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柔らかなストロベリーブロンドを結いあげた彼女は、その美しさを閉じ込めるような、灰色のドレスを着ていた。
髪色に合っていない服を着ていることから、本人がここへ着たくはなかったことや、交際相手になりそうな相手を探しての参加ではないことは察せられた。
あげく渋い表情で交流を拒否している彼女の隣には、やや奇抜な衣装の少年がいた。
「えっとあれ……キツネ?」
「キツネですね」
エドに独り言を肯定され、私はようやく自分が見ているものを現実だと受け入れた。
なにせ暗い亜麻色の髪の少年は、奇抜な帽子をかぶっていたのだ。
ナポレオンあたりが被っていそうな三角帽の中心から零れ落ちるのは、羽飾りではない。ぴよっと飛び出した三角耳といい、ふっさりとした尻尾といい、小さな灰色の毛皮の狐がぐでーっと伏せをする姿勢で乗っかっているのだ。
作り物だということはわかる。問題は、なぜそんなデザインの帽子をかぶっているのかということだ。
……なんだか変人の匂いがする。
とたんにヴィラマインの事が心配になり、私は席を立ってしまう。
でも数歩進んでハッとして立ち止まった。
嫌そうではあっても、ヴィラマインがそれを選んだからこそここに居るのではないだろうか。だとすると、邪魔をしていいのか迷う。
しかし突っ立ったままじっと見ているのも不自然だ。とりあえず近づいてみようと、ヴィラマインの視界に入らないよう背後にぐるりと回ってみた。
様子を見て、問題がなかったら引くのが彼女のためだと思ったのだ。
なにせヴィラマインは王女様である。国同士の関係で、苦手な相手と話す必要があって近づいたのかもしれない。
「でも見たことない人だな……」
異世界の留学生を受け入れているのは一校のみだ。
そんな特殊な人物を、普通の学校でほいほい受け入れることはできないし、身の安全のために政府がいろいろしているらしいが、そのお金のことを考えると、あまり分散してほしくはないのだろう。
キツネを頭に乗せた少年は、どう考えても同年配だ。
ただ私が知らない異世界人がいてもおかしくはない。なにせ、高校に入学してすぐに、異世界人とお知り合いに♪ なんて夢を、現実を認識してびりびりに破いて焼却した私は、恥ずかしさのあまりに情報すら調べないようになっていたのだ。そのため知っているのは有名人のみである。
じりじりと近づいていくうち、私はかなり至近までやってきていた。
二人の会話が聞こえてくる。
「我が国の援助が必要とあらば、それくらいの融通は必要だと思うのだがな」
「……私が決めることはできないのです」
「総領姫が決定できないとは……嘆かわしい」
「お恥ずかしい限りです、けれど陛下の決定ですので、国を構成する一人としては従わねばならないのです。どうぞお汲み取り下さいませ」
「しかし、たかが一つではないか。年の平均で三十は確認されているはず。そのうちの十は自国でとるとしても、そちらの騎士の数が少ないのであれば、余剰もあるのだろう?」
「余剰はございませんわ。それこそ、片羽を失った騎士のために、新たな翼を授ける必要がございますもの」
話の内容はよくわからないながら、押されているヴィラマインが、引きながらも最後の一線の前で逃げ回っているように思える。
けれど話が長引くほど、彼女は言葉に窮していっていた。
私は少々考える。
ヴィラマインは助けてあげたい。けれど内容が国同士の話のようだし、介入した結果、ヴィラマインの方に問題が起きては困ると思ったのだが。
「姫のお従兄殿は、かなりの重傷でそれまで通りには動けぬと聞きましたよ。その方の飛獣を譲っていただいても――」
きっとまなじりを上げて、ヴィラマインが立ち上がりかけた。
相手の少年が口の端を上げる。
――あ、これはまずい。きっとヴィラマインが不利になる。
そう思った私はとっさに、わざと大きな声で呼びかけた。
「ヴィラマイン!」
はじかれるように顔を上げた彼女が、驚愕に目を丸くした。
「沙桐……さん?」
うん、驚くだろうと思ったんだ。私がこういうものに参加するとは思わないだろうし、ヴィラマインは誘うどころか参加するという話すらしていなかったのだから。
「いやー奇遇ねヴィラマイン! オディール様に誘われちゃって、やむなく強制参加になったんだけど、ご飯は美味しいね! ところでちょっと付き合ってくれる?」
「え……え?」
「ヴィラマインにしか頼めないのよー」
さあさあと私はヴィラマインの腕を引いて立ち上がらせる。腰が浮いていた彼女は、あっさりと私に手を引かれて移動した。
それを見て驚いている少年が、何かを言いかけた。止めようとしたのだと思う。
「あ、お話中ごめんね。一身上のちょっと恥ずかしい理由で、どうしてもヴィラマインの助けが必要なの。そんなわけで、お譲り頂いてありがとう!」
さっさと礼を言って歩き出す。
あっけにとられたような目で見送る少年を置いて、私はヴィラマインを連れてその場から離れた。
会場から一端出て、よしよし、上手くいったと私はほくそ笑む。
先に礼を言ったもの勝ちだ。ついでに遮りにくいように、女の子同士ではないとダメっぽい単語を並べたのも良かったのだろう。
いろいろ想像したあげく、男がついて行きにくいと判断されたに違いない。
とりあえず二人きりになれたところで、私はヴィラマインに向き合う。
「連れ出して大丈夫だった? 一応私のせいって形にはできたと思うけど」
「いいえ、大丈夫ですわ沙桐さん。むしろ御礼を言わないと。……少し、諦めて下さらなくて困っていたんです」
