承章
同じく教室を後にする綾。
残された二人。
気まずい雰囲気。
潤 「汐と綾って付きあってんのかな」
秋 「なわけないでしょ」
潤 「訳ないまで言うか。いやあ、意外とわかんないぜ? 美女と野獣って感じで案外お似合いじゃん」
秋 「綾ちゃんはともかく、汐が綾ちゃんみたいな子と付き合ってるの想像できないなあ」
潤 「いやいや、それが決めつけだろ。もしかしたら小動物タイプの女の子が好きかもしれないでしょ。ほら、不良って雨に濡れてる子犬見ると放っておけないらしいし」
秋 「漫画の見過ぎでしょ……。」
潤 「でも、そうじゃなきゃ綾が追いかけて行った理由がわからなくないか?」
秋 「うーん……。単純に汐の行動に違和感を感じたんじゃないの?」
潤 「違和感……ねえ。俺が鈍感なのか全然分からねえ」
秋 「それ本気で言ってんの……? さっきの汐なんて違和感の塊だったじゃない」
潤 「え、もしかして……使ってる柔軟剤が変わってたとか?」
秋 「そうそう、服がいつもよりふんわりして……って違うでしょ」
潤 「実は従弟だった!」
秋 「従弟でも似るときは似るけども」
潤 「そう言えば従弟同士って結婚できるんだよな」
秋 「この会話の流れでそう言えばが出てくる意味わかんないんだけど……」
潤 「ほら、将来を約束した二人が1人を助けるためにもう1人が犠牲に!」
秋 「どうして汐が命の危機に面してるのよ」
潤 「竹の中身みたいな女に『頭の中パッカーン』とか言ってしまったから……うっ……悲しい事件だ……」
秋 「先にあんたの頭部をパッカーンしたい気持ちが湧いてきた」
潤 「しかしあのストーリー仕立てのCMもいつからか当たり前になって来たよなあ」
秋 「はあ……」
潤 「どうしたため息なんてついて。幸せが襲ってくるぞ」
秋 「……言葉」
潤 「は?」
秋 「言葉よ、透から言われた言葉」
潤 「それがどうした?」
秋 「それを達成するために私たちがすること……わかってるでしょ?」
潤 「あーそうだよな、まずは世界一周してから次に」
秋 「煙に巻いてれば結論から逃げれる。そんな風に思ってない?」
潤 「……正論だな」
秋 「へたれってだけじゃないのもわかってるよ」
潤 「いいや違うよ。俺がヘタレなだけだ」
秋 「透がいないから……でしょ」
潤 「違う! 透は……!」
秋 「じゃあ言ってみなよ!! 今すぐに! 言ってみれば!?」
潤 「言えねえよ……。少なくとも今は無理だ。俺が心のどこかであいつがまた戻って来るんじゃないかと思ってるうちは……」
秋 「それが、透がしてほしいことだったとしても?」
潤 「だとしても、だ」
秋 「ここで、自分から言えない私もお互い様か。まったく。言葉だけ残されて死なれるのも困っちゃうね」
潤 「呪いだな」
秋 「不謹慎で笑えないね。けど、透が考えそうなことかな」
潤 「ごめんな」
秋 「どうしたの急に」
潤 「なんでもない。秋も綾の所に行ってあげた方がいいじゃないか? 汐に説得行くなら2人の方がいいだろ」
秋 「いやいや、子供じゃないんだから」
潤 「いいから行けって!」
秋 「あ、ちょっと!? ……行って来ればいいんでしょ!」
秋、潤に背中を押されながら教室を後にする。
潤 「どうすればいいんだよ……透……」
暗転。
屋上。
汐と綾が話してる。
綾 「大体汐くんはすぐに頭に血が上りすぎです。怒っては周りに当たって。かと思ったらたまに優しい所も見せて。
今流行の不良がたまに良いことをすると善人に見えるってやつですか。
