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旅人の保護、始めました  作者: 木南 冬威
黒髪おかっぱ女子が来た話
7/7

その7

 あれだ。

 気分は荒野で風がぴゅーって吹いて、先に撃った方が敗ける……!! っていう、西部劇のガンマンみたいだ。

 あれ? 勝敗はそんな感じじゃないんだっけ?

 まあとにかく、気分としては「動いたら食われる……!」という、完全なる被食者です。


 バレないわけはないと思ってました。

 思ってたんだけど、ぶっちゃけ滞在2日目にバレるとかヤメテクダサイ。

 いや、この感じだと昨日の時点でバレてたなこれ。

 バレた当日に追っかけてこないだけまだマシなんだろうか……。

 一日猶予を与えたとか言われたらほんと、真剣に、ア ホ か ! って叫びますけどね。


 というわけで、今現在。

 泊まってた宿のドアを開けた状態で固まっております。

 ドアスコープ覗いたから相手はちゃんとわかってたよ、わかってたんだけど……ッ!!

 気づかずにシカトするより、気づいてシカトする方がめっちゃ怖いんで。

 にっこりと微笑む、金髪碧眼の王子様みたいな男(いや、王子様だけども)と対峙しながら、私は息を飲んだ。


「おはようリコ。暫くぶりだね、慣れないベッドでよく眠れた?」


 言いながら、長い腕に抱き竦められて、いつもするみたいに頬にキスされて「動かなくても食われるー!!」って内心盛大に叫んだことは秘密にしときたい。




「えっと……おはようございます、ヴァレンタインさん……?」

 身支度を整えて、リビングの方へ出てきたしおりちゃんが、私とヴァルを見て瞳を見開いていた。

 その気持ちはわかります。だって、寝る前にはいなかったもんね。

 っていうか、今身支度整えて出てくるまでいなかったもんね。

「おはよう、シオリ。エンティアは楽しんだかい?」

 微笑みながら穏やかに問いかける様は、どこからどうみても爽やかな好青年――さらにいえば王子様。

 しかしですね、ポジションが悪いわけですよ。それもすこぶる悪い。

 スプリングのきいたソファに腰かけてるヴァルの膝の上に乗せられている私。

 たぶん、しおりちゃんには死相がみえてると思いますハハハ。

 ヴァルの胸に背中を預けて、片腕でお腹抱えられてるんですが……お腹触らないでくれるかなっ!!

 お肉が気になるお年頃です。

 ちなみに、もう片方の手では優雅にフルーツをつまんで、私の口に運んでいる。

 もぐもぐしてますよ、もぐもぐもぐもぐ。

 おかげでしおりちゃんには目線と手でしか挨拶できませんでした!

 声出そうとしたら「おはもぐもぐ」になるしね……。

 えー、そういうわけで、結果からいうとですね。食われてません、食わされてますけど。良かった! いや、良かったのか?

「あ、はい。昨日イルムさんに一通り案内してもらいました。それで、今日は気になったお店に行こうって……」

 躊躇いがちに答えるしおりちゃんの視線が痛い。15歳の女の子に気遣わしげな視線向けさせてごめんね!

 ううう。なんでこんなことになってんの私。

「おはようございまーす!! リコさん、シオリ……あれ、で、殿下!?」

 微妙な空気を破ったのは、そんな挨拶と共に部屋のドアを開けて入ってきたイルムだった。昨日言ったのがきいたのか、今日は前髪を留めている。もういっそ切っちゃえばいいのに。

 しかしまあ、なんて間の悪い。お腹に回ってた腕に、力が篭る。

「やあ、久し振りだね、イルム・シェンツァ。俺が直接エピステ殿への書状を持ってきたんだが、今日はお会いできるかな?」

 見えてないけどたぶん笑顔だなこれ。しかも、見たら背筋凍るタイプの微笑。

 あっさりと告げると、イルムは小刻みに何度も肯きながら「かかか、確認してきますっ!!」と叫んで回れ右をして走って行った。

 いや、携帯通信魔術石持ってたよね? それで直接連絡とったらいいよね!?

 この状態で置いてかないでー……はっ、ヴァルの動きが止まってる!

「ちょっとヴァル、いい加減下ろしてっ!! 恥ずかしいでしょ!」

 身体を捻って、両腕で彼の身体を押しながら離れようと試したけど、全然離れませんでした。どんだけ力いっぱいなの!

 至近距離で見上げる碧い瞳が、どこか面白そうに細められてるのも腹立つんですけどっ!

