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私のクラスに異世界の王子達がいるんだけど  作者: 奏多
第一部 ガーランド転生騒動
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「はーいとうちゃーく!」


 陽気な声とともに降ろされたのは、登山道の最終地点目前だった。

 岩が多いためか木があまり生えていない場所で、道の下方を見なければ石ころだらけの丘陵地にも思える。

 ここからは頂上も望めるため、既に到着している人々がうろうろしているのが見えた。

 私は道からはやや離れた岩の上におろされた。他人からはすぐ居場所が見え、でも小さな声ならば聞こえないだろう距離がある。

 そしてお姫様抱っこという体に負担の少ない態勢で運ばれたはずの私は、唸りながらうずくまっていた。岩の上で体育座りをして、だが。


「どうしたのー小幡沙桐さん」

「……一瞬とはいえ多数の生徒に恥ずかしい姿を見られたことに、すさまじい羞恥心と拒否しきれなかった後悔で押しつぶされそうになってるの」


 小脇に抱えられての移動は大変苦しそうだったが、心に残る傷は少なかったように思う。なにせ私は可愛さとか可憐さで押せる人間ではないわけで、エドの師匠枠というのも周囲からすると芸人的な立ち位置だろう。そんなのがお姫様だっこされていたのだ。大変自分に似合わなさすぎる。

 しかし私の苦悩を理解できなかったらしいニコラスは首を傾げていたが、やがてぱっと笑みを浮かべた。


「まぁいいじゃない? ほら頂上まであとちょっとのところまで来たし、ヴィラマイン様もそのうち来るだろうし」

「そうだ、ヴィラマインを置いて来ちゃったんだ……」

「だーいじょーぶ。腐っても異世界人なんだから、沙桐ちゃんと一緒に登るより早くここまで来ると思うよー」

「いや腐ってもってさ、君の主じゃないかもしれないけど、そっちの世界のお姫様に酷い言いようでは」


 苦言を呈するも、どこ吹く風といった表情のニコラス。とんでもない自由人だなこの人。


「で、ユリア嬢はあなたに何をさせたがったの?」


 もともと、それを聞くために歩きながら……という話をしていたはずだ。

 しかし尋ねられたニコラスは、にっこりとほほ笑みながらも歯切れの悪い調子で答える。


「やーそれはもう終わったかもしれないっていうか、おおよその使命は果たせたと思うんだよね、うん」


 そうしてちらちらと、下を見ている。

 緑生い茂る向こうにはぐねぐねとまがった山道の一端が見える。人がいるのも確認できるが、豆粒よりも小さくて誰が誰だか私には判別がつかない。なのにニコラスは一体誰を気にしているのか。


「ささ、別な話をしましょう! ねっ? うちのお姫様との馴れ初めは、お茶会だったっけ?」


 強引に話を変えてくるニコラスに、私は首をかしげながらもうなずく。


「ヴィラマインが誘ってくれて……」

「ヴィラマイン様から? へぇ~。でもそれって新学期早々のことでしょ? 随分早々と信頼されたんだね」

「ああ、多分エドのせいだと思う」


 あの頃のエドといえば、剣山みたいに尖りきって、アンドリューにまで腫れ物扱いされてもめげずに「無礼者!」と言うようなトンデモ人間だったのだ。

 それが今や、ほぼ番犬レベルまで落ち着いて、師匠師匠と女子の後ろをついて歩くようになるのだから、人生というのはどう転ぶかわからないものである。


「いやーそれにしても、あの最強騎士に堂々とケンカ売る女の子なんて初めてだよ。みんな禿鷹みたいに結婚権を引きちぎろうとするためすり寄るか、怖がって逃げていくかの二択だってのに」


 ニコラスの話に、私は目を丸くする。


「最強騎士って、あれ、ニコラス君の国ってルーヴェステインとは別でしょ。なのにそう呼ばれてるの?」


 アンドリューからエドがとても強い事は聞いていた。けれどそれも各々の国内でのことだと思っていたのだ。だからヴィラマインの国にはそこの最強な騎士がいて、ユリア様のベルファスティスにもエドみたいな変わり種がいるんだろうと思っていたのだけれど。


