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<四> よちよちあるき

「ハチが人間になるわけないだろう!!」

最初の一言目から、野口はもうキレていた。


ハチに兄貴が使っていた制服を着せて、今日は異色の三人組で登校した。

英子は一人でも大丈夫だと言い張ったが、この状況で放っておくわけにも行かない。

結果から言えば、ついて行って正解だった。

それらしく制服を着せたものの、やはりハチは犬なのだ。

まず、歩き方が四つん這いである。

次に、電信柱などに自分の尿をかけようとする。

もうまるっきり散歩気分なのだ。

それでも、なんとか立ちションだけは我慢させた。

その辺は上野家でちゃんと躾られていたらしい。そうでなければ今ごろ大惨事である。

一番大変だったのは、散歩中の他の犬との遭遇だった。

当たり前だが、今のハチには首輪もロープもついていない。

彼を止めるものは、もはや俺の身一つになっていた。

「ううううう!」

「待てハチ! 血迷うな!」

全力で威嚇・攻撃しようとするハチを、一体何回押し止めただろうか。

しかしまぁ、こいつはなんと力が強いのか。

どんなに押さえ込もうとしても、最終的には振りほどかれてしまう。

それでも必死に押し止めるのは、相手方の飼い主が犬をどっかにやる時間を稼ぐためである。

そんなことを幾度も幾度も繰り返し、学校についたときには、俺もハチも汗だくになっていた。

遊んだつもりなのだろうか、ハチは非常に嬉しそうだ……が、俺はもう限界だ。

「英子、ちょっと休憩しよう……な! 頼むから!」

がっくりと膝をつく。

ハチを連れているので、今日は普段よりも一時間近く早く家を出ていた。

校門前にまで差し掛かっても、未だに生徒の姿を見ない。

しかしいつ人が来るとも知れない……。

少なくとも英子はそう判断したらしかった。

「駄目だよ岩瀬! 早く校内に侵入しないと!」

「侵入っておまえ……」

色々と言いたいこともあったが、薄情者の英子はずんずんと先に進んでしまう。

「ッ……! この馬鹿女〜っ! 鬼〜!」

半べそかきたい気分で、必死にその足取りを追った。


校舎についてはじめにやったことは、ハチの二足歩行の練習だった。

激しく今更だが、まさか校内を四つん這いで歩かせる訳にはいかない。

しかしそう上手くはいかないもので……。

「これでいいのかしら……」

複雑そうな表情で、英子はこちらを眺めた。

「……いいんじゃないか?」

それ以外にどう答えろというんだ。

ハチはなんとか二本足で歩くことに成功した。

それに関しては、よくやった! と誉めてやりたい。

本当によく頑張ったほうだ。

ただ、欲を言うのなら……。

「一人で立って欲しかった……」

耳元にハチの息遣いを感じなら、俺は小さく溜息をつく。

簡単に言えばちんちんの応用なのだ。

誰かの肩を電車ごっこの要領で掴んで、それを支えにする。

ハチは元来大きめの犬だった。人間単位に変換してもそれは変わらないらしい。

バスケ部なみの身長を支えるには、どうしても男の上背が必要だった。

(なんか貧乏くじだよなぁ……さっきから……)

「岩瀬、何か言った?」

「いえいえ何でもございませんとも!」

なんとか二足歩行を習得した後、俺達はすぐさま屋上へと向かった。

もちろん身を隠すためである。

いくら制服を着ているからと言って、見知らぬ生徒の存在に教員が疑問を感じる恐れがあった。

野口が登校する時間まで、暇を堪えてひたすら待つハメになる。

「いよいよだな……」

知らず、緊張した声になった。

盗み見ると、英子の表情も硬い。

理系脳の野口に、この現状を解らせる困難を、彼女もまた感じ取っているのだろう。

「のうち!」

ハチだけが浮かれている。

耳元に吹きかかる息の勢いで彼の興奮具合が解るのが、この歩行方のいい所だ!

うわーい! 息遣いのキャッチボール! 精神的な会話が弾むぜ!

