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初めての女友達

「フィリップ様、今日はお招きいただきありがとうございます」

「本気で?」

「え? 何ですか? もちろん本気で有り難いなぁって思ってますけど?」

「……」


 フィリップ嬢と何度か文通してから、フィリップ嬢のお家にお呼ばれして相談させてもらえることになった。だけど私から誘って誘ってと催促したからか、素直にお礼を言ったのに微妙な顔された。

 まあでも、素直にそういう顔を見せてくれてるってことは、割と心開かれてるってことだよね。貴族のお嬢様とも簡単に友達になれちゃうって、私っていつの間にか貴族っぽくなってたんだなぁ。


「それよりフィリップ様、さっそく相談したいんですけど。あ、その前に名前で呼んでもいいですか? その方が友達っぽいですし」

「構いませんわ」

「ありがと、よろしく、アイリーン。で、相談なんだけど、えっとね。同性愛について、意見を聞きたいんだけど」

「! い、意見、と言われましても、困りますわね」


 アイリーンは動揺したように肩を揺らしたけど、微笑みを絶やさないまま私に続きを促す。

 うーん、もしかして、アイリーンは個人的に偏見とかある人かもしれない。まずは遠回しに聞こう。


「同性愛って、貴族にとっては嗜みって言われているみたいだけど」

「まぁ、そうですわね。私自身は、同性に興味はありませんけど、あなたがそうだとして偏見はありませんわ。相談とは、そのことですか?」

「うん、だから、男が男を愛するのって、いいのかなって」

「はぁ? いいも悪いも素晴らしいに決まっているでしょうが」

「え?」


 一瞬眉を逆立てたアイリーンは、私が首を傾げるとはっとしたように咳ばらいをした。


「すみません、取り乱しましたわ。ご不快に思われましたら、どうかお許しください」

「そんな、かしこまらないでよ。私のこともシャーリーって呼んで。それで、その、私って男なんだけど、旦那様のこと、好きになってしまって」

「は? ……は? どういう意味ですの? 男性なのに、女性として振る舞っていますの?」

「うーん、近いんだけど」


 意識としては男だし、男だけど女として振る舞っていると言うのは、私主観では正しい。ただ体も女なだけで。

 だけど曖昧に返事をする私とは逆に、アイリーンは急に興奮したように声を上げた。


「す、すご! なんですの、その、す、素晴らしい状況は」

「え? 素晴らしい?」


 褒められて驚く私に、アイリーンはさっきまでの貞淑さとか上品さをかなぐり捨てて、大声をあげて両手をあげて劇団員のようになった。


「決まってるじゃありませんの! ああ、ですけどシャーリー様、シャーリー様と呼ばせていただきますわね。だって私たちお友達ですもの! シャーリー様はもちろん、ご苦労されましたよね。なんとお労しい。それでどうしてマクベア侯爵とご婚姻されることに!?」

「あ、えっと、私を外に出せないって、旦那様は言ってたけど。あ、でもそれは最初で、なんか昔から私のこと好きだったみたい」

「その時からあなたが男性であることはご存じで!?」

「え、言ったのは結婚してから」

「なんてこと……そ、それで、侯爵はなんと?」

「え? えっと……その、わ、私は私だし、男でもいいって、言ってくれてるけど」


 って、なんか私、のろけてるみたいになってない? こんなこと言いに来たわけじゃないし、恥ずかしいんだけど。


「ふーーー!! ……ふぅ……なんてこと。こんなことが、現実にあるなんて」


 何故かアイリーンは両手を顔にあてて、震えるように机に肘をついた。すでに淑女っぽさはない。えぇ……何この人。私、人見る目なかったかも。


「ああ……神よ、この出会いに感謝いたします」

「あのー、アイリーンさん?」

「なんでしょうか? ああ、相談でしたわね。大変申し訳ありませんけれど、あまりの感動で、内容が飛んでしまったのですけれど、何の相談だったかしら?」

「だからその、旦那様は、私が男でも女でもいいって言ってくれてるんですけど、私が、その。どうしても、男同士なのにって思ってしまって、旦那様のことを素直に思えなくて」


あまりにアイリーンが親身になって、と言うかなんか身を乗り出して話を聞いてくれるから、ついそう素直に口にしてしまった。もうほぼ気持ちを認めてるような物言いになってしまった。

 だけどそんな私に、アイリーンは机をたたいて鼓舞してきた。


「何を馬鹿なことを! そんな、男同士だからいい、もとい、男同士だからどうしたというのです。答えは侯爵が出されているのに。男でも女でも関係なく、あなたは侯爵のことが好きなのでしょう? ならば悩むことはありません。好きなものは好き、それでいいのよ!」

「……そう、だよね。私も、本当は、わかってるんだ。こんな風に、私って言ったり、ドレス着たりして、女らしくしてみても、男だって意識は変えられないし、男だって思ってても、旦那様に、ドキドキしたりするのも、やめられないもんね」


 わかっている。好きになってるのだ。もう、とっくに手遅れなのだ。なのに往生際悪く、男なのにってうじうじして、それこそ全く男らしくない。

 旦那様や母といった甘える相手ではない、それほど親交のない、ごく普通の女性に言われると、自分でも不思議なほどすんなりと私の中に入ってきた。


「そのドキドキについて詳しく!」

「え? ど、ドキドキした時についてってこと? そんな、の、のろけみたいなこと、恥ずかしいよ」

「何を仰いますか! 私たちお友達ではありませんの。遠慮なさる事ありません。さぁ」


 遠慮とかじゃなくて、恥ずかしいから言いたくないんだけど。

 うーん、でも、お友達だからって、言ってくれるの、正直ちょっと恥ずかしいけど嬉しい。この世界で友達って初めてだし。


 言われるまま、どんどん話してしまった。

 おかしい。前世のことは秘密だったのに気づいたら話していた。この人、優秀な尋問官なのでは?


