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旅人の保護、始めました  作者: 木南 冬威
黒髪おかっぱ女子が来た話
4/7

その4

 いつも能天気に笑ってる女神が、その時はひどく悲痛な表情だったのを覚えている。

 いつもみたいに、時も場所も状況もまったく弁えずいきなり私の前に現れて、あのね、と口火を切ったのだ。


「翠子の身体に結構大変な負担がかかっちゃっててね、ツェーンに行くのあと1回ぐらいしか耐えられそうにないの」


 その時の私の頭の中を想像してもらいたい。

 まず第一に思ったことは、異世界行くのにそんなに身体に負担がかかってたの!? っていうこと。

 次に思ったのは、そんなリスクがあるなら最初から説明しなさいよ、ってこと。

 あとはもうぐちゃぐちゃだった。

 なんせ、ディラーハときたら最後にこう言ったのだ。

 しかも、見たことないくらいにしおらしい表情と声で。


「行ったらもう地球に帰してあげられないの。だから、翠子が決めて?」


 普通は断るよね!?

 22年生きてきた地球の、日本の暮らしを捨てて、数回しか行ったことない異世界ってとこに永住ってさ。

 日本から海外に永住するわけじゃないんだよ?

 里帰りとかもできないし、連絡取る方法もないんだよ!?


 ――それなのに、私はこちらに来ることを選んだ。


 家族にも、友達にも、二度と会えなくなるってわかってたけど。

 何かから逃げたいわけじゃなかった。

 どこか知らないところに行きたいわけでもなかった。


 そう。

 私が、こちらに来ることを願った理由は、たったひとつだけだったんだ。

 それが良かったのか悪かったのか、きっとずっと先でないとわからないんだろうとは思うけどね。


***


 いやあ、月日の経つのって早いですよね。

 しおりちゃんと一緒に暮らし始めて、今日で15日経ちました。

 日数の数え方が地球と違うせいで、2週間ぐらいとか週で表現するのも難しいんだよね。まあ、しおりちゃんの感覚としては2週間と1日、なんだけど。

 しおりちゃんが日本に帰れる日まで、折り返しです。

 ちなみに、この15日間を何してたかっていうと、クルークの城下町で市場探検とか、ヴァルの雑用(つまり謁見)の時を狙って、お城見学とか。

 龍族の姫であるウィントが訪ねてきたときには、一緒にお菓子を作ってみたりとかしてました。


 ――うん、遊んでばっかり!


 まあ、縁あってこっちに来たわけだから(ディラーハの気まぐれとか、手違いともいうけど。申し訳なくてそれは伝えてない)、楽しんで帰ってもらいたいもんね!

 異世界行って、トラウマしか残らなかったとか可哀想だし。

 実際のところ、同郷の旅人に会えて、私が楽しんでるだけのような気がしないでもないけど。



「あら、じゃあ明日はエンティアに行かれるんですのね?」

 濃茶の髪をきっちり結い上げた、侍女服姿のレリーナが、カップにお茶を注ぎながらふふ、と瞳を細める。

 ちなみに、今日のおやつタイムはレリーナがわざわざ焼いてきてくれた、りんごのパイだ。

 ツェーンでは超高級品なバニラアイスも添えられてて、口が幸せすぎるんですけどっ!!

「はい。翠子さんが折角だから魔術が支える国も見ておいたらどうか、って提案してくれて……美味しい! レリーナさんの作ってくれるお菓子って、いつもすごく美味しいです!!」

 女の子って美味しいお菓子が大好きだよねー。

 普段はちょっと控えめで、おとなしい雰囲気のしおりちゃんだけど、美味しいお菓子を食べるとテンションが上がる。

 レリーナのお菓子はほんとに美味しいから、その気持ちすごくわかる……!!

「ふふ、ありがとうございますシオリ様。リコ様も」

 パイを口に入れるたびにじたばたしてるのは、ばっちり気づかれてたらしい。

 でもそんなのお構いなしでこくこくと肯いて、いれてくれたお茶を飲む。

 うう、私だってお茶いれるのすごく頑張ってるのに……この味には中々勝てないっ!! さすが本職!!

 一家にひとり、レリーナを……って考えて、ぶるぶると首を振る。

 私が言ったらレリーナうちに来ちゃう。

 それは申し訳ないし、適度な距離って大事だもんね! 甘え過ぎるのは良くない!