「相手は魔物だからねー。国境近くになると合同で討伐したりもするんだよ」

「なるほど」

「一回討伐見せてもらえばいいよー。あいつなら安全に討伐のイロハを説明しながらとどめを刺して、解体まで現物で見せてくれるってー」

「解体!?」

「え、知らないの? 解体しないと『食べられない』じゃない」

「食べるの!?」


 知らなかったことに私は愕然とした。魔物を食べるとか思わなかった。

 だって異世界を扱った図鑑なんかにも、キメラ?って思うような、けっこう奇っ怪な姿形してるやつもいるんだよ? やだやだ、私には食べられない……。

 けっこうたくましいな異世界人。

 異世界お食事事情を垣間見てやや引いた私に気付かず、ニコラスは滔々と話す。


「うちの姫様も、こっち来てすぐは他国の騎士のことに興味ないわーって感じだったんだけど、最近は興味を持って見てくれるようになって助かったよ。女の子だけの世界に閉じこもって、結果的に国元にいるのと変わらない状態になっちゃったらどうしようかと思ってたから。運よく漫画を読むようになってから、男性にも積極的になってくれて助かったんだー」

「え、まさかの漫画推奨?」

「あれだけ誰がどう言ってもダメだったのが、恋愛ごとに乗り気になってくれたんだから当然じゃないですかー。だって姫様、こっちでよっぽど有能な人間捕まえられない限りは十中八九で政略結婚だし。父上がけっこう血統主義な人だから、まぁ年の釣り合いとかあまり考慮してもらえないんじゃないかなって」

「ああ……」


 世知辛い異世界のお国事情が透けて見えて、私は嘆息する。

 お姫様達だもんね。華やかに着飾らせられるのも、家にお金があって愛情があるからだけじゃないというのは分かっていたけれど、こうして聞くと心理的に辛い。


「あの様子なら二回り上のおじさんに政略で嫁がされても、漫画みたいに悲劇のヒロイン状態の気持ちに酔って、大人しくお嫁に行ってくれるでしょう」

「……いや黒いよ君」


 自分の主だろうに、なんでそんなに黒いんだよ。せめて傍にいる人ぐらい、同情してやってもいいんじゃないかと私は思うのだが。

 つい口に出してしまうと、ニコラスが口を尖らせた。


「当然でしょ。……僕じゃどうにもしてやれないし。騎士って言ってもさ、俺みたいな平民出はやっぱ立場が弱すぎて、意見するどころじゃないんだよ。

 小幡沙桐さん、君ってガーランドの男尊女卑にいたくご立腹しているって聞いたよ。だけどそんなのは、外側にいる人間の意見でしかないだろう? 身につまされる状況で、問題の前に座らされているわけじゃないから、言えることだよ」


 私はむっとした。そんなのは言われなくともわかっていることだ。

 だからオディール王女が事を起こそうとする勇気に敬服するし、笹原さんのことを助けるのも、彼女がこちら側の世界の人だからこそだ。

 異世界人にとって、この学校生活は夢みたいなものだ。

 帰れば目が覚めるような代物を、押し付ける気はない。そこで私が生きていかなければならないならともかく。


 わかっていて、考えた末に私はモヤモヤを抱えながらお口を出さずにいるのだ。それなのに、今日会ったばかりの人間に、上から目線で説教されたくない。

 本人も多少なりと可哀想に思っても言えないから、私なんかに愚痴を言っているのだろうが、それならこちらが嫌な気分にならないように、真正面から「愚痴きいてよー」とか言えばいいのだ。

 とにかく不愉快だったので、そうわかるように渋面になってみせる。


 すると山道を登ってきたらしい人達が『あれ顔芸?』『騎士の師匠になったら、苦虫かみつぶしたがんこおやじみたいな表情も必要なんだろ』とか言っているのが聞こえたが、気にしない。私はどうせ芸人枠の女だ。

