その6
しおりちゃんが寝てしまった後で、私はひとり、ベッドから起き上がった。
エンティアでも指折りの高級宿に泊まれるのは、私がイルムの客だからだ。
本当なら塔に泊まってもらいたいんだけど、と渋るイルムを説得して、街の宿に泊まるようにしたんだけども……うん、このハイクラス、やりすぎですから。
塔の外に泊まるんならここしか認めない、とばかりにイルムが予約を取ってきた宿に辿り着いた時、私もしおりちゃんもぽかんと口を開けて固まっちゃったもんね。
外資系の高級ホテルか!!
と言いたくなるロビーに始まり、教育の行き届いたスタッフたち、きらびやかに着飾った宿泊客、センスの良い調度品。
建物自体は他の建物と同じ色だったけれど、内装がもう……なんていうか……キラッキラすぎてね。震えました。うっかり壊したらどうしよう。
ちなみに、エンティアで建物の中の灯りっていうのは全部魔術を利用している。
この世界の一般的な家だと、ランプを使ってるんだけど、エンティアはほら、集合住宅なので。
どこかで火事が起こったら被害が甚大になるから、という至極まっとうな理由だ。
ちなみに、電力……違う、灯り用の魔力ってヤツは、すべて塔で賄われているそうです。
えっと……塔は発電所なの?
って一回聞いたことがあるんだけど、イルムに「はつ……?」と不思議そうに首を傾げられたので、なかったことにしました。
どこ行っても大体一度は質問で相手を困らせちゃいますよ!! 仕方ないんだけどね! 私異世界人だし!!
さて。
そんなこんなで、寝室から出てリビングへ移動する。
――……うん、テレビでしか見たことないよ、こんないわゆる"スイート"のお部屋。
そして、リビングの灯りを点けると、廊下側のドアが控えめにノックされた。
ドアスコープからそっと覗くと、待っていた相手だったのでゆっくりとドアを開けた。
「こんばんは、リコさん」
控えめに挨拶をしてくれたのはイルムで、それに続いて「ご無沙汰しております、お嬢さん」と穏やかな声が届いた。
「こんばんは、イルム。わざわざ来てもらってありがとうございます、ケニスさん」
ケニス・エピステさんは、エンティアの統括魔術師です。
エンティアにはイルムの所属する中央塔を含め、東西南北に一つずつで計5つの塔がある。
所属する魔術師もたくさんいるわけだけど、ケニスさんはその全員の頂点に立っているおじーちゃんだ。
おじーちゃんていっても、マンガとかでよく見るような執事さんっぽいロマンスグレーなんですよね、物腰もやわらかで魔術師っぽくないし!
ちなみに、今現在ツェーン一の魔術師の称号を持ってるのはイルムなんだけど、総合的な力を見ればケニスさんの方が上だそう。
術式に関する知識とか展開法とかが「僕の比じゃないんですっ!!」と熱く力説してくれたなあ……すごく尊敬してるんだって。
その時のイルムを思い出しながら、中に案内して椅子を勧める。
ふたりが座ったのを見計らって、お茶を用意する。
イルムは何故か物珍しそうに室内をきょろきょろしてた。
ここ予約したのキミだからね!?
エンティアで魔術師のトップとお話し、というのはしおりちゃんのことだ。
以前こちらに来た時、私はイルムの『多重平行空間に召喚術を発動』という術式で呼ばれた。
おっかないよねー、魔術師。
異世界から人を召喚しちゃうんだよ!? 召喚術で召喚されちゃうって私、悪魔か何か!? とか思いましたけど、別にそういうのじゃないらしい(まあそうじゃないのは自分が一番わかってますよね)。
で、何のお話しかというとだ。
しおりちゃんは"4月15日"に地球へ帰るわけなんだけど、その際のサポートをお願いしようと思ってるんだ。
私の場合、行ったり来たりはディラーハの力でディラーハの好きなタイミングで行われてたんだけど、私以外の旅人は魔術師の力を借りて帰るそうだ。
月からの魔力をそのまま受け止めて、還送力 (っていうんだって)に変換して帰すとのこと。
ほんとにね、私ね、全然詳しいことわかんないんですっ!! 聞いたまま話してるだけですごめんなさい。
「それで半月後なんですけど、場所はクルークの王城でお願いします」
通常は、保護された旅人はエンティアに送られて、エンティアから地球に帰るんだけど、今回はクルークから帰ってもらうことになる。
エンティア側の理由とかも色々あるんだけど、一番の理由はあれだ。
クルーク側でしおりちゃんを見送りたい人たちが、おいそれと国を離れられない人たちだから、ってこと。
最初に保護に向かったエストに始まり、レリーナやヴァルや、なぜか国王陛下まで見送るとか言い出しましたからね。
王太子であるヴァルもなんだけど、さすがに陛下は簡単に国から動いてもらっちゃ困りますヨネー。
「ほう……王城ですか。さすがにわたしも行ったことはありませんね」
さすがに魔術師のトップがほいほい他国の王城に入ってたら私も驚きます。
「僕もないですね、そういえば……中に入る前に回れ右しました」
あの時は怖かったなー殿下、とちょっと涙目になってるイルムを見てちょっと罪悪感が沸きました。
ほんとすいません、あんな王太子で。
「登城していただくことになるので、近い内に陛下からの正式な文書が届くと思いますけど、直接お願いしようと思って私が来ました。お忙しいとは思いますが、お力を貸してください。お願いします」
椅子から立ち上がり、ふたりに頭を下げる。
すると、イルムが同じように立ち上がり、頭を下げてくれる。
「えっと、僕の方こそよろしくお願いしますっ!!」
いや、それ必要ないからね? 居た堪れなくなるのでヤメテクダサイ。
お互い頭の上げ時がわからなくて、足元見てたら不意に肩に暖かな手が触れた。
「顔を上げてください、お嬢さん。イルムの恩人はこの国の魔術師すべての恩人なのですから。お貸しできる力があるのならばいくらでもお貸しします。いや、お手伝いさせてください、と申し上げた方がよろしいですね」
言われて顔を上げると、優しく微笑むケニスさんの顔があった。
やばい、なんか泣いちゃいそうだ。だって、この世界で一番"保護者"っぽいんだもん、ケニスさん!
クルークの国王陛下ともラヴィーナの皇帝陛下とも違う、ちゃんとした保護者なんだもん!
ありがとうございます、と半分掠れた小さい声で告げた私に、ケニスさんは微笑んだまま「どういたしまして」と返してくれた。
いいなあ、私もエンティアで暮らしたかった……!!
――って言うと笑顔でエンティアに攻め入りそうな男をひとり知っているので、心の中だけに納めておくことにします。