NO,5: Cut off
黒いカーテンを抜けるとそこは、大きな広間だった。
……って、どっかのノーベル文学賞の作品じゃないけれど、事実なんだから仕方ない。
後ろを振り返ってみると黒いカーテンなんてものは無く、この広間の入口であろうでっかい扉があるだけだ。
広間の中には特に何も無く、ただ赤い蝶が数匹飛び回っているだけ。
たぶんこれが先導役だった人が言っていた蝶だ。
無害らしいから無視でいいだろう。
「……おいおい、いきなりワープか? どこのSFだ?」
「バカ、ケルトの秘術よ。班同士がいきなりかち合うのを回避する為よ、どうせ」
広間をグルリと見回しながらアレンが苦笑する。
入っていきなり全然違う場所に飛ばされるなんてのは魔術師でも経験は無いらしい。……当たり前と言えば当たり前だけど。
しかしミュウさんは冷静だ。
何故こうなったのかを冷静に分析して、既に解いている。
魔術が使える様になった筈の俺だけど、やはり知識は乏しい。
ミュウさんの言う理由はやっぱり意味が分からなかった。
「……でも、燃費が悪いから殆ど廃れてる空間支配を入学儀礼が始まってからずっとやってるなんて恐れ入るわ。流石は学院と言ったところかしら」
「……お前が他人の魔術を『廃れた』なんてよく言えたもんだな」
フフフと笑ってミュウさん。本気で感心してる様子だ。
隣でアレンが微妙な顔をして呟くが、鉄拳制裁をくらって黙る。
アレンは助けを求める様に俺を見るけど、俺は話の内容は全く分からないし何も口を挟めない。二人のやり取りは英語だしね。
英語がそこそこ喋れると言っても、全て分かるわけではないんだよ。
「この蝶、誰かの使い魔ですね」
「無害って言ってたから無視していーわ。キレー《綺麗》だしこの寂れた城のアクセントとでも思っておきましょ」
上を向いて赤い蝶を見つめながらポツリとセイラが日本語で呟いた。
スゴい絵になってる。
……じゃなくて、セイラの呟いた言葉。
『使い魔』。
マンガとかでよく見るあれだ。ヘドウィグとか、ジジとか。
蝶ってのはなんかイメージ違うけど、セイラが言うんだからそうなんだろう。
セイラが日本語でだったからか、ミュウさんも日本語で律儀に答える。
言ってる事は俺が思ってた事と変わらない。
まぁこれ以外の選択肢は無いから当たり前か。
「おい、ミュウ」
「分かってる。……何か来るわね」
「この感じ、おそらく単体ですね」
「……疎外感しかない」
アレンが何かを感じ取り、ミュウさんに目配せをする。
ミュウさんもミュウさんで感付いていたらしく、しっかり目配せに答えて後ろの扉の方を見つめた。
更にセイラも分かるらしく、具体的な数まで言う始末。
何も分からない俺はどうすればいいのか?
っていうかなんで三人は分かるのか。
耳をすましてもなんか怪しげな声とか音しか聞こえないし……って、これか!?
これだ!
「Dochas《願え》」
「!?」
皆が見つめる先、広間の扉が凄い勢いで開いた。
何かが入って来る、その瞬間にアレンが動く。
右腕が霞み、入って来た何かが弾け飛ぶ。
あまりの早業に何が起こったのか分からない。
ただ、入って来たモノはアレンによって瞬時に消された。
結局何が来たのか分からなかった。
アレンがこっちを向いてグッと親指を立てる。
成程これがフォローね。
……これでいいの?
「『何か』の手掛かりは無かったですね」
「弱いな。低級だから仕方ないって言えばそれまでだけど」
「倒せばいいってもんじゃないかもしれないわね」
アレンが瞬殺して俺は何が起きたかだとか、結局何が今入って来たのかなんて分からなかったんだけど……他の三人は分かってたらしい。
何をどうしたら今ので分かるのか謎でしかない。
この三人の動体視力はどうなってるのか?
俺はなんかでっかい物体が一瞬見えただけだったんだけど。
……これが魔術師とついさっきまで一般人だった俺の差なのかな?
だったら魔術師としての封を解いたのちょっと後悔するんだけど。
「安心しろよユウキ、このてーど《程度》のレベルならいける。まだかくしょー《確証》はねぇけど」
「……そりゃどうも」
日本語でアレンがそう言って笑う。
俺はもうなんて返せばいいか分からない。
いや、だってねぇ。
何も分かんなかったじゃん、アレンがさっきした事。
まず何が入ってきたんだろうか?