……そうとでも思わなければやっていけない。

「じゃあ野口に会いに行こうなぁ、ハチ!」

「のうち!」

やがて生徒が教室に溢れる時間になり、俺達は野口を誘い出した。


「ハチが人間になるわけないだろう!!」

最初の一言目から、野口はもうキレていた。

授業前に呼び出されたことがまず不満なのだろう。

とりあえずハチが人間になった……という所だけ打ち明けたのだが、その段階でこれである。

もう拒否反応と言ってもいい。まさかこれほどまでとは……、

「英子、おまえ俺を選んで正解だったぞ」

軽い優越感に、こそこそと耳打ちした。

「何をこそこそと話してる! それで、その男は誰なんだ?」

もうまるきり敵を見る眼で、野口はハチを見やった。

威圧感丸出しのその様子に、しかしハチは少しも臆さない。

それどころか、俺が腕を掴んでいなければ、直ぐにでも飛び掛っていくだろう。

彼の呼吸は嬉しさに弾んでいる。

「え〜と、だからこの子がハチで……」

英子が恐る恐る説明を試みる。

「話にならん!」

あっさりと一蹴されてしまった。

その態度に思わずむっとする。

「気持ちはわかるけど、そうもつっけんどんだとこちらもやりようがない!」

「なんだとう……」

いつのまにか睨み合うようにして、野口と俺は対峙していた。

「あ! 解った! 野口も岩瀬もぶっさいくだからハチに嫉妬してるんでしょう! だからクサクサしてるんだね!?」

「「そういう話じゃないだろ! この馬鹿女!」」

重い空気に耐えかねたのか、見当違いなことを言い始める英子に、二人の声がストップをかける。

あ、なんだかいい感じだ。

いつもの雰囲気が戻って来たところで、努めて取り繕うような声を出した。

「なぁ野口、俺達なにも冗談でこんなこと言っている訳じゃないんだぞ?」

その言葉に、彼は胡散臭そうな眼差しで、俺と英子、そしてハチを見やった。

「お、考えてる考えてる……」

こんな時だと言うのに、英子はやけに楽しげに囁いた。

やがて野口はふんと鼻を鳴らす。

「冗談にしか聞こえないがね」

予想どおり、すこぶる不機嫌な返事が返って来た。

このまま話を続けても駄目だ。

そう判断した俺は、大して振りまいてもいない愛想を使うのを止めた。

「あーもう! 野口! おまえ昨日小説書いただろう!」

「……それがどうした?」

野口らしい表情だ。

怪訝そうで、それでいて小馬鹿にしたような雰囲気がある。

(うっ……)

その冷めた様子に、完全に勢いを殺がれた。

しかし言いかけてひっこめるのも気持ちが悪い。

「俺は……俺はおまえの小説が原因で、ハチが人間になったと思ってる」

一瞬、野口の動きが止まった。

滅多に見せないような、なんとも言えない表情で立ち尽くしている。

「小説の内容が……、現実になったというのか?」

彼が呟いた言葉に、英子はぶんぶんと頷いた。

「そういうこと!!」

頑固な野口も、やっと信じてくれるつもりになったのか。

俺はほうっ、と胸を撫で下ろす。

「よかったよ、野口に話が通じて――」

「……らしい」

「え?」


「馬鹿らしい!」


しかし彼の口から飛び出したのははっきりとした否定の言葉で、野口がこちらを見る視線には、明らかな怒りの色があった。

プライドの高い彼は、軽んじられたと憤っていたのだ。

「もう嫌になった! お前たちと話していると、どうも時間を浪費している気がしてならない!」

言い捨てると、彼はさっと背を向ける。

「野口!」

「もう僕に話し掛けないでくれ!」

どうやら完全にぷっつんしたらしい。

こんな状態の彼に、かける言葉が見当たらなかった。

途方に暮れて、ただその背中を見送るのみである。


ふと、体が軽くなった。

「のうち」

呼びかけたのは、ハチだった。

初めて口を利いた男に、野口も思わず興味をそそられ、振り返る。

その目が軽い驚きに見開かれた。

「のうち」

繰り返される言葉。

ハチは四つん這いの状態で、野口を下から見上げていた。


<続く>

やああっと折り返し地点ですがまだまだ続きます。

感想でも評価でもして下さるととても助かります。

そろそろ☆一つじゃあやりきれん!(根性なし

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