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私のクラスに異世界の王子達がいるんだけど  作者: 奏多
第一部 ガーランド転生騒動

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 LHRの時間がやってきた。


 来る一週間後、二学年計180名での登山オリエンテーションを行うことになっている。

 宿泊場所は、車で二時間の山間にある温泉街。

 登る山こそはそれほど高くはないけれど、往復で約6㎞というのはなかなかきつい行程だと思う。運動が苦手な自分としては、かなりハードな代物で今からげんなりしている。


 気力、体力の練成を図るとか、団体行動を通じて生徒同士の交流を深めるとかいろいろ理由がプリントに挙げられていたけれど、正直そんなことを真面目に考えている生徒がいるだろうか。

 私の頭の中も、主に持っていくおやつと、登山をどう乗り越えるかでいっぱいだ。

 何より最も重要なのは、部屋割りだ。

 しかしこれは、すぐに問題はなくなる。


「5人くらいで各々班を作ってください」


 そう言われてすぐに私はヴィラマインと、他の親しい女子達と固まった。少し多めの6人になったので、ぎゅうぎゅうにでも詰め込むからと先生を押し切った。

 一人だけ別の班とか、お互いに居心地の悪いことをさせて、要らない軋轢をつくるのは、ぜひやめてもらいたいと思う。それよりは狭くなるけどがんばれるか聞いてもらえた方がいい。

 女の子なんて場所とらないんだから、いざとなったら布団二枚敷いたところに三人で眠ればいいのだ。


 ただ心配だったのはヴィラマインだ。

 なにせお姫様である。野生児に片足を突っ込んだ私みたいな平民と違って、いつも一人で広いベッドで眠っているだろう彼女が、そんな雑魚寝一歩手前の状態に耐えられるのだろうか。

 しかし一応想定される状況を説明すると、ヴィラマインは『とっても楽しそうです』と微笑んでくれたので、大丈夫だろう。


「でもさ、なんでうちの学校って色々事情とかあったり、高めの学費とってるのに、宿泊場所は公共の研修センターで、定員いっぱいに生徒を押し込めた和室に、布団敷いて寝かせようと思ったんだろ?」


 同じ班の朝井さんがぽつりと言えば、みんな「そーだよねー」と首をひねる。

 なにせここは異世界の王族貴族が通う学校だ。

 各国の人々と交流する大使館にお金がかけられているのと同様、急遽改築した校舎は他の学校よりも綺麗で、ところどころ御影石で化粧された床とか、体育館も万が一何かに使うと思ってか、レッドカーペットに見合う床に変身できる機能をもっている。

 広い庭が何個もあるのだって、その一つだ。普通の高校に、薔薇のアーチに噴水のある耽美な庭みたいなのは、他の国公立にはそうそうないだろう。


 それと引き替えに、国立とはいえそこそこの学費を要求される学校でもある。金額は私立ほどではなくとも、国からの助成金が出た上でそのお金を出してるんだなと納得できる設備が揃っている。

 それでも生徒がやってくるのは、異世界に関する授業や異世界語の授業なんかもあるからだ。


 だからこそ、宿泊学習の泊まる場所や形態が普通の中高校生徒同様、というのがちょっと変な感じがしてしまうのだ。

 美麗な王子様に対して布団を敷いた和室でジャージ姿で雑魚寝しろと言うのと、そういった学校環境の差に、すごく深い溝があるように思えてならない。

 同様に、ストロベリーブロンドの美少女なお姫様が、ジャージ姿で枕投げも想像し難い。


「でもほら、防犯的には一カ所にまとめておきたいだろうし。でも人数多いから、同室数が多いのは仕方ないんじゃないかしら。そうするとベッドって、部屋にいくつも置けないだろうし」

