アスパラガス
中田は青森を担当した。雪も溶け、前年度の停止していた工事が始まった。中田は担当現場に顔を出す事も多くなって来た。基本は単独行動であった。大抵、新幹線で行ってレンタカーを借りる。前日には乗り込み、ビジネスホテルに泊まった。会社から一番遠い訳で、許容されていた。
出張には、寛容だった。上司にメールで許可を得るが、日毎の連絡をする訳でも、帰社して報告をする訳でもなかった。
フロア仕事に飽きると何か、理由を付け出張に出る者は多かった。
出張の理由の一つに、土地オーナーとの顔合わせがあった。 用地担当者と一緒にオーナーとの契約(押印するだけ)に立ち会って
「これから、工事の方、担当致します・・・」と菓子折りなど出す訳であった。施工会社が一緒の時もあった。
この時ついでに、中田や施工会社の担当が借りた土地を見ることが多かった。
十和田に土地を借りた時だった。オーナー宅に顔を出した後、中田はその土地を見に行った。
十和田湖に向かう道路沿いに借りていた。もう少し行くと奥入瀬渓流の入口だった。全国的に知られる景勝地だ。
当然、国立公園であり、その少ない空隙を狙っての借地だった。
その場所に中田は愕然とした。六階建て観光ホテルに行く道路沿い、一段下がっていたがホテルの正面にあった。右寄りでも左寄りでもない、真ん中だった。建物から水平距離で三十メートル程だった。
土地自体は、ホテル敷地より十メートル以上低くなっていた。しかし、ここに四十メートルの鉄塔が建つのである。
(絶対、問題になるだろうな)
中田は不安を抱え、帰ったのだった。
しばらくして、部長の机、周辺が慌ただしくなった。副部長、課長が並んでいた。そこに用地担当が呼ばれていた。
中田の席は大分離れていたが、騒ぎの元は判った。中田も呼ばれ、話しを聞いた。
計画を知ったホテルが町に苦情を入れたらしかった。
「ここしかないので、どうしようもない」
賃貸借契約も済んでいた。
用地担当が説明にならない説明をしていた。
幹部たちが、鉄塔とホテルとの位置関係を示した合成写真を見て騒いでいた。それをもとにホテルに説明するつもりなのだろう。
「正面はまずい」と部長が言えば、
「じゃあ、もっと横からにしよう」と副部長が難し気に言う。
余りの下らなさに、中田は机に戻っていた。
この頃には、何事にも否はないとする会社の体質をよく見ていた。
ホテルには、挨拶に行ったようだが、納得させたのか中田は知らない。
また、しばらくして
「青森県庁から、電話ですけれど」
電話を受けた女の子が誰に回すか伺っていた。
課長が「中田さんへ」と言うと、転送された。
「青森県庁生活課の××と申します」
鉄塔を建てる場合、大規模行為届出と言う、青森県の定めた景観条例に基づく届出を行う。
届出と言うだけあって、罰則はなかったはずだ。
今まで、回答として小さな指導のあったが、今回は事業主への呼出しだった。町からも異議が出ているようだった。
結局、中田は訪問する日時を決め電話を切った。
早速、出張願いのメールを出せば「宜しく、お願いします」との返信だった。
県庁に行ったのは、翌々日だった。もちろん、前日には青森に来ていた。早めにホテルに入り、ビールを飲むのは美味かった。
「あそこはどうにもならないんですか」
県の担当者が重ねて聞いた。
「ええ、個人的には私も反対ですが、社として決定していますので」
中田は負けと思えば、正直に謝る事にしていた。
「ただ、最大限できる事を致しします。鉄塔は鋼管型に変えますし、色を塗れと言われれば塗ります」
鉄塔と言えば通常、東京タワーを小さくしたようなアングル型を建てるが、鋼管型は得に上部の作業ステージも取り払い、ロケットのような形状をしていた。コストは割高になる。
「いいんですか。そんな事を言って」担当が聞く。
「ええ、大丈夫です」
中田は自信を持って言った。
「判りました。それでしたら、町を何とかできると思います」
ついでに中田は担当者に聞いた。
「条例に違反した場合、罰則とかどういうものでしょう」
「罰則はありません。ただ、広報に載ります」
「えっ、要はどこの会社は県の指導を拒絶した。そんな感じでしょうか」
「ええ、そんな感じです」
「一番、厳しい罰則ですね」
「では、これをモニュメントととして・・・」
「馬鹿な事を言わないで下さい」
担当者が笑って言った。
会社では、県からの指導と言う事で設計を変更したが、コストアップを問われる事もなかった。
中田は鉄塔が建った後に出張ついでに同僚とホテルに泊まってみた。
ホテルからは正面に山が眺望できた。秋には紅葉に染まる。
ちょうど二階の食堂から鉄塔が見えたが、緑に塗られ目立たぬ事に安堵した。
高さ四十メートルの鉄塔は町の指定で深い緑色に塗られ、先端に灰色のアンテナが付いていた。
「いや、でかいアスパラが建ってたね」
隣の部の部長が夫婦で旅行に行った時に見た感想だった。
中田も、妙に納得した。