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NO,4: 入学儀礼

 今日の天気は見たところ雲一つ無い晴天。ただし、俺の周りはどんより曇り。

勿論気分的な話なんだけど、気分だけなら曇りどころか夕立前の真っ黒な雲が漂ってる気さえする。


「服とか仕草とか色々判断材料はあるだろ!? 顔だけで決め付けるなって!」

「何よ、普通顔だけじゃない! イレギュラー過ぎるわ!」


 誰もいない城壁の方を向いてしゃがみこんでる俺の後ろでアレンとミュウさんの言い合いが聞こえる。

アレンは俺が男だと判断出来ると嬉しい事を言ってくれるけども、話の中身をよく聞けば『顔』では判断不可能らしい。

ミュウさんに至ってはイレギュラーとまで言い切った。……ここまでくれば清々しいね。

 でも、やっぱり俺の男としてのアイデンティティーは崖っぷちにある。

もう土俵際だ。白鵬や魁皇じゃなくても余裕で押し出せるね。


「……あのぅ」


 今にも消えそうなくらい小さな声が聞こえた。俺の耳まで届いたのは奇跡かな。

振り返るとセイラ。

俯いて両手をモゾモゾと弄りながら気まずそうな雰囲気だ。俺にトドメを刺した自覚があるからだろうね。

ただそのルックスのせいか、俯いてモゾモゾしてたらめちゃくちゃか弱そうに見える。傍目から見れば俺が悪役みたいになってるかもしれない。


「その……すいませんでした」


 通常あり得ない間違いをしたからか、何て言ってどう謝ればいいのかいまいち分かってなさそうだ。

その気持ちは分かる。

謝る時はちゃんと顔上げて俺の目をしっかり見てたし、誠心誠意って感じはするし。謝った後はまた気まずそうに俯いちゃったけど。

 まぁ俺も気にしすぎか。

取り敢えず立ち上がって、笑顔で大丈夫と答える。

我ながら悲壮感たっぷりな笑顔だったなと思う。


「気にしなくていいよ。何でもない事だし」


 もういいや。

こんなんでせっかく集まった四人の間に変な空気が漂うのは避けたいし。

どうせ落ちるなら爽やかに落ちたい。

……いや、仮にチーム全員が合格か否かのどっちかじゃマズイ。気付くの今さらだけど!


「ちょっとゴメンね。……アレン! ちょっと来て!」


 俺の言葉にホッとした表情をするセイラに一言断りを入れて、アレンを呼ぶ。

もう俺の性別……も、大切だけど……それ以外でも大切だしヤバい事を発見したから。

未だにミュウさんと何か言い合ってたアレンだけど、俺の声が届いたら直ぐにこっちに来た。

ミュウさんの表情を見た感じ、あれはアレンが話切り上げて逃げたっぽい。何を言い合ってたのか分からないけど、まだ俺の見た目だったら話を切り上げて逃げたアレンを怒ろうか。

……今の俺の心にそんな余裕無いけど。


「なんだ? やっとショックから復活か?」

「復活っていうか、もっとヤバい事に気が付いたから!」


 軽く笑いながら小走りでこっちに来るアレン。

俺を軽く弄るって事は俺の性別についてミュウさんと言い合っては無いってことかな。

まぁそんなのはどうでもいい。

何も気付いてなさそうな顔してるアレンに、俺が今さら気付いた問題について一気に語る。早口だし日本語だから通じてのかは分からないけど、英語でこの状況を言える程俺は達者じゃないし、アレンが日本人じゃないという事を配慮出来る心の余裕も無い。

 我ながら不親切だと思ってしまう程早口な日本語で一気に説明し終えると、アレンはうむと言って少し下を向き、一度間を置いて何か考えている。

俺の日本語を頭の中で噛み砕いて理解し直してるのかもしれない。

ちょっとして、やっとアレンは俺の顔を見た。


「今さら気付いたのか?」

「悪かったね!」


 溜めて溜めて、たっぷり時間を置いてそれか。

いや、確かに早かったから飲み込むのに時間が掛かるのは分かる。分かるけど、その答えはやめてほしかったね。

てかアレンは知っててなお俺を誘ったのか。

気付かなかった俺も俺だけど、アレンもアレンだ。

俺を引き込む意図が分からない。

爽やかにそう言い切ったところもマイナスポイントだよ。


「俺は一般人なんだって!」

「だからここに入ってかくせー《覚醒》すればいいんだって」

「漫画かっ!」


 楽観的過ぎるアレン。当たり前だろ、そんな感じの笑顔でヤバい事を言う。

覚醒なんてする筈無い。

それでもアレンはいいじゃんかと言い切る。

俺の人権は?

これ人権侵害じゃないですか!?


「……じょーだん《冗談》だって。全部終わったら上の人に事情話して終わりだ。今は多分聞いてくれねぇからな」


 冗談とか言ってるけど、果てしなくつまらなさそうな顔のアレン。

はぁっとため息をした後更に肩まで竦める。

……そんなに俺に魔術をやらせたかったわけ?

