俺、可愛い
気が付いたら、女になっていた。ごく普通の若者として、高校生活をしていた俺は、いつの間にか死んで生まれ変わっていたらしくて、気づいたら可愛い女の子として生活していた。
娼婦の娘として生まれて、生後すぐに母親が貴族として再婚したので、幸いなことに俺は貴族の娘としてこの世界では裕福な生活をすることができた。
そう、この世界では。なんか最初はよくわかってなかったけど、俺が生まれたのは前にいた現代じゃなくて、大昔だった。なんか貴族とか王様とかいて、車がなくて馬車が走ってて、街はちょっと臭い感じの、中世的な世界観だった。
そういうの、前世で漫画とかで聞いたことある。そう思ったけど、どうしようもない。ありふれた高校生だった俺に、何か特別なことをする知識なんかない。料理? 家庭科の授業ですら包丁握らなかったし、レシピとか覚えてるわけなくね?
でもまぁ、自分の立場を理解する程度の知能は幼いころからあったので、いつ追い出されてもショックを受けないよう心の準備と、こっそりお金を貯めて、文字が書けるだけでも職にありつける可能性あるらしいので、勉強だけは頑張った。
母にべた惚れの貴族の父は、私に大して好意もないけど悪意もないので、勉強したいなと言う要望は母を通せばあっさり通った。
母は女が勉強なんかしてどうするのかと不思議そうだったけど、そこそこ恵まれた商家に生まれたのに自由を求めて娼婦になったような個人主義な母なので、俺の要望もしたいならすれば? とスルーされた。
「おい、シャーリー」
「あ、クリフォードお兄様、何ですか」
声をかけてきたのは、クリフォード・マクベア。俺の父親の先妻の息子であり、義理の兄である。そもそも娼婦なんかがどうして貴族と結婚できたかと言うと、すでに跡取り息子がいたからだ。それでも親族は難色を示したらしいけど、先妻がなくなって数年たっても後妻を迎えなかった人間が強烈に主張して、子供は作らないこと、その娘には最低限しかお金をかけないことを条件に許されたらしい。
そんなことを生後まもなくやってきた俺が知っているはずもないが、当時8歳だったこのお兄様が、ことあるごとに説明してくれた。一回言えばわかるっての。
まぁ、とにかく、俺はこのお兄様に大層嫌われている。
「ふん。挨拶もできないとは、相変わらずだな」
お前もしてねーじゃん。てか、お前こそ相変わらずだな。
「それは失礼しました。で、何の用ですか?」
女として生まれても、前世の記憶のせいか自分を着飾ったりすることに興味もない俺にとっては、その最低限でも十分なくらいだ。大金を積んでグルメを味わえるならともかく、お金を積もうと前世には程遠いのであきらめている。
「ふん。己惚れるなよ。お前ごときに用があるはずもないだろう」
「そうですか。じゃ」
「おい! 俺が話しかけているのに、どこに行く気だ!」
「何もないんでしょう? 暇じゃないんです」
「ふん。お前のような下賤な人間が、貴族の真似をして学んだところで無駄なことだ。貴族に嫁げるはずもないぞ」
「そんなつもりはありません」
「ふん。そんな殊勝なことを言って、成人すれば、どうせ父上に縁談を頼むつもりだろう」
ふんふんと、うるさい。変態かよ。つか、この人ほんと人の話聞かないよな。これでも小さい頃は、それなりに普通に会話してたりもしたんだけど。なんか成長するにつれて、性格悪くなってきたんだよな。まだ私って言う一人称遣うのに慣れてなくて、たまに俺って言って、淑女になれないぞ、なんて兄弟らしいお小言をもらったりしていたのに。
今となっては、俺自身が娼婦かのように、色狂い的濡れ衣の忠告ばかりしてくる。なんだこいつ。確かに自分で言うのもあれだけど、俺はかなり可愛い。体もいい感じに成長していて、たぶん表に出たらいくらでも見初めてもらえると思う。
