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私のクラスに異世界の王子達がいるんだけど  作者: 奏多
第一部 ガーランド転生騒動
20/58

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 四日も経つと、さすがに緊張感というのは抜けてきていた。

 キースが笹原さんのことを未練がましく見ることもなくなってきたらしい。

 まずまず計画は成功した、と言っていいだろう。


「けど念には念を入れないと。恋人のフリはしなくても、来週は私とかも一緒に四人でお昼にして、関係が続行してるらしいフリぐらいはさせておかないとね」


 機嫌良く計画を練りながら歩いていた私は、日直として先生に集めたプリントを渡してきた帰りだった。

 職員室のある別棟から、教室のある側へと渡る通路にも自動販売機があるので、そこで立ち止まる。


「あ、ここはまだあった」


 売店前は既に売り切れていたフルーツ牛乳が、ここには残っている。喜んで持っていた小銭を入れて購入したとたん、売り切れの赤ランプが点灯した。


 最後の一個だったようだ。運がいい。

 ほくほくとした気持ちで取り出し、明日には業者さんが補充してくれるだろうかと思いながら歩き出した時だった。


 手に持った紙パックが抜き取られる。


 え! と思いながら振り返れば、またしてもキースが私のジュースを片手に吊り下げるように持ち、にやにやとした笑みを浮かべていた。


「ま、また私のジュース盗った! 泥棒! オディール様にも言いふらしてやるんだから!」


 とっさに口から飛び出した言葉に、さすがのキースもぎょっとしたらしい。


「王女殿下に言いつけるだと!? お前、いつ殿下と親しくなったんだ!」

「ついこないだ。二人だけの秘密も持ってるんだから! 女の子同士の絆がある以上、あんたに勝ち目はないわよ!」


 私の方も、度々の被害にむかついていたので怒りのまま虎の威を借りて脅す。

 ついでに話を盛ってみた。

 さすがに一度会っただけの相手では、絆と言うほどの濃い関係はない。けれどキースに関しては何かあったらとは言われていたし、秘密を共有しているのも嘘ではない。

 他人の物を盗る人が悪いんです。


「ひ、秘密っ!?」


 案の定、キースは衝撃を受けた表情になった。

 さぁ王女殿下が怖かったら大人しくジュースを返すが良い。そう思って待っていたが、キースは考え込むような表情をした後、渋い表情でこう持ち掛けてきた。


「まぁ待て、早まることはない。今回は協力してくれたら返してやろう」


 キースの言うことだ、絶対に笹原さん絡みの変なことに違いないとは思ったが。


「何の協力をさせたいのよ?」


 一応、何を企んでいるのか聞きだすことにする。協力するかどうかは、聞きだした後に決めればいいことだ。

 するとキースの方も、私の興味を引いたと見て、駆け引きを始める。


「何のことはない。俺と一緒に、手を繋いで歩くだけだ」

「手を繋ぐぅ~?」


 正直、キースとは手すら繋ぎたくないのだが。

 思わず顔をしかめると、キースがなぜかショックを受けた表情になる。


「なんでだ……どうしてこの女はことごとく俺のすることを拒否する。この私の顔では惹かれないということか?」


 あまりに驚いたせいだろう。キースは私がぎりぎり聞こえる声の大きさで呟きながら、不思議そうにこちらを見る。

 なんだこの人。あまりに女の子に騒がれ過ぎて、女子なら誰でも自分に参ると思っていたのか。とんだナルシストだなぁ。

 そう思うと、なんだか気が抜けてしまった。


「で、どうして手なんか繋がなきゃいけないのよ。どこを歩くつもり? まさか今まで行ったことがない場所だけど、怖くて道連れが必要だったとか? あ、そっか。電車なんて異世界になかったから、乗り方わからなくてついてきてほしいとかでしょ? なんだ可愛いとこあるー」

「貴様はどうしてそういう物の考え方しかせんのだ!」


 キースはすぐに頭に血を上らせた。

 短気な人だなぁもう。


「ちょっとからかっただけじゃない」


 へらっと笑って見せる。もちろんフルーツ牛乳の仕返し込みで、わざとそんな話に仕立て上げようとしたのだが。

 キースもこちらの思惑を感じ取っているのか、イラついた表情で目的を話し出した。


 ふ、ひっかかったな。

 私に目的を内緒にしようとしていたらしいが、自ら白状するように怒らせた甲斐があったわ。


「……笹原さんの帰宅する道すがら、見せつけるんだ」

「見せつける?」


 反芻すると、なぜか真剣な表情でキースは堂々とのたまった。


「あの子が私以外の、他の誰かを好きになることなどありえない! 大方お前の陰謀のせいだろうが、今もあの子が私の元に駆け寄りたくとも、悪魔のような女のせいでその足を止めざるをえない苦悩をしていることは、私には分かるんだ! だからこそ私が他の女を側に置いている姿を見せ、改めて誰のことが恋しいのかを自覚させるのだ!」

