表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

掌編作品(1~4000字)

にゃんだふるデイ。

作者: はなうた

私の掌編十三作目です。

三人称コメディは割と好きです。


 スカートの裾を軽くつまみ、姿見の前でくるりとポーズを決める少女。セミショートの黒髪がサラリと踊る。


「完璧だ……にゃん」


 倉橋みゆは今をときめく高校一年生。憧れのクラスメイト河野くんに告白し、見事成功。そして今日、彼の家に招待されたのだ。

 しかも今日は彼の誕生日、二月二十二日。ペットフード協会の制定により「猫の日」とされている。


 そこで、みゆは閃いた。

 第六感の導くまま、近所の雑貨屋さんで猫耳ヘアバンドと鈴、そしてメイド服を購入。

 そう。彼女はコスプレ姿で彼の家に遊びにいくことにしたのだ。


「これなら、彼をメロメロにできるはず……!」


 ちなみに最終目標は、河野くんを膝の上で『ごろにゃーご』させてあげること。何ともオイタな女子高生、倉橋みゆだった。

 ただ、やはりこの姿で外を歩くのはちょっぴり恥ずかしい。都会ならまだしも、ここは閑静な住宅街。コスプレで歩くとかなり目立つ。といえど、彼の家で着替えるなんて図々しいことはできない。なるべく人に見つからないように彼の家まで行くしかない。


 河野くんの彼女になって初めて知った驚愕の事実――家が同じ地区にあり、しかも二百メートル程の距離にあること。それが、今のみゆにとっては救いだった。


「私なら……いけるにゃん!」


 こうして、猫耳メイド倉橋みゆは颯爽と自宅の玄関を抜けた。


 ◇◇


 玄関の扉をあけ、路地に人がいないことを確認。等間隔に立つ電柱に身を隠しつつ、少しずつ目的地へ向かう。後方からは丸見えなのだが、彼女の思考回路では辿り着けない領域だ。


 倉橋家と河野家のちょうど中間地点。芝生の生えた空き地にさしかかった所で、ふと視線を感じた。

 昔からこの地域に棲みついているブチ猫とドラ猫の二匹組だった。なぜかみゆの方をじっと見ている。


(な、何でこっち見てるの……?)


 よく見ると、二匹とも小刻みに震えている。


(まさか、私の格好を見て恐がってるんじゃ……)


 一瞬、怯える河野くんの姿が脳裏に浮かぶが、懸命に首を振ってイメージを追い出した。


(……猫の反応なんて信じちゃダメ。今日は絶対、ごろにゃーごしてもらうんだから!)


 そう自分に言い聞かせ、みゆは歩を進めた。



 空き地を後にし、河野くんの家までもう少し。最後の電柱に身を隠した瞬間、再び違和感を覚えた。


 あからさまな視線を感じる。


 振り返ると、小柄な少女が立っていた。

 見た目からするに中学生くらいか。みゆの知り合いではないが、どこか見覚えのある端正な顔立ち。何をするでもなく、ただこちらを見つめている。

 視線の圧力に耐えきれず、みゆは声をかけてみた。


「こ、こんにちは……」

「……」


 少女は口を開こうとしない。まるで血の通わない人形のような、そんな表情。


(な、何で無言なのーーっ?)


 やはり猫耳メイドはマズかったか。少女の冷たい眼差しと、言いようのない不安がみゆの胸を締め付ける。

 今ならまだ、間に合う。帰って着替えてこようか。

 でも、私服のごろにゃーごでは効果が半減してしまう……。

 みゆの中で葛藤が続く。


「ぶふぅっ!」


 静寂を切り裂いたのは、他の誰でもない。目の前の少女だった。


(え? 今の……何?)


 少女は相変わらずの無表情で、みゆの横を抜けていく。すれ違いざま、少女の口角がヒクついているのを、みゆは見逃さなかった。


 ――笑われた。


 みゆの中で何かが崩れる。

 私の今の格好は、相当ヒドいに違いない。このままじゃきっと、河野くんにも笑われちゃう……。

 みゆの思考は、負のらせん階段を猛ダッシュで駆け降りる。

 さらに、そこへ追い打ちをかけるように、事態はどんどん悪化していく。


(なな、何で……)


 先程の少女が河野くんの家に入っていったのだ。そして、玄関の奥から聞こえる河野くんの声。


「ただいま~」

「おかえり。マミ」

「あのね、家の前に猫耳のメイドさんがいたよ」

「ね、猫の……?」

「うん。口をパクパクさせて、変な人だった」


(あ、あの子、河野くんの家族だったんだ。しかも、いきなり私の事話してくれちゃってるし……!)


