2-9
翌日学校へ行くと、教室にいたヴィラマインに会うなり謝られた。
「本当に申し訳ありませんでした沙桐さん」
深々と頭を下げるヴィラマインを、私は慌てて押し留めた。そこまで深刻に謝られる理由がわからないし、みんながこっち見てる!
「ちょっ、待ってヴィラマイン! まず頭を上げて、ね?」
「いいえ沙桐さん。私の教育が悪かったのですわ。勝手に飛び出して捕まっただけでなく、優しい沙桐さんのことを悪しざまに言うなど……。申し訳なくて、私……」
とうとうヴィラマインが涙ぐんでしまう。
「ヴィラマインのせいじゃないよ。子供は確かに親の監督下にいるものかもしれないけど、その監督責任は国の誰かにお願いしてきたんだし!」
「そうでした……今日にも国元に手紙を送り、管理者の責任を問うことにいたします」
「え、あ、う……」
珍しくもびしっと眉毛の端を上げて言うヴィラマインに、そこまでしなくとも、と言いたくなるが……他国の決まりというものがあるだろうし。
迷った末に、トゥイスベルクの方ごめんなさいと心の中で思ったのだが、
「アレが相手じゃ、完全に逃さないのは難しいんじゃないかな」
間にアンドリューが入ってくれた。
「おはようございます師匠」
「あ、おはようエド」
いつも通りのエドに挨拶する間に、アンドリューはヴィラマインに小声で指摘する。
「小さくてもアレは能力が高いから。全力で脱走されたら翼もあるし、体が小さいせいで追いかけ難いだろう」
「ですけれど……」
「それに、懐かせるのが難しい種類だったよね? 現に君以外には懐かなくて脱走したんだろうと思うんだ。あんなのを初対面で首根っこひっつかんで、脅してでも言うことを聞かせられるのは沙桐さんぐらいだよ」
「確かにそうですわ。本当に沙桐さんはすごい方です」
ほぅ、と息をついてヴィラマインがようやく笑顔をみせた。
気が収まったみたいだけど、その理由は私らしい……。なんか複雑だ。
「言うことを聞かせるっていっても、ヴィラマインに懐いてるみたいだからそれをダシにしただけで、感心するようなことじゃないし、そもそも脅して褒められるの、どうかと思う……」
「それを自分で言うのが、沙桐さんの変なとこだよね」
あっさり変だと言われて、内心でへこむ私にとヴィラマインに、アンドリューが話を続けた。
「まぁそれは別として、ヴィラマインは他にも報告することがあるだろう?」
「はい、そうなんです。アンドリュー殿下には、エド様を介してお伝えしたのですけれど。選考会に辞退者が出まして」
「……え?」
辞退者。それを聞いた瞬間、筋肉が見つからないから、ではないだろうと私はすぐに考えた。
その予想を、ヴィラマインが裏付けてくれる。
「昨日、焦った様子で電話をかけてきた方がいましたの。十日ほど一時帰国することになったので、参加できなくなったと」
「一時帰国……。もしかして、私と似たようなことされた人が?」
輸入しちゃいけない魔獣を送りつけられて、なんとかしようとして一時帰国をするのか、と思ったのだ。
「たぶんそうだと思うのです。小包等では送れなくても、重要人物である王族などが出入りする際には、それなりに見逃される荷物というのがあります」
「外交行嚢みたいなものか……」
外交官とかが他国と内緒で文書なんかをやりとりする時に、決められた袋なんかに入れて持ち運ぶのを、そういうらしい。
異世界間でももちろんそれがあって、密かに異世界のものをやりとりして、お互いに研究をしているなんて話を聞いたことがある。
中身が国民や他国に知られたくない場合も多く、外交特権で検査などを行わないそれを使うらしい。
王族の子女なら使えるのだろう。
それを利用して異世界へとりあえず持ち出せば、異世界同士の条約違反にもならないし、こっそり元の場所に戻しやすい。
「もし何かあれば、私に連絡をするように言いたいのですけれど、今度は私が違反していることを犯人につつかれても困りまして……」
ヴィラマインがしょんぼりとした様子で視線を落とす。
誰が犯人かわからないのに、全員にそんなことを言ってしまったら、犯人はヴィラマインが魔獣を回収したところで、条約違反ではないかと脅してくるだろう。
それは確かにまずい。
「あまりに参加者が減って、残ったのが一人だった場合は不戦勝、てことになる?」
「それは僕が阻止するよ。リーケ皇女にも協力を頼もうと思う」
アンドリューが請け負ってくれたので、少しほっとした。
全員をお断りしようとしているのに、求婚者が一人なのだからいいだろう、と押しきられては困るのだ。
その状況で一日経ち、二日経ち。
以後、発生した辞退者は一人だけで済んだ。
