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NO,6: Rehabilitation

 廊下の端に置かれている赤茶けた首から上が無い甲冑。元々の色は銀色だったのか、錆が少し捲れた箇所は薄汚れた銀色が見える。

手に持っている剣も錆びて刃こぼれし放題。年期入ってるよ。


「……気のせいかな、あの鎧さっきから俺達の後着いて来てない?」


 チラチラ後ろを振り返りながら、未だバッチリとお互いの手を握り合ってるセイラに訊く。

セイラも俺に訊かれて後ろをチラッと見た。

 一本道の廊下にあったあいつ。

初めに目の前を通った時とポーズは全く変わらない。両手で剣の柄を握って胸の前に掲げた、いかにもなポーズだ。

ただその動きにくそうなポーズを崩してはいないけど、こいつ、俺達をつけてる気がして仕方ない。

絶対元居た場所にいない。

慣れない状況で不安だからそう見えるだけかもしれないけど、やっぱり気になるんだよ。


「そうですね、動いてます。今のところ無害ですから無視して処理していませんが、悠輝さんが不安ならしますよ?」


 あっさりとセイラ。

本当に何食わぬ顔でそう答えた。

言葉通り、潰そうと思えば簡単に潰せるんだろう。そういえばアレンも広間に入ってきたやつを瞬殺してたし。


「……あ、丁度良いので悠輝さんの魔術行使の練習相手にしましょうか?」

「え?」


 良い事思い付いた、そんな顔をしてセイラがそう言ってこっちを見た。

発案した本人的には名案かもしれないけど、俺にとっては強烈な無茶振りだ。

自信も無いし。

 咄嗟に両手を振って断ろうとするが、片手は繋いでいて動けない。

というのを俺は片手を上げたところで気付いた為、その結果セイラの問い掛けに対して片手を上げて気さくにオッケーと答えた様な形になる。

案の定セイラもそう受け取ったらしく、ニコッと物凄い眩しい笑顔を浮かべてこっちを見る。

やる気満々ですねー、とかそんな事を表情だけで言ってるよ。

俺のやる気は限りなくゼロに近いんだけどね。


「落ち着いて、相手を見据えて、呪文を唱えるのは慣れていないと思いますが、噛まなければゆっくりでも大丈夫です」

「……いや、その……」


 ちょっとしたアドバイスを言ってセイラは繋いでいた右手を離し、「さぁ行け」みたいな雰囲気を出す。

……今更断れないね。

中途半端なリアクションをした俺も悪い。

……いや、でもちょっと待て!


「っていうかセイラ、片っ端から倒してくとかそんなニュアンスの事さっき言ってたよね。……嵌めた?」

「悠輝さんがアレをスルー出来ないのは分かってましたから」


 バラバラになる前にミュウさんとそんな話をしていた気がする。

いや、してた。

まさかと思って訊いてみる。

 フフフと笑うセイラ。

可愛い顔して結構な事をしてくれるじゃないか!

言う通りスルー出来なかったよ!


「……やられた」

「一歩踏み出せれば後は楽です。言っておきますが、背中を押す側も中々怖いのですよ?」


 嘆いても遅い。

俺の反応に苦笑いするセイラとその言葉を聞いて、確かにそうだとも思う。

グダグダ引っ張るのは女々しいか。切り換えよう。

 両頬を一回だけ手で叩き、気合いを入れる。

形は一対一だけど実際はセイラもいる。何か失敗しても問題無いだろう。

それにまだまだ補助輪付きだ、変に緊張した方がヤバい。……って自分に言い聞かせる。


「記憶を探ってください。必ずあります」

「……だね。あったよ」


 言われた通り記憶を漁る……までもなかった。

昨日の事みたいにアッサリと『それら』が頭に浮かぶ。

術一つ一つに違う呪文があるし、結構それが長いやつだってある。普通忘れてたりどっか抜けてたりしてる様なものなのに、何故かちゃんと頭にある。封印されてたとはいえ、これだけしっかり記憶出来るのなら俺の学校での社会の成績はもっと良かった筈だよ。

