表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

<参> ねぼけまなこ

(化けの皮をはいでやる!)

英子を廊下に追いやって、俺は改めてハチ(?)と向かい合った。

いざというときのために引きずり出してきたバットがやけに重い。

部屋の明かりもつけてしまったので、もう今日はどう頑張っても眠れそうになかった。

「おまえが本当にハチかどうか試してやる」

そう宣言すると、俺は奴と少し距離を取った。

ハチ(?)は相変わらずくつろいだポーズでころんと横になっている。

その目が興味をたたえてこちらを見ているのを確かめてから、俺は深く深呼吸をした。

渇と目を見開くと、両手を頭の高さまで上げて、白鳥を真似るように頭の横から突き出させる。

少し後ろにそり気味になって、腰を落とし、足を気持ちがに股にした。

そして決めゼリフ!

「ぅう〜わぬなっつ!!」

その言葉を待っていたかのように――

「ひはせ!」

ハチは元気良く俺の懐に飛び込んできた。

そして脇腹に顔を擦り付け甘噛みする。

その動作はハチそのもので――

(間違いない、こいつはハチだ)

諦めに似た感情がこみ上げて来る。

認めたくはないが、確信してしまったのだから仕方がない。

どうしたわけか、本当にハチは人間になってしまったらしい。

「って、ぐはァ! や、やめれ! ハチッ! くすぐったいッ!!」

「ひはせ! ひはせ! ひはせ!」

疑いが晴れたことを感じ取ったのか、ハチは心底嬉しそうに笑った。

と、いうわけで……

「俺は信じることにした!」

あの後、とりあえずハチに古服を着せて、今では三人、同じベッドに腰掛けての話し合いである。

本来ならお茶でも淹れる所だが、家族に感づかれる危険を考え、断念した。

「岩瀬なら信じてくれると思ってたよ!」

意外なことに、英子は本気で喜んでいるようだった。

結構けろっとしていたが、内心藁をもすがる思いだったのだろう。

「うう〜あぅあ〜……」

その傍らでやかましく騒ぎ立てているのはハチである。

初めて着る服が嫌なのだろう。

気持ち悪そうに襟を引っ張ったり、袖に噛み付いたりしていた。

ああ、……古着で正解だった。

「あんまり暴れるなよ、ハチ」

宥めるように言い聞かせると、ハチは不満そうに、それでも比較的大人しくなった。

人語を解しているのではなく、雰囲気で感じ取ったらしい。

お頭の方は犬の時とあんまり変わらないようだ。

しかし明かりの下で改めて見ると、ハチは犬のくせになかなかの美形であった。

長い睫に白い肌。くりっと大きな瞳。おまけに鼻筋も通っている。

いかにも賢そうな顔つきだが、口の周りは涎でぐっしょりだ。

「それで、どういったわけでこいつは人間になったんだ?」

英子の話によると、今日寝る前は普通に犬だったらしい。

彼女はハチと寝るのが習慣になっていたから、いつもと同じように同じ布団で眠りについた。

それで夜中に寝苦しさを感じて、目を覚ましてみれば……。

びっくりしただろう。見知らぬ裸の男が自分の隣で寝こけているのだから。

しかも寝ぼけているのか、ハチはあの馬鹿力で英子を抱きしめていたらしい。

もちろん抜け出す事は叶わない。

誰か呼ぼうにも、こんな状況ではいわれのない疑いをかけられかねなかった。

そこで彼女はその謎の男の肩口におもいっきり噛み付いたらしい。


「犬かおまえは!」

「だって仕方ないでしょう!」


さすがのハチも、これには一発で覚醒した。

肩口を抑えて痛みに耐えている様子を見て、英子は何故か彼がハチだと確信したらしい。

まぁ長い間生活を共にしていれば、ちょっとした仕草から感じるものもあるのだろう。

そして人間版ハチの存在を持て余した英子は、裸のこいつを連れて俺の家に転がり込んできたと。

「そういうわけだな?」

確認すると、英子はうんうんと頷いた。

服を脱ぐことは諦めたのか、彼女に擦り寄るようにしながら、ハチは眠そうに欠伸している。

傍目からはいちゃこいているようにしか見えないのだが……本当にとんでもない犬である。

結局、今の話だけではハチの変化の原因は何一つわからなかった。

つまり戻り方もわからないということである。

時間が解決してくれる可能性もあるが、一生このまま……ということも充分ありえた。

その場合、英子の家で今まで通りに飼うことは難しいだろう、……この状態なら「暮らす」と言った方がいいのだろうか?

もちろん俺の家で預かることも考えたが、いくらなんでも限度がある。

万一家族にハチを見つけられたら……。

「だからと言って野口もなぁ……」

俺と同じ理由で無理だろう。

まぁ、昼間の一件を思い出すと、彼もハチが可愛いらしいので、いざとなれば引き取ってくれそうな気もするが……

ん? 昼間の一件……?

『例えば……ハチが人間になる! とかどうだ?』

昼に野口と交わした言葉。

なんの他意もなく、冗談半分に言ったセリフだが……。

「まさかな……」

しかしそのあと野口が見せた、妙にに爽やかなあの横顔が気になった。

「どうかした?」

英子が心配そうな声をあげる。

もちろん秘密にする理由もない。

むしろ彼女に打ち明けて、「そんなの杞憂だ」と笑い飛ばして欲しい。

寝息をたて始めたハチの頭をなでながら、英子は黙って耳を傾けていた。

そして全てを聞き終わったとき、彼女はきっぱりと言い切った。

「原因はそれしかないわね!」

「マジかよ!」

俺は思わず頭をかかえる。

まず、こんなことを原因だと決め付ける英子の発想に溜息が出た。

しかし状況が状況だ。

実際それ以外に思いつかない。

つまりは

「「野口がハチが人間になる小説を書いて、それが本当になった」」

見事にハモった。

俺達は顔を見合わせると、互いに乾いた笑いを漏らす。

(ありえねぇ!!)

それを言うならハチが人間になった時点で有り得ないのだ。

今でも夢であって欲しいと願ってしまう。

しかし、この変化が現実だからこそ……。

「じゃあ明日……いや、もう今日か。詳しい事を野口に聞くとしようか」

一応提案の形をとっているが、実際にはこれしか道がないのだ。

ああ、なんだか大変なことになってきた……。

「もう六時近いな……」

気づけば東の空が明るくなり始めている。

少し目蓋が重い。今更になって睡眠時間の不足が感じられた。

「まったく、人騒がせな犬だ」

英子に倣ってハチの頭をそっと撫でた。

犬の時と変わらず、さわり心地のいいさらさらとした髪だった。

(ハチが人間になったなんて知ったら……)

それも自分のせいだなんて知ったら野口はどういう反応をするだろうか。

幽霊やUFO、その他のいかなる超常現象をも否定しつくそうとするあの男は、果たしてこの現実を受け入れるのだろうか……

心配な気もするが、今はわくわく感のほうが勝っていた。

「早く朝にならないかな!」

妙にはしゃぎはじめた俺を、英子はじろりと見つめた。

「ハチが人間になったら……って提案したのは岩瀬なんだからね!責任は岩瀬にもあるのよ?」

「あは……」

手厳しい言葉に、とたんに気持ちが下を向く。

太陽よ、そのまま昇らないでいておくれ……。


<続く>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