弱々しく微笑むヴィラマインは、疲れが見えるけれどもほっとしているのがわかる。あそこで手を出してよかった、と私は安心した。
「でも、どうしてヴィラマインが合コンなんかに? 何か急に結婚相手を探す必要ができたの?」
ヴィラマインは、最もこういう場所に来なさそうな人だと思っていたのだ。とすると、必要に迫られてということぐらいしか考えつかない。
「私じゃ異世界のことは手を出せないけど、この場である程度壁代わりにはなってあげられると思うけど、そうしても大丈夫?」
尋ねると、ヴィラマインは訳ありそうな、暗い表情になる。
「気遣ってくださってありがとうございます。実は、それほど隠すような話ではないので、聞いて下さいます?」
問われた私は、もちろんとうなずいた。
そして聞いたヴィラマインの事情は――けっこう大事件だった。
私がキースのオカマ変貌ぶりを遠くから楽しんでいた頃、ヴィラマインの故郷では強い魔獣が現れたのだという。
もちろんヴィラマインの国、トゥイスベルクにも騎士はいる。
総力戦にはなったようだが魔獣を倒すことはできたそうだ。
でも騎士や町などの被害は甚大だった。
町が一つ壊滅。騎士は数人が死亡。けが人も多く、ヴィラマインの従兄も重傷を負い、休養が必要になってしまった。
そのようなわけで、今他の魔獣に襲われては対抗できないので、他国に援助を頼むことにしたらしい。
援助と引き替えにするものが、総領姫であるヴィラマインの結婚だった。
トゥイスベルクの態勢を立て直すには数年はかかるので、恒常的な援助が必要だと判断されたためだ。
そしてヴィラマインの嫁ぎ先となれば、一定の恩恵が得られる。
「私の故郷は小さな国ですが、飛獣の営巣地があるんです」
「飛獣?」
「羽ある魔獣です。人を襲わないのと、縄張りを荒らす他の魔獣を嫌って鋭い爪で襲いかかるので、国の防護にとても役に立つんです。そして慣らせば人を乗せてくれるので、他の空飛ぶ魔獣と戦う際には、騎士にとって心強い相棒になります」
なので、各国に飛獣部隊というものがあるそうな。
卵から生まれるということで、私は漠然とゲームに出てくる竜とかを想像した。
「卵から育てることになるので、騎士と戦いに出られるまで数年間ものかかるものの、どの国の騎士もみんな飛獣を欲しがります。私と結婚するとなれば、飛獣獲得の優先権を得られるということでもあるので、必要としている国の方が一斉に婚約を申し込んで下さいました」
ヴィラマインは予約時点でとてつもなく大売れしたようだ。
「今回は、故国で選別した候補の方とそれとなくお会いする目的で、この会に参加しなければならなくて……」
「さっきの男子は、そのうちの一人ってことなのね?」
ヴィラマインがうなずいた。
「他の方は、自分を気に入ってもらいたいと考えて下さって、それほど無理強いはなさらないのですが、ディナン・ベルクス公子だけは……ご自分が優位だと分かっているから、脅しのようなことまで仰るので、困っていました」
「優位ってことは、軍事力……って言っていいのかな? 強い国だってこと?」
「あの方の国、ファン・ベルクス公国はちょっと特殊なのです」
竜燐騎士団を擁するファン・ベルクス公国は、各国の中心にあって、聖なる柱という不思議な建造物を守る国なのだという。
そもそも古の聖王国を主君の国と仰いでいて、魔獣に滅ぼされたという聖王国の伝統を守り続けることや、最古の国であることを誇りにしている、ちょっと変わった国らしい。
聖柱の加護から、竜燐騎士団も魔獣に対してかなりの戦果を上げているとか。
年に一度、順番で決められた国に派遣されて魔獣を掃討することになっており、その代わりに各国は親族を騎士として公国に派遣しているとか。
とにかく魔獣のお掃除をしてくれると数年は楽ができるので、皆、ファン・ベルクスを尊重する。
特に魔獣で弱っている国としては、ファン・ベルクス援助を得られれば安泰は確実。
かくしてディナンの婿入りは、ヴィラマインよりも高値の取引材料になっている。
だからヴィラマインの側が弱い立場なのだが、問題は、ディナン公子が立場の強さを利用し、選んでほしいのなら融通しろと持ちかけている事のようだ。
「ディナン様は、婚姻の話に乗り気のようなのです。それというのも、飛獣がお好きなようで。騎士ではないのでお譲りすることができないのですが、結婚をしたらそういった取り決めも問題なくなると考えたようで……飛獣の卵と引き替えなら、婚約すると言ってきて。でも故国にその事を確認しておりませんから、勝手に決めるわけにもいきません」
なるほどと私はヴィラマインの行動に納得した。
どうりで返事をせずに、曖昧に濁しているわけだ。
強引な相手が苦手な彼女のことだから、ディナン公子のような人は避けたいだろう。できれば結婚相手にも選びたくないはずだ。
「我慢するべきだというのは分かっているのです。でも、兄のように思っていた従兄の飛獣をよこせとまで言われるなんて……我慢できなくなりそうで」
「お兄さん代わりだったんだ。そりゃヴィラマインも嫌になるよね……。でも、その人以外はどうなの?」
有力候補を避けても問題ないのなら、上手く断る口実だけ見つけたらいいのではないだろうか。
そう思っての質問に、ヴィラマインが迷いながら答える。
「ディナン様よりは、まだ他の方の方が配慮していただけると思います」
「じゃ、ディナン公子さんに遠慮してもらおうよ」
「そんな方法が、あるでしょうか」
不安そうなヴィラマインに、私はにっこりと笑ってみせた。
「あるじゃない。その公子じゃどうしようもないことが」