 そんな私の渋い表情に、ニコラスも苦笑いしながら言った。


「だからね、あまりうちのお姫様の夢を壊さないようにしてほしいなって、君に頼もうと思ってたんだ。それを忠告したかったってのが、今回姫様の命令聞いて君のことを俺がかまう理由なんだよね」


 嫌な顔をしてみせても、ニコラスは我が道を行くとばかりに言いたいことを口にし続ける。


「動機も黒いんだけど」

「当然でしょ。じゃなかったらお姫様のお遊びに付き合ってあげられないよ。それとも姫様のことかわいそうだって思う? けど、君が世界を変えてくれるっていうなら別だけどさー」


 当初のさわやかさから一転、黒さ全開のニコラスに、私の頬がひくつく。

 なんだこの人は。

 文句つけんなら世界を変えて見せろとか、ケンカ売ってるのか。自分でできないって最初から逃げ打ったあげくに、八つ当たりとかどうよ。

 むかついた私は、嫌みたっぷりにニコラスに応じた。


「まぁユリア様が今まで恋愛ごとに興味なかったのも仕方ないわー。そんな裏ありまくりの人間に囲まれてたら、恋に恋することもできないものね。恋愛って憧れがなきゃできないのよ? 諦めまくって、現実なんてこんなものって思ってたらそりゃ無理でしょうよ」


 周りがニコラスみたいな考えの人間ばかりではそりゃ無理だろうと、ややオブラートに包んで言うと、さすがのニコラスも気付いたらしい。


「姫様の周りにいる人間も努力はしたんですがね。あちらの世界の絵物語じゃ、ここまで良い影響が出なかったものだから」

「どうせ男に都合がいいだけの話ばかり読ませたんでしょ? それじゃ女の子はときめけないのよ。ユリア様は感受性が強いから、そういった周囲の考えに気付いてしまったのでは? そもそも、女に都合のいい男が出てくる話だからこそ、感情移入して読んだ上で、もしかしたら私もって望みを抱けるようになるんじゃない? やっぱり導入編として本を読ませたいなら、女の子が好みそうなものを用意しないと」


 都合よく誘導しようったって、下心が透けすぎてんじゃないのと言えば、さすがのニコラスも笑みが消える。


「じゃあどうしたらいいと思うんだ? 君は」

「とりあえず、自分の人生投げ打って改革する気がないくせに、関係ない私に延々八つ当たりするなと言いたい」


 面倒になってずばっと口に出せば、さすがのニコラスも目を丸くした。


「……君、性格悪くない?」

「私はあなたと同じことしてるだけよ。ユリア様に同情してる。でも自分の身がかわいいし異世界の人間だから踏み込むこともできない。だから他人に八つ当たりしてるだけ。でもさ」


 私はにっこりと微笑んでみせる。


「女の子が結婚押しつけられるのは当然だというなら、上に置かれる立場の男が、何情けないこと言ってんの? って言いたいわね。気になるならあなたがもっと上に登り詰めてユリア様を助けてあげる方が、よほど早く問題が解決しそうなんだけど?」


 まるっとお返しすると、ニコラスは息を詰めたようにじっとこちらを見ていた。やがて、ふいっと横を向く。


 ……勝ったな。

 勝利を確信した私だったが、それでも心の中には、ややわだかまりは残る。

 悪口合戦で勝っただけのことで、助けてあげられたわけでもない。むしろ恨みを買ったかも知れない。

 だけど我慢するのは私の性質に合わないのだ。


 それからは、あれほどにぎやかだったニコラスは、何かを考え込むように何も言わなくなった。

 静かだな、と思いながら私はなりゆきにまかせる。沈黙はちょっと居心地が悪いけれど、私の曲げられないものを貫くために招いたことだ。甘んじてうけるべきと思ったので、何もしない。