なんでだ? 正直に言うと気持ち悪いし違和感しかない。

 でも今はそう言って一人で勝手に気持ち悪がってるわけにもいかない。

嵌められたとはいえ頷いたんだしさっさっとやらないと。

中々怖い背中を押す係をセイラはしてくれたわけだし。

 アレンに返してもらった封筒を出して中からお札を一枚抜き取る。

そしてそこに書かれた文字を見て一応本物か確認する。じいちゃんなら変なの混ぜてないとは限らないから。

本物だと分かると頭から呪文を捻り出して噛まないようにゆっくり紡ぐ。


「……火行を以て凶事を滅す。我――!?」


 呪文を唱え始めると例の首無し甲冑がいきなり動き始めた。

さっきまでは動きながらも姿勢を変えずバレない工夫はしてたのに、今は剣を両手で握るのを止めて左手だけに持ち代え、陸上選手染みたランニングフォームでガシャガシャ煩い音を立てながらこっちに走って来る。意外と早い。

これには俺もビックリして一瞬呪文が詰まる。途切れはしなかったからまた紡ぎだすけど間に合うか?

隣のセイラは動かない。


火岸花ひがんばなっ!」


 最後に目の前に五芒星を書いて札を放って術名を叫ぶ。

放たれた札は俺が術名を叫んだ瞬間弾け、そこから放射状に炎が飛び、結構な距離まで近付いていた甲冑に殺到する。

そのまま甲冑は後ろにぶっ飛んで床を滑り、霧散して消えてしまった。


「……」


 自分で自分の撃った術の威力に引く。

俺凄いじゃん、みたいな自己陶酔じゃない。

……危な過ぎる。


「上々の結果ですね。長いブランクがあったにも関わらず術の精度も中々ですし、相手の予想外の行動にもそこそこ落ち着いて対処出来ました」


 隣でセイラがサラリと言う。冷静そのものだ。

こういう光景が当たり前なのか魔術師? だったら相当怖い職業だ。

そりゃ背中押すのも怖いよ。


「……魔術ってこんなんなの?」

「そうですね……今みたいな派手な面もありますが、普段は地味ですね」


 自分で撃っときながらだけど、あまりにもなものだったから思わずセイラに訊いてしまう。

毎回毎回こんな感じなら今まで何故『本物の魔術師』の存在が明るみに出てないのかってなるし。

 対してセイラの答えは単純で当たり前だった。

普段は地味。

まあ一般的に派手な職業って言われてる職業も地味な部分が多いって言うし、普通と言えば普通。

ただし、魔術師の言う『地味』が例えばスポーツ選手の『基礎練習』や歌手の『作詞』みたいな黙々とやるものなのかは分からない。


「例えば?」

「総括して言えば修行です。魔術系統により違うと思いますが、占いとか野外活動フィールドワークとかです。有名なものなら悪魔祓いでしょうか?」


 セイラの上げた例は確かに一つを除いて結構地味だ。それこそ魔術師じゃない人だってやってる。

それについての本とかだって売ってるよ。

……一つを除いてね。


「……悪魔祓いって地味かな? というか修行なの?」


 修行でそんなぶっ飛んだ事をするのだろうか?

そんなに簡単に「修行だ!」って言ってやれる程たくさんの人が悪魔に憑かれてるのか?

だったら世も末にも程がある。

それに『悪魔』に『憑かれてる』っていう大変な事態を『修行』の一環として片付けて良いものなのか?


