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NO,3: Cute boy

 空中を歩いていた人に連れられて、現在再び森の中。

狭い道に結構な人数がいるから上から見たら人の川みたいになってるだろうね。

宙を歩いてた人が先導してるんだけども人数が人数だし、しかも俺とアレンがその中で結構後ろの方にいるからもうその宙を歩いてる人は見えない。

ただひたすら人の流れに乗ってるだけ。

誰も何も話していないから響くのは足音だけでなんか軍隊の行進みたいだ。

アレンを除いて周りの人は皆表情が固いから余計に軍隊っぽく見える。

そんなに緊張する様な事が始まるのかな?

……一体全体何がこれから行われるのか謎でしかない。


「ねぇ……『いにしぇーしょん』って何?」


 謎で謎で仕方がないから隣のアレンに訊いてみる。

自分的にはずっと気になっていた単語の意味を訊くっていう行動だから別段何も変な気はしない。

けども、やっぱりこの場でその質問はおかしいらしい。

『いにしぇーしょん』と俺が言った途端に周りの人が一斉にこっちを向いたから。

きっとほぼ全ての人が日本語なんて分かんないと思うんだけどなぁ……

俺の『いにしぇーしょん』っていう微妙な発音にも過敏に反応してくれたっぽいね。

そんなにピリピリしなきゃいけない事なのかな? だったら帰りたいけど。


「あぁー……そりゃユウキは分かんねぇよな」

「……スッゴいこっち見られてるんだけど」


 俺の事情を分かっているアレンはのんびりとしているけど、周りの人はなんか視線の強さが半端無い。

もう俺を『見てる』って表現よりも『睨んでる』って表現の方が正しいね。

「日本語で何言ってんだお前ら!?」って目がそう言ってる。

 周りの視線にビクビクしてる俺とは違ってアレンはのんびりと顎に手を当てて、うーんと頭を捻りながら多分俺にどう『いにしぇーしょん』を説明するか考えている。

周りのは全然気にならないらしい。羨ましいねその胆力は。


「『学院』がどんなのするかは知らねぇけど、目的は間違いなくニューガクシャセンコー《入学者選考》だと思うぜ」

「……どういう事?」

「要はニューシ《入試》だな」


 サラッとアレンはとんでもない事を言ってくれた。

『入試』。

そういえば『学院』は名前の通り学校だったね。なら試験はあってもおかしくない。むしろなんで今まで気付かなかったって思うくらい普通だ。

手紙が来たから入学決定なんてそんな甘いもんでもないだろうしね。

だから周りの人は皆固い顔になってるんだ。納得だよ。

入試の日に緊張しない奴なんてほぼいない。なんか良い感じにリラックスしてるアレンは変なだけだ。

 でも、俺はそんな『試験に』緊張するとかそんなレベルじゃない。

なんせは俺は知識ゼロ、経験ゼロだ。

試験なんて受けれる様なもんじゃない。何も知らないんだからね。

そもそも何も知らない俺をこんなとこに送り込んだ方が悪い。そう、あの変人が!


「……テストとかムリ、絶対ムリ! 知識ゼロでペーパーテストとか常識的にムリだって!」

「実技かもよ?」

「なおさらムリ!」


 今さら騒いだって仕方ないかもしれない。

でもこうでもしないとやってられないよ。

高校卒業してないのにセンター試験、いや東大の二次を受けるのと同じだ。無謀過ぎる。

 アレンは実技かもとかフォローにもなってないフォローを入れてくれるけど、実技ならもっとダメだよね。

魔術とか使った事無いよ。

野球やった事の無い奴がピッチャーしたりするくらい無謀だ。


「まぁ落ち着けって! ユウキは絶対オンミョードーが使える。大丈夫、なんとかなるって!」

「ムリだね! いきなり覚醒とかそんなマンガみたいな事も無いし、陰陽道を使った記憶も無い!」

「昔思いっきり頭打ったせいで忘れてるだけだ!」

「そんなワケあるかーっ!」


 アレンは楽観的過ぎる。

なんとかなる程人生甘く無いね!