そんなリアクションされたらなんか俺が悪いみたいな感じなんだけど。

いや、これっぽっちも俺は悪くないけどさ。

さっきのセイラといいアレンといい、俺がまるで悪役みたいなリアクションをしてくれる。本人達の意図してないところで。


「ま、入学儀礼でユウキには怪我させねぇから安心してくれよ」

「……まるで他の人は怪我するみたいだね」


 依然としてつまらなさそうな顔でアレン。

何気に物騒な事を言ってくれるが、本当なのか。

入試で怪我するってどう考えてもおかしいよ。……いや、『常識』が通用しないのが魔術か。何せ空を歩いてる人が今俺の真上にいるし。

ただまぁ、そこそこ実力はあると自分で言えるアレンだ。怪我についてはあまり心配する事無さそうだね。不測の事態ってのはあるから身構えとくけど。

 アレンは何だかんだ言いつつも俺の事を考えていてくれたので少し安心。

あとは入学儀礼これを乗りきったら終わりだ。

一番の山場なのは間違いないから覚悟しとかないとヤバいのは分かってる。でもアレンのサポートがあるから絶望的ではないだろうね。アレンの実力次第って感じもするけど、多分アレンは俺の想像以上に強い。

 心を落ち着かせて周りを見る。もうほぼ全員がグループになって固まっていた。

……そろそろかな。


「よし、グループは決まったな!? 今からちゃんとした説明するから聞き漏らすなよ!」


 上の人が声を張り上げて叫ぶ。

その瞬間、今日何度目かの緊張が一気に周りに走った。門外漢の俺はやっぱり着いていけないんだけど。

隣のアレンも真剣味を帯びた表情になり、いい具合に緊張してる様に見える。

周りの人達も色々で、ガッチガチになってる人もいれば落ち着いてる人もいる。ミュウさんなんて微笑んで上を見てる。ある意味一番分かりやすい、実力者の余裕みたいなものを醸し出す雰囲気は成程アレンの言う様に絶対に敵にしたくない。不敵過ぎる。

更にセイラは冷静そのもの。心が凪いでる感じ。軽く恐怖を覚えるくらい波風立ってない。

見たところ三人のメンタルは試合前の気持ちに似てる。

アレンは緊張感を一番良いポジションに持っていける一流、ミュウさんは絶対王者、セイラは大御所。

……あ、このチーム半端じゃない。


「今からこの城の中で『入学儀礼イニシェーション』を行う。ルールは単純だ。城の中に今出来たグループと同数の『何か』がある。それを取ってきたグループを合格とする」


 上の人の説明に周りが少しざわついた。

『何か』なんて抽象的な表現じゃ分からない。しかもその『何か』に気付かないと、どんなに優秀な人達でも不合格だ。

ざわつくのも仕方ないね。難易度高いよ。

 おそらく単純な力比べなら『優秀』な隣のアレンを見てみる。

他の人達とは違ってあからさまには狼狽えてないけど、眉間にちょっと皺が入ってる。

一手間掛けないとダメな感じのする試験だからアレンみたいな実力者には嫌な形式になるからだろう。

……この形式の狙いはこれか。


「『何か』はちゃんと数有るからな、他の奴から奪うのは反則だ。バレないと思うなよ? 中はビッシリ監視の目があるからな」


 見下ろしながらニヤリと笑ってそう言い、男の人は懐に手を突っ込んで何かを取り出そうとしている。

何も無い空中に立っているからか、その普通の筈の動作も違和感しかない。

 でもそんなのに気を取られてるのは勿体無い。

横へ一歩動いて今のうちにアレンに話し掛けて作戦会議だ。

門外漢とはいえアレン達に迷惑は掛けたくないからね。



「……どうする? 宝探しゲーム的な課題だよ」

「形も何も分からねぇんじゃ今何か言ってもな。中で確かめるしかねぇよ」


 アレンが渋い顔で一言。

敢えて何も考えてないらしい。

でもまぁ確かにそうか。

もしかしたら『物』じゃないかもしれないし、今深読みするのは得策じゃないね。

勝手に自分で妄想して視野を狭めるのは一番ダメだ。

 アレンの言葉に納得したから作戦会議は中止。

一歩横へ動いて元の位置へ。

ちょうどその時に上の人が何かを懐から取り出した。

……試験管?


「言い忘れてたが、制限時間は二十四時間だ。それ以降は『何か』を持ってきても受け付けない。……それじゃあ中に入る順番を『公平フェア』に決めるか。結構な数いるから分割して中に入れてくからな」


 『公平』という言葉を強調して言うと、男の人が取り出した試験管のゴム詮を引き抜いた。

すると何かの液体が入ってたらしく、試験管の口から零れ落ちていく。

何をしてるんだ、そんな視線が男の人に集中してる中で落ちていく液体が『落ちるのを止めた』。

空中でグルグルと渦を巻き、ドライアイスみたいな白い気体になる。

そしてこの場にいる全員の視線を受けながらその気体が細かく弾けてこっちへ飛んでくる。咄嗟にほぼ全員が身構えたが、遅い。

小さく弾けた気体は気が付けば赤色になり、本当に小さな梟の形になって俺の隣にいるアレンの肩にちょこんと乗っていた。

周りを見ると何人かの人の肩にも乗っていて、青や黄色のも見える。


「青、黄、赤の順番で入るからな。四人でしっかり確認しとけよ」


 弾けた気体のせいで騒然としている中、男の人が堂々と言い放つ。

まぁそりゃ、このよく分からない梟を飛ばしたのはこの人だから特に驚きはしないだろうけども、こっちの空気も読んでほしい。

ちゃんと話聞いてる人がどれだけいるのか怪しいよ。

てかこの梟……何なの?

魔術ってこんなんなの?

杖とかじゃなくて試験管なの?


