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賈詡の覇道  作者: 劉基
8/9

8 張繍、涙の誓い

「大丈夫か、高が一人の子供の為になぜ李儒様はこれだけの兵力を使うのか。」

話しの内容から考えて間違いなく李儒の追手であろう。

この男の外見はまるで鼠の様である。鼻の下は伸びきっているといった感じで鼻は曲がり気味、そして目には欲望で溢れている。

その名を郭汜と言う。この男も最初は賈瞬に拾われたいわゆる「賈児」の一人であった。しかし、何時からかは賈瞬にさえも判別がつかなかった様だが賈瞬から受けた恩を忘れただ自分の欲望に邁進する様になってしまったうえ、中途半端に戦がうまい、それにより一層その暗い欲望は大きくなってしまい今では人の皮を被った獣そのものである。

「阿多、そんなこと言うな。これだけの兵力があれば万に一つの失敗もありえん。成功すれば李儒様も大層お喜びになられるだろう。そうなれば董卓様の覚えもよくなり、我らの栄達は確実よ。ハッハッハッハ。」

阿多とは郭汜の幼名である。

阿多と呼ばれると郭汜は目の前にいるゴリラのような体格の男を睨んだ。

どうやら、幼少期のことに関して触れられたくないのかもしれない。

郭汜は昔その武の強さから賈瞬に大変可愛がられていた。そして、多大な恩をこの時受けた。今郭汜が武将で居られるのも賈瞬の助力があったからである。だからであろうか、彼の心は既に獣になり下がっているが、自分の恩人である賈瞬を謀殺して、其れに重ねてその息子である賈詡までも殺すことには後ろめたさがあるのかもしれない。

「すまんな。郭汜。まっ、高が子供一人の為に500の軍隊投入したんだ。殺せないわけない。安心しろ。」

郭汜と長い付き合いがあるこの男、名前を李隺と言う。

この男は、前述した通りゴリラのような顔と体型が最初に目に入る。そして、郭汜のような欲望に呑まれたものの持つ特有の目つきをしている。しかし、郭汜の様に常に怯えているような鼠のようなものではなく、獲物に飢えているような野ら犬の様な野蛮さも感じられた。因みに彼も賈瞬に拾い上げられた「賈児」であったが、郭汜の様に少しでも恩を感じる様な人間らしいところは最初から持っておらず生来の悪党といった風貌である。

この二人だけを見ていると賈瞬の育て上げた賈児の忠誠は大したことないと思うかもしれないがこの二人は数少ない賈児の中から「恥知らず」と呼ばれている例外である。

「そうだな。稚然」

稚然とは李隺の字である。

郭汜は何やら、不安や心配といった感情を抱えているようだが李隺の意見に納得したのかそれ以上は李隺に何も聞かなかった。

二人はその後は自分たちの昇進のことや、董卓から貰える褒美についていかにも悪徳役人と言った面持ちで話していた。

先程までは晴れていた空に雲がチラホラと見えてきた。ひと雨降るかもしれない。



「まずは賈家邸へ行こう。考えるのは其れからだ。」

遂に張繍が大方針を決めた。しかし、すぐに険しい表情に戻る。

「しかし、賈家低に着いたとしてもそこで問題が出てくる。賈詡様たちが李儒の追手に捕まり既に家にいないのか、それとも賈瞬様討ち死にの報が何らかの形で李儒たちが来る前に届いて逃げ切れているのか皆目見当つかん。」

張繍が懸念事項を語った。彼の言っていることは極めて正しい。また、これだけ追い詰められた状況にいるのにもかかわらず冷静さを保っている。だが、それでも単に冷徹であるだけでなく一本の熱い芯がこの男には通っている。だから、彼の率いる百人隊の漢たちは皆この新参者の若造である張繍に全てを託したのだ。

「きっと大丈夫です。」

張繍の部下の一人が言った。

その声には自信が溢れていた。しかし、良く考えてみればこの状況で賈詡たちが生き残る確率は捕縛され殺される可能性より遥かに低いのだ。

張繍がその部下に聞いた。

「なぜ、お前はそう思う。」

張繍は怪訝な表情で賈詡たちが無事生きていると宣言した部下をみた。張繍は自分の率いる百人隊の中で自分に比べて頭の回転が速い者がいないということを理解していた。故にこの場に限って自分よりも優れた知恵働きをする者がいなかった。だからこれまで一人で賈詡救出の戦略を組み立ててきたのだ。

「張繍様が言っていたではないですか。賈詡様は賈瞬様の守ろうとしていた『未来』だって。あんなに強かった賈瞬様が守ってきた『未来』である賈詡様がそう、易々と李儒の恥知らずどもに捕まるわけありません。」

張繍は驚いた。今まで一兵卒の領域を出ることはないと思っていたもうすぐ中年と言っても良い年になるひげ面の男が日の光を浴びた生き生きとした向日葵の様な笑顔で自分の見落としていた賈詡への信頼を語ったのだ。

しかし、張繍は今まで賈詡に対して伝聞でしかその能力を聞いたことがなかった。ある意味賈詡の能力への信頼が確実なものではなかったことは仕方ないのかもしれない。

そして、張繍は周りをふと見渡した。当然皆馬上の人である。

驚くべきことにどの漢の顔も皆一様に自信に満ちあふれていたのだ。

「そうか。そうか。皆、俺を、賈詡様を心底信じていてくれたのか。ありがとう。ありがとう」

張繍は感極まって涙が止まらなくなった。彼はこれまで賈詡と同じでどこか孤独であったのかもしれない。無論賈詡程ではないだろうが。しかし、頼るものがいないこの状況でそれは本当に嬉しいことであったに違いない。

「我らの未来は賈詡様と共に!」

一部の兵が大声で叫んだ。それは段々波及していく。

「我らの未来は賈詡様と共に!」

どんどん増えていく。それと共に熱量もどんどん大きくなっていく。

「我らの未来は賈詡様と共に!」

張繍はその様子にさらに感動した。今まで引っ張る立場であった自分がついさっきまで引っ張られる立場であった百人の部下が自分を引っ張ってくれるのだ。

(自分には過ぎた部下だ。今の私でとてもこんなことできない。やはりこれも賈瞬様の遺徳なのか。ならば私は再び胸に誓おう、賈詡様を守り抜いて見せよう。)

「私も誓う、我らの未来は賈詡様と共に。」

この時、今まで張繍を中心にまとまったていた兵と初めて行動だけでなく心までをも一緒に出来たのだ。

「いざ、出陣。」

張繍が叫んだ。出せん限りの声を出した。その声に今までのどの言葉よりも重く心に炎が燃えさかっていることが全ての兵士に感じられた。

そして、心の炎は燃えうつる。

「いざ出陣。」

全兵が声を揚げた。正に天を貫かんばかり威勢である。

しかし、彼らに見えていたのだろうか、快晴と言っても良かった空にじょじょに黒い雲が集まっていることを。



賈詡一向が家を出て暫くたった。

「間違いなく何かが起こる。」

賈詡は天を睨んだ。

「私には父上の想いを受け継ぐ義務がある。何人にも邪魔をさせない。」

賈詡は小さく誰にも聞こえない声で静かに呟いた。


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