「……ッ、ヴァル!!」

 睨んで強く名前を呼べば、彼はようやく腕を解いてくれた。

 膝から飛び降りて、ゆったりとした体勢で座りなおしたヴァルの前で両手を腰に当てる。

「人前でくっついたりとか、膝の上に座ったりとか、そういうのはいやだって言ってるでしょ!」

 ヴァルの気持ちはわかるんだけど、少しぐらい私の言い分をきいてくれてもいいと思うんだよね。

 うちの両親だって仲良かったけど、人前ではきちんと節度を保ってたし……というか、日本人ってそんなおおっぴらにしないし、元々。いや、全部が全部そうとは言わないけど。

 でも、私はこういうの得意じゃないんだからやめてもらいたい……!

 しおりちゃんの前とか、色んな意味で親御さんに申し訳ない! 謝罪しようと思っても会えないんだけども。心苦しいです。

「人前じゃなければ良いのかな?」

 うん、その問答ね。何回かしてますよね。何回もして、渋々そこは頷きましたよね。

 だって、全部禁止したら反動が怖いっていうか……ほんと怖いです。

「……ほんとに、人前じゃなければ……少しぐらいは……」

 こうして答えるのも結構恥ずかしいんですけど! だって『人が見てないところだったらくっついても膝の上に座ってもいいよ』って言ってるのと同じことだよね……ッ!!

 うわあああ恥ずかしくて穴掘って埋まりたいぃいい!!

 視線を逸らして、小さく答えたら、ヴァルは満足そうに大きく肯いて立ち上がった。

 頭のてっぺんで、ちゅ、っていう音がしてほんとタチ悪いなって思ったけどもう何も言うまい。


 エンティアの宿ってまあまあだね、などと呟きながら他の部屋を機嫌よく覗いて回るヴァルを眺めてたら、不意にしおりちゃんが私の腕をつついた。

「あの、翠子さん……えぴすてさん? って誰ですか?」

 ヴァルの口から飛び出した、聞いたことのない名前に興味を持ったらしい。

「ああ、えっと、ケニス・エピステさんっていって、エンティアの統括魔術師なの。簡単にいうと、イルムの上司で、エンティアの魔術師たちのトップ」

「えっ、イルムさんってエンティア一の魔術師さんですよね? なのに上司の人がいるんですか?」

「そうなの。エンティア一っていう称号と、統括魔術師の立場って別なんだって。3年前にイルムが中央塔の筆頭魔術師になるまでは、両方ケニスさんだったんだけどね」

 もともと、イルムって人の上に立つの苦手だからなあ。筆頭魔術師になったのは、イルムのすぐ脇を固める人材が優秀だったからだし。

 最近でこそ、随分落ち着いてきたけど、ヘタレっぷりは健在だ。いや、優しいし人としてはすごく良い子なんだよ? ちょっとビビリなだけで。

 なんて、ちょっと遠い目をしながら答えてたら、不意に携帯通信魔術石が光って震えた。

 慌てて服の中から取り出して、指先で触れながら「受信」と唱える。

『リコさーん! イルムです! えっと、ケニス様、1時間後ならお時間作れるので、誰か迎えに送りますって殿下に……』

「君が迎えに来てはくれないのかな? イルム・シェンツァ」

 まず黙って報告を聞いてたら、イルムの言葉が終わる前に、ヴァルが私の口を掌で塞いで問いかけた。

 大きな手で口と一緒に鼻まで覆われてて、若干息苦しいんですけど。

『殿下っ!? いえ、あの、僕今日はリコさんとシオリを案内して……』

「昨日一通り案内してもらったと、先程シオリから聞いたよ。それに……イルム・シェンツァ、彼女らの案内をするのが君である必要はないだろう? 君は筆頭魔術師で、他に仕事がたくさんあるはずだね」

 ならヴァルを迎えにくるっていうのもイルムの仕事じゃないでしょー!! と、ふがふがしてるんだけど、ヴァルの手は全然離れそうにない。

 っていうか、ほんと心狭いなヴァル。私が原因ですかそうですかごめんなさい。

『……ぅう、あの、僕が……お迎えに、あがります……。リコさんたちには、誰か別の人を……』

「もちろん女性だろうね」

 間髪を入れずにぶっこんでくヴァルに、なんか気が遠くなりそうだ。……リアルに酸欠ってのもあるかもしれないけど。

『女性にお願いしてきますっ!!』

 ヴァルはクルークの王太子だけど、イルムはクルーク国民じゃないんだから、実際のところそんな無茶を聞く必要はないんだよね。

 エンティアの統括魔術師って、エンティアの実質的な指導者みたいな立場で、そのすぐ下に中央塔の筆頭魔術師って続くらしいから、変な話だけどこのふたり立場的には上から二番目でほぼ対等なんだよね。

 外交的にいえば、今回は下に出るのはクルークなんだけども。

 私の口と鼻を押さえたまんま、ヴァルが勝手に「切断」と発して、通話は終わった。


 もう通話とかそういうのは諦めたんで、いい加減離してくれませんかね!

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