人工精霊エレメンタリィでなんて小洒落た判別方法ね。……赤ってアレン、ダメじゃない!」

「ランダムだろうが!」


 後ろからミュウさんとセイラがやって来る。

流石にこの二人は驚きとかそんなのはあんまり無いらしい。

ミュウさんは赤色の梟を見てアレンを叱ってるくらいだ。

出会って一時間経って無いけど、たぶんこれが日常風景なんだろうね。何となくそんな気がする。

 ……で、『エレメンタリィ』って何かな?


「ランダムじゃないわよ、一定の実力で分けてるわ。弱いチームが先に入る補正よ」

「なんで分かるんだよ?」

「あんた待ってる間に周りの人を呪的探知ダウジングで調べたまくったからよ。……まぁそういう意味だったら赤ってのも満更悪く無いわね」


 長い間待ったから、そう言って肩を竦めた後にサラッと抜け目無い事も追加して言うミュウさん。

グダグダ喋ってた俺やアレンと違い、情報収集してたらしい。

情報は最大の武器って事をちゃんと理解して実践してるね。流石は実力者。

でも実力差の補正について分かってたならアレンを叱らなくても良かった気がする。口には出さない。思うだけ。

……あと、『ダウジング』って何かな?


「それじゃあ青だったチーム、ついて来い!」


 上の人が叫んで空中を歩き出す。

それを追って周りの何人かの人達が固い顔して歩き出した。

……なんか今から自分に死刑が執行される様な顔してる。梟もだけど顔も青いね。

……って、俺ものんびり他人を観察出来る様な状態じゃない。


「ねぇアレ――」


 この最大の山場である入学儀礼をどの様にして切り抜けるか。

中に監視があるらしいから、下手にアレン達三人に着いていくだけじゃダメそうだし。

男の人の声が響いたので咄嗟に上を見ていた顔を戻して隣のアレンを見る。

……んだけど、またもやミュウさんとのディベートが始まっていた。

この二人仲良すぎじゃないかな?

俺とセイラ、完全に蚊帳の外なんだけど。


「……」


 早口の英語の討論に割って入る度胸が俺には無い。

それ以前に今アレンに話し掛けたらミュウさんに俺の事がバレる。

ミュウさんにバレて何かあるのかは分からないけど、俺が帰るまでなるべく誰にも知られたくはないからね。

だからこそ、喉まで上がっていた言葉を無理矢理腹の底へと戻すしかなかった。

一人で考えるしかない。


「……あの、どうかしましたか?」


 心配そうな顔でセイラ。

その心配りはありがたいけど、理由は説明出来ないんだよね。

なんでもないよと笑顔を作ってやり過ごす。

 俺よりも少し小さいセイラ。

ジッと俺の顔を見上げて動かない。

……笑顔でやり過ごそう作戦失敗したかな?