私みたいな真面目ちゃんタイプがそれで騙されると思ったら大間違いなんですからね」
汐 「続けろ」
綾 「続けっ!? いや、続きか―……ノープランだったなあ……」
汐 「俺みたいな不良が何だって?」
綾 「そう言うのに優等生タイプが騙されちゃって、付きあったら最後。ずるずる成績落ちちゃうんだよねえ」
汐 「何だお前俺のこと好きなのか?」
綾 「なっわっけっ、ないじゃん」
汐 「わざわざ言わなくてもわかってんだよ!」
綾 「ちょっと期待して……ないですよねー」
汐 「……お前何しに来たんだよ」
綾 「見ての通り汐くんを説得しに」
汐 「だとすれば目的は失敗だな」
綾 「まだ失敗とは決まってないし!」
汐 「お前の言葉じゃ俺の心は動かないよ」
綾 「なら問題ないや」
汐 「はっ。なんだそれ? 俺に愛の告白でもして動かそうってか?」
綾 「透くんの言葉なら言葉動くんだもんね、汐くんは」
汐 「……なんだそれ」
綾 「嘘を吐くのが下手だなあ汐くんは。あんな過剰に反応してたらバレるよー」
汐 「過剰に? 別に潤の態度が気に入らなかったから悪態ついただけだ。さっきお前も言ってただろ? すぐに頭に血が上るって」
綾 「だから私も言ったでしょ。『それで騙されると思ったら大間違いなんですからね』って」
汐 「……お前、そんなに喋るやつだったか?」
綾 「それだけ隠してるのを見ると私が思ってた以上に隠してることがある感じかな? 当たりでしょー?」
汐 「どっちが本当のお前だかわかんねえなあ」
綾 「女の子って案外怖いでしょ?」
汐 「そうだな。三日目の女の子には近づかないようにしとくよ」
綾 「私軽い方なんだけどなあ」
汐 「じゃあ気を付けるのは水泳の授業くらいなもんだな。うちの姉さんが聞いたら羨ましがるよ」
綾 「そうやって煙に巻くのはどっちかと言えば潤くんの専売特許だよ。らしくないなあ」
汐 「上手くいかねえか……。本っ当ダメだなあ俺は、いくら頑張っても演技が上手くいかねえ!
潤相手にさえ話題を変えれないんだから才能がないんだろうな、多分」
綾 「透くんが上手だったもんね、そう言うの」
汐 「透は関係ねえ」
綾 「あるよ。だってあの中で誰よりも透くんに固執してるのは汐くん、でしょ?」
汐 「俺が? 冗談きついぜ勘弁してくれよ」
綾 「潤くんも秋ちゃんも待ってるしさ。早く話を進めようよ。汐くんだってこういう腹の探り合いってあんまり好きじゃないと思ってたけど違うのかな」
汐 「腹を探って困るのはお前じゃないのか? その柔らかそうなお腹掴まれたら恥ずかしくて泣きだしそうだな」
綾 「透くんとなにがあったの? 教えてよ」
汐 「絶対に嫌だね」
綾 「教えて」
汐 「お前にそこまで踏み込まれる理由がねえ」
綾 「あるよ。私みんなとこれ以上わだかまり残したくないから」
汐 「……」
綾 「だから、言って」
汐、諦めて近くに座り込む。
汐 「……雨が降りそうな空だった。打ち合わせしたわけでもなく本当偶然帰る時間が一緒になって透と一緒に帰ってたんだ」
綾 「えっ、あの日汐くん一緒に帰ってたんだ」
汐 「バス停近くの公園で女の子が遊んでたボールを道路に飛ばしてしまった。それを取ろうとした女の子の横からは車が迫っていて……。ここまではありがちな話だしお前も聞いただろ?」
綾 「それで透が女の子を助けたんだけど間に合わなくて轢かれて……だよね?」
汐 「そうだ。けど、それがおかしいんだよ。あいつが、人のことを見透かす性格のあいつが。そんなわかりきった事故に遭遇して助けて死ぬか?
