2 賈詡、七歳になって名軍師の片鱗顕わる 前編
賈詡は転生者である。ということは、転生以前に当然人生はあったはずである。
是から、彼の転生以前の人生を大雑把に語っていこう。
私は周りの人間に比べて優秀だった。しかし、私はそのことを一度も鼻にかけたことはない。
私は周囲と自分の違いをある程度認識出来ていた自信があった。
だから、私は周りの人間の気分を害さないように努めた。
外との接触を避け、本ばかり読んでいる私を周囲は奇異な人間を見ているかのような様子であった。当時の私にはその訳など全く知りえなかったがそれはそれで仕方がないことだと思って頭の片隅に置いたままにした。
私は中学受験をして自分の第一志望校に進んだ。
私はこの集団は今までとは違って周りは皆自分より、優秀な人間の集団だと期待した。安息の地を得られるものだと思った。
しかし、幸か不幸か私はその集団でも学力が一番になってしまったのである。
案の定この学校の人間も今までの人間と同じような目で私を見た。
はっきり言うと決して気持ちのいいものではない。むしろそれは不快ですらあったし、何よりも不安であった。自分の理解者が永遠に現れないことから派生する恐怖から来るものであることは中学生の私には理解ができた。
そんなある日転機が訪れた。
それはいつも通り席替えを行った時のことであった。
私の席の隣の女の子が学校で評判の美人になったのである。嬉しくないわけがない。その上彼女は今までの人間とは違い私のこと奇異な人間として処理するのではなく私のこと理解しようとしてくれたのだ。
私は初めて永遠の不安から解放された気がした。それからしばらくはこの幸せな期間が続いたのであったのだが、彼女の死によって唐突にそれは打ち砕かれたのである。
交通事故であったと記憶している。
目の前が急に真っ白になった。 今まで周りの人間に興味を持ったことがなく彼女最初であった。恋愛に近い感情すら抱いていた。
この時、私は初めて喪うことへの悲しみを知った。
それ以降、私は今までよりもより、閉鎖的な性格になった。
ひたすらに本を読んだ。
兎に角、彼女の死を忘れたかった。
そんな時に私は歴史に大いに興味を持った。特に東洋史にである。
世に出回っているだろう全ての歴史書を読み漁った。この時に三国志などの有名な書籍を読んだ。そしてそこに書かれているであろう大体のこと理解し覚えた自信もある。
大学を卒業したばかりのことである。私は健康診断に行った。
医者に脳腫瘍があると言われた。それもかなり、進行していて助からないだろうと言われた。
想像以上にショックはなかったが、後悔はあった。
死ぬまえの存在した証を残したい、そう思って歴史小説を書くことにしたのである。
余命宣告が出された。1か月だと言われた。
慌てた。1か月では書き終わらない。そこで私は徹夜して執筆活動をしたのだが、腫瘍により思考力と判断力が低下していた上に毎晩徹夜したので余命1カ月がさらに縮まった。
私の入院中結局だれも見舞いに来てくれなかった。
私は最期は永遠の孤独なまま逝ったのである。
私は、新しく転生したこの世界で「神童」などと呼ばれている。
転生以前から勉強には困らなかったが、転生してから今までよりも頭の中がクリアになった。そのうえ生まれてから既に大量の知識を持っていたので読み書きは、2歳で出来るようになった。5歳の頃には漢文で書かれた史書を大体網羅していた。
また、両親も含めて周りの人間が皆私のことを奇異な人間を見るかのような様子になるかと思っていたら、そうはならなかった。
私が七歳になったある日のことであった。
いつも通り一人で書物を読んでいた時に父に呼び出されたのだ。
「父上何か用ですか。この後読みたい書物があるのですが。」
私は実の父に不満を持ちつつ視線を父の瞳に向けた。
父の形相が今まで見たことないほど険しいものになっていた。
すると、父が話し始めた。