往生際が悪くても笑顔は引っ込めないけど。


「顔色悪いですよ?」

「!?」


 スッとセイラの右手が俺の顔に触れる。

が、俺は予想外の事だったから咄嗟に身を引いてしまった。

甘く見てたよ、セイラも白人のバリバリな外国人だ。ボディタッチなんて当たり前か。

 俺の反応にビックリしたらしいセイラも咄嗟に右手を引いていた。

そりゃそうだ。


「……ご、ごめん。ちょっとビックリして」

「あ、いえ、それは別に大丈夫なんですが……」


 ビックリ顔のセイラに謝る。

あっちは俺を心配してくれたからの行動だ。せっかくの好意をムダにした俺が悪い。

俺に頭を下げられたセイラは何かモヤモヤした表情で大丈夫ですと答えてくれる。……何かがスッゴい引っ掛かってる表情なのはやっぱり気にしてるからなのか。

 セイラの視線が外れない。

モヤモヤした表情でずっと俺を見てる。

最高に気まずいけど、何を言えばいいのか。やっぱり謝罪かな。


「あの……悠輝さん何か隠してませんか?」

「!? ……はい?」


 モヤモヤ顔のセイラから強烈な一撃。

やっぱり笑顔ではやり過ごせなかったか。でも、それでも往生際悪く笑顔で誤魔化して粘る。

誤魔化しながら横目でチラッとセイラを確認すると、視線が全く外れてない。

むしろ気になった事が言えてスッキリしたのか、さっきよりも真っ直ぐな目。

……あ、これはもう絶対無理だ。


「…………なんでそう思ったの?」


 観念しよう、もう誤魔化せない。

顔に無理矢理張り付けてた笑顔を取っ払ってセイラに訊ねる。

頑張った誤魔化しは薄々感付いていたけど、やっぱり低クオリティだったようだし。


「なんでって、明らかに様子がおかしかったですし……」


 戸惑いながらセイラ。

そりゃまぁそうか。バレバレだったらしいし。

セイラのバッサリとした指摘に笑うしかない俺。……俺、嘘が下手だなぁと。

理由まではバレてないからまだマシだし。

 自嘲して笑う俺を見てるセイラ。なんかまだありそうな雰囲気。

ただ言いづらいのか、口を少し開いて結局閉じたりと変な行動を繰り返す。

もう吹っ切れた。俺から話を振ろう。


「どうかした?」

「あの……そのぅ、スッゴい言い難いんですけど、悠輝さん魔術使えませんよね?」

「!?」


 セイラがしどろもどろしながら驚愕の一撃を言い放つ。

思わず固まる。

吹っ切れたつもりだったけど、つもりだけだったかもしれない。

油の切れたロボットの様にぎこちない動きでセイラを見ると、俺のリアクションでやっぱりそうかと判断していた。

……逃げられないのは確かだろう。


「……どうして分かったの?」


 認めるしかない。

今ここで逃げるのは不可能だし、誤魔化しは元から効いてない。

セイラに何も話してないのにバレたって事は、もっとたくさんの人にバレる可能性が大いにあり得るって事だし。

それは何が何でも防ぎたい。

波風立てずに去りたいよ、俺は。


「体に触れたからです」


 あっさりとセイラ。

もうモゾモゾとしていない。真っ直ぐ俺を見てそう言い切った。

 ……体に触れる。

それがセイラが俺の秘密を暴けた理由。

ここに来てから今までの記憶を辿っていく。誰かと触れてたらバレてる可能性があるから。

……ミュウさんとハグしたし、爽やかな人とも握手をしたね。

あぁ、目眩が。


「あ、たぶんですけど私以外にはまだ誰にもバレてないので安心してください。バレてたら騒ぎになってますし」


 血の気が引いた俺の顔を見てセイラが一言。

あくまでもバレてない『可能性』だけであって、確証も何も無いものではあるけど、今の俺にとってはそれでも救済者メシアの言葉に等しい響きに感じた。

我ながら現金なものだけど一気に気分が良くなった。

いや、それにバレてたら間違いなく騒ぎになってる。セイラの判断は正しい。

まだバレてない。


「私はちょっとだけ感覚が鋭いんです」


 そう言ってセイラはため息を一つ。

なんかよく分からないけど鋭い事で苦労しているらしいね。

まぁ色々分かるってのは良い事だと必ずしも言えないし、気付きたくなくても気付いてしまう事もあるんだろう。

……俺みたいなイレギュラーな奴を発見するとかね。


「……セイラはどうすればいいと思う?」


 俺の秘密を知ったんだ。悪いけどこの面倒事に巻き込ませてもらおうか。

……なんて悪役みたいに堂々とは言えず、切羽詰まった感じでセイラに訊く。

アレンやミュウさんと違ってセイラは強いのか強くないのかは分からない。いや、そもそもあの二人も実際はどうか知らないけど。

それでも『本物』の魔術師にアドバイスを求めるのは正解だと思う。

 セイラは俺の質問を聞いてううーんと頭を捻って考えてくれる。

少しして、スッとこっちに目を向けた。


「悠輝さんはどうしたいですか?」


 両の目で真っ直ぐ俺の顔を見据えて。

さっきまでのおどおどした感じはもう無い。

 『どうしたい?』。

……真っ直ぐな問い掛けだ。それと同時に、重いものでもある。

これが意味するのは入学儀礼からの逃げ道はあるって事だろうから。

じゃなきゃ普通は『どうしたい?』ではなく、もっと具体的な事を言うだろう。

だって普通に考えて今の俺の持ってる選択肢は『受けるしかない』だけの筈だから。

それを敢えて『どうしたい?』と訊くのは逃げ道があるからとしか考えられない。

ただし逃げ道のリスクは高い。

ド素人が混じってるというイレギュラーにも程がある事態だからであり、それは俺だけじゃなくてセイラ達三人にも、もう既に入学儀礼を行ってる他の人達にも問題が及ぶ可能性もある。


「……入学儀礼は受けるよ。受けないと三人に迷惑が掛かるだろうし。って、素人の俺じゃどっちにせよ迷惑かな?」


 今ここで俺が変なアクションを起こしたらセイラ達三人に迷惑が掛かる。

そう思って『参加』の選択肢にするつもりだったけど、よくよく考えればド素人の俺が参加するのも迷惑だ。

もしも俺が抜けて三人になったとしても、実力者たるアレンとそのアレンを尻に敷いてるミュウさんがいるからミスりはしないだろう。

セイラもおそらく強いだろうしね。じゃなきゃミュウさんが誘ってないよ。抜け目ないから。


「……参加するのなら、魔術を使えた方がいいですか?」

「う〜ん……使えたら終わって帰るみたいな事にもならないだろうけど、無理でしょ?」


 セイラがうって変わって変な質問をしてくる。

確かに魔術を使えたら、使える様になるなら足手纏いにはならないだろう。

でもそれが出来ないから今俺はこんな事態に陥っているのであり、それはセイラも分かってる筈だ。

ちゃんと日本語が通じてないなら別だけど、まさか今さらそんな事はないだろうし。

……なんか、話してるうちにセイラが段々と俺を真っ直ぐ見なくなってきたね。

なんで?


「いえ……その、使える使えないじゃなくて、『使いたい』ですか? 勿論、使えたら学院ここから去る事は無いでしょう。合格すればこれから三年間はここでの生活になります。……それでも良いと思いますか?」


 なんかよく分からない話の内容に飛んじゃってるけど、セイラは大真面目に話してる。

でもなんか迷ってる感じもするね。

 セイラの言う事を考えてみる。

学院は学校なんだから、そりゃ受かれば三年間ここで生活ってのは当たり前と言えば当たり前だろう。

俺が魔術を使えていれば、確かに俺も合格さえすればそうなる。

そこら辺は特に気にしない。

別にホームシックで日本に帰りたくなる事は無いだろう。人生で一回くらいは外に出るべきだと俺は考えてたし。

日本だけで一生を過ごすスケールの小さい奴にはなるな。そう言われてじいちゃんに育てられた節もある。

俺としても和食がたまに食えれば海外生活に文句は無い。

今現在俺は意味不明なままロンドンに送られたけど、こんな学院なんていう魔術師の為の学校じゃなかったらロンドンで生活するのも悪くはないと思える。

っていうか魔術使えるんなら学院でも全然構わない。

アレンとは既に良い関係築けてるし、魔術師として分かって送られてたなら今の状況は順風満帆だろうね。

日本の友達に何も説明してないけど、まぁ一生の別れじゃないし。

あいつらなら分かってくれるだろう。

 魔術を使いたいかって質問は、どうだろう?

