閑話 アリアの回想
今回、ちょっと長いです。
私の名前は、アリア・マーシェル。
フォース王国の貴族、マーシェル男爵家の次女だ。養子だけどね。
養子になったのは12歳の時だ。
子供の頃は、お母さんと一緒に田舎の村でひっそりと暮らしてた。お父さんは物心ついた時からいなかったけど寂しくはなかった。
お母さんは、若いころは結構有名な冒険者だったらしく、「賢者」なんて言われてたって冗談っぽく教えてくれたことがある。
私はお母さんに魔法を教えてもらったり、一緒に料理をしたり、贅沢はできなかったけど楽しい毎日を過ごしてた。
そんな楽しい日々が唐突に終わったのは私が11歳のある日のことだ。
いつも通り昼間に出かけたお母さんが、夕方にとても辛そうな顔で帰ってきた。
お母さんは、私と暮らす傍らで魔物を狩っていたらしい。
そして、その日はその最中に予想外のことがあって傷を負ってしまったそうだ。
お母さんは大丈夫だよ、大したことないよ、と言っていたが、次の日からベッドに横たわって動けなくなった。
私は必死に看病したけれど、回復することはなく、数日後に息を引き取った。
人ってこんなに簡単に死んじゃうんだな。日常ってあっさり壊れるんだな。と幼いながら思った記憶がある。
それからお母さんが亡くなってしばらくして、王都から貴族のひとがきた。
こんな田舎に何しに来たのかな?と思ったら、有名な冒険者の子供である私を引き取りにきたそうだ。
それが、マーシェル家との出会いだった。
今思うと、明らかに怪しい。でも当時はそんなこと思わなくて、1人ぼっちになった私には家族という響きに耐えられなかった。
私は、お母さんから教わったおかげで、魔法が同年代の子よりも得意だったから、12歳になるとすぐに王都の魔法学園に入学させられた。
魔法学園は12歳から18歳までの6年間、魔法を学ぶことができる機関だ。
入った当初は成績も良かったし、友達もできた。貴族になったという実感はあまり湧かなかったけど、お義父さんにもお義母さんにも褒められて幸せだった。
でもそれも1年たつとガラッと崩れた。周りの子の成長についていけなくなったのだ。
私はもともと魔法の覚えが良い方ではないとは思っていたけれど、そんなレベルではなかったらしい。
周りの子にどんどん差をつけられ、気がつくと成績は下から数えた方がはやかった。
学園はたくさんの種族の生徒がいたから、種族による差別やいじめはなかったけど、その分、魔法の成績には敏感だった。
最初の成績が良かったことや、貴族が多く通う学園で、元平民の私が気に食わなかったこともあったのか、私はそれからいじめられるようになった。
家に帰ると、お義父さんから文句を言われた。「あの女の子供のくせに魔法も満足に使えないのか!!」と。魔法の才能を目当てに私を養女にしたんだと、この時初めて気づいた。
義理の兄や姉にも鬱陶しがられ、幸せだった私の生活は又しても180度変わってしまった。
結局私は、1年留年して19歳で学園を卒業して、その後は冒険者になった。お母さんが体験したことを私も少しでいいから体験したいと思ったからだ。
お義父さんは「勝手にしろ。お前には期待していない。」といって許可してくれた。
さすがに王都だと気まずかったので、プレハの街で冒険者になった。
初めの半年は、初めて知ることだらけだった。
冒険者は魔物と戦うのが仕事だと思っていたけど、薬草を採集したり、街の人の雑用に付き合ったり。低ランクだと戦うこともできないんだなぁ…
Eランクになってからは、ゴブリンとか弱い魔物を倒すようになったけれど、やっぱり実践は全然違う。思い通りに魔法が出せないことなんてしょっちゅうだった。
それに、魔法使い1人で戦うのは、やっぱり厳しいということも分かった。
魔法を発動するために詠唱している間がどうしても無防備になってしまうから。
そんな中で出会ったパーティが今いるパーティだ。
女剣士のリズと、盾のレックスと斥候のピーター。
私が1人でいるときに、リズが声をかけてきた。
3人は幼馴染で昔からパーティを組んでいたらしく、3人ともDランクだった。
パーティでの冒険に憧れていたから誘いにのったけど、やっぱりうまくいかなかった。
レックスとピーターは私が思ったよりも魔法がうまく使えないと分かると、すぐに態度が変わった。