アレン一人が余裕でも困るんだけどね。
「ところでさっきから聞こえるこの呻き声みたいなのは何かしら? BGMなら趣味悪いわ」
「音による恐怖の増長効果を狙ってる……事は無いですよね。お化け屋敷じゃないですし」
さっきから聞こえる不気味な音とか声にミュウさんが苦言を呈する。
趣味悪いとバッサリね。
セイラはミュウさんのバッサリ切り捨てた呻き声などについて結構真面目な意見を言ってみるけども、結局自分で否定した。
魔術師がお化け屋敷にビビる筈がないっていう理由で。
まぁ普通魔術師とか魔女ってお化け屋敷じゃ驚かす側だからね。
驚かす側がビックリしてちゃ話にならないよ。
「てかこの音、さっき入ってきたやつが出してたんじゃなかったんだ……」
「そりゃ動くせきぞー《石像》じゃ音出すの無理だろ」
俺は皆がこの音というか呻き声で何かが来るのを予測していたのだと思っていたけど、実際は違うらしい。
じゃあ何で分かったのか?
あれか。また例の実力者の第六感か?
悶々とする俺の隣でアレンが石像じゃ無理と笑う。
そりゃ何か理解していた三人はあり得ないって思えるかもしれないが、俺は分かんないんだよ。と、雰囲気悪くするのもあれで口には出さないけど、眉間にシワ寄せて表情で言ってみる。
案の定気付かない。
一人で何やってんだと肩を竦めた。
アレン曰く、入ってきたのは動く石像らしい。
日本の二ノ宮像と似た様なものだと勝手に判断しよう。
……何故動く?
「……ねぇ、今この中って何が起きてるんだっけ?」
そういえばここに入る前に不吉な単語を聞いた気がする。
『災害』とか『死ぬな』とか。
世界が色々と不安定なこのご時世、まだまだ青い俺達ティーンエイジャーに何言ってんだと言いたいね。
「あぁ、そういえばまだ説明してなかったな」
隣のアレンはヒラヒラと舞う蝶を眺めるのを止めてこっちを向く。
この城に入る直前に「後で」と言ってたしね。
まぁ口パクでだけど。
「今この中で起こってるのは『呪力災害』。名前のまま、呪力が原因で起きてる災害だな。まぁ『災害』って言っても何が起こるかは起きてみないと分からないビックリ箱みたいなもんだ。どんなのでも体にわりー《悪い》けど」
アレンが一歩こっちに寄って手早く教えてくれる。
目は広間には家具も何も無いけど一応何かないかと壁だの床だのを見て回るミュウさんとセイラの動きを追っていて、会話の内容から俺が素人ってバレないようにと配慮までしてくれてる。
……セイラは俺の事知ってるんだけどね。
で、アレンが教えてくれた事。
要約すれば、何が起こるか分からない災害で人体には悪影響。
「……ヤバくない?」
そんなもん試験に使っていいのか?
現在進行形で今その体に悪い災害の只中に俺達はいるって事になるんだけど。
……いや、絶対ダメだろう。
アレンは余裕そうにしてるけど、ダメだろう。
むしろなんでそんな落ち着いてるの?