「えーと……」


 私の陰謀についてはよく見抜いているなと思うが、寄って立つ所がひどい。

 絶対自分を好きなはずだとか、周囲に言って回ったら間違いなく『頭オカシイ』と言われるNGワードの一つだろう。

 それをいたって真剣な顔で主張され、私は変にいたたまれない気持ちになる。


 誰か、変態に絡まれた場合の精神消耗に対する保険など作ってくれないだろうか。そうしたら私は今頃保険金でウハウハになれる。

 証拠などキースの演説を録音するだけで十分だ。皆変態だと太鼓判を押してくれることだろう。


 とにもかくにも、これで変態は恋人の振りぐらいではへこたれないことが充分に理解できた。

 きっとあれだ、アイドルのストーカーみたいな心理状態ではないだろうか。

 ちょっと目が合ったと錯覚しただけで『彼女は僕の事だけを見つめてた、好きになったに違いない』とか。

 いつの間にか付き合ってることになっていて、デートの待ち合わせを手紙で知らせてくるとか。

 営業活動で笑顔を浮かべて握手をしていたら、他の男になれなれしくするなんて許さないと脅迫してきたりとか。


 いやーこわいわ。

 そんなことを考えていたせいで、キースの質問に素で答えてしまった。


「おい聞いてるのか!」

「ええ大変キモイです」

「貴様ーっ!」

「うわ、本気でオディール様に訴えるわよ!」

「せこいことを! そんなものに殿下を巻き込むな、男の風上にも置けない奴め!」

「私は女だっての!」


 ちゃんと制服のスカートもはいてるっていうのに、なぜ異世界人どもはことごとく私を男扱いするのだ。大変腹立たしい。

 ……いやさぁ、あんな華麗なお姫様達を見てたら、平民でそれほど花がない私なんて男とさして変わらない扱いになっても、まぁ仕方ないかもしれないとは思うけどね。


 とりあえず性別を主張してみると、キースは「ちっ」と舌打ちした。

 私はむっとした。

 なんで先生の所まで良い子にプリントを運んだ帰りに、ジュースを巻き上げられ、変態に演説された末に舌打ちまでされねばならないのか。

 もうジュースもこいつのもくろみもどうでもいい。このままオディール王女にご注進に行こう。

 そんな気になって立ち去ろうとしたとき、キースが「仕方ない」と言う。


「確かにお前は女だ。だからこそ私の作戦に協力してもらいたいわけだからな」

「いや、女であれば誰でもいいなら、あんたのことうっとり見つめてくれるクラスの女の子に頼みなよ」

「あいつらではダメだ。妹により衝撃を与えるためには、妹の知己である方がいい」


 そんな冷静な判断を下した変態は、驚くべきことに、私の前に一瞬ではあるが膝をついた。

 ――鮮やかなへりくだり方だ、と思った。

 さすがは王女の傍にいただけある。中身はどうあれ、己が良く見える仕草を把握しているのだろう。不覚にも私ですらが少し胸が騒ぎかけた。

 キースは、すぐに立ち上がって先ほどと同じ依頼を持ちかけてくる。


「お前が女性であることを否定したのは謝罪しよう。どうか俺についてきて、妹の前で一緒に歩いてくれるだけでいい。協力してもらえないだろうか」


 急転換とも思える礼儀正しい(内容はどうしようもない)申し出に、すっと頭が冷えた。

 ちょっと一緒に歩くだけ。それだけなら、問題ないような気がしてくる。

 同時に、それを見せるということを想像しながら私は思った。

 悪くない話かもしれない、と。


 笹原さんが『離れたい』と望みながらもじっとキースを見つめちゃう癖は今もそのままだ。それは、キースがフリーであることも理由の一つではないかと思うのだ。

 彼女が生まれ変わる前には、キースにはオディールという女性がいた。だからフェリシアは諦めていたけれど、笹原さんはキースがオディールと仲違いしたことを知ってしまっている。

 となれば、恋の記憶が頭の中で再燃して、妹ではなくなった今ならばという気持ちが、心の端っこに引っかかってしまっているかもしれないのだ。

 だから『今なら自分のことを一人の女として振り返ってくれるんじゃないか』と思う気持ちが生まれてしまった、のではないかと私は推測していた。


 それに複数の取り巻きを引き連れているだけなら、モテてるのかーと思って終わりになる。

 けれど、一人だけを連れているならどうだろう。それがキースにとって唯一の人と考え、恋を完全に諦められるのではないだろうか。


 ……そう誤解されるのが自分というのは、ややぞっとするのだが。


 でも、他の女子とキースが二人きりでいるのを見たら、笹原さんもキースへの恋愛感情というか記憶に、一区切りつけるきっかけになるのではないか、と思ったのだ。


 試してみる価値はある。

 それにあらかじめキースの行動がわかるのだから、万が一変態が暴走したら、止めることもできるのだ。一石二鳥というものだろう。

 そう判断した私は、仕方なさそうな風を装って答えた。


「まぁ、歩くだけなら……」


 私の答えに笑みを見せるキース。

 顔がいいだけに大変綺麗な笑顔だ。


 しかし喜んでいるところを悪いが、最終的にオディール様には話すからね?

 いっぱしの男が、陰で力ない女の子からジュースをカツアゲするとか、どうしようもなくダメでしょ? 後で叱られたらいいと思うんだ。

 

 もちろんそんなことはキースに話すわけがない。

 言った後どうなるかなと想像して、心の中でほくそ笑むだけだ。

 きっと最大級に絶望した表情で「貴様ーっ!」と怒るんだろうなぁ。

 そんなキースの姿を想像しつつ、私は待ち合わせの約束をしたのだった。

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