だけど、男と結婚して女として扱われ続けるなんて、ぞっとする。まぁ、そうはいっても働いたことないし、庶民になっても生活苦になって、結局養われるのかもしれないけど。でも、とりあえずはちゃんと家をでて、働いてやっていくつもりだ。
「いいえ。成人したら家をでて、働くつもりです」
「は? 働く? な、なにをおかしなことを言っている」
「え? 変ですか? 大人になったら働くでしょう? お兄様だって働いてるんですし」
「そ、それはそうだが。お前は、尊い貴族の血を一滴もひいてはいないが、そうはいっても、この家で貴族同然の暮らしをしてきたんだ。そんなお前が、簡単に働けるものか」
「そりゃあ、簡単ではないかもですけど。でも、この家に迷惑かけるつもりはないですし、嫁ぐにしても関係ない普通の人としますって。あ、子供の顔くらいは見せに来るかもですけど」
結婚の予定はないけど、万が一そうなったら、母には顔を見せに来たいし、縁をきるつもりはない。普通に成人して家を出るだけだし、変に二度と顔を見せないと曲解されて、たまに休日に帰省もできなくて母にも会うなと追いやられたら困る。
兄はこの調子だけど、父も長い付き合いでそれなりに義理の親子として付き合っているし、母は放置主義だけどあれで私のことを大事にする気持ちがあるのはわかっている。この家の使用人とかだって、態度をわきまえて質素に生活している私に悪感情をむける人はいないし、何人か話したり良くしてくれる人もいる。
一応正式に両親は結婚していて間違いなく実家なのだから、兄が嫌がるだけでもう家には帰らないなんてつもりはない。ここはちゃんと主張しておかないと。
「ば、馬鹿なことをっ! お前に、平民のような暮らしなどできるものか! 誰にそんなことを言われた!」
「え、ええ? なんで怒ってるんですか? 怖いんですけど」
なんかめっちゃ動揺して、肩を掴まれた。目を見開かれて顔を寄せて怒鳴られて、これが本当に貴族として生活してきた娘だったら泣いてるぞ。
一応男として生活してきた俺だし、性格悪くなってからも暴力振るったことない兄だから、普通に対応するけど。
突っ込みをいれると、兄ははっとしたように俺を離して、一歩離れて咳払いした。でも険しい顔で、笑っていればイケメンなのに、人でも殺しそうな顔で俺をにらんでいる。
「……答えろ、シャーリー。誰に、平民になれと言われたんだ」
「別に誰ってことはないですけど、私貴族ではないので、元々平民ですし」
平民は成人したら親元出て働くものですし。と答えるとなんか嫌そうな顔された。
えー。なんなの? この家から出て行ってほしいんじゃないの? お前の大好きなパパにも頼らないって言っているのに、何が不満なんだ。
実際、両親は結婚しているけど、俺は貴族の籍に養子とかして入ってるわけじゃないっぽいし。母もいいんじゃないって感じだったし。
父にはまだ言ってないけど、就職先紹介されるのかな。そのくらいはしてくれそうな気もするけど、されたらされたで、合わないなってなっても辞めにくいし、言ってもらっても断るか。
「お、お前は、本当に自分が平民として生活できると思っているのか?」
「まー、なんとかなるんじゃないでしょうか」
俺、可愛いし、誰かしら雇ってくれるはず。とりあえず読み書きできるし、教師とか何かしらインテリ職につけたら一番いい。平民から貴族まで教えてあげられるよう、兄の教科書引っ張り出して勉強したし。あと文字も綺麗に書けるよう練習した。代筆ってのも仕事にできるらしいし。他? 他は知らん。
でも貴族もどきの生活で、体力はあんまりないから畑とか牧場とは無理。どっかの商家に雇ってもらえたらいいけど、最悪の場合は……娼婦は無理だけど、ちょっと下品でセクハラされるバーとかなら我慢できる。うん。なんとかなる。最悪嫁になって一人にだけなら、諦めるしかない。ま、俺の見た目ならより取り見取りだし、そこそこ裕福で俺ってつい言ったり女らしくなくても許される人だって選べるだろうし、ましでしょ。
