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私のクラスに異世界の王子達がいるんだけど  作者: 奏多
第一部 ガーランド転生騒動
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「でも知ったからってねー。何にもする気ないし」


 別に頼まれたわけでもないし、アンドリュー本人からヴィラマインが好きだと言われてもいない。何よりヴィラマインが、あの二人……というか正確にはエドを苦手にしている。

 彼女は穏やかな人だから、エドみたいな熱血系は苦手なのだろう。当然それを側においている王子に、近づくわけがない。


 ふんふんと頭の中で考えていると、もう一度ヴィラマインから話しかけられた。


「ねぇ沙桐さん。よかったら今日の放課後、お茶でもしに行きませんか?」


 大変上品なお誘いを受け、私は胸が高鳴る。


 だって本物の王女様とのお茶会だよ!

 王宮のサロン的な雰囲気を味わえるかもしれない。これぞ異世界人を受け入れている学校に通う醍醐味! とばかりに、私はもちろんオーケーした。


 そして連れて行かれたのは、学校近くの洋風な喫茶店。

 白壁と、小さな花壇に植えられたミニ薔薇がとても可愛らしい。けれど店内の飴色に輝く床や柱、テーブルもそれとなく高級そうで、お嬢様が立ち寄ってもおかしくない雰囲気だ。


 私を連れてきたヴィラマインは、奥の長テーブルでおしゃべりしている女生徒達に話しかけながら歩み寄っていった。


「ごきげんよう皆様。今日はお友達を連れてきましたの」


 どうやら、ヴィラマインは度々彼女達とお茶会をしているらしい。そこに私を連れてきたということは、異国の王女様から「知り合いに紹介したいお友達」と思ってもらえるようになったのだ。

 嬉しい。胸がきゅんとした。


 ヴィラマインは慣れた様子で席の一つに座り、隣に私を座らせてくれた。

 私の方は、先に来ていた女生徒達の顔を見て緊張した。ついぺこぺこと頭を下げながら座ってしまったのは、ど庶民なのが自分だけだと思った瞬間に、なんだか申し訳ない気分になったせいだ。

 なにせそこにいた五人の女生徒達は、異世界から留学しているお姫様達ばかりだったのだ。


 ヴィラマインの隣にいるのは、エドが○をつけていたなんだか国の公爵令嬢ソフィーで、銀髪。

 その向いに座るのが、エドが×をつけていたどこだかの王女エンマで赤い髪の人。

 彼女の隣がなんだか国の伯爵令嬢ユリアで、正統派な金髪。ちなみにエドは○をつけてた。

 私の向いに座るのが、どこそこ国の皇女リーケで、栗色の髪のエド評価×の人。

 みんな、お国では顔面偏差値で留学できるかどうか決めたんじゃないかって思うほどの、美人揃いだ。


 思わず、口から「ここは天国じゃなかろうか……」という単語が飛び出しかける。

 美しい女の子達に囲まれてのお茶会。しかも高貴なお姫様が同席しているなど、夢にまでみた状況だったから。正直、今誰かに告白されてもこのお茶会の席と引き替えなら速攻で断れる。


 明日辺り、何か悪い事でも起るんじゃないか。そんな事を考えつつ、私は美しい笑みを前にでれっと表情がくずれそうになる。

 と同時に、気になるのはあのエドの訳の分からない○×評価だ。

 なぜエンマ姫やリーケ姫には×なのか。


(エドの好みが銀髪や金髪だった……とか?) 


 ぱっと見た限りでは、そうとしか思えない。私はエド評価に納得できないと考えつつ、初対面ということになる彼女らに挨拶をする。


「初めまして、3組の小幡沙桐です」

「あらヴィラマイン様、こちらの世界でもうこんなに親しいお友達ができたのね」


 最初に反応したのはエンマ姫。結い上げた赤い髪が炎の滝みたいだ。そんな描写がよく似合う彼女は、色のイメージ通りにちょっと気が強そう。

 まさかエドは、気が強そうな人を避けたのか?