「『擬似的なもの』って言ってたろ? だいたい、ていきゅー《低級》のだったらえいきょー《影響》なんて大してねぇよ。めちゃくちゃ長い間そこにいたらヤバいけどな。そもそも、これが起こる原因の呪力なんてどこにでも漂ってる。ビビり過ぎ、人間そんなにヤワじゃねぇ」
俺の不安をアレンが一蹴した。
人間そんなに弱くない。
自然界に普通にあるものなんだから、人間にはある程度の耐性はある。
そうアレンは続けた。
アレンにそう言われて確かに気にしすぎかなと思い直す。
ちょっと違うけど、病は気からって言うしね。
気にし過ぎたらそっちのストレスでダメになる。
今は『何か』が何で、それをどう手に入れるのか考えるのべきだ。
「何かあったか?」
隣でアレンが一通り広間を調べ終わった女子二人に訊く。
すると二人は揃って肩を竦めた。何も無いらしい。
まぁ見た感じ何も無いから仕方ない。
何年も使ってなさそうなボロい古城だし、基本は何も無いだろう。
だから『何か』はあったら目立つと思う。
「収穫無しね。……いや、お化けがあたし達を攻撃してくるって分かったのは収穫かしら」
やれやれともう一度肩を竦めてミュウさんが英語でぼやく。
『何か』自体どころか手掛かり一つないとそりゃぼやきたくもなるか。
結局この広間にあるのって誰かの使い魔である蝶だけだ。
……それよりも、さっきから皆俺がいるせいで英語で話したり日本語で話したりと忙しない。
なんか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
そもそもここはイギリス、英語で話すのが基本だろう。
「さっきから皆俺と話す時だけ日本語にしてくれるけど、英語でいいよ。しんどいでしょ?」
手掛かりも無かったし微妙な空気になってる中でいきなり言うのは中々度胸がいったけど、胸の中の気まずさがそれに勝ったから言う。勿論英語で。
すると三人はちょっとだけビックリした顔をする。
まぁいきなりだしね。
「えー、だったら日本語で話すわよ。英語なんて嫌でもいつも使うし、日本語はせっかく頑張って覚えたんだし使いたいもの」
ミュウさんがなんか凄い格好良い事を言う。
すると俺の隣でアレンが苦笑いした。
「そういー《言い》ながら英語じゃねぇか。日本語で話せ。つーかお前イングランド人なのに英語が嫌なのか?」
「何よ? あたしもあんたもケルト人でしょ。母語はケルト語よ。でもケルト語は世間じゃ廃れてるから、世間に合わせるなら百歩譲ってアイルランド語ね」
「普段全く使ってねぇだろ!」
アレンとミュウさんが日本語と英語で口論を開始した。
見るからに外国人な二人が日本語と英語で言い合う風景は珍妙としか言い様が無い。
ていうか会話が成り立ってるのが凄い。語学力が半端じゃないよ。
それと仲が良いからだろうけど、本日何回目かの二人の言い合いをこんな試験の真っ只中って状況で平気でやるのも凄い。
ただ今回の発端は俺だから、一応間に入って止めさせる。
この時何語で止めれば良いのか分からなかったけど、ここは日本語でやってみた。
「という事で悠輝さんがいる時は日本語、ですね」
俺が間に入ってなんとか二人を止めたところでセイラが落ち着いた一言で纏めた。勿論日本語でだ。
要するにそうだろう。
ありがたい事にそうだろう。
この『喧嘩する程仲が良い』を体現している二人もそのアッサリだけど確かな一言で一気に熱が冷めた。
二人仲良くピタリと止まってセイラを見る。
「……ま、まぁ、そーいうことね」
「……おぉ」
セイラの一言で意識が浸透したのか、今度はミュウさんも日本語だ。
なんか本当に申し訳ないんだけど、いいのかな?
冷静になった二人は気まずそうに明後日の方を向いたり頭を掻いたりとそれぞれ誤魔化しみたいな行動をする。
生まれも育ちも国籍も違うけど、ここら辺は同い年っぽい行動で何となく親近感を覚えた。
「じゃあ進もうか。ただでさえ俺達始まるの遅かったんだし」
もうここでグダグダと駄弁ってるわけにはいかない。
制限時間を考えたらまだまだ余裕だけど、早くパスした方が良いに決まってる。
そもそもこのテストの重点は『力』じゃない。
いくら時間差があったとしても、その程度じゃ『力』の補正は効かないから。
だから優秀な人もミスする確率があるものを重点に置いてる筈だ。
