五話 初めての屋内戦
さて、一体どうしたものか。このオルタスとかいう男。昨日とは比べものにならないほどの威圧感がある。対峙しただけで足がガクガク震えてきそうだ。
「急にどうした?昨日は逃げ帰ったクセに、飼い主に怒鳴られて仕返しにきたのか?」
オルタスは周りの兵士に目配せし、取り囲んだ。あっという間に狭い部屋がよりいっそう暑苦しい。相手は四人。こちらも四人。外には俺たちを逃がすまいと他の兵士達が取り囲んでいる。
「その通りだ。兵士ってのは犬と一緒だ。飼い主への忠誠は行動で示さねばならぬ」
「大変だな」
「全くだ。めんどくせーんだよな。そう言うの」
「オルタス!!」
と、隣で兵士が叫んだ。
「まあまあ落ち着けって、堅苦しい喋り方は疲れるんだよ。ゴース」
ゴースと呼ばれた男は舌打ちをすると、剣を構え直した。
オルタス以外の三人は皆同じような両刃の剣。オルタスはナイフだ。全員共通して軽装だ。
屋内戦か。俺の装備だと厳しいな。野太刀でやたら斬ってもいいんだが、足場が無くなるのは困る。太刀もここじゃ長すぎる。格闘術を使うか。マイケルは問題ないな。ハルは戦えるのかどうかだが、ロザは魔法がある。
「マイケル、お前と俺は前衛だ。ロザ!後ろで援護!ハルはロザを守れ!」
戦闘開始だ。
まず一番近くにいた兵士の突きを交わし、顔面へ殴打。後ろへのけぞった所を捕まえ投げる。仰向けに倒れたところで首を思い切り踏みつける。「ぎょえっ」と声を上げて動かなくなった。
マイケルは体当たりで先制攻撃。襲ってきた二人をまとめて壁に押し潰す。一人はそれで動かなくなったが、ゴースがマイケルを跳ね返した。
「ほう、お前強いな」
「俺の巨体を跳ね返すとはなかなかやるな」
ロザが炎をオルタスへと飛ばす。オルタスはこれを難なく交わした。壁に火が燃え移った。
「あっ!」
ロザは火を消す。オルタスは俺の脇を通り過ぎロザへ向かって走った。すかさずハルが飛び出し応戦する。しかしオルタスが優勢だ。マイケルも気になるが、ハルの援護に向かった。
走ってオルタスの背中に蹴りを入れる。しかし交わされた。後ろに目があるみたいだ。バランスを崩したところにオルタスがナイフでついて来る。マズい。
「バリア!」
カーンと高い音がした。ナイフは弾かれていた。
「おっと、なかなかいい連携じゃない」
嬉しそうにオルタスが言う。その隙に体制を立て直す。
「損害なんかでないと思ってたんだがな。もう二人やられちまった。やるなお前ら」
「あまり敵を褒めんなよ」
オルタスが上段蹴りを放ってきた。それを頭を下げてかわす。残っている足に向かって蹴り。オルタスはジャンプでかわした。そのままかかと落としをしてくる。かわせない。受け止める。重い。落とした足を強く引き、もう一方の足で顔面を狙ってくる。これもかわせない。ガードも間に合わない。
ガンッ!