使えて損はしないだろうけど、得もなさそうな。

……いや、でも。


「……今この状況なら魔術は使える様になりたいね。参加するなら戦力になりたい」


 セイラの目を真っ直ぐ見て答える。

アレンに頼るのは申し訳ない。

ただの実力勝負なら『赤』の出ているこのチームやアレンは大丈夫なんだろう。

でもこれは違う。

宝探しみたいな形式の『何か』であって、そこに単純な実力が必要なのかどうかは分からない。

魔術は使えないといけないんだろうけど。

使える奴なら誰もが合格の可能性を持ってるこの入学儀礼。

……だから、最低レベルでも参加するなら戦力になりたい。

もう使えるならここで学校生活送ってもいいよ。

端から見れば魔術なんて怪しいだろうけど、マジな内容だし。


「将来の事も考えて判断してください」

「……まるで俺が使える様になるみたいな話の内容だね」


 なんかよく分からないけど迷いながらセイラ。

まるで俺が使える様になるみたいな話だ。

そんなご都合主義あるのかな?


「……私が悠輝さんに触れた時、イメージしたのは壊れかけの蝶番の掛かった扉です。意味、分かりますか?」

「……?」


 セイラがまた両手の指をぐちゃぐちゃに絡ませたりしてしどろもどろし始めながら言う。

そんなに迷うならなんでこの話を振ったのか。

……あ、元々振ったのは俺か。

 壊れかけの蝶番の掛かった扉。

なんの比喩だろう?

頑張ったら結構簡単に開く開かずの間かな。

……あ。


「その蝶番を完全に壊したら、俺も使える様になるとか? ……ハハ、流石に無いか」


 自分で言いながらも呆れる。

流石にそれは無いだろう。

そんな簡単なもんじゃないだろう魔術って。

 自分で自分の意見を軽く笑ってセイラの方を見る。

スッゴい気まずそうな顔をしていた。


「……あれ、当たり?」

「悠輝さんがイメージしてるものとはおそらく違うでしょうが、八割は」


 一気に俺とセイラの間を沈黙が支配する。

というよりは俺がリアクションを取れないだけか。

 一旦落ち着いて考えてみよう。

俺の馬鹿らしい予想が当たった。

当たったらしい。

…………なんか、変な気分。


「おそらく悠輝さんはかつて魔術を教わっていたんだと思います。ただ、理由は不明ですが魔術に関する記憶と能力を今まで封印されていた。しかし私が先程言った通り、既にその封印は壊れかけています。少しずつですが、封じていた力が漏れ出していますね。何か、思い当たる事とかありませんか?」

「……あ」


 セイラの丁寧な説明から今までの記憶を辿ってみる。

勿論だけど魔術関係の記憶なんて無い。

ただ、仮に封印されているなら辻褄は合うかな。

 思い当たる節といえば、そういえばここに来る途中にティンクみたいな生き物見たね。今まで見た事なんてなかったけど、これも何か関係あるのかもしれないね。


「思い当たる何かがあるのなら、私の仮説はある程度当たっているという事になります」

「……って事は、その蝶番を壊したら俺も魔術が使えるって事かな?」

「おそらくは……」


 微妙な顔でセイラ。

たぶん、次に俺が何を言うのか予想出来たからだろう。

 正直に色々と話してくれたセイラに感謝する。

嘘を言ったって俺は気付かないのに、わざわざ丁寧に言ってくれたのは俺にとって吉凶どっちに出るのか分からない。

少なくともセイラは後悔してるだろう。表情を見ると。

でも、もう言ってしまった事だ。俺がこの先どうなろうとそれはセイラじゃなくて俺の責任。

ここに送ったのはじいちゃんの策略だろうけど、よく考えればあの変人は俺にとって凶となる事をさせた事は無い。まぁそれでも迷惑だけど。

 『少し変わった人生』から、『かなり変わった人生』になるだろうけども、まぁ一度きりの人生だし、ありでしょ?


「……よく考えて決めてください。命に関わる問題なんです。魔術師というのは決して――」

「そんなにさせたくない?」

「当たり前です!」


 魔術師ってのは命に関わるそうだ。

魔術師たるセイラが言うんだから、間違いないだろう。

実際魔術師が何をするのかなんて俺は知らないから、確かに楽観視してるだろうね。

 やってほしくないなら何故ちゃんと説明してくれたのかは分からない。

いや、きっと正直で真っ直ぐな性格だからつい言ってしまったんだろう。

出会って直ぐだから俺がどういう性格なのかも知らなかったしね。


「今日が初対面だったし、俺の性格を測りかねたねセイラ」

「……」

「俺ってさ、刹那主義ってよく言われるんだ。あ、意外と頑固とも言われるね」


 黙るセイラに畳み掛ける。

なんでこうなったのかは知らない。

でも、なんか刹那主義。

先の事なんてよく分からないし、何が起こるかも分からない。だったら、取り敢えず『今』でしょ?