「ええそうなんです。沙桐さんは私の留学後にできたお友達第一号なんですのよ。それにね、聞いて下さいな皆様。うちのクラスのルーヴェステインの騎士がいますでしょう?」


 ヴィラマインは同じ『異世界人』という共通項がある人々相手だからか、いつもよりも活発に話し始めた。

 そうして彼女が話したのは、つっかかるエドの要求を私がはねつけた一件だ。


 聞いている間、私はなんだか恥ずかしくて、いたたまれなかった。

 席を譲りたくないがためにエドと言い争ったのであって、端から見れば小学生の口げんかレベルのことしかしていない。別に正義のためとか、誰かを庇う為ではないのだ。

 それを目の前で、別な人の口から誇らしげに再生されるというのは……穴があったら入りたい気分になった。


 足先をもぞもぞと動かして耐えていると、話を聞いた金の髪のユリア嬢がにこっと微笑んでくれた。


「それは有り難かったですわ」

「え? 有り難い?」


 鈴をふるような可憐な声で紡がれた意外な単語に聞き返すと、ユリア嬢が説明してくれる。


「あの方、どうしても故郷とこちらの世界の違いがわからないみたいで。アンドリュー様も苦労されていらしたみたいですもの。どなたかに叱って頂けないかと思っておりましたの」

「ええと、叱っては……いないかと……」


 あまりに良いように言われると、恥ずかしさがふくれあがる。悶絶するのを堪えつつ私は頭を下げた。

 こんな私を褒めてくれて大変もったいないことです。


 そしてユリア嬢の言葉からわかったのは、エドは倦厭されているようだが、アンドリューの評価はそれほど下がっていないらしい事だ。

 エドよ。お姫様達からの主の評価を下げたくないのなら、もう君は何もしない方がいいんじゃないのか?


「切っ掛けが必要だったのでは? 沙桐さんのおかげで気付く機会を騎士エドが得られたのだというのなら、それは彼にとっても、アンドリュー殿下にとっても喜ぶべきことですもの。偶然でも良い事をしたのよ、あなた」


 栗色の髪のリーケ姫が誉めてくれる。


「良い薬でしょ、あの主バカには。これだから騎士など連れて来るものではないのよ。国と同じように振る舞おうとするのですもの。……そういう家臣のせいで、私だって何度恥ずかしい思いをしたか」

「そんな、エンマ様、そこまでおっしゃらなくても」


 ちょっとキツイ言い方をしたのは気性を表したような赤髪のエンマ姫で、前の席のソフィー嬢が、銀糸のような髪を揺らしておろおろしている。


「でもエンマ様だって、今日も騎士を撒いていらしたんでしょ?」


 ソフィー嬢を援護したリーケ皇女は華やかな笑い声を漏らす。


「私も置いていきたかったのよ。けれど父王が、同じ年の者を騎士に叙任するから……。こちらの方々は皆一人でなにもできるというのに、赤子のように世話を焼かれるのは本当に嫌なのよ」

「年が違った方が確かに楽ですわね。私の方は学年が違うおかげで、少しは窮屈さを感じなくて済みますわ」

「ほんと羨ましい……」


 リーケ皇女を、上目遣いで見つめるエンマ姫は、なんだかとても可愛らしかった。

 そのまま指先で肩をつつきあうように、笑いさざめきながらお姫様達との会話が続く。


(ああ、やっぱりお姫様って感じでいいなぁ)