「私は魔祓者エクソシストじゃないですから詳しい事は知りませんが、憑かれたと言って来る人は大抵雑魚しか憑いてないので大した事はしないそうです。大変な人はそもそも『憑かれてる』という自覚なんて出来ませんしね」


 よく知らないから、っていう前置きをした上でセイラは言う。

……いや、きっと正しいよ。

確かにそうだ。軽いから自分でヤバいかもと思って教会とか行くんだろうね。仮に悪魔に完全に憑かれてたら誰が教会なんて行くかって話になるよね。

ヤバいだ痛いだ喚いてるから医者に見てもらったけど、実は大した事なかったってオチはよくある。本当にヤバい人はヤバ過ぎて喚けない。

よく知らないとか前置きは要らないくらい正しいよ。

あと、たとえ雑魚でも憑かれてる人は結構いるんだね。そこは怖いよ。


「ここからは悠輝さんのリハビリという形で進んで行きましょうか。……さて、前に見える扉とそこにある右へ曲がる通路、どっちにします?」

「サラッと俺に向かってハードな事言ったよね?」


 俺の術のせいで燻っている廊下の壁を一瞥した後にまた手を差し出しながらセイラが言う。

まだ俺に色々やらせるらしい。可愛い顔して案外スパルタだ。

 ただ、ここで歯向かっても時間のムダ。

セイラだってスパルタだけど俺の事を思っての発言だ。

なんかもう色々切ないけど取り敢えず、真っ直ぐ進んだ先の扉を抜けよう。

 左手でセイラの手を握る。

……ある意味こっちの方が厳しい試練かもしれないね。ドキドキして心臓に悪そうだ。

 右へ行く通路は無視して真っ直ぐ進み、扉をソーッと開けてまず中の状況を確認する。

誰もいない。

結構な数の受験者がいたと思うんだけど、まだ誰とも会ってない。そんなに広いのかこのお城?


「ここはなんか色々あるね。絵とか」


 二人同時に中に入って部屋を見回す。今回はどこかに飛ばされはせず、普通に中に入れた。

 この部屋はなんだろうか、ボロッボロな長いテーブルが真ん中にあり、椅子は全く無い。

壁には音楽室とかにありそうな誰かの肖像画が一つ掛かっていて、隅の方には食器棚も見える。

城の主とその家族が優雅に食事を摂ってた場所かな?


「食器棚の上の段には何も……無いね」

「下の段にも何もありません」


 そこそこ大きい食器棚をあんまり背が高くない二人で一段一段見て『何か』を探す。

お互いに片手を使えないようにしている身。

バラバラに飛ばされない為の対抗策とはいえ、こういう物探しの時は中々不便だ。

しかも頑張って探した結果手掛かりすら無い。

この儀礼ちょっと不親切じゃない?


「この絵は……てか、誰?」


 セイラが床だのテーブルの下だのと物凄い細かな部分を見ている隣で俺は肖像画を眺める。

のっぺりとした表情は音楽室にある有名な音楽家さん達と違い、なんか威厳に欠ける顔だ。

ここの城主だったら申し訳ない。


「っ!?」

「うわっ!?」


 貧相だなー、なんて失礼な事を思いながら眺めていると肖像画の目が光った様に見えた。

その瞬間俺が左手で握っていたセイラの右手に急に力が入り、一気に風景がボヤける。

気が付いたら肖像画から離れた場所に立っていて、その肖像画の上に光る五芒星が描かれていた。

よく見ると肖像画の顔がさっきののっぺり顔から歪んだ表情に変わってる。


「ふぅ、なんとか間に合いました。やはり私では色々感知しきれませんね」

「何が……?」


 隣でセイラがふぅっと胸を撫で下ろし、俺の左肩についた埃を払ってくれた。

その俺は何が起こったのか全く分からないんだけど……マジで。


「あの肖像画、悠輝さんを襲おうとしてたんですよ。間一髪って感じでした」

「ホントに? ……ありがとう」


 セイラがあの一瞬で何が起こったのか教えてくれた。

どうやって肖像画が俺に襲い掛かるのか気になるところだけど、ともかく助けてくれたセイラに頭を下げる。

セイラは仲間ですからと笑う。……人間出来てるよ。


「っていうかその間一髪にあの肖像画に星入れて、ここまで移動したの?」


 肖像画の上に輝く五芒星と、今俺とセイラのいる場所を見ながら訊く。

ただ離れたわけじゃない。

今俺達二人と肖像画の間にはテーブルがある。あの一瞬でセイラは俺を引っ張ってテーブルを飛び越えたのか?