 で、今大切なのは如何にして入学儀礼を乗り切るか。

俺が魔術を使える様になるのがベストなら、なるよ。

アレンの期待に応えてあげる。


「……色々な意味で、私は保証しませんよ?」

「これからの入学儀礼のフォローはしてほしいかな?」


 苦々しい顔でセイラ。

保証はしなくていい。

この先の責任は全て俺だ。

って言っても、たぶんセイラはなんだかんだ言いつつ面倒見てくれそうな気がする。そういう子だと思う。

だから無茶はしない様にしないとね。

命に関わるらしいし。

 でも、これからの入学儀礼のフォローはしてほしい。

いや、初陣だし。


「で、どうやって蝶番壊すの?」


 そろそろ時間もヤバいだろう。

周りを見れば更に人が減ってるし、たぶん『黄色』の人達も行ったんだと思う。

まだアレンとミュウさんがディベートしてるけど、それはもう放っておこう。

 それよりも蝶番の壊し方だ。

さっさとそれを壊して、封印されてる(らしい)記憶と力を解放したい。

まぁどうせ大した事ないもんだろうけど、無いより有る方がマシだ。


「……お札とか持ってますか?」


 相変わらず気乗りしてないセイラ。

だったら言わなきゃよかったのにね。

その正直で律儀な性格、ある程度曲げとかないとこの先苦労するよ。

 という心配もあるけれど、それよりも何よりも先ず俺だ。

さっさと壊して戦力になりたい。

セイラが求めてるお札を俺は持っている。

キャリーバックから俺は出したんだからね。

……って、あれ?


「どうかしましたか?」

「……あ、いや、アレンにお札は預けてたから」


 まさかキャリーバックが見当たらないとか言えない。

どこにいつから置きっぱなしにしていたんだ俺?

 どうかしたのかとセイラが不思議そうな顔でこっちを見る。

もう気乗りしてない顔じゃない。きっと気持ちを切り換えたんだろう。強いね、恐れ入る。

 そういえばお札が詰まった封筒はアレンに渡したままだった。

カバンの不安は後にしよう。幸い貴重品はリュックの中だから、それは俺の背中にある。


「そういえばセイラ、カバンは? それじゃ身持ち軽すぎない?」


 セイラの持ち物。

ポーチ。以上。

それはあまりにもおかしいだろう。

いや、だって服は?

受かる気あるなら服は要るでしょ。

身持ちが軽いとかそんなレベルじゃないよ。

ポーチが四次元ポケットみたいになってない限り、その装備はあり得ない。

……それとも魔術は夢の四次元ポケットさえ可能にしてしまうのか?