 このままでは、河野くんに見つかってしまうのも時間の問題だ。

 急いで帰ろう。


 そう思った時には既に手遅れだった。


「倉橋……?」

「う、うぇっ?」


 玄関から河野くんが顔を覗かせていた。


「その格好は……?」

「こ、これは! そのっ……」


 みゆは思わず逃げ出しそうになった。

 だが、必死に踏ん張ってこらえた。


(今逃げたら、これからどんな顔して河野くんに会えばいいのよ……)


 一度深く深呼吸する。そして、意を決して口を開いた。


「今日は河野くんの誕生日だから、その、喜んでくれるかなと思って……。ど、どうかな」


 みゆは足が震えて、同時に首の鈴がチャリン、と音を立てる。彼女は立っているのもやっとの状態だった。

 永遠にも感じられる数秒のあと、河野くんがふっと顔を緩める。


「か、可愛いよ。にゃんてこったい……」

「あ……」


 その一言が、みゆの中に渦巻く不安を一掃した。

 ここまでの二百メートルが思い起こされる。

 決して平坦な道のりではなかった。ノラ猫には恐がられるわ、少女には笑われるわ、みゆが受けたダメージはかなりのものだった。

 だが、河野くんが喜んでくれた。その事実が全ての迷いを掻き消した。


「よ……よかったぁ」


 嬉しさのあまり、つい顔がニヤついてしまう。


「まあ、寒いし、あがってよ」

「うん、ありがと。お邪魔しま~す」


 みゆは、やっと河野くんの顔を正面から見ることができた。彼の顔は引きつっているようにも見えたが、きっと緊張してるのだろうと直感的に思えた。

 河野家の人たちは皆、みゆを温かく迎え入れてくれた。路上では冷たい印象だった妹もすぐに懐いてくれた。


「ささ、河野くん。こちらにいらっしゃいませー!」

「あ、ああ、じゃ……じゃあお邪魔しまーす……」


 そして最終目標だった『ごろにゃーご』も堪能。

 めでたく、倉橋みゆのドキドキ猫メイド計画は幕を閉じたのだった。


 ◇◇


 帰り道。


(河野くん、緊張して震えてたにゃ~。顔に汗かいちゃって、可愛かったにゃ~)


 すっかり上機嫌で猫気分なみゆ。今の彼女には、空き地で震えるブチとドラのやりとりも容易に妄想できた。


 ――冬はさみぃな……。ブチ。

 ――そうっすね、ドラさん。体が震えますよ。

 ――美味い魚が食いてえな。

 ――いいっすね。白身が食べたいです。特にカレイ。口の中でとろける感じが好きっす。

 ――何言ってやがる。男ならマグロだ。かたい鎧を突破した後の赤身は最高だぜ。

 ――僕のアゴじゃ、マグロは無理っす。

 ――お前なぁ。俺より若いのに、今からそんなんじゃイカンぜ?


 みゆは微笑み、心の中で呟く。


(ふふ、私はやっぱりこいだね。だって私、恋してるから、にゃんちって)


「キャーッ!!」


 みゆは両手で顔を覆い、夕日に向かって突っ走る。今の彼女は、心も頭も幸せ色で満たされているのだった。


 ◇◆


 同時刻。

 河野マミは二つの感情を抱いていた。


 一つは安心。

 兄が初めて彼女さんを家に招いた。冷たい人だったらどうしようかと不安だったが、いきなりのコスプレ姿に挙動不審な動き。とても楽しい人だった。


 もう一つは、心配。

 兄は猫アレルギーかつ、大の猫嫌いだったはず。猫のぬいぐるみを見て震えあがっているのを目撃したこともある。

 彼は優しいから、今日も無理して彼女さんとよろしくやっていただけかもしれない……。


 嫌な予感を胸にマミは二階へ上る。そして、心配が現実となっていることを確認。


「お、お兄ちゃん……」

「ニャンコが一匹、ニャンコが二匹……なは、なははは……」


 六畳一間の和室の真ん中。夕日に照らされ、河野くんは幻影と戯れていた。


「ぐっじょぶ」


 優しい兄と楽しい彼女さん。二人の幸せを願い、マミはそっと戸を閉めた。



今作は割と書いていて楽しかったです。

これからも読みやすい三人称を書いていきたいですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