 私は華やかな雰囲気に浸りながら、癒しを感じていた。

 それなのに、私を甘い夢から現実へ引き戻すものを、見つけてしまったのだ。


 窓の向こう。

 そこから見える電柱の陰にあった、エドの姿を。


 お茶会を終えて、ヴィラマインとさよならした後。

 私はつかつかと件の電柱まで近づき、知らない振りをして斜め上に顔を向けているエドに言ってやった。


「このストーカー」

「なっ!!」


 あっさりとこっちを振り向くエド。釣られすぎて、こっちの方が拍子抜けするほどだ。

 そんなんで、本当に王子の騎士なんてやってられるのだろうか。それとも国では王子の警護ではなくて、怪獣退治を担っていたのかもしれない。

 なんか脱力した私は、言うだけ言ったからいいやと思い、エドを放置して歩き出したのだが、


「おい、小幡沙桐!」


 今度はエドの方が私を呼び止めた。

 フルネームで呼び止められるとなんだかむかっとする。だから無視しようとしたら、腕を掴まれた。

 嫌々ながら足を止めた私に、エドが詰め寄ってきた。


「お前は姫君達の友人なのか?」

「…………」


 なぜエドがそんなことを聞きたがったのかは分かっている。

 この騎士は、○を付けたお姫様と王子様を仲良くさせたいのだ。ケンカしたばかりの私相手であっても、アンドリューと仲良くさせるきっかけにできるのならと思ったのだろう。


 案の定、次にエドが言ったのは、

「……と、友達になる秘訣を教えてくれ!」

 なんて台詞だった。


 しかも道の真ん中で、平伏された。

 通りすがりのおばさんやサラリーマン、杖をついたおじいちゃんまで振り返ってるよ……。


「ちょっ、立って! 早く! 恥ずかしいじゃないの!」

「そうか? 教えを請うのなら普通の態度だと……」


 エドはいまいち私の焦りを理解していないようだ。

 くそう。異世界から来た人というのは、恥ずかしさの基準が違い過ぎて困る。頼むから、こっちの世界では、跪いて相手に従うとかはかなり特殊な状況なんだってことを理解してくれ。


「だから貴方の国とこっちは風習やら慣習やら違うの!」


 急いでエドを立たせた私は、手っ取り早くこんな状態が続くことを阻止すべく、ずばりと言った。


「エドはね、異世界人での交流会とか企画したら?」

「は?」

「交流という名の、中身は合コン」

「ごう、こん?」


 まだ理解できないらしく、エドがこてんと首を傾けた。


「そこでアンドリューが王女様の誰かを気に入ったら御の字、そうじゃなかったらあきらめた方がいいと思うんだけども」

「なっ、諦めるわけにはいかないのだ。なんとしても殿下には由緒正しく、しとやかな方を……」


 今ので確定したぞ。ソフィー嬢に○をつけてたのは、おとなしそうな子だからか。

 しかしそれも好みの問題だろう。

 アンドリューのタイプが気の強い女の子だったら、どうするのだ。


 そもそも、エドは異世界に留学してきた理由を、やっぱりわかっていない気がする。

 だから私は言った。


「なら、どうして王子の両親……王様よね? は、王子を異世界なんかに来させたのよ」


 そんなことを聞かれるとは思わなかったのだろう。エドは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情になる。


「そ……それは広く知識を得る為に……」

「思春期男子を放置して、自由恋愛してこないわけがないでしょ。しかも見張りはほとんどいないとなれば、誰も止められない状況になるんだから。由緒正しい相手と結婚させたいなら、留学になんて出すわけもないじゃない」

「いやそれは……留学すると箔が……」

「じゃあなんで、婚約者のいない人間ばかり来てるのよ。自由恋愛しろってことでしょ? 少なくともヴィラマイン達はそう教えてくれたわよ」


 電柱の影にエドがいることに気づいた私は、気になって聞いてみたのだ。

 みんなお姫様たちだけど、お伴も少数だけの状態で留学してきたのだ。うっかり誰かを好きになってしまったら、お伴に知られずに恋を進展させることだってできる。

 そんな隙が多い状態の中に娘たちを送り出して、親である国王は心配したりしないのかと。


 すると、ヴィラマインが教えてくれた。

 むしろ留学先だからという利点を使って、より良い相手を見つけてくれるのを、各国の王達が期待しているらしい。


 異世界だと、国家間のあれこれな関係がじゃまして、隣国の人間であっても知り合うことは少ない。この国の垣根がない状況にいるうちに、他国の貴族や王族と縁ができればいいと思っているようだ。

 また、その相手がこちら側の人間でも、そこそこ能力のある者であればとやかくは言われない。異世界人によって、何らかの技術やらが持ち込まれることも、あちらの世界では期待しているらしいのだ。


「異世界間条約で、決められた以上の技術や物品の相互流入はできませんけれど、結婚は別ですから」


 交流が始まった当時は、異世界の王様達はこちら側の科学技術に驚き、恐れをなした。こちら側も竜など強大すぎる生き物の存在を知り、その流入を制限したがったのだ。

 結果、今になってそれが技術発展の枷になってしまっているのだという。

 けれど結婚によって異世界へ移動した人が、何かを教えることについては制限が厳しくはない。だから異世界人の、技術者を結婚相手として選んでも、国としては歓迎するそうだ。