冒険の準備とか、食事とかの雑用を全部押し付けてくるようになった。悲しかったけど弱い私が悪いのかなと思って強くは言い出せなかった。
リズはリズで、剣のことしか頭にないし、友達だといってくれるけど、私の現状には無関心だった。
それに、レックスとピーターがリズに惚れているのは見て明らかで、リズが私に話しかけると、彼らは鬱陶しそうな視線を向けてきた。
もちろんリズは気づかない。
これ、わざとやってるのかなぁ?と何度も思ったよ。わざとじゃなくてもリズの行動は本当に迷惑だ。やっぱり1人でいる方が楽だったな。
パーティを組んで半年がたった。私は誕生日を迎えて20歳になった。女としては貴族社会でいえば十分行き遅れだね。
こんな何もできない私と結婚してくれる人なんかいないよね。
そんなことを考えていたら、私の心はいつも以上にささくれだっていた。
私は亡くなる間際の母との会話を思い出していた。
母は亡くなる直前、震える手で赤い液体が入った小瓶を渡してきた。母は、
「自分の力不足が許せなくて、どうしても力が欲しくなったらこの瓶の中身を飲みなさい。辛くて苦しいかもしれないけど、あなたならきっと大丈夫よ。」
と言っていた。
今までずっと御守りのようにして持っていたけど、飲んじゃおうか。きっと危ないものなんだろうな。でも、それでも、この現状を変えられるなら…!!
そんな思いでその日、瓶の中身を飲み干した。
その液体は次の日から効果を表した。主に悪い方で。
ときどき発作が起きたかのように、体が熱くなって苦しくなる。全てを投げ出して、本能のままに暴れたくなる。
パーティメンバーからは、普段でさえあまり役に立たない私が、苦しみだしたからさらに風当たりは悪くなった。
あぁ、私は何でこんな奴らと一緒にいるんだろう。いっそ殺してやりたい。あれ?私なんてこと考えて…?
数日後、彼らはコカトリスの討伐に行くと言いだした。
3人はCランク、私はDランクになっていたからパーティとしてはCランクで、依頼の対象にはなっているけど、まだはやいんじゃないかな?
そう思う私の意見など関係なく、彼らは行くことを決めた。
発作もだんだん酷くなってきていたし、私はこの依頼で死ぬかもしれない、とぼんやりと思っていた。
それから、毒の沼地に行ってコカトリスと戦うとやっぱり力不足だった。
彼らのせいじゃないのかな。魔法をうまく使えない私のせいなのかな。
遣る瀬無さと発作で思うように動けない私はとうとう囮として放り出されてしまった。
あぁ、私はここで終わりか。死んだら楽になるのかな。
そんなときに、彼は現れた。
颯爽と現れた彼は、コカトリスをものの数秒で倒してしまった。
フードから覗いて見えたのは、灰色の髪の端正な顔だった。
彼と目があったとき、運命を感じた。
かつて夢見た物語の王子様のようだった。
彼は私に近づくと、手をかざして何かをした。とても暖かくて、昔のお母さんのぬくもりを思い出した。
私のなかの渦巻く赤い液体が、完全に私のものになったような気がした。
もう、辛さは感じない。
彼は私に隠蔽のレベルを上げるようにアドバイスをしてくれた。優しい言葉をもらったのはすごく久しぶりな気がした。どういう意味だろう?
ステータスを見ると私は魔人になっていた。そっか。お母さんがくれたのは何かの魔物の体液だったんだね。
彼は去り際に名前を教えてくれなかった。
きっと照れ屋なんだ。
それから街に戻っても、頭の中は彼のことでいっぱいだった。
彼は私の唯一の希望だ。だって私の死ぬ運命を変えてくれたんだから!
絶対にもう一度会って、名前を教えてもらおう!彼にはお礼をしてもしたりない。私にできることなら何でもしよう。身の回りのお世話だってできるし…というかしてあげたい!一緒に買い物もしたいし、ご飯も食べたいし夜だって同じベッドで…。彼って彼女いるのかな?いないよね?だって一緒にいなかったもんね!…誰がいても関係ない。私は必ず彼の物になる!あぁ今彼は何してるのかな?戦ってるのかな?食事中かな?もう寝ちゃってるのかな?彼の声が聞きたい。彼のぬくもりを感じたい。彼に会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。…………
私の中の何かが彼のことを感じた。
私は王都に向かった。
アリアさん、怖いです。