完璧で、運動神経抜群で、機転の利くあいつが、そんなことで車に轢かれて死ぬか?」
綾 「それはちょっと神格化しすぎじゃないかな?」
汐 「いいや、実際そうだ。なんせあいつ自身が自分で言っていたからな」
綾 「え? いや、え……? そこまでわかってるのにどうして透くんは死んだの?」
汐 「あいつはステータスの塊なんだ。あいつのエピソードは山ほどある。潤や秋が高校より前の武勇伝も話してくれただろ? それだけあいつを使った話は多く存在してる。
透は、それが嫌だったんだ。自分と言う人間じゃなくて、完璧な人間を作り上げるための話がどんどんと増えていくのが」
綾 「……」
汐 「自分を語る話が増えれば増えるほど自分に課せられるハードルはどんどん高くなって、だけどそれを超えるだけの能力があいつには備わってて。
このまま自分が全てのハードルを越えた先には何が待っているのか、全てを見透かしてしまうあいつはわかってしまった
……『完璧になってしまった自分には誰も興味を持たなくなって、鵜崎透と言う一人の人間ではなくなり、なんでもできる完璧な偶像になってしまう』と」
綾 「そんなの……被害妄想だよ!」
汐 「俺もそう思ってただけどあいつが死んでからそれはあってたんだとわかった」
綾 「透くんが死んでもそののエピソードが今でも語り継がれてる。死んでも話続けられることは、生きていても変わらないことだった……って?」
そんな! 歴史上の人物にだって話が語り継がれるような人は! ……あっ」
汐 「だからそれが偶像化だろ……? あいつは英雄じゃないんだよ。ただ1人の、どこにでもいる男でいたかったんだ」
綾 「そのために女の子を助けて死んだって言うの……? 助かるはずなのに、死んだって……?」
汐 「あいつはみんなを救う空になるにはあまりにも完璧すぎた。空どころか障壁になってしまってたんだよ。
『あいつがいればなんとかなるだろう』『困った時もあいつを頼れば大丈夫』。そんな人間ばっかりになれば困る人間はいなくなる。
手を差し出す前に、助けの手を伸ばしてくれる人がいなくなってしまう」
綾 「あの事故に……そんなことが……」
汐 「事故に会ったあとに俺はあいつが死ぬまで話してた。そこであいつがなんて言ったと思うよ?
『俺が出来なかった分までみんなのことを頼む。お前なら出来るさ』。そう言ったんだよあいつは!
その言葉がいまでも頭から離れねえんだよ! あいつの言葉が! 今も呪いのように繰り返されるんだよ……!」
綾 「それで今日のメッセージ……」
汐 「俺は……あのメッセージの犯人はおおよそ予想がついてる」
綾 「私たち4人の中にいる……とか?」
汐 「だったら面白い展開で笑えないんだけどな。犯人はもっとわかりやすいよ」
綾 「……?」
秋 「あ、いたいた! おーい!」
綾 「あれ、秋ちゃん? 潤くんは?」
秋 「潤なら教室で来るのを待ってる」
汐 「誰が来るのを?」
秋 「汐くんに決まってるじゃん。あるんでしょ、話」
汐 「はっ、それも透の入れ知恵か?」
秋 「さあ? 行ってみたらわかるんじゃないの」
汐 「つくづく女って生物は怖いな」
汐、屋上を後にする。
綾 「なんであんな嘘吐いたの」
秋 「えっ。そんなにわかりやすい嘘だった?」
綾 「秋ちゃん嘘吐くときに右斜め上を見る癖があるんだよねー」
秋 「うそっ!? 知らなかった……」
綾 「うん、嘘だよ」
秋 「嘘なの!?」
綾 「やっぱりさっきの嘘だったんだ。それが秋ちゃんが透くんに言われた言葉に沿った行動なの?」
秋 「うーん……。私のって言うよりかは潤のかな。汐くんなら潤のうじうじした性格をどうにかしてくれるかなって」
綾 「流石、竹を割ったような性格の女の子だね。荒療治すぎないかなあ」
秋 「荒療治くらいがちょうどいいのよ。今の私たちは透が抜けた穴を埋めようと必死になりすぎてた。でもそれじゃあダメなんだ。
私たちは新しい環境を作らなきゃいけない。透がいなくなったあとの、私たち4人の環境を」
綾 「そのためにはやっぱりあの二人がキーになるよね」
秋 「まっ、私たちは結果を待ちながらジュースでも飲んでましょ。はい、これ」
綾 「ありがと。男の子には、男の子にしかわからない世界がありますからなー」
暗転