 あと万が一、留学中に婚約者として最適な相手を見つけられなかったとしても、異世界に留学するということだけでステータスになるそうで。そこはエドの言った通り『箔がつく』から、らしい。

 おかげで帰国後も、留学した女性だからと申し込みが来るので、相手には困らなくなるという。

 帰国子女は異世界間であっても重宝されるのだ。


 しかしこういったことを、エドが全く理解していないということが、信じられなかった。

 一体誰だろう。この直線バカに、恋愛がからむような繊細な問題を一任して、異世界に送り込んだのは。

 周辺をかき回す様子を伝え聞いて、楽しむためだけだとしか思えない。

 まぁ、それはあとで主であるところのアンドリューに言っておくとして。


「だいたい、無理矢理くっつけたって後で上手くいかなくなるわよ? 貴方アンドリューの好みとか聞いた? どうしてもアンドリューのお嫁さん探しがしたいなら、そういうことも考えなさいよ」


 そこを無視しては、どんなに努力をしようと報われることはあるまい。

 とりあえず、これぐらい釘をさしておけば、親愛なるお姫様方にも迷惑をかけることはなくなるだろう。


 良い仕事をした。

 そう思った私は「じゃあね」と言って、今度こそエドを置いて立ち去ったのだった。

 これでしばらく、エドも大人しくなるに違いない。

 クラスの席替えのような些細な事で、彼とケンカすることもなくなる、と思ったのだが。



 翌朝、アンドリューと共に登校してきたエドは、まっすぐに私を目指して歩いてきた。


「沙桐さん……っ!」


 ヴィラマインが私の方に身を寄せてくる。

 ……おい、その恐い顔のせいで隣のヴィラマインが怯えてるでしょうが。好かれたいんじゃなかったの!?

 それになんで昨日の今日で、私にケンカをふっかけてきそうな目を向けているのか。


 わけがわからない私は、席に座ったまま、じっとエドを見上げるしかなかった。

 昨日の口げんかを見ていた周囲の人々も、すわ再戦かと、固唾をのんでこちらに注目している。

 いや、じっと見てないで誰か助けてくれないだろうか。

 驚きのあまり余計なことを考えているうちに、エドが私の前で立ち止まる。


 そして――――土下座した。


「師匠と呼ばせて下さい!」

「はぁっ!?」


 予想外のことに、思わず私の声が裏返る。

 それを笑いもせず、エドは私を見上げて切々と訴えた。


「昨日、いかに己が様々なことを見落としていたのかを理解しました。それを気づかせて下さった貴殿に、ぜひ自分の師匠となってもらい、指南を願いたいのです!」

「しな……しなんって……」


 まさか、エドの主であるアンドリューの恋愛を成功させるために、協力しろというのか?


「こ、ことわる!」

「そこをなんとか!」


 私のきっぱりとした拒否に、食い下がるエド。

 しかし私はうなずかないぞ。

 何が悲しくて、彼氏のいない私が他人の恋愛の世話をしなければならないのか。それぐらいなら自分の楽しい高校生活のために努力したいんだが。

 それを見ていたアンドリューが、こらえきれないように笑い出す。


「ちょっとアンドリュー。コレの主でしょ? なんとかして!」


 アンドリューに助け船を要請したが、彼は無常にも助けの手を伸ばしてはくれなかった。


「せっかくここまで懐いたんだ。どうせなら、異世界にいる間は沙桐にエドの主を変わってもらって、厳しく指導をしてもらうっていうのもなかなか……」


 私を奈落に突き落そうとするような発言に、エドの方は希望をにじませた表情になる。


「殿下が許可を下さるならぜひ!」

「絶対おことわりだから!」


 ひとまず私はこの場を逃れるため、そう言って教室から飛び出すしか方法が思いつけなかった。

 しかし朝のHR前だったことを忘れていたせいで、一分も経たないうちに担任教員と出くわし、首根っこをつかまれて、教室へ連れ戻されたのは言うまでもない。


 そうして弟子入り志願のエドに、追い掛け回される日々が始まったのだった。

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