「いつもの私の力じゃ無理ですよ? 身体強化を私に掛けたので出来たんです。……これを護符魔術と言います」


 手を繋いでいない右手を俺に見せながらセイラは言う。

五本の指全部に填められた指輪、これが護符魔術の護符らしい。

右手の指だけじゃなくて左手の五本の指にもあるそれらは、見た感じ色々な金属でできている。

小洒落たデザインの物から女の子が着けるにはどうなんだって思うくらい無骨な物まで色々だ。


「この部屋には何もありませんでしたね。扉もさっき通ったものしかありませんし、引き返して右へ曲がる通路に行きましょうか」

「あぁ……うん、そうだね」


 何事も無かったかの様にセイラは自然な様子だ。

さっきの一瞬でやってのけた事を特に誇る事も無く、あれは当たり前みたいな感じさえする。

 だけど、よく考えればさっきのは全然普通じゃない。

俺と肖像画との距離はほぼゼロで、しかもセイラは屈んでテーブルの下を見ていた。

いくら肖像画が何かするって感知出来てもそんな直ぐに術を発動して俺を引っ張り、なおかつ五芒星を肖像画の上に描けるのか?

それに呪文は? 俺は慎重に唱えたから遅かっただけかもしれないけど、でも一瞬で唱えられるようなもんでもないでしょ?


「どうかしました?」

「……いや、さっきセイラはいつ呪文を唱えたのかなって」


 呪文詠唱は俺の知識――マンガとかゲームの中だけど――じゃ絶対必要なものだ。

一応唱えないでオッケーってやつもあるけど、それには色々とリスクがある。

この儀礼にそのリスクをわざわざ侵すとも考えられないんだよね。


「私の護符魔術の最大の利点は術の大半が詠唱不要という事です。『大半』ですから必要なものもありますし、メリットはデメリットと表裏一体ですから危険もありますがね」


 そう言ってセイラは指輪を俺の顔に近付ける。

表面に何か複雑な文字が刻まれていた。きっとこれが呪文の代わりになってるって事だろう。

それだけじゃないんだろうけど。


「俺のは無理かな?」

「それは……何とも言えませんね」


 試しに訊いてみる。

望み薄なのは分かってるけど。

それでもやっぱりちょっとは可能性をね。

 セイラは苦笑いして曖昧に返す。

やっぱりと言えばやっぱりだ。


「行きましょう、時間は有限ですし」


 セイラが俺の手を引っ張って歩き出す。

その手に引かれて俺も歩き出す。

……また何かあったら俺の『リハビリ』が始まるのかな?