……という仮定を立てると、早く『何か』が何なのかに気付かないと優秀なこの三人でも永遠にどうにもならない。
だからこそ迅速に動くべきだ。
「……そうね。今回のギレー《儀礼》のポイントは閃き力っぽいし」
「“What《何か》”なんてちゅーしょーてき《抽象的》過ぎだ。倒してゲットの可能性は薄いかもな。わざわざひょーげん《表現》暈したのに分かりやす過ぎる」
「かと言って無視も出来ませんよ。『もしかしたら』そうなのかもしれませんし」
「その『もしかしたら』が厄介ね。なんでもアヤシー《怪しい》感じがするようにしてるわ」
所々発音なりアクセントなりが怪しい箇所はあるけれど、殆ど正しい日本語が飛び交う。セイラなんて完璧だ。
日本にいるのとあまり変わらない錯覚さえ覚えそうな。
語学力が半端じゃないのはある意味考えものかもしれない。
……と、そんな三人に呑まれていては元々あまり無い俺の存在価値がいよいよヤバいから、取り敢えず三人を急かして広間を出る。
何か起これば俺だって活躍出来るかもしれないし。
……活躍出来ない可能性も多々あるけども。
「……あ、あの蝶々が着いてきますね」
「単純に部屋の扉が開いたからじゃない?」
扉を出たところでセイラが振り返る。
つられて俺も振り返ると確かに赤い蝶が何匹か一緒に扉をくぐって外に出てきていた。
「使い魔ですから、何か意図があると思うんですよね」
「……そういうものなの? ……って、あれ? アレン?」
気になるのかチラチラと蝶のいる場所を確認しているセイラ。
『使い魔』だからと言うけども、よく考えれば『使い魔』って具体的に何をする為にいるのか俺は知らない。
いや、なんか手伝いする事くらいは分かるけど。
という事で隣にいる筈のアレンへパスする。
解説を願いたい。
……が、返事が無い。
不審に思って隣を見ると誰もいなかった。
慌てて周りも見る。
ミュウさんもいない。
「……あれ!? 二人は!?」
先に二人で前に進んだ、って事は無い。
だったら背中が前に見える筈だ。
広間から出たこの場はあんまり広くない廊下なんだから。
「セイラ……っ!」
「はい、私はいます」
何の怪現象か分からないが、ひょっとしてひょっとしたら俺一人になってるかもしれない。
それは色々とヤバい。
不安から思わずセイラの名前をおもいっきり呼ぶ。
……隣から普通に返事がきた。
ちょっと恥ずかしい。
「二人がいないんだけど!?」
恥ずかしいのを隠すためではないけれど、いつもより大きめの声でセイラに言う。
緊急事態だからね、そりゃ声も大きくなるよ。
セイラもちょっと困った感じで首を傾げる。
やっぱりセイラにも予想外だった展開らしい。
「……おそらく入ってきた時と同じ空間支配の類いでしょう。まさかグループを分断するとは思ってませんでした」
「この先もあるかな?」
「あり得ます」
顎に手をもっていき、渋い顔のセイラが説明してくれた。
『入った時と同じ空間支配の魔術によるグループの分断』っていうトラップ。
これはグループ制の試験だ。
『何か』が分かってそれをゲットしても勿論だけど四人揃ってないとダメ。
……なんて面倒な。
それに、もし俺一人になったらと考えたらゾッとする。
一人マイナスな考えでゾッとしている俺にスッとセイラが右手を差し出した。
……なんだろう?
「……どうしたの?」
「儀礼のルールを考えると一人になるのはマズイです。空間支配は専門外なのであまり分かりませんが、お互いに体の一部を触れ合っていれば一人だけ飛ばされる事は無い筈です」
澄ました顔でセイラは言う。
言ってる事は冷静な判断から来る確かなモノだろう。
確かにお互いの体が触れ合っていればその間に割って入って別々にするのは難しそうだし。
それにこれは『魔術』だ。
必ず裏でこれを行使している人がいる。きっとここの教師だろう。
だったらこのトラップに穴の一つや二つ作っている筈だ。
入試はあくまでも選抜の為で、全員落とすものではないから。
……うん、理由は分かる。納得する。流石だ。
そしてきっとこの右手は手を繋ぐ為に差し出してるのだろう。体を触れ合っていたら大丈夫って考えに基づいて。
でも……その、なんだ、恥ずかしくはないのかな?
やっぱりヨーロッパは日本と違ってそういうのは挨拶程度のものなのかな?
それにセイラが可愛くなかったらここまで意識しないのに……
ここにきてこの美貌が邪魔と感じるとは!