「楽天的すぎる。だいたい、仕事をできたとして、家のことはどうする。家事の一つでもできるのか?」
「やったことはありませんけど、知識としては知ってます。あ、洗濯は一回したことあります」
料理とか洗濯とか、機械がないし大変そうだしやってないけど、火のつけ方くらいは見たことある。ハンカチは手洗いしたことあるし、まぁ、やればできるだろう。貴族もどきだけじゃなくて、現代人の知識があれば大丈夫だって。
そう軽く返事をする俺に、兄は呆れたようにため息をついた。俺に眉を寄せてない顔を見せるのは久しぶりだ。
「お前は……頭は悪くないのに、もうすぐ成人だと言うのに、考えが足りなすぎるぞ」
「そうですか? まぁ、最悪、誰かに嫁に行きます。あ、自分でちゃんと見つけるんで、安心してください」
「……そういうところが阿呆だと言うのだ。曲がりなりにも、お前はこの家で育った人間だぞ。利用しようとする輩に手をつけられたら、お前がどう思っても、こちらには迷惑がかかるんだ」
「あー……すみません。それは考えてませんでした」
その発想はなかった。確かに、簡単に考え過ぎていたかもな。じゃあやっぱり、父に安全な就職先斡旋してもらうしかないか。
「では、申し訳ないですけど、就職先はお父様に頼ります。そこで死ぬまで働いて、父の許可の出る人としか結婚しません。これならどうですか?」
理想とは違うけど、しがらみとかは俺にはどうしようもないから、父に何とかしてもらおう。そもそも父が母と結婚したことでできたしがらみなんだから、そこは責任とってもらう。
「……駄目だ」
「あれ、駄目なところありますか?」
「ああ、そもそも、父上はすでに引退して、俺が現当主だ。紹介するとして、俺だ」
「あ、そうなんですか」
兄は俺より8歳上の、22歳だ。未発達な文明だからか寿命も短い分、女も男も15で成人だ。兄はばりばり働いて、ちょっと早いけど去年には当主交代して父を補佐にして立派に家長をしている。
でもそうはいっても、コネとか年の功の父の方が多いだろうし、してくれると思ったんだけど。どうやらそうではないらしい。この分だと、貴族への家庭教師は無理かもしれん。
「じゃあクリフォードお兄様」
「駄目だ。そんな暇はない」
「えー。そんなこと言わずに、可愛い妹の為じゃないですか」
「ふん。何が可愛い妹だ」
「私の顔、可愛いでしょう?」
「……お前は、本当に腹が立つ。男を手玉にとることしか考えていないのだろうな」
「誤解です。単に事実を言っているだけです」
客観的に自分の顔を見れるから、間違いない。俺の顔は可愛い。母が娼婦の時に人気ナンバーワンだったらしいから、俺の美醜感覚は間違ってない。母に似た面差しで、俺は可愛い。
俺だったらこんな妹がいれば、めちゃくちゃ可愛がるのに。この兄ときたら、すぐにこんなことを言う。まあ、手玉にとるとか言うのは、俺が可愛いのを認めているからってのもあると思うけど。
「ともかく、お前の予定は俺も考えている。大人しくしていろ」
「それが言いたかったんですね」
その為に、わざわざ声をかけてきたのかな?
と言うかこのお兄さま、割りと家の中ですれ違う度に声かけてくるんだよね。鬱陶しいし、俺が嫌いなら無視すればいいのに。全く。
可愛い俺とお話ししたいって言うなら、ちゃんと時間とってお茶会してあげたっていいのに。毎回立ち話だし。本気で嫌いなのか、ツンデレなのか、迷うなぁ。
一応さっきの会話でも、俺のこと気にかけてるっぽかったし。
俺は首をかしげながら、立ち去る兄を見送った。
あと半年ほどで、俺も成人する。兄はああ言ったけど、一度父にも相談しておこう。