2-15
「痛った……ぐふっ!?」
頭突きの痛みに叫びかけたところで、胃がぎゅっと締め付けられるような感覚に呻いた。
いや違う。リアルに締め付けられて苦しい。お昼ご飯が消化される前だったら、大惨事になるところだ。
一体何がとか聞く気はない。もうわかってる。
「エド、苦し……」
「失礼しました師匠」
私を小脇に抱えていたエドが離してくれる。その場に座り込みながら、とりあえず先に言うべきことを口にした。
「助けてくれてありがと、エド」
さっきは、私を抱えた騎士をエドが蹴り飛ばし、そのせいで騎士の拘束が緩んだところを、私だけ抜きとって保護したのだ。
……説明するとものすごく乱暴だけど、助けられた身で無事なのだから文句は言うまい。結果オーライということで不問にすべきだ。
「いえ、私も師匠の異常に気づくのが遅れました。電話をかけて下さって良かった」
「こっちこそ、上手く気づいてくれて良かった」
私は自分の保険が上手く利いたことに、ほっとした。
なぜエドが素早く駆け付けられたのか。
それは、タクシーから降りてエドからの着信に気づいた後、万が一のためにと思って、エドに電話をかけたまま携帯をポケットに入れていたからだ。
異常事態が起これば、嫌でも音声で伝わる……エドが私のイタズラだと思って、電話を切らずにいてくれれるなら。
しかも牧野君には電話で知らせたことを悟られる心配がない。
もちろん何も無かったとしたら、牧野君から離れたところで電話でエドに説明をしようと思っていた。
なにせヴィラマインと一緒にいるアンドリューを見守……監視しているのだ。
卵の件も、ずかずかと二人に近づいて知らせてくれるだろう。そういう目論見もあったのだ。
そして牧野君は、ディナン公子とグルだった。
捕まえられた私の悲鳴を聞いて、エドは異常事態を察して私の居場所へ駆け付けてくれた。
場所は言わなくても、彼ならわかるのだ。……迷子も捜せるペンダントを私が持っているから。
問題は距離だったけれど、エドは意外と離れていない場所に居たのか。姿を見られるのも厭わずに屋根から屋根へと飛んで来たのか……とにかく、私が異世界に輸送される前に、間に合った。
正直、ほっとして座り込んだまま動けなくなりそうだった。でもここから逃げなくてはどうしようもない。
エドが縄を切ってくれたので、立ち上がる。
「くそ、いつの間に騎士を呼んでいた!?」
私の頭が直撃した胃の辺りを抑えて、ディナン公子が立ち上がったところだった。
こっちは頭が痛かったが、ディナン公子に打撃を与えられたと思えば名誉の負傷というものだろう。よくやった私の頭。
そして私ごと蹴飛ばしたエドもよくやった。
騎士は公子を庇うように立っている。
そして牧野君は、倉庫の中から一人逃げ出した。まぁ、異世界人の騎士同士の争いに巻き込まれたらただじゃすまないと思ったのかもしれない。
でも後で覚えておけ、と私は心の中で思う。
「我が師匠は聡明な方なのでな。いつでも万が一に備えるとともに、そちらの思惑もお見通しだったのだ」
「ぐっ……」
思わず呻いてしまう。無意識に気が動転していたとはいえ、ついて行ったのは私ですし。
むちゃくちゃエドの言葉が心に刺さる……。闇雲に謝りたくなるくらいに。
実際、エドにはさせなくていいことをさせている状態だ。
後で、アイスおごって謝るしかないかな。エドって意外にアイス好きなんだよね。たぶん真冬でも、平気でアイス食べてるんだろうなと思うぐらいには。
しかしこの状況で、アイスごときで償えるかどうかは怪しい。
一方ディナン公子は、私を睨みつける。
「ヴィラマイン王女だけでなく、ルーヴェステインとも、騎士を貸し出すほどに懇意にしているとは……。どんな手を使って取り入ったんだ、この娘は。何の特技もなさそうな顔をしていながら……」
「ちょっ!」
失礼よ! 今とっても失礼なこと言った!
でも私が抗議をするより先に、エドが口をはさんだ。
「師匠は我が殿下の将来のためにも、とても重要な示唆を下さる貴重なお方。その師匠を捕まえ、あまつさえ連れ去られてしまっては……。殿下の結婚問題が解決しなくなるのですよ!」
そこなの!? 私はツッコミを入れたかったが、あまりのことに言葉が出ない。
途中までの台詞で、感動しかけた私の気持ちを返してくれ。
いやいや、そんなことを言っている場合じゃない。
「エド、ずらかろう!」
まずは逃げるのが先決だ。今の所、ここには私とエドしかいない。ディナン公子達には他にも味方がいるかもしれないのだ。
ヒーローに負けた小悪党みたいなことを言ってみた私に、エドはうなずいた。
そうして私を抱え上げたところで、倉庫に駆け込んで来た人物がいた。
「この手段を使いましょう、公子!」
逃げたはずの牧野君だ。彼は大きな卵を持っている。一抱えはありそうな大きさだ。
なんだか見覚えがある。大きさは牧野君の持っている卵の方が三回りほど大きいけれど。
わざと牧野君がその場に落とすと、卵の殻が割れて、見覚えのある動物が姿を現した。
……竜の子供だ。




