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私は翌日、早速行動した。
笹原さんに近づく理由を見つけ出して、接近禁止させることが、キースにとっては一番の仕返しになる。
そのためには敵の情報が必要で、最も詳細に直近のことを知っている人はただ一人。
ガーランド王国王女オディールだ。
オディール王女の教室は、キースのクラスの一個向こうにある。オディール王女が6組、キースが5組、私が3組なので。
笹原さんから話を聞く限り、オディール王女はキースと仲違いしているらしいので、上手くいけば色々と語ってくれるだろう。
私は早速、オディール王女に接触を試みようとした。
しかしこちらの考えを読まれていたのだろう。
オディール王女のクラスの近くで、授業の合間は必ずキースが立ち話をしていた。昼休みも、急いでご飯を食べて駆け付けようとしてみたが、やっぱり同じ位置にいる。
「うぬぅ、近づけない……」
きっとあれは、私がキースを黙らせるためにはオディール王女に接触すると予想しての行動だ。間違いない。
「どうなさったの沙桐さん」
小鳥のように麗しい声で尋ねてくれたのは、柔らかなストロベリーブロンドのヴィラマインだ。
彼女を見た瞬間、ピンと私の頭の中にひらめきが走る。
こ・れ・だ!
かっと目を開き、私はヴィラマインの肩をがっしと掴んだ。
「さ、沙桐さん?」
「ヴィラマイン、そういえば今度のお茶会は明日って言ってたわよね?」
「え、ええ」
若干怯えた表情で、ヴィラマインがうなずく。
「あのメンバーって変わりないのかな? というか、他の人を誘う予定とかある?」
「他のメンバー、ですか?」
あのお茶会に参加していない人はそこそこいる。
なにせ彼女達はお互いに友好国の王女だ。交流が無かったり、少ない国の人は参加していない。それでもあのお茶会は、校内の姫君が半数以上そろっているのだが。
「というか、沙桐さんは交流したい方がいるの?」
「実は……」
鋭いヴィラマインに問われて、私はうなずいて……今更ながらに迷った。
私がやりたいことに、彼女達を巻き込んでもいいものか。しかも私の目的は、仲良くすることではなくて、情報を仕入れることだ。後ろめたい。
「あ、やっぱりいいや。他の方法探すね……」
「ガーランドのオディール様ですか?」
言い当てられた私は、一瞬頭が真っ白になる。
そんな私に、ヴィラマインは微笑んでくれた。
「最近ずっと何かしているのも、悩んでいるのも、ガーランドの方のことでしょう?」
「う……はい」
そこまでお見通しでは誤魔化せないと、私はしおしおとうなずいた。
「何か解決策が欲しくて、オディール様とお話ししたいのでしょう?」
「その通りでございます、ヴィラマイン様」
へへーっと私は平伏する。
「でも、これは私の事情でもあるし、ヴィラマイン達の交流を利用するのは申し訳ないから、なんとか帰り道でも狙ってみる。だから心配しないで」
顔を上げてへらっと笑ってみせると、目の前のヴィラマインが表情を曇らせていた。
「沙桐さん、変な遠慮はしないで」
「う……」
「お友達が困っている時に、解決するための伝手を探すなんてよくあることよ。少なくとも、あちらの貴族の交流会はそれが主のようなものですし、恥じるようなことでもないのです。だから、心配なさらないでいいのよ」
「ヴィラマイン……」
真剣な眼差しで話し終えた彼女は、今度はふわっと花がほころぶように笑みを浮かべた。
「王女にお話を伺いたいのでしょう? それならば、一度ご招待するくらい問題ありませんわ。あちらも一度顔を出してみて、合わなければそれまでとなるでしょうし、気が合うなら私たちにとっても、新たな交流の伝手となるだけです。お呼びする話を、他の皆様にもしますわね」
「うう、ありがとう……」
優しい申し出に、私は感動の涙が目に浮かぶ。本当にヴィラマインは外見だけではなく中身まで天使のような人だ。
ヴィラマインは、早速携帯からメールを送ったようだ。
もう一分で本日最後の授業が始まるというところだったのに、早速姫君達からの返信が届く。
ヴィラマインはくすくすと笑いながら言った。
「エンマ様はとても乗り気のようよ。新しい物事がお好きな方だから。新しく参加される方がいるのを聞いて喜んでらっしゃるわ。あとソフィー様もオディール王女とは伝手がほしかったみたい」
「え、ソフィー様が?」
銀髪のたおやかなソフィー嬢の国は、ガーランドの近くなのだろうか。
「なんでも、ガーランドの方から婚約の打診が来たことがあったそうなの。留学の一件で話は流れたらしいけど、何度か同じ方からお話を頂いたみたいで。帰国後にもまた話がもちかけられた時のために、相手の方について詳しく知る伝手があればと思っていらしたのですって」
「あ、ああ……」
納得した。それと共に、やはりあの国の人は大人しい女性が好きなんだなとしみじみ感じた。
ならばソフィー様にとっても、今回の交流が上手くいけばプラスになるはずだ。みんなに迷惑をかけるばかりではないと思うと、少し私は安心した。
「リーケ皇女が選択授業で一緒なんですって。そちらからお誘いしてくれるらしいわ」
「あ、それはすごく助かる」
王女達のお茶会に私が参加している事は、ほとんど他には知られていない。しかもキースの問題が持ち上がってからは初めて行われるのだ。完全に彼の意表を突けるはずだ。
これでキースの弱点が掴める。
私はぐっと右手を握りしめた。
「ありがとう、ヴィラマイン」
お礼を言うと、ヴィラマインは可愛らしくほほを染めて恥ずかしがった。
「いいえ、友達のためですもの」
そんな嬉しい事を言ってくれるので、私の方もなんだか気恥ずかしくなる。
やがて授業時間開始のベルが鳴り、静まりかえった教室の中で教師の話に耳を傾ける。
そうしながら、私は浮かれて――少しだけ落ち込んだ。
こんなにも優しい友達が出来て、とても誇らしいし嬉しい。これからの学校生活はヴィラマインが居てくれる限りとても楽しいものになるだろう。
けれど彼女は留学生だ。
いつか国に帰り、彼女が果たすべき責任を負う立場にならなければならない。
(みんな、帰っちゃうんだよね……)
留学生がこちらの世界に戻ってくることは、そう多くないと聞いている。
50人いたら、そのうち1人ぐらいだとか。
出自が王子や王女ばかりでは当然のことだろう。国を捨てて、責任もそれまでの生き方も放棄しなければならないのだから。こちらに残る決意をした人も、貴族令嬢と、外交官としてやってきた父がそのまま住み着いたので、というあまりしがらみの少ない人だったと聞いている。
であれば留学期間が終われば、ヴィラマインと頻繁に連絡をとりあうこともできなくなり、いつしか途切れてしまうのだろう。
(寂しいな)
こうしておしゃべりするのも、あと二年に満たない間だけ。
場合によっては1年……国で問題が起こったら、その期間はさらに短くなる。
もちろんこちら側の友達もいるけれど、やっぱり色々と夢を見るような私だから、異世界の自分の知らない話を聞くのはとても楽しいのだ。
でも仕方のないことだ。せめて今、一生懸命みんなと遊ぼう。そう思った。