 すでにいろんな人に十分甘え過ぎてる私の言うセリフではないんだけども。

「エンティアにはおふたりで行かれるのですか?」

 自分の分のお茶を注いだレリーナが、私の隣に腰かける。

 侍女って、主やお客様と同じテーブルに着いちゃダメって教育されてるんだけど、私は主じゃありませんから! って、最初に会った時に無理を言って以来、レリーナは私と一緒にお茶をしてくれる。

 こういう、女子会みたいな空気が一番気が緩んで安心できるんだよね。

「うん、そのつもりだよ」

 レリーナの問いに答えて「ね」としおりちゃんと笑いあう。

 すると、レリーナは右手を口許に当てて、まあ! と小さく叫んだ。

「……よく、殿下がお許しになりましたね」

 言われて、一瞬ピシリと固まる。

「そう思う?」

 引き攣った表情のまま問いかけると、レリーナもその言葉に何かを感じたのか、少し頬を引き攣らせて、首を振った。

 うん。デスヨネー。

 普通に考えたら、私としおりちゃんふたりだけの他国行きって、まず許可下りないよね。

 それは私も気づいてた。

 だから、許可取らずに行くことにしました。

 そもそも、私の滞在を許可してくださってるのは国王陛下なので、陛下から禁じられない限り、私の行動に制限はない。

 なので、許可うんぬんっていうのは、本来は必要がないのだ。

「しかたありませんわね、リコ様の行動をお止めできる方なんていらっしゃいませんものね。宰相様にこっそりお願いして、殿下の謁見を増やしていただくようにしておきますわ」

 困ったように吐息しながら、私の味方宣言してくれたレリーナにありがとうと返して、その後は三人でのんびり女子会に花を咲かせたのだった。

 ちなみに、話のネタは主に私としおりちゃんの日本話でした。




「エンティアって……なんだか雰囲気が違うんですね」

 雲まで届きそうな高い塔を見上げて、しおりちゃんは放心したように呟いた。

 私はといえば、携帯通信魔術石を使って友人に連絡を取り終えたところだった。


 クルークは白壁の建物が多くて、自然の森や公園がたくさんあるやわらかな雰囲気であるのに対して、エンティアは全体的に濃い色が多くて、街には緑がなくって硬質な感じがする。

 それも、黒とか黒に近いグレーとかが圧倒的に多い。建物すべてに魔術が暴走した時の防御術式と、暴走を防ぐ術式とを組み込んであって、それによって物質の組織が変化して色を濃く染めていくらしい。

 ――どうしてそうなるのか、何回説明されてもわからないので、そういうものだってことで理解しました。ニス塗ったらツヤが出た、みたいな感じ?


「そうなの。エンティアって、国土はそんなに広くなくて、この中央都市エンティアに人口が集中しててね。そのバベルの塔みたいのが、中央魔術学校。エンティアのひとたちは、まずここに入学するんだって」

 もちろん、私は通ったことがないので、通ってた友人から仕入れた知識だ。

 エンティアの国民には生まれつき魔力が備わっていて、一定の年齢になると全員が魔術学校に入学する。

 そして、最終的な成績でその後の進路が決まるそうだ。

 最初に聞いた時、ホント学歴社会ってヤだよねー、ってものすごく同情しちゃいました。良い学校出たからっていい人生送れるとは限らないもんね。

 しかし、最近はそういう風潮も少しずつ改善されてきてるようだ。

「それで、成績優秀者でさらに本人が望めば、クルークを初めとした各国で専門職に就くこともできるんだよ。エンティア人以外で、魔力を持ってる人ってほとんどいないから、魔術関係の専門職って人が足りないことが多いの」

 たとえば、私もよく使ってる転移ゲートの管理だとか、携帯通信魔術石の開発・改良だとか、あとは国家機密の保護とかね。

 うちの魔術関係の設定に関しては、すべて友人に一任しました。

 ツェーンでの魔術って、地球でいう科学の分野に相当するのかなあ……便利さとか。

 私のよくわからない説明に不思議そうに肯いてたしおりちゃんが、不意に瞳を見開く。

 視線が私を越して背後に向かってたので、それにつられて振り返った。

「リコさん!」

 ふらふらと走ってくる長身の黒い物体A……いや、フード付きの裾の長いローブに身を包んだ魔術師から、私の名前が飛んできた。

 運動神経ぶっちぎれてるのに、なんでわざわざあの子は裾を踏みそうな長さのローブを着るんだろうな、と何度も思ったことを改めて考える。

 さらに言えば、フードをかぶってる上に前髪も長いので、正直不審者にも見える。

 通報されたり悲鳴が上がったりしないのは、ここがエンティアだからだ。

「イルム、足元気を付け……」

「きゃ!」

 短い悲鳴がしおりちゃんから上がった。――私の忠告むなしく、彼が転んだからだろう。

 受け身って言葉知らないのかな。あと、両手の存在意義って……。

 手もつかず、見事に身体の前半分を舗道にぶつけた青年は、しばらく起き上がってこなかった。


 いつまで待てばいいですかね?

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