 ガシャガシャと音を立てて甲冑が倒れる。

その倒れた甲冑の影から赤毛の少女が不機嫌そうな顔で現れた。


「……何も無いわ! 全部呪力災害で出てきた思念じゃない。家具一つ無いってどういう事よ!?」


 霧散して消えていく甲冑を恨めしげに一瞥した後、肩を竦めながら部屋を歩き回る。

彼女――ミュウが言うようにこの部屋の中にあった三体の甲冑、誰かの胸像、鏡まで本物ではなく、呪力災害により具現化した人の思念であった。

それらを滅したら何も残っていなかったのである。


「シャンデリアはあったぞ。いきなり来た幽霊が叩き落としたけどな」


 部屋の端に座った少年――アレンがイライラしながら歩き回るミュウを見ながらため息をつく。

アレンの前には砕けたシャンデリアの破片が散らばっていた。

因みにいきなり来た幽霊は即時にされた。

人の霊魂ではなく、やはり思念であったからだ。


「……ん?」


 シャンデリアの残骸を見つめていたアレンが何かに気が付いた。

一歩近付き、じっくりと破片の散らばった床を見る。

何か透明の……立方体が破片に混ざって落ちていた。


「――! 成程な!」


 アレンは何か閃いたらしく、手でそれを拾い上げ、中を透かして確信する。

それは氷であった。

そして中に何かが入っていた。


「ミュウ、言霊でこれを焼いてくれ!」

「はぁ? 何それ?」


 ミュウを呼び、アレンはその氷を得意気に見せる。

いきなりなんなんだとミュウは訝しげな表情を崩さない。


「氷だ。“what《何か》”のスペルを並び替えたら“thaw《解ける》”だろ!?」

「……! そうね! 流石アレン、愛してる!」

「調子良いな!」


 アレンが小さな氷の立方体をミュウに投げて渡す。

それをミュウは受け取ると、床に置き、胸に手を当てて何事かを言う。

すると氷の下の床が燃え上がり、一気に氷を溶かした。

中から何かが転がり出てくる。

アレンはそれを笑顔で拾い上げた。

 転がり出てきたのは小さく巻かれた羊皮紙で、中にはこう書かれていた。


『Too bad《残念でした》』


 アレンの顔が一気に渋くなる。

隣からアレンの持っている羊皮紙を覗き見たミュウの顔も曇る。

微妙な空気が二人の間を漂い始めた。


「何よ、期待させて!」

「うっせぇな! なんだこの思わせ振りなやつは!? やらしいぞ!」


 ガミガミと文句を言い始めるミュウにアレンも食って掛かる。

お前だってそう思ったじゃねぇか、それがアレンの言い分だ。

対してミュウは、あんたがそれっぽい事言うからよと対抗する。

小学生レベルの喧嘩である事には間違いない。

 数分間二人はある意味仲良く口喧嘩を続けていたが、いきなり城のどこからか立ち上ってきた『ヤバい感じ』に反応して文句の言い合いを止める。

そしてお互いに目配せしながらそれを感じる方を見る。

その方向には廊下へと続く扉がある。入ってきた扉だ。

しかし二人の意識はもっと外。そして下だ。


「……ここ、何階だった?」

「廊下にあった窓からの目測でビル四階くらいの高さよ。霧でよく分かんなかったけど」


 下の方からする強大な気配。

明らかに入学儀礼程度のものでは出さない何かから来ている。

ミュウは廊下の方へと歩き出した。


「おい! 飛ばされるかもしれねぇだろ!」

「……空間支配で飛ばすのには大量の呪力が必要よ。動き回る受験者達何人かを逐一捕捉して飛ばすのには人間程度の持つ呪力じゃ無理、神の領域に踏み込まないとね」

「は?」


 アレンの注意にミュウは歩きながら噛み合ってない言葉を返しながら、なお扉の方へと進む。

勿論だがアレンには意味が分からない。バラバラになる事こそが最悪の事態だ。ミュウだって分かっている筈なのに。


「要するにいくら優秀な魔術師でも、普通はいきなりそこら辺の空間ねじ曲げて飛ばすのは無理なの。だから飛ばすポイントをあらかじめ決めておいて、そこにだけ力を集中させておく。そこを誰かが通った時に行使者が任意で飛ばせるようにね」

