3 賈詡、七歳になって名軍師の片鱗顕わる 後編
「賈瞬よ、久しぶりだな。」
賈瞬の目の前にいる見た目からして豪傑であることが解かる男は、彼の上司であり、仕えている君主でもある董卓だ。
「董卓様、久方ぶりに会えまして光栄の極みにございます。」
董卓とは後に悪逆非道と呼ばれることになる男である。
「賈瞬よそう固くなるな。一体、今日は、どんな用だ?」
董卓が賈瞬が覗き込むような目で質問した。
賈瞬はこの後、賈詡から話された策を話し始めた。
話が終わると今にも小躍りしかねない程喜んだ。
「それは誠か。ならば、2500の援軍を送ることにしよう。どうじゃ、是から、一杯せんか。」
董卓は大変満足している様子であった。
「董卓様、真に有難うございます。ご配慮いたみいります。しかし、申し訳ないのですがこれから現地で準備をしに行かないといけないので、今日はここら辺にさせては戴けないでしょうか。」
賈瞬は董卓の誘いを軽くかわした。
そして、賈瞬は董卓の出す援軍の数まで大体予測できしまった息子の賈詡の能力の高さに改めて感じた。そして、息子への期待はさらに大きく膨らんだ。
賈瞬は董卓との用が済むと、部屋から出ようとした。
「賈瞬殿こんにちは、」
賈瞬に誰だか、話しかけてきた。途端に賈瞬の顔に険しさが生じた。
「李儒か。何か用か。」
「はい、援軍の2500ですが、その任、私に任せては戴けないでしょうか。」
李儒が笑顔で話しかけてきた。しかし、その笑顔には何時も胡散臭さが漂っていてとても信用できるものではなく、それゆえに賈瞬は李儒が嫌いであった。
また、二人は現在の董卓陣営に置いても政敵と言ってもいいほど互いに仲が悪かった。
「俺の一存で決められるようなことではない。」
賈瞬が返事をした。
「はい、そんなこと勿論承知しております。今から董卓様の承認を戴きに行きますわ。」
賈瞬をその後の李儒の様子を眺めていたが援軍2500が李儒に任されたのをみると、更に機嫌を悪くして部屋から出て行った。
賈詡はその日嫌な予感がして仕方がなかった。
賈詡は庭に出て鍛錬をしていたところに誰かが走ってきた。
「大変だ。大変だ。」
張遼さんが酷く慌てている様子であった。その瞳には言い知れない悲しみを湛えていた。しかし、それだけではない、今の彼は自責の念に押しつぶされてしまいそうなほどに憔悴しているようにも見える。
張遼とは賈瞬の副将であり、将来が期待されている武人である。
「賈瞬様が討たれてしまいました。」
張遼さんが泣き崩れてしまった。
私は、そのような張遼さんの様子を見て却って冷静になり、混乱していた頭脳をすぐに思考を平常運転に切り替えた。
「張遼さん、え、援軍できたのは誰?」
私は悲しみと恐怖に震えながら張遼さんに聞いた。
「李儒です。あいつが賈瞬様を殺しました。」
予想していた最悪のことが起きてしまった。
時を遡る。
賈瞬は賈詡に教えられた通りに山に隠れ匈奴の大軍に奇襲して、虚報をばらまき混乱状態になったところ散々に打ち破った。そこで李儒率いる2500の軍団が到着し、匈奴軍8000は殲滅した。
ところで、この戦で一番の被害を受けたのは賈瞬が率いる1000の軍隊である。初期の1000から600にまで軍勢を減らしていただけでなく大半の兵隊がかなり疲弊していた。しかし、其れに対して李儒の軍隊2500は最後の掃討戦しか行っていなかったため兵は健在でほとんど減っていなかった。
李儒はこの機会を政争の決着を決めるよい機会ととらえ、賈瞬軍を襲ったのだ。
大局は一瞬にして決まった。それでも賈瞬軍はかなり頑強に抵抗したのだが数の暴力の前に散った。
ではなぜ、賈瞬の副将である張遼が賈詡の家に報告しにくることができたのかといえば、賈瞬の取り計らいによるものが大きい。
張遼も最初は当然反対した。賈瞬を残して自分だけ生き残ることを酷く浅ましい行為に思えたからだろう。しかし、それでも賈瞬は譲らなかった。最終的には張遼を殴って言うことを聞かせた。
仕方なく張遼は泣く泣くといった感じで賈家へ賈瞬の討ち死にの報を伝えに行ったわけである。
賈瞬は最期にこう言った。
「張遼よ、我が息子文和を助けてやってくれ。あいつはきっと大物になる。俺みたいに一介の武将で終わるような器じゃない。」
どこまでも青く澄み切った空へとその遺言は消えていったのであった。
賈詡は泣き崩れた張遼を立ち直らせると家の中に伝えて回った。
賈詡の母親の名を紫遥と言う。
紫遥は誰よりも夫であった賈瞬のこと愛していたに違いない。だから、賈瞬の死を聞いた時誰よりも深く悲しんだのは彼女なのではないのだろうか。
しかし、彼女はこの家の中で誰よりも強い女だったに違いない。それに夫である賈瞬がいずれ、戦場で討ち死にすることも覚悟していたのかもしれない。
紫遥は決断した。
「ここにそのまま居たのでは李儒の追手が来る可能性が高いです。皆さん非難しましょう。私の実家は晋陽にあります、そこまで行けば李儒の追手は来ません。」
母上が覚悟を決めた女の表情になった。今この時の母上が一番強いのではないだろうか。私はそう錯覚してしまう程今の母上には芯の強さが見えた。しかし、同時に父上を失ってしまった悲しさに今にもつぶされてしまいそうであった。
ここでの決断が私たちの後の人生を大きく変えることになるだろう。
張遼さんは敵討等と言っているがここで命を散らす訳わけにはいかない。
私は父上から張遼さんの命を預かったのだから。
私は父上が最期に見たのと同じ青く澄み切った空を噛み切らんばかりの瞳で見つめて「なんとしでも生き残ってやる。」と覚悟を決めた。