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のら犬  作者: 田村弥太郎
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のこぎりおじさん

中田が喫煙所から戻ると机の上にファックスが置かれていた。下請け会社から元請け会社に送られたものに、元請けの担当者が一文を書き足し、そのまま中田宛てに送ってきた。

要は[隣接地の所有者が、工事をしている場所は自分の土地だと、のこぎりを振り回しながら、怒鳴り込んで来たので工事が止まってしまいました。どうしましょう]と下請け業者が困っているらしい。

 工事が止まる事情は幾つかある。

 数ヶ月前には、他県で近くの建材屋が自分の所から建材を仕入れない事で嫌がらせに来たらしい。同僚の担当者はとりあえず工事を止めたらしいが、タイミングが悪かった。基礎杭を打ち込んでいる最中に中止としたので、杭打ち重機の作業が止まった。この場合、一日当たりの損料は大きい。それを上司に突かれ、担当者はすっかりしょげ返っていた。

中田は下請け業者からのファックスをそのまま一枚、元請けが送って来た事に若干、腹を立てながらも元請けの担当者に電話した。

 元請け会社は年度が変わり、担当部署が変わった。売上の配分の関係だと小澤が言っていた。売上の少ない部署に振り分けたと言う。

 今度の部署の担当者は押し並べて、大会社らしく下請け任せが当然と言った態度だった。これが後々、中田の同僚たちの反感をかい、担当者の総入れ替えと上層部の退任になる。

「行った方がいいですか」

「できれば」

電話を切ると、中田は部長の席に行った。工事が止まった事を伝え、今から現地に行きたい旨を伝えた。ついでに隣の課の中堅ゼネコンから転職して来たばかりの崎田を連れて行く事にした。崎田は測量士の資格があった。

揉め事が解決するならと部長は出張をあっさりと許可した。

 その下の長に言うと「そんなのは元請けの責任だ」と言われ、大抵、更にこじらせるはめになる。

青森の現地まで、車で五時間以上かかった。

現地は山の中だった。元請けの担当者が来ていた。事務所は青森市にある。

「初めて来たけれど、遠いですね」

その言葉「初めて」の部分にがっかりしながら、中田と崎田は既存の境界杭を探した。測量データに照らし合わせながら、笹を掻き分けた。

「崎田さん。問題ないですよね」

中田が崎田に確認した。

「ええ、問題ないです」

もうすぐ日が暮れる。

三人はのこぎりおじさんの家に向かった。

のこぎりおじさんとは門の先で話した。すっかり日が暮れ、顔も輪郭がやっとわかる程度だった。

「今、特に問題がないと確認してきまして、明日から工事を再開致します」

 中田は断定的に言った。

まだ四月である。三人は震えながらのこぎりおじさんと相対した。玄関の中に入れてくれる気配は全くない。

「わかった。こっちでも測量かけっから、間違ってたら、撤去するんだな」

のこぎりおじさんが言う。

 中田は、元請けの担当者が何か言おうとしたので暗闇をいいことに蹴りを入れ、制止した。

「ええ、撤去致します。つきましてはこちらも一日工事が止まりますと数千万の損失が出ますので」

 中田ははったりをかます。

「いい、払ってやる」

のこぎりおじさんも小さな声ながら応酬する。

 とにかく、工事を再開する事を再度、伝えて帰途についた。

「中田さん、泊まりませんか」

崎田が言った。

「なんか、ここでは泊まりたくないですね。宿も今からじゃ、とれないでしょう」

結局、泊まらなかった。

 翌日の報告はただ「再開しました」の一言で済ました。

夕方、町の役場から電話があった。

 のこぎりおじさんは役場に行ったらしい。

 役場には、工作物(電波塔)の確認申請をしているので、場所の図も添付されている。

「きちんと、間違いない事を説明しておきましたので」

中田は丁重に礼を言って、受話器を置いた。

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