その2
この世界はツェーンっていう名前で、球体をしてて、まあ地球と似たような作りをしてるらしい。
私が身を寄せてるクルーク王国のように、人口が多く技術の進んだ国もあれば、未だに誰も足を踏み入れたことのない土地もある。
――まあ、地球だって未開の奥地とかいっぱいあるよね。
名前のある国はたくさんあって、すべての国で信仰されているのは『女神ディラーハ』。
ディラーハはこの世界を作った創造主でもあり、龍族なんかは会う機会もあるらしい(龍族って長命なので)。
ちなみに、ディラーハ本人はやたらテンション高めでノリの良い女神で、時折ダ女神って呼んでしまうのは私の悪い癖だ。
え? なんで女神のことを知ってるのかって?
……話せば長いことながら、そもそも私がこの世界に来ることになった理由が、彼女との出会いだったからだ。
学校の帰り道にいきなり呼び止められて、カミダスケ…『神助け』を求められ、いいよと肯いちゃったのがすべての始まり。
話すと本当に長くなるので、これ以上は割愛。
思い出しても溜息しか出ない思い出ってほんと、精神的にクるよねえ……。
「じゃあ、しおりちゃんは気づいたらあの湖のほとりにいたの?」
あの後、私とエストはセーラー服の女の子を連れて、管理人さんのおうちにやってきた。
ちなみに、女の子の名前は河原しおりちゃんといって、中学3年生だそう。
応接室を貸してくれて、お茶まで出してくれる管理人さんは、王族がこの場にいることに物凄く緊張しているようだ。
あー、そんなに小刻みに揺れなくても噛みませんよ、これ。
「……はい。学校の帰りに、近くの神社で合格祈願しようって、友達と待ち合わせてて」
高台にある神社の階段を上りきったところで、不意に意識が途切れたそうだ。
そんなところからこっちに呼んじゃうだなんて、日本の神様に怒られちゃうぞダ女神め。
受験失敗したらどーすんのこれほんとに。
「怪我とかはない? 頭が痛いとか、お腹が痛いとかは?」
「いえ、そういうのはありません。ちょっと、混乱して泣いちゃっただけで……」
思い出して恥ずかしくなったのか、かああっと頬を染めて照れ隠しにお茶を飲むしおりちゃん可愛い!!
「仕方ないよそんなの、いきなり知らないところに放り出されたら泣いて当たり前だよ。しおりちゃんは悪くないんだから、そんなに恥ずかしがることないよ」
私の言葉を受けて、隣でエストがうんうんと肯く。
初めてこちらに来たとき、私が号泣してたのを思い出しているのだと思う。
うう、恥ずかしがることない、って言ったけど結構恥ずかしいわコレ。
2回目以降はさすがに耐性ついて、泣かなかったからなあ……状況にはビビりまくったけど。
「しおりちゃんは、地球に……っていうか、日本に帰りたいよね」
「はい!」
カップを置いて、真剣な表情でこちらをまっすぐ見てくる女の子を見つめ、頬を緩める。
良かった、これならちゃんと帰してあげられそう。
私がこちらに初めて来たときから随分時間が経つけど、その間にも私以外の異世界人――旅人は存在した。
基本的に旅人は元の世界へ帰ることを希望するけど、まれにこちらで家族を作っちゃったりとか、天職見つけちゃったりとかして帰らないこともあるらしい。
らしい、っていうのはこれまでの旅人に、私が係わったことがないからだ。
全部ディラーハから聞いたことで、そういう旅人については生活に支障のない範囲で彼女からの加護が授けられているのだという。
ぶっちゃけ事情が違うのは私だけなんだけど、それは伝えなくてもいいだろう。
「大丈夫。ちょっと時間はかかるけど、必ず帰してあげるからね」
手をぎゅっと握って微笑みかけると、彼女はこの時初めて心からの笑顔を浮かべてくれた。
さて、では暫くの間しおりちゃんをどこで預かるか、なんだけども。
私のうち来る? って訊いたら、しおりちゃんより先にエストに却下くらった。
小さい家だけど、しおりちゃんひとり増えるくらいなら部屋もあるのになあ、ってムクれてたら、エストが若干蒼褪めた笑顔で「不機嫌な兄上の面倒を見るのは断固拒否するよ、リコ」と、のたまった。なんでだ。
「それじゃあどうしようかな、城に置いてもらう? って言っても、普通の日本人があんな城に住むとかすっごい気を使うからなあ……」
「そうなの? リコは馴染んでたと思うけど」
「私の場合は長いこと居たからでしょ、馴染んだっていうか慣れ。しおりちゃんは馴染むほど長い間滞在するわけじゃないんだから、やっぱり気疲れしにくい方が良いよ」
初対面の私のうちでも結果は同じかもしれないけど、いきなり侍女とかつけられて、たくさんの人の目があることを考えたら……うちの方がましだと思う。
優先すべきは王太子の機嫌ではなく、知らないところに一人ぼっちで放り出された可愛い中学生!
「やっぱり、うちにしよう。人を助けるのは王族の務め、民なくして王は育たず、って王様言ってたよね!」
右手で拳を作ってそう告げたら、エストは半眼になってこっちを見てきた。これあれだ「なんで今ここでその言葉持ち出すの」とか言い出しそうな顔だ。
でも、言ったの私じゃないもん。オーランドさんだもん。
「翠子さんのおうち……?」
独断と偏見で決めつけたら、しおりちゃんはぽつりと呟いてこちらを向いた。
「うん。一般家庭で育った日本人的感覚だとちょっとキツいんだよね、お城とか侍女とかお世話されるとか。あー、でももししおりちゃんが、大きな西洋風のお城とか侍女に傅かれるお姫様みたいな生活を送ってみたいっていうなら……」
「いえ! 翠子さんのおうちがいいですっ!!」
テーブルに両手をついて、勢いよく立ち上がったしおりちゃんに、ビクッとしてわずかに仰け反ると、しおりちゃんは恥ずかしそうに頬を染めてそっと椅子に座り直した。
エストは不満そうな顔をしてたけど、さすがに年下の女の子の決断をあっさり却下なんてできなかったみたいで、「仕方ないですね」って、渋々許可してくれた。
うん? てゆーか、うちに泊めるのになんでエストの許可がいるんだろうね。