2-17
対人の戦闘は見たけれど、魔獣に対する戦闘は初めてだった。
エドは恐ろしい素早さと跳躍力で魔獣に飛び移っては斬り、振り払おうとする手に飛び移っては斬りを繰り返す。
的が大きい分、斬る分には問題なさそう。
そしてエドの身体能力がすごすぎて、特撮ヒーローものを見ているような、現実味のなさを感じてしまう。
竜が血を噴き出しているけれど、高温多湿な時期の山の中みたいな匂いしかしないので、ますます映画を見ている気分になる。
異世界人てみんなエドみたいに戦えるのかと思ったけれど、違うらしい。
「竜の皮膚を、あんなにたやすく!?」
「剣が特別製なのか?」
「ルーヴェステインにそんな技術はなかったはずだ!」
電話を掛けていたディナン公子達が、そう言って騒ぎ出した。
どうもエドが軽々と斬りつけているのが異常らしい。すごいなエド。私には最初から無理なことすぎて、差異がよくわからなかったよ。
とにかく普通の騎士では、皮膚を斬ることすら大変らしい。
私はエドの様子とディナン公子達に注意を払いながら電話をかける。
「もしもしヴィラマイン?」
ヴィラマインはワンコールですぐに電話に出た。
「沙桐さん大丈夫ですか!?」
「エドが来てくれたので大丈夫なのだけど、今、エドに竜と戦ってもらってるの。チョコレートで巨大化しちゃって」
「巨大化!?」
ヴィラマインが息を飲んで言葉を失ってしまう。
落ち着いてと言おうとする前に、ヴィラマインの電話を奪ったらしいアンドリューが話しかけて来た。
「もしもし沙桐さん? 無事そうで何よりだけど、竜との戦闘始めてからエドの電話の内容が聞こえなくなってて」
「アンドリューもエドの通話オンのままにさせてたの? それなら話が早いわ」
私はアンドリューに異世界の魔獣の扱いについて尋ねた。
そして私の思いつきと、それが実行できるかを尋ねると、ものすごく心強い言葉が出て来た。
「大丈夫。録音しているから」
「え、どうやって!?」
「エドの電話を置いて行かせたんだ」
流れ出るスピーカー音声を、録音し続けたらしい。
「日本の法律ではどうか知らないけれど、あちらの世界で使えばまぁ面白いことになるよね」
「お主も悪よのぅ……」
思わず言うと、アンドリューがくすくすと笑う。
でもこれでおおよそのことは大丈夫だと確信できた。
よし、と思ったところでアンドリューの乗ったタクシーが到着した。警察よりも先に到着したアンドリューに、道の側にいたディナン公子が驚く。
「おまっ……なぜここに!」
「彼女はうちの保護下にいるんでね。動向は知らせてもらっていたよ」
次に降りて来たのは、ヴィラマインとその護衛だと思う大人の騎士だった。黒のスーツ姿なのは日本にいるせいだろう。
「我が国から竜を持ち出しましたね? 条約違反ですわ、ディナン公子」
ヴィラマインの抗議に、ディナン公子は笑う。
「そう言われても困りますね。どこに証拠があるのですか?」
ディナン公子は証拠は隠ぺい済みなのだろう。自信満々でそう言ってのけた。
そこでアンドリューに近づいた私が、彼に言う。
「あれ、再生してみてアンドリュー」
「なるほどわかったよ」
アンドリューはうなずき、携帯に録音していたものを再生した。
《当たり前だろう。僕は公子だ。……ふん。思えばお前は別に貴族でも何でもないわけだ。異世界人と言っても秘密裏に連れ出してしまえば、協定に引っかかるものでもない。いつまで吠え続けられるものか、試してみるのも一興か》
「なっ!」
自分の声が録音されているとは思わなかったんだろう。思ったよりもはっきりと、ディナン公子だとわかる声が流れて、彼は驚愕に目を丸くした。
《ヴィラマイン様に交渉に応じさせるためにも、先にお前を母国へ送ってしまおう。交渉するにも、あちらで話した方がヴィラマイン様も色々と理解してくれるだろう》
続く音声に、ディナン公子はあんぐりと口を開ける。
けれどすぐに立ち直って、震える声で言った。
「そ、そんなものでは証拠としては弱いでしょう、アンドリュー殿。私が竜を攫ったという言葉は一つも出て……」
《ご飯だ。これを食べるといいよ》
アンドリューが再生する音声に、牧野君の声と、ややあって倉庫が壊れる轟音が続いた。
「どう考えてもこれは、公子が懇意にしているそこの学生が何かを食べさせ、竜が巨大化したことがわかる会話ですね」
微笑んだアンドリューの前で、ディナン公子は陸に上げられた鯉みたいに口をパクパクさせている。
真っ青な顔色だったものの、自分の失点を拭う簡単な方法はすぐに思い浮かんだようだ。
「あ、あの携帯を奪って破壊しろ!」
ディナン公子が命じると、反射的に彼の騎士が行動を起こそうとする。
けれど駆け寄ろうとした騎士は、横から素早く蹴り飛ばされてしまった。