ズブズブ
どうも工事を初めようとすると、問題が顕れた。中田から見れば、土地選定の時点で既に問題を内包していた。土地交渉をするグループと施工を監理するグループが別となっており、担当者にもよるが少々危ない物件でも契約してしまえば、施工側担当に引き渡し完了として、契約後に問題が起きても知らぬ存ぜぬでいた。
中田が現地に赴くのは、借地が決まり、交渉担当者、施工の元請け会社と一緒に所有者に挨拶に行くのが契機だった。
「中田さん、※※の小澤さんからお電話です」
元請け会社の責任者からであった。
「小澤さん、どうしました」
「あっ、中田さん。あそこの土地、まずいですよ。ユンボ(掘削機械)が沈んじゃったらしい。小池から連絡がきたんですけど。止めた方がいい、と言うより止めるようにできないですか」
小池は下請けに入っている小池通建の事だ。小澤は一部上場の元請会社の中で土木部門の出である。土木工事には矜持がある。中田も信用していた。
「わかりました。話を聞くと駄目っぽいですね。でも、もう借りてるからね。今週、現地行って見ます」
中田は此処には行っていない。下北半島のむつ市にある。青森に行く適当な理由をつけて、出張願いを出した。
借地すると決めた場所はボーリングを行っている。中田は、書棚からその報告書を取出した。
まず、見るのは柱状図。深さと土質を表したものだ。それと貫入試験データが記されている。
中田は柱状図を見た途端、力が抜けた。例えれば、深さ四メートルのプールに枯れ草が堆積したようなものだった。貫入試験に使われる数十キロのモンケンと呼ばれる鉄の固まりも[自沈]と記載されていた。
報告の中には、トラフカビリティー(工事用重機使用時の路盤性能)が最悪と記されている。
フロアには設計会社から、コンサルタントが常駐していた。設計会社はボーリングデータや測量図から基礎型やレイアウトの基本設計を行う。個々の担当者は現地を見ているはずだった。ただ、担当者たちは実工事には疎い。どんな感じで、工事が行われるか想像できる者は多くない。データを構造計算ソフトに打ち込み、そのアウトプットを図面にしているに過ぎない。
また、コンサルタントは経費削減のお題目のもと、工事費の低減を上層部にアピールしていた。施工会社の見積りに基本単価を超過する付帯工事が発生すると途端に難癖をつけ始めた。
中田はコンサル、施工会社が出席して行う最終図面(詳細図面)の検討時に、コンサルが難癖を付けそうな箇所があれば、特に酷くないかぎり機先を制して許容の判定をした。中田は立場上、発注者なのである。
中田はコンサルの所に行くと「トラフカビリティーって何」と聞いた。コンサルが土木の辞書を読み上げるのを聞くと何も言わずに自席に戻った。
八戸からレンタカーで二時間半、現地に着いた。回りは田で、道路との間に堀があり水が流れていた。
人の背丈程の、雑木が疎らに生えていて、一見普通の土地に見える。ボーリングと測量の跡があった。
中田は奥に入った。一歩、歩く度に草が絡み合う路盤が波打ち、浮遊感があった。足元からは水が、滲みだしてくる。
測量で使った棒を拾い、地面に突き刺した。そのまま、人差し指を添えるとスルスルと入っていった。
地面の黒くなった草の塊をビニール袋に採り、車に戻った。
堀を辿ると、近くの高台に大きな池があった。ここの水が流れて、あの土地に溜まっていた。田の用水になっていた。
中田は「だめだな」と呟いた。
中田は、報告書を書いた。
施工会社からの連絡で過去に重機が沈みこんだ地である事。実際、中田が現地を見て来た状況。
最終的に、工事費が従来の数倍はかかるだろうとして、またかけるべき場所でもなく解約しても止めるべきと強めに具申した。
数百万円の数倍ではなく、数千万円の数倍である。
報告書を出したその日の内に中田は部長から別室に呼ばれた。
「中田さん、そんなにまずい場所ですか」
「ええ、やめた方がいいと思います」
ビニール袋に入れた、腐った草の固まりを取り出した。
「これが四メートル堆積しています」
部長はしばらく考え込んでいたが
「わかりました」と言った。
送れてフロアに戻ると、用地担当者とコンサルが部長に呼ばれていた。
時々、恨めしそうに中田の方に視線を向けた。中田は知らぬふりをして、喫煙所に行った。もう、差し戻された物件である。
コンサルは面子もあり、そんなにかからないと言い、用地担当者はあそこは周辺を十数箇所断られて借りた場所だと言う。
それではと、施工会社と土地を探した会社にも見積を出させた。
結局、双方ともピタリと標準金額の三倍近い金額になった。同地は解約となった。
部長が代替地を一ヶ月以内に捜すように言うと僅か一週間で見つかった。それも、当初の計画位置に近い所だった。