頭がクラクラする。まともに食らってしまった。朦朧とする頭で、投げられるハルを見た。マズい!あのままではハルが死ぬ。殺されてしまう。なんとか立ち上がり、刀を放つ。オルタスは見事にそれを受け止めた。
あぁクソ。太刀だったか、野太刀なら決まってたのに。
「あぶねえあぶねえ。へっへっへ」
すうっと、頭が冴えた。霧が晴れるようだ。いやに意識がはっきりしている。
「それにしても、魔法込めて蹴ったってのに、よく立ち上がれるもんだ。でも頭んなか霧がかかった見てえだろ?ノームキックさ。センスの欠片もないネーミングだろ?へっへっへ」
魔法…もしやこの刀は…
「立ってるのも辛かろう。今楽にしてやる」
そう言うとオルタスはナイフに魔法を込める。その瞬間、刀身が熱を持って光り出した。
「俺は炎系の魔法が得意でな。特にこのヒートは極めてるって自信がある。大抵の物体はこれで切断できる。熱で溶けちまうからな」
魔法は意識しない限り使用者には害を及ぼさない。授業で習った。
オルタスが俺に向かってナイフを振る。速い。やはりかわせるようなもんじゃない。死がよぎる。しかし俺は落ち着いていた。この太刀ならガードできるのではないかと思ったからだ。どうせできなきゃ死ぬだけだ。
カーン…
結果は見事にガード。ナイフを受け止めた。ナイフのエンチャントは消えている。唖然とした表情のオルタス。
やはり、この刀は魔法効果を打ち消すんだ。いや、もしかしたら魔法そのものを無効化できるかもしれない。今度ロザに頼んで実験してみよう。
「なぜ、なぜだ?なんなんだお前の剣は」
「さぁな。貰いもんなんでな」
太刀をそのまま押し込んで、オルタスを壁際まで追い詰める。ナイフが使えないように右手を封じるのを忘れなかった。
体重を乗せてオルタスの動きを封じ、余っている右手で何度も殴った。鼻血が出る。歯茎がや唇が切れる。血が飛ぶ。
何度目かわからない殴打。オルタスの顔はもう無残なほどボロボロだ。それでも反撃のチャンスを伺っている。やはり強い。早急にトドメを。そう思って弱ったオルタスを投げる。そして刀を振り上げた。瞬間、背中へ衝撃が走る。マイケルが吹っ飛んできたのだ。
「マイケルてめぇ!」
「あいつとんでもない怪力だぞ」
覆い被さったマイケルをどけて、ゴースを見やる。筋肉は確かにあるが、マイケル程では無い。恐らく魔法でパワーアップしているのだろう。剣が折れている。
「あの剣。マイケルが折ったの?」
「そうだぞ」
マイケルすごい。
ロザがゴースへ向けて魔法を放つ。避けずに受けとめた。ゴースの身体が焦げる。肉の焼けるにおい。
気づけばオルタスが立ち上がっていた。しかしフラフラだ。
「ゴース!逃げるぞ!」
「分かった」
そう言うとゴースが俺たちに向かって突っ込んでくる。速い。恐らく魔法強化。
なんとかかわすが、もうオルタスはゴースに抱えられていた。抱えられたオルタスはそのまま叫ぶ。
「撤退!一目散に逃げ帰れ!!」
外で兵士達の足音がする。たくさん居たようだ。野宿なんかしていたらあれらを全部相手にしなきゃいけなかったかもしれない。
ゴースは壁を突き破って逃げていった。
「待て!」
そう叫んでも止まることはなかった。
静かになった。後に残ったのは瓦礫と兵士の死体2つ。いや、死体はどちらも生きているようだ。心臓が動いているのを確認した。
「さて諸君。この責任は誰に押しつけようか」
「兵士達だな」
「あのオルタスとかいうやつ」
「黙って逃げよう」
ハル、それじゃあ俺たちが悪いことしたみたいじゃないか!
階段を上る音がする。誰かがやってくると身構える。ドア…はもう無いが、ドアだったものを律儀にあけて、宿の女将が現れた。
「おやおや。これは一体どうしたのかな?台風にしちゃあ風の音は聞こえないし、濡れてもいないね」
ヤバい。嫌な予感がする。
「んで、誰が悪いのかね?」
俺達は一斉に倒れている兵士を指差した。
「こいつらこいつら!急に襲ってきたんだ!」
「ふーん。全員同罪。さぁさぁ弁償だ!金をよこしな!」
マジかよ。最低な夜だぜ。