「片手を封じるというのは確かに不安かもしれません。勿論戦闘中は離します。きっと素早く動き回る相手を捕捉して飛ばすのは向こうも骨が折れるでしょうしね」
戸惑う俺の理由を勘違いしているセイラ。
言われてみれば確かに片手を使えない状況は不安だ。
これじゃあどう返せばいいのか分からない。
セイラはニコッと笑って大丈夫です、と言う。
俺を安心させる為か。
その笑顔は可愛いが、その可愛さが仇となってるのを理解して欲しい。
「……分かった」
ドキドキしながら右手を出す。
結局手を繋がないと色々損だからって自分を言い聞かせて。
セイラはやっぱりニコッと笑って躊躇無く俺の右手を握った。
填めてる指輪で一部ゴツゴツしてるけど……やっぱり柔らかい。じゃなくて、手を繋ぐのに遠慮も躊躇も何も無いのは流石は西洋人だ。
二人で並んで歩き出す。
端から見れば手を繋いだカップルに見えなくもないと思う。
さっきまで天井辺りをふらついてた蝶が茶化す為なのかわざわざ俺の周りをヒラヒラと飛び回る。
……もう俺『何か』が何なのか考えられない。
「……まさかバラバラにしてくるとは思わなかったわ」
廊下を早足で歩きながらミュウがため息する。
こちらもまた例の空間支配トラップに辟易していた。
しかしため息程度のミュウよりも隣のアレンの方が大変だ。
下を向いてどんよりとした雰囲気を垂れ流しており、周りがちょっと暗く見える。
勿論、フォローすると声高に言ったのにはぐれてしまった悠輝に対する申し訳ない気持ちからだ。
まだ彼はセイラが悠輝の秘密を知っているとは知らない。
「ちょっと、いくら不覚を取ったからって落ち込み過ぎよ! 二人でも何とかなるわよ!」
悠輝がいないからか、英語で厳しく怒るミュウ。
こういう試験的なものはメンタルが大事。自分だけでなく周りにも作用するからだ。
この場合は勿論アレンのどんよりムードがマイナスに作用する。
怒られたアレンも一応自覚してるのか、悪いと言いながら片手を上げる。が、やはり暗い。
そこまで落ち込む事でもないのだが、意外と責任感の強いアレンである。
「何よ、二人が心配?」
「まぁ……な」
アレンが心配なのは正確には悠輝だが、ミュウの問い掛けも間違いじゃないので頷く。
アレンの返答を聞いてミュウはため息をついた。
「二人を舐めすぎよ。そもそもあんたがユーキをスカウトしてきたんでしょ? 選んだ相手を信じなさい、失礼よ」
正論をアレンに突き付けるミュウ。
全く以てその通りである。
アレンも頷くしかない。
「まぁ、そうなんだけどな。でもユウキはまだ西洋に慣れてねぇから心配って言うか……」
しどろもどろしながらアレン。
悠輝の秘密を言えるわけもなく、歯切れが悪い。
いつもとは違うアレンの様子を見てミュウは首を傾げ、一歩近付いて顔を寄せた。
「何か悪いものでも食べた?」
「……なんでだ?」
「らしくないし」
別にアレンは普段から自信に満ち溢れた性格をしているわけではないが、それでもこの凹み様はいつも側にいるミュウから見ても稀である。
ちょっと気持ち悪いくらい稀である。
ここまでくると流石に少し心配してしまうのだ。
いきなり顔を近付けられたアレンはビックリして身を引きながら首を横に振る。
「ユウキが怪我したら責任感じるんだよ」
未だに悠輝は魔術を使えないと信じて疑わないアレン。殆ど無理矢理に近いごり押しでここまで参加させたのに、まさかの離れ離れだ。
もし怪我なんてされたら申し訳なさ過ぎて顔を合わせられなくなる。
考えれば考える程暗くならざる得ない。
……が、そんな理由を知らないミュウにしては謎である。
当たり前だが彼女は悠輝が魔術師であると思っている。
「ワケ分かんないわね。ユーキは別に弱そうには見えなかったわ」
ミュウの言葉にアレンがバッと顔を上げる。
ミュウの人を見る目は確かだ。それは幼馴染たるアレンが一番分かっている。
そのミュウが弱そうには見えなかったと言うのなら、魔術云々はともかく身体能力は高いと言える。そういえば柔道してたとも言っていた。それに意外と儀礼が始まっても落ち着いていた。
……ちょっとだけ希望が見えたアレンである。
ただ楽観はしない。魔術関係のものはトリッキーだ。身体能力一本でどうにかなるものでもない。
アレンはなるべく早く進んで合流しようと心に決めた。
「……よし、さっさと進むか!」
「いきなり復活? 調子良いわね」
結局一人で勝手に暗くなり、一人で勝手に復活したアレン。
呆れ顔のミュウは肩を竦めた。
儀礼開始から約一時間。『赤』の班が開始して三十五分経過。
通過した班はもとより、手掛かりを掴んだ、もしくは気付いた班もゼロ。
しかし今年の入学儀礼、難易度はC+である。
アレンとミュウに巻き込まれる形で飛ばされた赤い蝶が茶化す様にクルクルと二人の頭の上を回っていた。
こんにちは、神威です。
短めです。
焦らすというか、分けます。
今週末から来週にこの後を更新、という形を取らせていただきます。
一話より二話使った方がなんか試験っぽいかなぁなんて思ったりもしましたので。
という事で今現在、分けた後半を伸ばしてます。
頑張れ私!
……えっと、因みにですが我々には馴染みの無いケルト語ですが、『ロンドン』って地名はケルト系の言葉です。
廃れてると作中でミュウは言っていますが、現在も少数ながら使っています。
イギリスの北の方などに旅行に行く時は是非、生のケルト語を体験してください。
それでは。