2-20
「師匠、赤くなってますよ。それ以上こすらない方が宜しいのでは」
「あ、うん」
エドに指摘されて我に返って止めたが、そこでエドが意外なことを言い出した。
「お守りできず、申し訳ございませんでした。女性はそういうことを気にすると聞きまして」
「そういうことって?」
「好意のない男性に、急所に近い場所に触れられるのはお嫌でしょう?」
「え!?」
思わず口をあんぐりと開けて、呆然とした。
何どうしたのエド! 今までのエドだったら、そんなこと気づかなかったのに!
願わくば、その発想から『急所』という部分を削除して欲しいけれど、でも当たって無くもないのでそこはいい。
「どこでそんな発想を仕入れたの?」
エドが自分で気づくわけがない。そう決めつけて尋ねたら、びっくりする答えが出て来た。
「ヴィラマイン様です」
はい!? ヴィラマインがどうして!
「事件の後で急にその仕草が増えたことを、気にしておられまして。誰かに触れられたのではないかとおっしゃるので、ディナン公子のことを話しましたら教えて下さいました」
「やっ、ちょっ、話したのぉぉぉ!!」
エドは冷静にうなずく。
「対応策としては、別の人間が触れた方が早く忘れられるだろうとも。なので失礼します師匠」
そう言いながらあっさりと、エドが手を伸ばしてくる。
まさかと思ったら、エドに触れられた。
というかエド。それじゃ擦ってない。耳を全部塞ぐように手で包み込まれて、温かくて嫌じゃないけど、嫌じゃないけど。
だんだんとエドの手が涼しく感じるくらいに、自分の頭に熱が上ってくるのがわかる。
「……師匠は本当に小さいですね。以前、女性はか弱いのだと教えられましたが、師匠について歩くようになってこうして触れさせてもらえるまでは、実感が無かったのです。時々触れないと、まだ今でも師匠が、存在と同じくらいに大きく見えてしまって……」
「う……うあ……」
な、何言ってるのエド! あなた絶対無意識でしょう?
普通に男女の差を感じてるだけだってわかってるけど、わかってるけど!
「うわーんヴィラマイぃぃぃン! ヴィラマインはどこ! 何をエドに教えてるのよぉぉぉ!」
エドと普通に話すようになったのはいいけど、どうしてこんなこと教えちゃうの!
思わずエドから逃げて、ヴィラマインを探しに走り出す。
でも走りながらふと気づいた。
ヴィラマイン……そんな話をするほど、エドと仲が良かったっけ?
走る足が少しずつ遅くなる。
確か、最初はとても怖がっていた。
でも最近、おかしいなとも感じていた。だって怖いと思っている相手の筋肉を、確認したりするだろうか?
エドが粗暴だったから?
でもヴィラマインが筋肉好きだとしたら、ちょっと乱暴なのは嫌がっても、あからさまに怖がらない気も……というか、あの竜の子供を育てたりしていたのよね?
「あれ?」
そもそもヴィラマインの従兄も、竜に乗って戦っていたと聞いた。それなのに、騎士がちょっと強引なぐらいで怖がるだろうか?
他に理由があるとしたら……。ヴィラマインってエドのことを意識していたとか?
そんな可能性に思考が行きついた時、ほんの少し変な気持ちになった。
胃の中がもやっとするような。
お菓子の食べ過ぎが今頃になって胃にきたのか?
とにかくヴィラマインには確認せねばならないという気持ちが強くなる。
だって、もし意識していたとしたら、最近エドと一緒にいることが多い私ってお邪魔虫なのでは。それにアンドリューの結婚相手候補に挙げられている状態を、心の中では悲しんでいるかもしれない。
ヴィラマインの気持ちを確認したら、エドにそれだけは止めるように説得する必要があるだろう。身分が関係ない友達だからこそ、私にできることってそれくらいだと思うんだ。
でも、ヴィラマインがそれでもいいと言ったら?
好きな人がいる国へ嫁いで、好きな人に仕えられてもいいというのなら……むしろアンドリューにヴィラマインを勧める?
お姫様だから、騎士とは結婚できないだろう。近くにいられる方を優先したいとなれば、ヴィラマインにはその道しかない。
異世界は、中世の封建時代初期の騎士が強さだけで成り上がって王様になれる状態とは、社会構造が違う。
私も、異世界の絶対王政的な社会構造になった理由がちょっと飲み込めなかったんだけど、特に王族が持つ特別な能力による『術』によって、制約させられているからだとわかった今は、納得するばかりだ。
だからこそ、騎士と王女のロマンスは難しい。
でもその分だけ、エドと無邪気に遊んでいるのを見たらヴィラマインは傷つくかもしれないもの……。
悩みながらもヴィラマインを探していると、北側の庭にヴィラマインの姿を見つけた。アンドリューと一緒にいる。
声を掛ける前に、私は足が止まる。
「……それなら、エドに事情を話す気はない、と?」
「ええ」
ヴィラマインがアンドリューにうなずいてみせる。
「エド様のお父様へ、私達の国が何か返せるとしたら、エド様が私達の国とは関係のない人だと言い続けることと、エド様が拭い去った過去など知らずに幸せにお暮しになって下さることぐらいです。私が……彼のお父様への懐かしさから近づくことさえ、異世界でなければできなかったでしょう」
エドのお父さんの話?
ヴィラマインの国と関係があったというのはどういうことなんだろう。思わず近くの生垣に隠れて耳を澄ませてしまう。