「話は変わりますけどアイリーンさん、ご職業は?」

「はい? 手慰みにしているものはありますけど、職業と呼ぶほどのことはしておりませんわ」

「あ、そうなんだ。脱線してごめんね。話を戻そう。それで、結構、突飛もないこと言ったと思うんだけど、どうかな?」

「そうですわねわ。前世、と言う発想は、新たな受け口として優秀かと思いますわ」

「? えっと、よく意味がわからないんだけど」

「ああ、いえ、大丈夫ですわ。こちらの話です」


 アイリーンは、最初のテンションは落ち着いたけど、逆に何となく話が通じてるのか不安になるくらい冷静だ。

 旦那様もそうだけど、前世って言う概念がないのに、何で私の下手くそな説明で、頭おかしい人見る目にならないんだろう。


「あなたの説明は確かに突飛もないことですが、よく内容を聞けば、少なくともあなたがそれを心から信じていることはわかりますから、それを真実として私も話しますわ」

「う、うん」


 えっと、ひゃくぱー信じてはないけど、とりあえず信じてくれるってことだよね?


「あなたの体が男性でないことは残念ですが、精神が男性の上で男性と婚姻し、あまつさえお互いがそれを認識した上で愛し合う。まこと、素晴らしいことですわ。尊い」

「え、えっと。ほんとに、そう思ってるの?」


 なんか、素晴らしいとか尊いとか、言葉が激しすぎて胡散臭い。最初は偏見ないよってくらいだったのに。

 引き気味に尋ねると、アイリーンはにっこり微笑みを絶やさずに答える。

 

「もちろんですわ。もしかして私が、シャーリー様がより高位貴族だから気を使っているのではとお疑いですか? 誤解です。シャーリー様のお話を聞くまではその通りでしたが、今の私は、心からあなたのお友だちですわ」

「あ、はい」


 その通りだったとか言われたけど、どういう反応すればいいの?

 困惑する私に、アイリーンは何やら興がのってきたようで、なめらかに口を開いて、再び声のボリュームをあげだす。


「あなたが男で、相手が男だから何の問題があるというのですか。子孫繁栄の為に女性だから好きになる、と言うよりよほど愛情深いことだと思いますわ。そう、好きならそれでいいのです。愛があればすべてが許されます。よいではないですか! 男性同士! 好きなら仕方のないことですわ! 男性として男性を愛すことになんの問題があるのでしょう。むしろ愛すべきです! あなたは男性のまま思いのままに愛せばいいのです!」

「あ、ああ……」


 そうも言われると、何だか、そんな気がしてきた。確かに、旦那様を好きだと言う為に女性らしくなろうとしてきたけど、それって、見当違いなことをしてきたのかもしれない。

 だって、確かにそれだと、旦那様のことを仕方なく好きになったって誤魔化すためになろうとしてたみたいな感じじゃない? 男らしくなかったかもしれない。自分で男だと思っているのに、逃げていて、理由や言い訳ばっかり探していたんだ。


「そっか、そう、だよね。俺が旦那様を好きなのは、もう、好きなんだから、しょうがないよね」

「もう一回お願いします!」

「え? ……え? 何が?」


 頷いて、自分の中身を整理してそう呟いた俺に、何故か真剣な顔で頼んできた。でも何をもう一回? 今なんかしたっけ?


「今の、俺旦那様好きっての、もう一回言ってください。目を閉じて聞くので」

「え? なんで?」


 ていうか今、俺って言ってたのか。無意識だった。だって、あんまりアイリーンが男男って言うから。俺男だって、いつも以上に意識してしまった。

 って、それはまぁ、引いてないし驚かれてすらいないからいいとして、むしろ何でもう一回って言われたんだ?


「お願いします、お友達ではありませんか」


 本当に目を閉じて催促された。え、まぁ、いいけど。


「お、俺、旦那様のこと、好きだし、しょうがないよね……」


 改まると、恥ずかしいな。


「素晴らしい!」

「ねぇ、何が?」

「シャーリー様、自覚しておられないようですが、一人称が私と俺で、声のトーンに若干の違いがあります。俺の時のシャーリー様は、目を閉じればまるで変声期前の少年のように聞こえます。脳裏にマクベア侯爵と、小生意気で庶民な少年のあなたの姿が浮かびます。まさに真実の愛です。こんなに素晴らしいことがあるでしょうか」

「そうですか」


 何か知らないけど、この人男同士の恋愛に過剰反応している気がする。と言うか、俺の声についてぼろくそ言ってない? ずっと俺って言ってた時から、一応貴族女子に擬態してるつもりだったんですけど?

 まぁ、私って変えるときに意識的に女性っぽくしたつもりだけど。


「ありがとう、アイリーン。アイリーンが力いっぱい言ってくれたから、なんか、悩んでるのが馬鹿らしくなったよ。認めるしかないよね。旦那様のこと、愛してるって」

「もう一回お願いします」


 あ、はい。

 でも、愛してるのはいいとして。一人称どうしよう。なんかさらっと俺って言ってるけど、別に慣れたし私でもいいんだけど。元が俺だから直そうと思ったら直せるし、元々私って言う切り替えはできてたわけだし。どっちでもいいんだけど……旦那様は、どっちが好きなんだろ。


 

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