
「わわわ」
えー、何突然言い出した!? す、好きって。そりゃあ、私もさっき言ったけど。私も好きだけど。
「突拍子のないことを言いだす無邪気さも、呆れるほど馬鹿なところも、子供のころとなんら変わらぬすべてが、愛らしい。お前の全てが好きだ」
「ばばばば」
「そして私と急に言い出した時は驚いたが、俺の為にと思うと、その変化も愛おしい。元々の俺と言っていた飾らないお前が好きだが、すました顔で私と得意げに言うお前も、可愛らしいぞ」
「あ、あー! もうこんな時間だ。寝なきゃ!」
何なのこの拷問! いや嬉しいけど、もっと小出しにしてよ! 一つ一つかみしめて喜ばせてよ! 一気に言われると混乱するし恥ずかしいし死ぬ!
って、寝ようって言ってるのに全然離してくれないし、全力で抵抗してるのにぴくりともしない! 顔も隠せない。ひどい。もっとひどいのは、旦那様の顔が見たことないほどのにやけたスケベ顔なのに、全然色気ある感じで格好良さ損なわれてないことだよ! 顔面格差社会を感じる。
「落ち着け。ここまで言わせて、このまま眠れると思っているのか」
「勝手に言っただけでしょ! もうヤダ」
「駄目だ、と言うか、お前が言えと言ったんだろうが」
「そうだけど……そこまで言ってくれると思わなかったし。だいたい、俺だって、好きって認めたとこなのに、そんないっぱい言われたら……どきどきして心臓破裂しそう。死んじゃう。もっと、ゆっくり言ってよぉ」
もっとゆっくりでいいんだよ。毎日ちょっとずつ囁いてくれるくらいがいいよ。出来れば目を閉じて私の顔は見ずに言ってほしい。私はその顔じっと見てるから。
とりあえず目線だけでもそらすけど、旦那様が近づいてきた。き、キスか!? と思って視線を戻すと、旦那様はキスじゃなくて顔の横まで顔を持ってきた。あれ、もしかしてこのままベッドに顔つけて上に乗っかって寝る気?
「シャーリー」
「ひゃっ」
耳元でそんな声だすとか、卑怯!
「お前を……愛して、いるぞ……」
ゆ、ゆっくりってそういう意味じゃない! ああ、もう、ドキドキしすぎてめっちゃ汗かいてきた。やばい。
旦那様はどや顔で顔を上げて、そしてキスする直前くらいの至近距離で微笑んでいる。
「わ、私も、愛してます」
もう、もう耐えられない! この状況に耐えられない。こんなの、生殺しだよ!
「だから……早く、キスして」
旦那様はにやりと笑うと、俺にキスをした。
○
昨日はひどいめにあった。結局今日は昼近くまで寝てしまったけど、どうやら旦那様は普通に朝起きたらしい。どんな体力おばけだ。
「おや、シャーリー。久しぶりだね」
「あ、お父様もお寝坊ですか?」
「少し早いが昼食をとろうと思ったんだが、シャーリーは今が朝かな」
墓穴を掘った。苦笑した父は比較的近い席に座って用意させている。これは俺とおしゃべりしたいんだな。
ちなみに一人称は基本俺で行くことにした。愛らしいなら、これでいいし、旦那様にドキドキしたときとか女子よりの時は自然と私になるでしょ。
「そんなことより、お父様と久しぶりに一緒にご飯食べれて嬉しいです」
「可愛いことを言ってくれるな。クリフォードとは仲良くやっているのか?」
「え? まあ、はい」
「なんだ、煮え切らないな。ついに両思いになったかと、祝福するつもりだったのに」
「! な、な、なにを言ってるんですか? よくわからないなー」
「そう照れなくてもいいだろう。すでに戸籍の上でも娘なのだから」
「そんなの関係ないです。お父様はお父様ですから、恥ずかしいものは恥ずかしいんです」
もうこの話は終わりーと両手でばってんマークをつくってやめさせる。
父は苦笑して口を閉じた。全くタイミングが悪い。父は旦那様と同じようにお仕事してるから、基本的に旦那様と同じで日中顔を会わさない。なのに、こんな、昨日旦那様と和解した日に会うなんて。