「……ポイントっつったって、どこか分からねぇから困ってんだろ?」

「『扉』よ。絶対通るでしょ? それに幅が狭い扉だったら必然的に通る人数が制限されて、バラしやすいわ。あたし達だってこのタイミングで飛ばされたし」


 ミュウの言葉にアレンは黙る。

確かに言う通りであり、筋が通っているからだ。

ブツブツ文句言ってばかりではなかったらしい。

 ミュウは自分で考え出したバラすトラップの仕組みをアレンに言いながら、扉のすぐ横の壁に手を当てる。

そして何事かを呟いた。

すると壁が爆発し、穴が空き、廊下へと続く道が出来る。


「だから飛ばされたくなかったら道を作ればいいのよ。こんな風にね」

「豪快だな……」


 壁をぶっ飛ばし、道を作る。

理にかなった空間支配のトラップの攻略法だ。

ただし、いくらボロボロで使われていなさそうな城とはいえ、勝手に穴とか空けていいのかは不明だ。

受験者達が魔術を行使すれば大なり小なり壊れるだろうが、これはあからさま過ぎる。


「ちょうどこの下ね」


 豪快に空けた穴を通り、廊下にある窓を開けて見下ろしながらミュウが呟く。

続けて穴を通ってきたアレンもその隣の窓を開けて見下ろすが、霧で視界は悪く、何も見えない。ただミュウの言う通り『ヤバい感じ』は確かに下からする。


「行くのか?」

「当たり前よ。これ、たぶんセイラのだし」


 あまりに強大なものなので流石のアレンも尻込みするが、ミュウはぶれない。

あっさりと行くと言い、更にはアレンにとってはビックリする事を言う。


「はぁっ!? これがセイラのって、あの子なんなんだ!?」

「知らないわよ」

「はぁっ!?」

「あたしがあの子を選んだのは勘よ。ダウジングもしてないわ」


 サラリと言うミュウに開いた口が塞がらないアレン。

勘って……それはかなりのギャンブルだ。

結果的には何やら物凄いのを引き当てた感じだが、それでもアレンの口は塞がらない。

今までの人生でこれ程強大な呪力をアレンは感じた事が無いからだ。


「セイラがどこの誰とか関係無いわ。あたしの勘が『この子と居れば楽しそう』って言ったから選んだの。ほら、降りるわよ」

「儀礼をパス出来そうじゃなくて楽しめそうって、色々違うだろ! てかお前、ちょっと待てこら!」


 ミュウは一人で言いたい事を言った後、躊躇いも無く窓から飛び降りた。

アレンは色々文句なり説教なりを言いたいが、ミュウは飛び降りてしまったのでもういない。

仕方ないので彼もまた窓から飛び降りた。やはりそこに躊躇は無かった。






「二人仲良く飛ばされたね」

「バラバラにならないだけマシですよ」


 あの肖像画があった部屋から出ると、目の前に広がっていたのは霧。

視界一面真っ白。

飛ばされたらしい。

てかここどこ? 室内?

下が石畳だから外?


「ここ、どこだろ?」


 辺り一面霧で何も分からない。五里霧中って言葉がなんであんな意味で使われるのかよく分かるね。これは確かに見通しとか立てれない。

それに、仮に外だとしても俺らが城に入る前は霧なんて無かった。

時間的にもこの儀礼は朝から始まってるわけで、日が高くなる昼間に霧は考えにくい。まさかもう夜とかそんな事もないだろう。だって一応明るいし。


「後ろを見てください。城の壁が見えます」

「あ、ホントだ。……でもやっぱりここどこ?」

「中庭だと思います。似た場所知ってるので」


 セイラに言われて振り返ってみると、確かにボロボロの壁が見える。上の方に窓っぽい枠もある。

でもだからってここがどこかは分からない。

 どこか分からない俺と違い、セイラは似たような場所を知ってるらしく、中庭と断言した。

やっぱり城ってどこも似たような造りなのかな。


「あ、誰かいるよ」

「近付いてきますね」


 霧の中にうっすら影が見える。形からして人だと思う。取り敢えずガチャガチャいってないから甲冑でもないし、肖像画はあり得ないね。

 その影がこっちにどんどん迫ってくる。

影の動き的に見れば走ってるね。しかも全速力っぽい。


「そこを退けぇっ!」「……は?」


 そう俺達二人に叫んで全速力でこっちに向かってくるのは男四人組。

全員が全員等しく顔が引き吊って必死な表情をしている。何があった?