「それならもっと大きなホテルがある場所に行けば良かったんじゃない?」


 確かに、と何人かがうなずく。


「一応国公立だし、カリキュラム的には普通の高校と同じなんだから、宿泊場所のグレード的にも同じようなところにするしかなかったんじゃない? 大人の事情的なやつで」


 日下部さんのその意見が、私的には一番納得できた。

 国を代表する人を迎えるために作ったので、国立の学校にはなったが、その分、他の国公立と足並みそろえなければならないと決められた部分があるのだろう。


 まぁ、それよりも問題だったのがエドだ。


「ですから私は師匠の身をお守りするため、廊下での正座組に入れていただいて」

「いや正座は罰なんだからさ」

「お前は王子の身を守ってろよ、な?」

「エド君、頼むからアンドリュー君と一緒にいてくれ!」


 私の部屋の前で警護すると言い出したエドを、同じ班の仲間と先生が必死に説得していた。

 けれどらちがあかないので、彼らはアンドリューと何よりも私に視線を送って『なんとかしてくれ!』と合図をしてくる。その筆頭が先生だったと私は強調しておく。


 仕方なしに立ち上がると『よっ調教師!』『あ、猛獣使いってことか』『破門か?』『師匠、やっちゃってください!』なんてヤジが飛んでくる。

 恥ずかしくて顔を伏せたくなるが仕方がない。

 無視してエドに近づき、私は一言告げた。


「夜はちゃんと指定の部屋で眠ること」

「しかし御身をお守りするには……」

「それは私達がきちんと見ておりますわ」


 なかなか引き下がらないエドだったが、私の後ろに隠れつつもそう言ったヴィラマインに目を瞬いていた。驚いている。珍しい。

 そしてヴィラマインが私を庇うとは。そっちも珍しすぎて、私もぽかーんと口をあけてしまう。


「お部屋にいる限りは安心ですわよ。私も侍女から防犯ブザーを持たされておりますし、女子の宿泊する棟にはすぐ近くに女性の先生もいらっしゃいます」

「しかし女性では……」

「体育の按司先生ですわ」


 ごねようとしたエドも、按司先生の名前に黙り込んだ。ボディービルダー大会にそのまま参加できそうな女子体育教師である。

 ちなみにヴィラマインはとても懐いている。

 きらきらした眼差しで「尊敬申し上げます」と言うヴィラマインに、按司先生も顔を真っ赤にしていた。


 とにかく按司先生ならば、我が担任よりも強そうだし、実際に強いのだ。留学が始まった頃、異世界の騎士同士での喧嘩という自衛隊でも介入できるか怪しい事態を、飛び膝蹴りで征圧したという伝説の持ち主でもあるのだから。

 エドもさすがに引き下がるしかなくなったようだ。


「……わかりました。まぁ、仕方ないでしょう。次善の策をとります」


 次善の策ってなんだろう。

 やや不安になるが、これ以上こじらせるとLHRの時間が放課後にまで突入してしまう。そう思ったのだろう先生が、よしとすることにしたらしく、次の議題へと話を進め始めた。


 ちなみにその一部始終を、エドと同じ班のアンドリューは笑って見ていた。

 いや、君が一番最初に止めるべきだと思うんだ。そしてなぜみんな、アンドリューに頼まず私に手綱をとらせようとするんだ?


   ◇◇◇


 それから一週間は、何事もなく過ぎ去った。


 宿泊オリエンテーション当日。 

 学校へ集合するのはわりと普通だ。バスに乗り込んで、目的地まで行くのも普通である。


 そしてバスから降りた後、登山道まで移動して他クラスの人々をなんとなく名が得ていた私は、ある人を見つけて吹き出しそうになった。

 学校行事だからということで、登山だけは男女とも、体育用ジャージ着用が義務づけられていた。だから必然的なものなのだが……。


 人の波の間からちらりと見えたキースの、濃紺のジャージ姿が妙に笑えた。

 あれから顔がやつれたわけでも、反省して丸坊主にしているわけでもないのだが、栗色の髪からのぞく金環のピアスが異世界感たっぷりすぎて、ジャージに合ってない。その上、首までしっかりとチャックを締めているので、アンバランスが極まっている。

 なんだろう、この洋風コスプレ衣装とメイクの上から無理矢理ジャージを着せた感。


「何か面白いことでも?」


 問いかけてくるエドの声に振り向けば、彼もジャージ姿ではあるのだがそれほど面白くはなかった。

 濃紺色のジャージは前を開け、中は髪の色に似た淡い黄色のTシャツを着ている。黙って立っていると、かっこいい体育教師にも見えそうな様子だ。


 それをじーっと見てから、もう一度キースをちら見した。

 やっぱり変だ。なんでそんなに寒くもないのに、きっちり首までチャックを上げているんだ。


「ガーランドって、南の国なの?」

「いいえ。ルーヴェステインと東と西で離れてはいますが、緯度はそう変わらなかったかと」

「……風邪かな」


 他の男子はみんな上着の前を開けている。みんな、いかにジャージをきっちり着るのがダサそうに見えるのかをわかっているのだろう。おかげでキースはよけいに目立っている。

 それでも変わらず取り巻きの子が近くにいた。うーん、あれはもう愛じゃないだろうか。

 気遣っているように見えるので、もしかすると体調が悪いのかもしれない。


 その時、クラスの朝井さんがつんつんと肩をつついてささやいてくる。


「ねぇねぇ小幡さん」

「何?」

「それ、まさかおそろい?」


 指さしてきたのは、私の首にぶら下がっている小さなペンダント。あ、制服じゃないから丸見えだった。ついでにずっとつけてたから、馴染みすぎてすっかり存在を忘れていた。


「あっ、これは、その……」


 違うんだ。私を子ども扱いしたエドが、お守りによこしてきたんだと言おうとしたが「いや待て自分」と己にストップをかけた。

 お守りにくれたと言うのも、結構誤解を招かないだろうか。

 そんなに大切に思っているのね! とか。自分とおそろいのものをお守りだなんて言って渡したんじゃないかとか。

 そそそそうだ! おそろいが二人きりだからおかしなことになるに違いない。

 私は慌てて仲間を捜した。もう一人いれば、もう一人いれば!


「あ、ほらアンドリューだってしてるでしょ! そういうみんながしてるお守りらしいのよ! おそろいとかじゃないのよ!」


 エド同様、ジャージの上着の前側を開けていたアンドリューも、守り石を下げているのがわかる状態だった。

 よかったーと思いながら主張したんだけど、ますます微妙な表情をされた。なんで?



 そうして、後で朝井さんと日下部さんがこそこそとしゃべっていた内容を、私はずっと後になって知る事になる。


「ねぇ、まさか小幡さんて、本人の知らないところでルーヴェステイン人認定されてない?」

「大丈夫なのあれ? てか、小幡ちゃん、輸出決定してない?」

「だよねー。そうじゃないと、おそろいな首飾りなんて贈る? いくら異世界のお守りでもさぁ、ここ日本だし」

「なんかどうしても、唾付けられてるようにしか見えないんだよね」

「……どっちの意味だと思う?」

「……そこは悩ましい」

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