いや別に和解って、喧嘩してたわけじゃないけど。ってか旦那様のこと考えたら昨日のこと思い出してしまう! あああ……顔が熱くなってきた。
「お、お父様は、どうしてこんな時間にお昼を? 旦那様は?」
「クリフォードは、接客中だよ。と言っても気心知れた友人だからね。二人きりにしてきたよ」
「そうなんですか。旦那様に友達何ていたんですね」
性格ねじ曲がってるし、絶対いないと思っていた。いやまぁ、そういうとこも可愛いっちゃ可愛いんだけどさ。でも男友達としてはちょっとないかな。
「クリフォードは割合友人が多いよ? シャーリー、何でも自分基準で考えるのはよくないことだ。お前にも友人ができたのだから、人のことも考えられるようになりなさい」
「はーい」
まぁ確かに。俺の価値観って、やっぱ前世基準だし、この世界では旦那様みたいなのが普通なのかもね。
聞き流した俺の態度に、お父様は楽しそうに笑った。
「ははは、相変わらずだな」
何が? まぁいいけど。
「あ、そうそう。お父様、いい機会ですし、旦那様について教えてくださいよ」
「ん? クリフォードについては、シャーリーの方が詳しいだろう?」
「昔のこととか。どんな子供だったとか」
「どんな、ねぇ。シャーリーに目をつける以外は、ごく普通の少年だったけどね」
「え?」
あれ、何だか不穏な言い回しされた。目をつけるって。俺はただ、可愛らしいだろう旦那様の幼少時エピソードを聞いてなごんで、ついでに何歳までおねしょしてたとかそういうちょっとした弱みを握りたかっただけなんだけど。
仕方ない。ストレートに質問しよう。
「まぁ、旦那様が、昔から私の可愛さに目をつけてたのは知ってますけど、それ以外にこう、弱みとかありません?」
「シャーリー自身が弱みだね」
「……そ、そういう、のじゃ、なくて」
「ふむ。何かクリフォードへの切り札を知りたいと言うことか。仲がいいと思わせて、情報収集はしようとは。しかもこの私に。面白いね。クリフォードのおねだりを聞いたかいがあると言うものだ」
父は何やら俺が旦那様の弱みを握ろうとすることを面白がっているらしい。こんなの普通じゃない? あの性格の悪い旦那様はとても強引なので、いざと言う時にぎゃふんと言わせたいのは普通だ。
そして実の父なら、旦那様がひた隠しにしたい若気の至りもたくさん知っているはずだ。執事とか使用人も知っている人はいるかもだけど、たぶん旦那様の肩持つから聞かない。逆に情報をリークされたら困るし。
それはともかく、おねだり? 俺の行動が面白いとして、それが旦那様のおねだりと何の関係があるんだ?
「おねだり、ですか?」
「ああ、シャーリーにこれから教育をしていこう、と言う段階で、あの子が、自分の嫁にしたいから教育は自分がすると言い出したんだ。好きにさせたら、淑女として学ばせるべきことは一切教えないし、貴族にはもちろん、これは庶民にもできないし、どうなるかと思ったのだけど。今こうして初志貫徹して嫁にしたのだから、まぁいいだろう」
「そ、そんなことがあったんですか」
「ああ、だからシャーリー、君がどんなに非常識でも、クリフォードが望んだことだ。それを許すよ。どうだい? 今後、もしクリフォードが、君に教育不足だ、なーんてことを言われたなら、お前のせいだと反論できるだろう。このくらいで、弱みの話はいいかな?」
にこっと笑って言われた。思ってた弱みと違うし、俺が非常識で無礼な人間だと思われてる気がするけど、それはともかく。確かに。馬鹿馬鹿言われたら、旦那様のせいじゃんって言い返せる。これは使える。
「ありがとうございます! お父様! 今日の夜早速、使いますね!」
お父様はにんまり笑った。