「すいません、何があったか――」

「うっせぇ、お前どこの国の奴だ! 英語使え!」


 先頭を走ってきた金髪の男子に何があったのか訊こうとするけど、英語を使えと一喝された。

そしてそのままその男子は俺とセイラの後ろにあった城の壁――よく見たら扉があった――の方へ行き、城の中へと消えていく。

この人は足が早いのか、他の三人はまだ結構後ろにいる。


「……そりゃ日本語って普通は通じないよね」


 英語で話せ。

普通に通じて普通に日本語で返してくれる周りの三人が異常なだけで、確かにそう言われても仕方ない。

思わず苦笑だよ。


「私が訊きますね」


 隣のセイラも苦笑いしながらそう言って次に来た男子に何があったのか訊ねる。

走りながら男子は何か言ったけど、焦ってたのか滑舌が悪くて俺は聞き取れなかった。


「聞き取れた?」

「何かが沢山いる、としか」


 セイラも上手く聞き取れなかったらしく、また苦笑いしらながら首を左右に振った。

まだ二人いるけど、この二人は足の速さが同じくらいなのか真横に並んでこっちに来てる。

効率的に二人手分けて訊く事にする。


「すいません、向こうに何が――」

「そこ退け、あれは好きにしろ!」

「ちょっ!? 会話が噛み合ってないんだけど……って、行っちゃった」


 今度は英語でトライしてみる。

が、意味無かった。

結局噛み合わない事言われて逃げられた。

……言葉関係無いじゃん。

 もう一人に訊いていたセイラがこっちに来る。

結果を聞くまでもない。何せ俺と目が合った瞬間に肩を竦めたからね。


「『勝手にしろ』と。私はそんな事訊いてないのですが」

「錯乱してるね。『何か』があるようでもないし」


 なんであんなにわけ分かんない返答しかこないのか不思議で仕方ない。

向こうになんかヤバげな奴がいて、錯乱してるのかな?

 結局『何か』についての手掛かりも無さそう。

そもそもホントに『何か』ってなんだ? 抽象的過ぎなんだよ『何か』……って、あ。


「……あ」

「どうかしました?」


 ……もしかして、俺、『何か』が何か分かったかもしれない。

まだ確証は無いし、かなり無理矢理というか英語が母語じゃない日本人的な発想だけど、可能性はある。

……セイラに言うべきかな?


「ねぇセイラ、もしかしたらだけど――」

「しっ! ……何か来ます」


 悩んだけど、俺より賢そうなセイラに意見を求める。いや、求めようとして遮られた。なんかこの中庭に来てから俺の言葉遮られてばっかだよ。

 俺の言葉を遮ったセイラは何かを察知したのか辺りを見回す。

その目はさっきまでのセイラじゃない。

鋭く、威圧的で、冷たい。猛禽類みたいだ。


「……!」

「げっ!?」


 上を見回してたセイラが何かに反応し、セイラは左手を振る。

六芒星がセイラの左手のあった場所に輝き、セイラの姿がボヤけて消えた。

 そしてセイラが消えたその瞬間、セイラが今までいた場所、要するに俺の目の前にいきなり銀色の鎌が振り下ろされた。

かなり柄が長いらしく、霧の奥に影は見えても何がそれを持ってるのかは分からない。


「……! ……!」


 目の前に鎌が振り下ろされる。

そんな経験当たり前だけど今までした事無い。ビックリし過ぎて声すら出ないし、情けないとか言われそうだけど、腰が抜けそう。

っていうかセイラどこ行ったの!?


「……!?」


 霧の奥から鎌を握った奴が出てきた。

真っ黒のローブに正真正銘体の全部が骨。……死神って言うやつだ。

マジで怖い。

 その死神は頭蓋骨しゃらこうべをカタカタ言わして体を揺らす。笑ってるのか?


