2-12
問題は解決した。
少し肩の荷が下りた気持ちで、私は日々を過ごし始めていた。
今の所、ヴィラマインの求婚者たちも大人しい。あのディナン公子でさえも、だ。
「じゃあ、また明日ね」
私は手を振って、校門前でヴィラマインと別れる。
彼女はすぐ近くに停車している、黒塗りの車で帰宅するのだ。お姫様になにかあっては大変だものね。送り迎えはしてくれなくては。
もちろんど庶民の私は歩きと電車で帰ります。
駅までてくてく歩いていた私は、三つほど路地の角を曲がったところで。
「あいたっ」
向かい側から来た男子生徒に肩をぶつけられた。
しかも抗議をする暇もなく、その男子生徒は走り去ってしまう。
「ええい。腹が立つわね。ごめんくらい言えばいいの……に?」
鞄の外ポケットに、何か白くて丸い物体がねじ込まれている。
え、今の人が入れて行ったの? スリじゃなくて、通りすがりに押し付け?
というかこれ、何!?
白い卵型のものだ。殻の感触は……実に卵っぽい。カルシウム詰まってそう。
卵という単語に、私はとても嫌な予感がした。つい先日、卵で迷惑をかけられそうになったんじゃなかった?
しかもこの大きさ。鶏の卵の四倍くらいあって、あきらかにおかしい。
私は卵をポケットの奥に押しこむと、携帯電話を取り出して、ヴィラマインに電話をしようとした。
また罠なのかもしれない。ヴィラマインの結婚にストップをかけた逆恨みで、私を学校に通えなくしようとしてのことかもしれない。
だって禁輸出入品よ! 持っていたら密輸で、お巡りさんに連行されちゃう!
だからヴィラマインに連絡して、速やかにまたエドを呼び出して……と思ったが、今度こそ敵はそんな余裕を与えてくれなかった。
「おい君」
ヴィラマインの電話番号を押す寸前で声をかけられて顔を上げる。すると目の前に居たのは、スーツ姿の大人の男性達だった。
どこかから走って来たらしい三人は、私に厳しい視線を向けている。
「今、走って行った男から何か受け取っただろう。出せ」
一人がそう要求し、二人が私の左右を囲む位置に移動する。
この三人も、さっき私に卵を押し付けていった人とグルなんだと思う。今度は逃れられないように、現場を取り押さえる人間も用意したんだろう。
どうする……。私は戸惑った。
このままだと警察行きだ。何もしていないのに、冤罪で。かといって逃げる自信もない。
大人しくついていく途中で逃げるか。でも手を掴まれたらどうする?
考えている途中で、ふいに後ろからぶつかられる。
「ぎゃああああっ!」
「ごめん!」
気弱そうな声が背後から聞こえたけど、おかげで前のめりに転んでしまった。目の前にいた男は慌てて避けたので、緩衝材にもならなかった。くそう膝が痛い。
「本当にごめん。でも追いつけて良かった」
振り返れば、私を突き飛ばしたと思われる人が、私の鞄を肩にかけて持っていた。
銀縁の眼鏡をかけた黒髪の大人しそうな顔立ちの少年は、私と同じ学校の制服を着ている。
側にいた三人の男達は、困惑した様子ながらも、今度はその少年に鞄を見せるように迫る。
「鞄? これのポケットの中? これのことかな?」
あ、と言う間もなく少年は私の鞄のポケットから、白い卵型のものを取り出した。
けど……あれ?
私が首をかしげるのと同時に、男達も「は……?」と声を出す。
少年が取り出して見せたのは、一見すると卵型っぽい白い鳥のぬいぐるみだった。くるっと前を向くと、申し訳程度の黄色い嘴と、小さな目なんかがついている。
「これ卵じゃないですよ。他には何もないですねー」
少年が鞄のポケットあたりを開いて見せると、確かにあの卵の姿形がなくなっていた。
「う……ああ」
男達もそれを見て、納得せざるをえなかったらしい。仕方なさそうに立ち去った。
「あの、ありがとう」
よくわからないけど、助けてもらえたのでお礼を言う。たぶん卵も、この人が何か偽装してくれたのだと思うのよ。
「あ、勝手に鞄の中を人に見せてごめんね。でも危ないところだった。最近この辺りで、ああいった変な犯罪が増えてたみたいで」
「犯罪が?」
「異世界人が通っている学校が近いだろう? だから魔獣の卵や禁輸品を生徒が持ち込んだと言いがかりをつけて、バラされたくなければ異世界人に何らかの働きかけをしろって、強要する集団がいるみたいなんだ」
「え、何それ」
初めて聞いたけど、ヴィラマインのとは別件でそんなことをしている人達がいたの?
「学校に通っているのは王族が多いからね。直接物品の行き来について契約して、密輸品を好事家に高く売り込めたら大儲けできるから」
「え、警察とかに通報していないの?」
「学校や警察も、それとなく警備を始めているみたいなんだけど、先に脅していた生徒に動きを調べさせて、上手く逃げてしまうみたいなんだ」
ううーん。なんというか、ありそうな事件よね。当初学校に異世界人を通わせるという話が出た時にも、そういったことについては何度も協議されたらしいって聞いたし。
だからヴィラマイン達は専用車で送迎されるか、護衛が生徒としてもしっかりと側についている。
「それで、あなたは個人でその事件を追っていたりするの?」
彼が手に持っているぬいぐるみを見て、私は言う。
こういうものを、とっさに持っているわけがない。しかも男子学生が。ということは予め用意してあったということだ。
問いかけると、彼はとても悲しそうな表情をした。
「僕は、この一件に魔獣の卵が使われてるって聞いて、できればその卵を保護できればと思ったんだ」
「卵を?」
「魔獣の卵は、普通の卵と違って多少放置しても死んだりはしないみたいなんだけど、やっぱり適切な環境に置かないといずれ死んでしまう。だから早く保護してやりたかったんだ。うちの父さん、動物園の園長をやってるんだよ」
「動物園!」
それなら卵にこだわるのもわからなくはない。
動物園にはわずかながら、国が許可した魔獣が飼育されている。人に危害を加える恐れが無いものらしいけれど、それでも難しい管理が必要らしい。
そういう話を聞いて、彼は魔獣の卵が関係しているから放置ができなかったのかな?
「父さんの動物園なら、この卵も異世界の人にひっそり返すように交渉できる。だけど事情を説明するために、できればついて来てほしいんだけど……」
聞けば、私も名前を聞いたことがある動物園だった。
何度もヴィラマインの手をわずらわせると、さすがにヴィラマインも目をつけられそうだと思った私は、に卵を処理できるならと、彼と一緒にタクシーに乗り込んだ。