アンドリュー達がどうフォローしたのかと思ったが、二人の関係者がそれぞれ参加者の家の前を監視して、怪しい箱があったら即回収してヴィラマインに渡したらしい。
一人だけでてしまった辞退者は、その配置をする前のことだったので、間に合わなかったようだ。
これで当日の参加者は、三人だ。なんとか一人だけという状況にはならなかった。
そこで私は、アンドリューに尋ねた。
「それで、怪しい箱が来なかった人って誰?」
「ディナン公子と、アールスコートのイオネル王子だよ。箱が来たけど回収できたのはノルベルト王子」
「うーん。三人だと絞りずらいな……」
普通なら、箱をもらわなかった人が犯人だと思う。けれど、こちらが警戒していることを察して、自分に届けさせたという可能性だって無くはない。
「なんにせよ、明日を乗り切れば大丈夫なんだから、あまり気にし過ぎない方がいいよ沙桐さん」
ここでアンドリューが一言付け加えた。
「それよりも、ヴィラマインの好みについて熱く主張する準備はできたの?」
「ヴィラマインには、世界史の教科書を持ってきてくれたら大丈夫だと言われたけど」
私の返答に、アンドリューは困惑したような笑みを見せる。
「……やっぱり特殊な好みはちょっと、理解が難しい気がするね」
アンドリューに「あはは」と笑って応じながらも、私はもう一つの懸念の方に、焦りを感じていた。
筋肉を見るんでしょ?
確か短パン姿……てヴィラマインが指定してたけど、上半身はもちろん裸なわけで。
……まともに直視できるだろうか私。ていうか直視できるだろうヴィラマインが、今更ながらに怖い気がしてきた。
とはいえ、今から見慣れるというのも難しい。
でもなんとかしようと、携帯端末でボディビルな方々の画像を見ていたら。
「おや、師匠はやはりこういったものが好みなのですか?」
「うひゃああっ!」
突然後ろからのぞきこまれて、私は飛び上がるほど驚いた。
「ちょっ、何見てるの、覗きは反対!」
慌てたせいで変な抗議の仕方をしてしまったが、エドにそんなものが効くわけもない。
「覗きましたが、特に隠していた様子もなかったので、通りがかった時に見えてしまったのです。それとも誰にも見せられないようなものをご覧になっていたので?」
「ぐぬぬ……」
変なところで饒舌になる奴め。言い負けてしまった私は、敗北感にもやもやしつつも弁明を試みた。
「別に好みだからじゃなくて。その、男の人の裸とか、直視するのってあまりないから……。でもそれじゃ、ヴィラマインの代弁役なんてできないじゃないの」
恥ずかしがってちらちらしながら、上腕二頭筋がーなんて語ったところで嘘くさく見えるに違いない。
するとエドが目を瞬いた。
「……師匠は、本当に女性だったのですね」
どういう感想だそりゃ。元から女だっていうのにと思ったら、エドが私の耳に顔を近づけて言った。
「慣れる訓練が必要ですか? 目的を果たすために、ご協力いたしますが。さすがに師匠の外聞が問題かと思いますので、殿下と私どもの住まいに来ていただきまして、他の護衛にも協力を……」
それまさか、部屋の中でエド他の人々が上半身裸になって私が囲まれるってこと!?
「く、くんれん……いやいやいやいやいやいやいや。それはちょっと遠慮させていただきます」
「そんなに嫌がらなくても。借り住まいのフロアに訓練室がありまして。トレーニングのついでに、師匠は部屋の中心にでも座っていただければ良いのでは」
……さすが王子だな。トレーニングルーム完備でワンフロア全部借り上げしてるのか。
「だから、私のこと男扱いするのやめなさいってば」
さすがにどうかと思うんだ。君もちょっとは恥じらいというものを感じてくれよエド。
頭を抱えてしまった私に、エドが不思議そうに言う。
「そんなに気にするほどではないかと思いますが……。故郷では、良く女性達が訓練風景を見に来ておりましたが。暑い日に上着を脱いでいても、むしろ喜んで……」
「その女性達は狩人なんです。男の半裸を見るのが好きで、品定めに来てる人と同じことを要求されても困るんです」
好き好んで見に行く人と同じではないので、わけて考えていただけないだろうかエド君。
「狩人……確かにそのような単語を聞いた覚えもあります。どうりで危険だから近づくなと注意されたわけです」
エドが変な納得の仕方をした。
獲物が自分達だということは察したようだけど、恋愛の狩人だってことはわかっているんだろうか。
ため息をついた私は、エドの好意を断った上でヴィラマインの家にお邪魔することにした。
……そういうDVDとか、いっぱい揃えてるって言うから。2時間くらい見続けたら、慣れるかなって。