えなさい……!」


 鎌を持ってなんか知らないけどカタカタ言ってる死神にいきなり現れたセイラが真横から強烈な飛び蹴りを叩き込んだ。

やはり骨は軽いのか、そのまま吹っ飛んで霧の奥に消えた。


「……あの人達が逃げてたのってこういう意味なんだね。俺も逃げたいよ」


 見事に俺の隣に着地したセイラに言う。

ぶっちゃけ今の俺は涙目だ。


「……確かに見た目はホラーですが、感じる力は大した事ありません。彼らが逃げたという事は、何かありますね」

「それ、セイラ基準じゃないかな?」


 見た目は怖いが中身は大した事無い。

そう言い切ったセイラだけど、ホントにそうなのか俺はいまいち信じきれない。

俺の見立てだとセイラの実力はこの儀礼の受験者達の中でも頭抜けてる。

他の魔術師を知らない俺が何言ってんだって他の人に怒られそうだけど、なんとなく分かる。超一流のプレイヤーは素人が見ても分かるのと同じだ。セイラの動きは違う。『優秀』と言って、たぶんそれは間違いないアレンやミュウさんでさえセイラには劣る。そう思ってしまうし、他の人達には失礼だろうけど間違いない。

 だから、セイラの『大した事無い』は俺にとってはヤバいと言える可能性がある。

単純に、格の差だ。


「霧が厄介ですね。私達の周りだけでも払いましょうか」


 そう言うとセイラは右手を振る。

すると俺とセイラの周りに漂ってた霧が吹っ飛んだ。

……マジか?


「視界も開けました。……向こうも何かしますね」

「……ねぇ、俺の存在に必要性はある?」

「勿論です」


 俺達二人の周りだけだけど、霧が晴れて視界が開けた。

セイラの視線の先には死神。

鎌の刃が付いてない方を地面に突き刺し、カタカタ言っていた。


「来ますよ。こういうのを本丸、と日本語では言うのでしょうか?」

「……違う気がするな。っていうか、これは覚悟決めなきゃヤバそうだ……」


 地面が光り、死神を中心に数メートルの円が現れる。

すると地面から何本もの腕が突き出てきた。しかも全部真っ白の骨だ。

ゾンビよろしく、大量の骨が地面から這い上がってきた。

本気で腰が抜けそう。


「……死神ってこんな能力あるの? 斬魄刀より質が悪いよ」

「死神は名前の通り死を司る神という側面がありますからね」


 死神が鎌を持ち直し、ゆらりと構える。

それを合図に這い上がってきた骨の軍団がこっちに走り出した。

多い多い、多いから!

 急いで札を封筒から引き抜き、呪文を唱えて放つ。

ギリギリだ。


斬鮫きりさめっ!」


 屈んで低めに放った札から水が吐き出され、数匹の鮫を象る。

セコいが下段攻め。

水の鮫は骨の膝辺りの高さで『泳ぎ』、通った軌跡にいた骨の腰から下がバラバラになる。

勿論、そんな程度じゃどうにもならない。

冷や汗掻きながら次の札を抜き取った。

 セイラは一度俺を見て、その後に目の前の骨を見た。

そして一度ため息をつく。


「数攻めは悠輝さんの練習台に向いてませんね。この多さだと怪我をしかねませんし。……仕方ありません」


 セイラが上着のポケットに手を突っ込み、中からネックレスだろうか、銀色の何かを取り出した。

そして呪文を唱えようとする俺の顔の前に手を出して止める。


「……出来れば、怯えないでくださいね」


 静かにそう呟いたセイラ。

いきなりの行動にビックリして動きの止まる俺を見ずに、セイラはポケットから出したそれを掲げる。

……その瞬間、空気が爆ぜた。

 更新予定日の前日にミス発覚。

遅れました、すいません。

 ミスってのは“what”のスペルの件です。

抜けてました。

ビックリした。


 今後も頑張ってペース上げていきたいです。

頑張ります。

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