「文和、俺はお前は一日中本ばかり読んでいる人間になりたいのか。」
最初父上の言わんとしている言葉の意味がよく解からなかった。私は一日中本を読んでいたいから読んでいたのであるから。
「何を恐れているんだ。そんなに人との関わりを持つこことが怖いか。
お前は賢い子だ、文和、お前の心の内を話してくれないか。俺とお前は誰が何と言おうと親子じゃないか。そう、塞ぎこむな。」
それまで険しい表情をしていた父上の表情が柔らかくなり慈愛にみちた物に変わった。
私はしばらく呆けたような顔になっていたが父の言葉の温かみに気付いて、胸が熱くなった。私は今まで感じたことのない程の嬉しさを覚えた。
永遠の孤独から解放されたような気がした。
その後は、自分が転生者であることや、誰にも理解されない孤独、全てのことを父上にぶちまけた。
その時の父上は始終慈愛に満ちたものであった。
そして、最後にこう諭されたのである。
「人に理解されたいのならば、相手のこと理解するよう努めろ。
まずは、それからだ。一日中本ばかり読んでいては人の顔をみることすらままならいだろう。そのために、兎に角いろんな人と話せ。お前にならきっとできるはずだ。」
次の日から賈詡はぎこちないながらも賈家に勤めている使用人の人たちと率先して話すようになった。その姿にはまだ緊張もみられるが、一日中部屋に塞ぎこんでいたころと違い明らかに生き生きとしていた。
そんな様子を父や母、賈家の使用人も含め、皆温かな目で見ていたのであった。
賈詡が人との関わり率先して持つようになってから暫く経ったある日のことである。後に賈詡の人生を大きく左右する悲劇が待ち受けているのだが、この時はまだ誰も知らない。
賈詡の父の名前は賈瞬である。彼は董卓に仕える武将である。
そして、賈詡が生まれて、現在も住んでいる涼州は、異民族特に匈奴と呼ばれる騎馬民族の略奪に悩まされている地域だ。
当然賈詡の父である賈瞬もその討伐が仕事の一つである。
賈詡は父のことを心配していた。そこで一計案じてみた。
「父上、匈奴に略奪させてやるというのはどうでしょうか。」
私は、春秋戦国時代末期の趙の名将李牧の策を基に父上に提案してみることにした。
「どういうことだ。単なる冗談で済むようなことではないぞ、深淵。」
父上は、私の考え出した策にまだ気づいていないのだろう。
私は詳細を話すことにした。
「敵を油断させるのです。うまいこと連続して略奪に成功した匈奴は調子に乗って大軍で今度は来るでしょう。」
ここまで一息に言ったので少し間を置く。
すると、父上が質問してきた。
「それで、どうするのだ?」
少し、調子を狂わされたのだが父上らしいと云えばその通りである。
「確か、最近略奪され村の近くに千程の手勢が隠れるには適した山があったはずです。その村に匈奴が集まるように他の村の防備を堅くするのです。そして、
そこだけ手薄にして調子に乗って匈奴が大軍で来たところを奇襲するのです。
勿論これだけでは足りません。そこで事前に董卓様に要請しておいてください。
董卓様も匈奴には悩まされているはずです。それを一網打尽に出来る機会があるのならばこの策に乗ってくれるはずです。出してくださる兵の予想としては、三千と言ったところでしょうか。後奇襲した際に董卓軍が援軍として一万で来るという虚報を流してください。そうなればお察しの通り匈奴は奇襲されて既に混乱状態であるのにもかかわらず一万の軍隊の援軍の存在を聞かされるのです。そこまでいけば山からの奇襲で退路が塞がれている敵は恐慌状態に陥るでしょう。さすれば、援軍が一万であろうと、三千であろうと大して変わらないでしょう。あとは、ただ敵を殲滅すれば良いだけです。」
賈瞬は自分の息子である賈詡の策を聞いて戦慄した。息子の持つ才能の巨大さにである。しかし、同時に自分の息子が将来何か大きなことを成し遂げるのではないのかという期待も心の内に膨らましていた。
賈詡は後に神算と言われる智謀の才能の片鱗を見せたのである。