2-7
それから三日間、私は心安らかに過ごしていた。
ディナン公子達は今だに東へ西へと人集めに奔走しているし、それを眺めているだけなのだから、楽なものだ。
と同時に、ディナン公子は毎日一度はこっちの教室へやってきて、ぎりぎりと歯ぎしりしそうな目でこっちを見ていた。
人を探している様子もないのに、全く焦っていないのを見て悔しがっているのだろう。
そんな視線を向けられて高笑いの衝動に駆られていると、アンドリューに「沙桐さんて、けっこうサドだよね」などと言われてしまったが、何を今更なことを。
開き直ってやったら、アンドリューは大層ウケたようで大笑いしていた。
しかしエドが「サドとはどういうものなのですか」とアンドリューに質問していたが、教えるのだけは止めさせた。
だってアンドリューがどう捻じ曲げて教えるのか、わかったものではないからだ。
ただでさえ自分と同等のことができるかもしれない、なんてよくわからない空想をし出すエドのこと。斜め上に解釈される恐れがある。
そんな日の夕方。
帰宅して早々、私一人しかいない家のチャイムが鳴った。
「はーい?」
宅配便屋さんかと思って玄関まで行ってみたが返事が無い。扉の外に誰かがいる様子もない。
一応扉を開けて外を見たら、すぐそこにぽつんと小さな小包が置いてあった。
触ったり持ち上げたりしてみたところ、宅急便の防水の袋に包まれた、立方体の深皿みたいなものが入っていそうな箱のようだ。
送り元は私も何度か親にお願いして通販したことのある会社で、内容は≪当選品 粗品≫となっていた。そして宛先が私になっている。
「じゃ、開けていいってことだよね?」
部屋に持って行き、ぱりぱりと包装紙を破いて、中から現れた紙の箱を開けると。
「……たまご?」
両腕で抱えるにはちょっと小さいぐらいの卵だ。高さ20センチくらいの、鶏の卵を薄緑に塗ってそのまま大きくしたような形をしている。
「これは割って食べよ、というものなのか。それとも卵型のお菓子なのか」
説明書は無い。実に怪しい。
お菓子にしては、箱にお菓子らしい名前も、原料表記もない。
指でつついてみたら、ぷよんとへこんだ。
堅いグミみたいな感じだろうか。なんかちょっと美味しそうな気がしてきた。
「よし、何事も試すべし」
好奇心に負けた私は、あーんと卵を囓ったのだが、
「ぴぎゃあああああっ!」
「んあ!?」
齧った卵から悲鳴が聞こえて、思わず口を離した。
次の瞬間、齧ったあたりから膜を引き裂くようにして、翼付きのトカゲが飛び出してくる。
「え……トカゲ? でも翼がある?」
ということは地球原産生物ではない。確実に異世界産だろう。
あまりにことに、私の頭も上手く働かない。
ついつい、異世界の品の通販会社だから、懸賞商品に異世界生物を送ってきたのかもしれないとか、ありえないことを考えそうになる。
「くわっ、食われるぅぅぅ!」
騒ぎながら、トカゲは翼を使って天井にぶつかって落ち、壁を駆け上がりながら翼をばたつかせ、カーテンに絡まってまた騒ぎ、を繰り返していた。
私もしばらくの間呆然とその様子を見守っていたわけだが、次第に落ち着いてきて、ポケットの中の携帯を取りだした。
電話帳から呼び出した番号へかけると、3コールでアンドリューが出た。
≪どうしたの? ……って、何かあったみたいだね≫
電話を通して聞こえるトカゲの叫び声に、アンドリューも異常事態を悟ったようだ。
「うん。うちに翼がついたトカゲが配達されてきてさ。これってどうしたらいいのかな。多分そっちの世界の生き物だと思うんだけど。うっかりかじりかけたら、悲鳴をあげて、私の部屋を駆けずり回ってるんだよね」
≪かじ……?≫
かじったという言葉にアンドリューは一秒だけ絶句していたが、すぐに対処について教えてくれる。
なので私は次に、ヴィラマインに電話をかけた。
≪はい、ヴィラマインです。沙桐さんどうかしま……してるんですね?≫
背後で騒いでいるトカゲの悲鳴に、ヴィラマインも察してくれる。
一方、電話を通した声が聞こえたらしいトカゲが、ぴたっと停止して天井から落ちてきた。……なんだこれ?
「あのさヴィラマイン。さっき変なトカゲが配達されてきて。翼ついてるんだけどね。アンドリューがヴィラマインに聞いた方がいいって」
≪なんですって!? それは、もしかして竜の子ではありませんか!≫
珍しく焦った口調のヴィラマインに、なるほどこれが竜か、と絨毯の上でじーっと私の方を見ているトカゲに視線を向ける。
と、その途中で、卵が入っていた箱の底に何か紙が置いてあるのをみつけた。
あの卵は風船のように割れたら縮む代物だったようで、くしゃっとなった割れた風船のなれの果てみたいなのの下に、四つに折った白い紙が入っていたのだ。
≪異世界から持ち込んではいけない生物の一つですわ。保護をしなくては……≫
「あ、怪文書発見。ヴィラマイン、どうもこの生き物、嫌がらせで送ってきたみたいなの。どうしたらいいかな?」
取りだした紙には、ご丁寧なことに、お前が持っていることをばらされたくなければ、選考会を下りろという脅迫文が書いてあったのだ。
きっとヴィラマインの婚約者候補の一人だろう。
≪なんてことを……すみません、私のことに巻き込んだせいで。そうしましたら明日学校に≫
ヴィラマインが話を終える前に、ぼんやりしていたトカゲが、突然叫び出した。
「母上!」
「え、何?」
振り返った時には、トカゲが私に飛びかかってくるところだった。
「ひゃああっ!」
トカゲは携帯にしがみつき、必死に訴えた。
「母上、母上ぇぇえ。この物体から母上の声がああああ」
≪え?≫
「ヴィラマインどういうこと?」
重たいけど、トカゲがひっついたままの携帯を両手で持ち上げ、耳にあててヴィラマインに問いただす。
≪もしかすると、うちの領地にいた子竜が攫われてきたのかもしれません。卵からしばらくは城の中で育ててるから、まだ私が面倒をみていた頃に生まれたばかりの子かも……≫
「母上ぇえええ!」
トカゲがうるさくて、ヴィラマインの声がはっきり聞こえない。
「とにかく、全速力でヴィラマインのとこ送るから。アンドリューが手配してくれてるから、もうちょっとしたらそっち届けられると思う」
≪お願いします、沙桐さん≫
「ぴぎゃあああっ!」
携帯の通話をオフにしたら、竜の子供だというトカゲが泣き出した。
……困った。子供はどう泣き止ませたらいいんだろう。弟や妹がいないもんだから、扱い方がよくわからないんだよなぁ。
次の更新は明後日あたりになると思います。