「お城の前に置いてきましたよ? 皆さんそうしてたじゃないですか?」

「……そうだっけ?」


 シレッとそんな事言ってくれるけど、たぶん俺はその時周りを見る様な余裕はなかっただろうね。

色々とワケ分からなかったから、アレンに着いていくので必死だった筈だ。

だからきっと、背負ってるリュックと違って引っ張らないといけないキャリーバックは忘れてたんだと思う。

他の人達が置いていってたなんて事知らないで。

まぁ怪我の巧妙でラッキーか。

気付くの遅かったけど、アレンもミュウさんもそういえば殆ど何も持ってないや。


「取り敢えずアレンに預けてるから、取りにいってくるよ」


 そう言ってアレンの元へ小走りで向かう。

相変わらずミュウさんと熱いディベートを繰り広げてるから割って入るのは気まずいけど、ここで終わるのを待つとかそんなバカな事は出来ない。

 どうやら作戦会議っぽいディベートの内容。

英国英語を高速でやり取りされちゃ何言ってんのか全然聞き取れないけれど、なんとなく内容は作戦会議っぽい。

中身はよく分からないから実際どんな作戦を立ててるのかは分からないけどね。


「ちょっとごめん。アレン、俺のお札持ってる?」


 申し訳ないけど話を割ってアレンに訊く。

さっさとしないと間に合わないからね。


「お札? あぁ、これか」


 アレンがジャケットのポケットから封筒を取り出して渡してくれた。

ただ、ちょっと不思議そうな顔だ。

アレンは俺が魔術使えない事知ってるからね。

持ってて意味無い気がするんだろう。


「……形だけでも何か持ってた方が良いでしょ?」

「それもそうだな。ってか今さ、ミュウが――」

「ゴメン、後でね」


 セイラを信じてないわけではないけど、まだ蝶番が壊せると決まったわけでもない。

取り敢えず今はアレンに『形だけ』のハッタリの為と言っておく。

じゃないと剣を持たずに俺は剣士だ、とか言ってるのと同じになるからね。

 納得してくれたアレンは直ぐに不思議そうな表情を崩す。

そしてなんかミュウさんが考えた作戦かなんかを話し出そうとする。

が、俺はそれを聞いてる時間は無い。

一言断ってからセイラの方へまた走る。

チラッと振り返ってみると、アレンは断られた事を特に気にもせずまたディベートを再開していた。


「持ってきたよ!」


 封筒をセイラに見せる。

これで準備は出来ただろう。

これからこのお札を使って何をするのかは分からない。

分からないけど、ここはセイラを信じよう。

俺が自分で選んだ選択だし。

 セイラは封筒を受け取ると無言でそこから一枚引き抜き、それを色々な角度から今までに無い鋭い目付きで見つめる。

これで良いのか確かめてるんだと思う。


かがんでください」

「? ――アウッ!?」


 確認が終わったセイラが静かな瞳でそう言った。

言われた通りに俺が屈むと、セイラはお札を俺の額に叩き付けた。

 お札を額に叩き付けられた瞬間、頭の中で何かが弾ける。

それと同時に映像きおくが脳内を駆け巡り、聞き慣れたじいちゃんの声と、聞き慣れない声変わり前の俺の声が響く。

起きてた筈なのに夢を見てる気分だ。


「――! あれっ!?」


 気が付いたら目の前にセイラが立っていた。

振り返ればアレンとミュウさんが相変わらず熱い討論を繰り広げてるし、『赤』の人達もまだ残っている。

……あ、あの爽やかな人もいる。

 結構長い間アレを見ていた気がしたんだけども、実際は一瞬だったらしい。

誰かの幻術染みた体験だ。

少し記憶を辿れば、今はもう鮮明に俺が教わってた魔術についての記憶が甦る。

本当に今まで忘れていたのがウソみたいな程鮮明に。

『封印』ってのはマジだったみたいだ。

なんか不思議な気分。


「どうですか?」

「……バッチリだよ、ありがとう」


 上手くいったのか不安げなセイラに笑って答える。

成程、これが『魔術』ね。

確かにアレンの言う通り万能でもなんでもない。

時間も手間もお金も掛かるよ、これ。


「俺、陰陽師らしいよ」


 陰陽道をじいちゃんは昔俺に叩き込んでいたらしい。

という事で、アレンの予想は的中したって事になる。

凄いよね。

 『陰陽師』という極東独特の魔術師にはピンとこないのか、セイラの反応はイマイチ薄い。

極東っていうか、もしかしたら日本だけかもしれないね陰陽師。

だったらセイラは知らないかな。

……アレンは知ってたけど。


「陰陽師ですか。排他性の比較的低い、柔軟な魔術ですね。学院ここに送られたのも納得です」


 イマイチ反応が薄いと思ったら、単純に記憶の中にある『陰陽道』の情報を引っ張り出してただけだったらしい。

セイラは頷きながらそう独白する。

一応俺は陰陽師らしいけど、セイラの言ってる事は聞き取れても意味があまり分からない。

仕方ないじゃん。教わってたと言ってもそんなもん大した事でもないし、ましてや術じゃないただの知識物だったら完全に意味不明だって。


「基礎を教わっているのなら入学儀礼は大丈夫だと思います」

「……それなんだけどさ、俺、記憶ではそこそこ色んな事教わっているにはいるんだけど、教わってから今までのブランクのせいで上手く出来るか分からないんだよね……」


 セイラが後ろの古城を見ながら静かに言う。

蝶番が壊れたからと言って、俺もセイラやアレンみたいに中がどんな感じなのかは分からない。

分からないけど、セイラがそう言うならきっとそうなんだろう。

 ただ、記憶を振り返ってみるかぎり俺が教わっていたのは幼稚園から小学校低学年くらいまでの間だ。

そこから十五になった今まで一度も使っていない。

当たり前だけど。

そのブランクがどうも気になる。

鍛練を怠ったらダメになるのは柔道で嫌程学んでるからね。

スポーツにせよ芸術にせよ、やり続けてこそ伸びるもの。

魔術もそうだろう。

『人』のする全ての活動はほぼ例外無くこれに当てはまるのだから。


「泳ぎ方や自転車の乗り方の様に、体が魔術行使の方法を忘れる事はありません。術の精度や威力、速度の様なものは勿論落ちているでしょうが、単純な『行使』のみならば問題は無いと思いますよ」


 要するに、完成度は落ちているけどゼロにはなってないらしい。

まぁそれはそうか。

柔道だって何も投げ方を忘れる事は無いしね。

それに使えるのなら問題は無い。

俺にはアレンのサポートがあるから。

……人任せはなんか心苦しいけど、完成度云々は学院に入ってから上げればいい。

うん、俺入るよ学院に。

じいちゃんの策略に嵌まった感は否めないけど、ここまで来たら退きたくない。

既にセイラに迷惑も掛けてるし。


「現在の魔術師の世界情勢等は合格してから話します。悠輝さんは知らないでしょう?」

「……それ、大事な事なの?」

「勿論です」


 世界情勢とかなんか厳つい言葉がセイラの口から飛び出した。

なんか難しそうだし面倒臭そうな雰囲気が半端じゃないけど、セイラが凄い必死な顔で「必要ですから」と念を押してくるから逃げられはしないだろう。

……なんか緊迫した事態でも起きてるのかな?


「そろそろ私達も始まりますね。悠輝さん、大丈夫ですか?」

「……さぁ? 今出来る精一杯の事をするしかないよ」


 セイラが上を見る。

釣られて俺も上を見ると、先導役だった人がゆっくりとこっちに向かって宙を歩いて来ていた。






「遅くなってすまない。うちのバカが蝶を放ってやがったもんでな。だから中で蝶が至る所で飛び回っているが、無視してくれ。害は無い」


 古城の入口まで案内され、そこで最後の説明を受けるらしいんだけど、その前に先導役の人がため息混じりに愚痴る。

なんかよく分からないけど、蝶がいっぱい飛び回ってるらしい。

それの何がいけないのかは分からないけどね。


「……さて、最後の説明だが、今この城ん中では疑似的なものだが低級の『呪力災害』を起こしてる。『浄化』は行わなくていい。というよりするな。単純にその中から『何か』を取ってくるだけにしろ」


 先導役の人がぶっきらぼうにそう言うと、周りが少しざわついた。

俺はまたなんか分からない言葉が出てきたし頭が痛い。

なんの災害だって?

