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のら犬  作者: 田村弥太郎
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異議無し

基地局の設置において、住民に対する説明を求められる事がある。大抵がマンションであった。

 中田のように地方の県を担当しているとマンション自体への設置も少なく、大抵はマンション理事会程度での説明で終わる。

中田が十和田湖に近い町に基地局を設置するために役場に行った時の事である。

借地が農地だったため、農業委員会に農地転用の届け出を出した。携帯電話会社は第一種通信事業者として、届け出だけで済む。

農業委員会を出た中田は、役場総務に呼ばれた。

総務課長が名刺を差し出した。

「息子がお世話になっています」

営業部に、この町の出身者がいるのは知っていた。大学卒で入って、まだ数年、当然、同じ苗字だった。女性関係では中々、名が知れていた。

 中田も「いえいえ、こちらこそ」と名刺を差し出す。

「ところで、お手数をかけるようで申し訳ないんですが、鉄塔を建てるにあたって、住民説明会をお願いしたいのです」

話は次のようだった。

予定地から、一キロメートル程離れた場所に他社の鉄塔が建っていた。

近くの住民がそこの工事作業員に何気なく聞いたそうである。

「電波とか、身体に悪くないんですかね」

作業員も何の気無しに応えた。

「悪いんじゃないでしょうか」

双方、南部弁で話したと思うがここから火が点き、工事が止まっているという。

(また、余計な事を)

中田は、他社に心の中で舌打ちした。

「区長には連絡しておきますので」

役場を出ると、区長の家に挨拶に行き、説明会開催の回覧と集会場の借用を、後日お願いする旨伝えた。

社に戻り報告をした。役場からの指導であり、言い換えれば行政指導である。この言葉に上層部は弱いし、逆にしようがないと納得させる大義名分だった。

「中田さん、よろしく頼みます」

さて、中田は布陣を考えた。まず、電波に強い、無線を扱う部の部長に声をかけると喜んで引き受けてくれた。

ほとんどが親会社からの出向、転籍者が占める中田の部から課長一人、これはバランスをとるため。あと、元請けの責任者と中田だ。

開催は二週間後として、区長に回覧を頼んだ。

当日、中田は地元の名菓を五箱買って持ち込んだ。八戸からレンタカーに乗る。まず、皆で役場に挨拶だ。総務課長が嬉しそうに名刺を配る。

開催は七時から、小雨が降っていた。

集会場は小さな平屋で、入口に※※地区集会所とかかれた看板が掲げられていた。

 あるだけの座布団を敷き 、菓子と茶を並べた。

既に、街灯もない辺りは雨空もあり、真っ暗になっていた。

一台の車がやって来た。大男が降りた。紙袋には、いっぱいの携帯電話加入申込書が入っていた。

八戸営業所の営業マンだ。無線の部長が呼んだらしい。中田も面識があった。

(住民説明会で客を取ろうとは)と思わず感動した。

さて、その住民だが結局来たのは二人きりだった。

「では、時間も過ぎましたので・・・」

で始まり、工事の概要を元請けから、電波の安全性を無線の部長からと坦々と進行した。

住民は足を伸ばし、タバコを吸いながら聞いている。

「何か、ご質問やご異議ございませんか」

一通り、説明が済むと中田が言った。

「いいんでねえの」

住民が言う。

「では、みなさん異議無しと言うことで、ありがとうございました」

 と二人しかいない住民席に頭を下げた。

住民が帰ると、皆笑った。でも、安堵感もあった。

住民反対が強い地域では怒声、罵声が飛び交い、鉄塔の撤去まで進んだ例を皆知っていた。

その日は八戸に泊まった。

 翌日、課長が無事に済んだ事を報告していた。中田は、役場宛てへの説明会の議事録をパソコンで作成していた。

結びには[全員の賛同を得ました]と書き添えた。


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