 だけど不意に、ニコラスがこちらに向き直る。


「君に……一つ言っておきたいんだが」

「えっ」


 流れるような動作で、ニコラスが肩に手を触れて顔を近づけてくる――耳元に。


「今日の俺の役目は、これでおしまいだ」

「どういうこと?」


 そう言って起き上がったニコラスは、少し疲れたような笑みを見せた。その表情からは、どうやっても私へのわだかまりなんてものが見当たらなくて、


「怒ってない……の?」


 思わず聞いてしまった私に、彼はちょっと驚いたように目を瞬いてから吹き出した。


「そーゆー素直なとこ、可愛いのになー。もったいない」


 不意をつくような言葉に、私は思わず顔が熱くなる。かわいい、かわいいって!?

 人生であまり発生しないシチュエーションに、私は大いに動揺した。そうわかっていても冷静になれるものではない。


「おおおお世辞は別にいらないわよっ!? てか私たち喧嘩してたんじゃない?」

「そんなに慌てなくても。それに喧嘩じゃないよ……相互理解を深めるための、討論?」

「おおおおお怒ってないならいいのよ。うん。安心した」


 するとまたしてもニコラスに笑われる。


「ああわかった。素直に自分の気持ち言っちゃうんだ。隠し事苦手そうなところは悪くないのにね」


 そう言いながら差し出してきた手を、私はごく自然に掴む。

 仲直りするなら握手というのは、子供の頃から教え込まれた暗黙の了解というものだ。

 その時だった。


「しっしょおおおおおおっ!」


 叫び声が聞こえた方向を見れば、山道を下から土煙を蹴立てながら疾走してくる人影が見えた。

 人にあれは何だと尋ねる必要もない。わずか数秒で眼前までやってきたのは、エドだ。


「見知らぬ男に拐かされたと、ヴィラマイン姫にお聞きしてっ、このエド・フェリットはせ参上しました! 不埒者はいずこに!」

「はーい」


 猪みたいに突入しそうなエドを前に、ニコラスが軽やかに手を上げた。


「貴様……っ! と、ニコラスではないか」


 エドが拍子抜けしたような表情になる。あ、やっぱり騎士同士お互いに異世界人て面識あったんだなと、その様子を見ていたが、


「とはいえその接触は目に余る」


 握手したままだった手を、エドが無理矢理引き離す。ニコラスがぱっと離してくれたからいいものの、結構強引だった。

 けれどその後、どうして私の手をエドが握ったままになるのか。そんなことはお構いなしに、エドが尋ねてきた。


「それで師匠、何事もなかったのですか?」

「いや、足が筋肉痛で動けないから運んでもらっただけで……」

「では、かどわかされたと言うのは」

「ヴィラマインにからかわれたんじゃない?」

「なんと……」


 真実を知ったエドは、がっくりとうなだれる。それでも私の手を離さない所は、飼い主から何があっても離れたくない寂しがりの犬みたいだ。

 そんなことを私に思われているとはつゆ知らず、エドがしおしおと落ち込みながら言った。


「師匠をお運びするなら私こそがと思っておりましたのに……私の役目が果たせず……っ、先に別な者に役目をとられるとはっ」

「あの、変なとこで落ち込まないで? そもそも私、自力でちゃんと登ろうと思ってたから、誰かに運ばれる予定とかなかったんだけど」

「こうなれば、せめて頂上までは私がっ」

「え!? いやいらなっ……うひゃああああっ」


 問答無用でエドに荷物担ぎをされ、私は連れ去られる。

 笑顔で手を振って見送るニコラスの顔が、今日一番憎たらしかったのはなぜだろうか。

 そして到着した頂上で、私は新たな真実を知ることになった。



「ほらなー、やっぱり弟子が師匠を担いできただろ」

「ちっ、仕方ねぇ。ほら賭けたガムやるよ」

「お前もガム出せよー、俺グレープ味がいいんだけど」

「お前、今日はガム長者だな」


 私の登頂方法について、なぜかクラスの男子に賭のネタにされていたのだった。

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