 隣のアレンに訊こうと寄ってみると、アレンは人差し指を口に当てて、口パクで「また後で」と言うだけ。

……確かに今は訊くべき時ではないかな。謂わば試験前だし。


「説明は以上だ。あぁ、あと俺からのアドバイスは『死ぬな』って事くらいだな」


 やれやれやっと終わった。

そんな感じの顔で先導役の人が一息つく。

対して俺の周りの受験生の緊張感は高まるばかり。

『死ぬな』なんて不吉なアドバイスは要らなかったよね、確実に。

どんな危険なもんなんだってなっちゃうよね。

 張り詰めた嫌な緊張感が漂う中、アレンは目を瞑って静かに立っている。

自分の呼吸を整えて、臨戦体勢に持っていこうとしてるのかもしれない。

セイラは持ってるポーチの中から指輪を取り出して填めている。

魔術の道具だろう。

……スッゴい高そうな指輪なんだけどね。

ミュウさんもどこからか取り出したハーモニカを持ってそれを点検している。

年期が入ってるけど、こっちは結構安そうだ。

 ただ、三人とも全く揺れていない。


「それじゃあ一グループずつ中に入れ!」


 先導役の人がそう言うと、城の扉が開いて次々と四人ずつ中に入る。

入るが、黒いカーテンの様な物が直ぐにあるから中の様子も中に入った人達も何も見えない。

 胸の鼓動が早くなる。

柔道の試合よりも緊張するのは確かだ。

自分達の番が近付いてくるにつれて、鼓動は更に早くなる。

周りの音も耳には入らない。

完全に上がってる。

でも自分でそれが分かっても、何も出来ない。


「落ち着けって。硬いぜ?」

「!」


 肩を叩かれた。

見上げるとアレンがニヤリと笑っている。

さっきまでとは全然違う表情。

ミュウさんと合流する前まではハッタリかましてたのが嘘みたいな程堂々としていた。


「ほら、俺らの番だ。フォローはするからボロは出さないでくれよ?」


 俺の肩を叩いたアレンの右腕がそのまま回って肩組みの状態になった。

前にいた人達がカーテンの奥へ消え、遂に俺達の番になる。

アレンは相変わらず笑いながら軽く目配せしてくるけど、俺はもうアレンの思ってる俺じゃない。

説明する暇は無いから黙っとくけど、後で驚かせてやろう。

上手くいくかは分からないけどね。

 四人で黒いカーテンを潜る。

今まで全く知らなかった魔術の世界へ、本格的に踏み込んだ瞬間だった。











 最後まで残っていた『赤』の組が全員城に入るのを見届けると、先導役だった男は静かに階段を下る様に一歩ずつ高度を下げて地上に降りる。

そして城の壁にもたれかかりながら腰を下ろし、懐から一本の試験管を取り出してゴム栓を引き抜いた。

白い気体が試験管からゆっくりと昇り、男の目の前でクルクルと回る。


『携帯ですれば楽なのに、なんでかなぁ?』


 クルクルと回る白い気体から声が響いた。

女性の声である。


「私の携帯には学長の番号が入ってないんですよ。……そもそも学長、携帯持ってます?」

『持ってないっ!』

「……」

『でもノキアが欲しいよ!』

「あー、はいそうですか」


 気体から響く女性の言葉に男はため息をつく。

持ってないなら携帯の話は要らないであろうと。

 男の返答が気に入らなかったのか、女性のムウッと拗ねた様な声が気体から聞こえる。


「学長、相変わらずフィオーレに甘いですね」

『美味しいケーキ貰ったもんねっ! 別に支障無いんだし、良いじゃん!』

「……」


 また男はため息をする。

ケーキで買収されるのはどうかと思ってしまうのは不可抗力だろう。

学長はもう立派な大人であるのだから。


「……学長、今年の受験者に一人あり得ないのが混ざってますよね?」

『……』

「経緯は知りませんが、良いのですか?」

『……うん。今年は面白い子が多いから、教授達は覚悟しといてね』

「……了解」


 白い気体が霧散する。

男は最後に一つため息をして、空を見上げる。

まだ東の空を昇っている太陽がいつもより遅く感じた。

 あけましておめでとうございます。

……遅っ!?

新年一発目が超絶に遅れました。すいません。

 やっと色々と始まります。

始まりますが、私が二月どうなるか分からないので更新はサクサク行くのか分かりません。

でもマイペースには更新したいと思ってます。


 で、色々始まりますが、リメイク前とちょこちょこ既に違ってます。

違ってますが、別に何も変わりません。

悠輝が刹那主義的な性格なのはリメイク前から変わりませんが、リメイクするならちゃんと言っておこうと思い言いました。

その場しのぎの無茶をリメイク前からしてますよね、悠輝。

まぁ色々と変更点はありますが、それはまぁ気にする程のものでも無いですから、「あ、ここ変えたな」って思う程度でお願いします。

 それでは。

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