そもそもお札を見たってなんもピンと来ないし。

魔術って頭打って忘れる程インパクトがちっちゃいものでも無いでしょう!?

宙を歩いていた人に受けないって言ってやる。体調不良だのなんだの言えば受験は回避出来るだろうしね。

こっちこそ“なんとかなる”だよ。


「……ってもここまで来たら受験は絶対だぜ? 一旦門を潜ったら受験直前に死なない限り受けなきゃいけねぇって噂だしな。まぁ学院ここに入りたい奴ってかなりいるから、それくらいしなきゃ面目が立たねぇって事だと思うけどな」

「……」


 アレンは笑いながらそう言うけど、俺にとっては笑えない。

心を読んでるのかと言いたいぐらいのタイミングだよ。

せっかくの計画が音を立てて豪快に崩れ去った感じ。てか崩れたね。

『世界唯一』の魔術師の為の学校。

そりゃ入学希望者は多いだろう。だからこそ一旦受験しに来たら『逃げ』は不可能ってのも気持ちは分かる。残念だけどね。

 という事はやっぱり受験以外の選択肢は無いらしい。

移動中の人の川の中にいるんだから引き返して逃げるってのも難しそうだし。

そもそも門の外には出れないらしいし。


「……諦めるしかないって事か、結局」


 ため息しか出ない。

まぁ恥掻いても周りは外人ばっかりだから日本にまで変な噂とかが立たないのが救いかな。

『魔術師』なんて人達は完全に裏社会っていうのか裏文明っていうのか分からないけど、ともかくアウトサイドの人達だから今後一生会わないっぽいしね。イメージだけど。

 ため息をついて諦めた感全開の俺を見て、アレンはニンマリと笑う。なんか恨めしい。

そしてそのニンマリ顔のまま右手を俺の肩に回してガッチリと肩を組んだ状態にした。


「そう悲観する事ねぇって。本気でヤバかったら俺も一緒になって事情説明してやるよ。……つーワケで、よろしくな、相棒!」

「……また調子良い事言って。一応これでも受験のライバルだよ? 一人でも人数減らした方が有利なのになんで引き止めるかなぁ」


 笑顔でありがたい事を言ってくれるけど、アレンは俺の事を考えていて大丈夫なのかな?

入試って事は多かれ少なかれ不合格で落ちる人がいるって事だ。

それに今までの話から推測するに、受験者は誰一人としてこれから行われる入試がどんな形式なのか知らない。ペーパーか実技か、はたまた両方か、それとももっと別の何かか。

名が通ってる(本人談)というアレンだって油断は出来ない筈なんだけど……

いくら素人の俺でも入試を受ける時点で合格する確率は小さいけど確かに存在する。ゼロパーセントは『受けない』の選択肢だけだ。

だからわざわざ引き止める意味が無い。

ゴミみたいに小さくても、障害は取るべきだ。


「なんでって、そりゃここでできた新しい『男友達』だぜ? 一緒に合格して一緒に楽しみてーじゃん。あと俺の心配は不要だ。入学儀礼イニシェーションでミスる様な生ぬりぃ努力積み重ねてきたワケじゃねぇし」


 ニカッと笑いながら回した腕で俺の肩をバンバン叩く。

よくもまぁそんなクサイ台詞が言えたもんだね。

ストレート過ぎてちょっと照れるよ。

 そんなクサイ台詞を堂々と言うアレンだけど、最後の方の言葉はちょっと違った。

今さっきの笑顔とは違う感じの鋭さを孕んだ、不敵な笑みを浮かべて言う。

それは根拠の無いチープな強がりではなく、今まで自分が積み重ねてきた努力に対する誇り。

絶対的な自信。

瞬時に悟った。

あぁ、確かにアレンにとってはこの程度のものなんて簡単なんだろうな、って。

一応ずっと柔道やってきたし、これでも全国にだって出場はした。二回戦で一本取られて敗退だけどね。

でも、だから分かる。

スポーツにせよ魔術にせよ、物凄い努力を重ねた人はやっぱり何か『持ってる』。

そんでもって自分が『出来る事』と『出来ない事』を直ぐに判断出来る。

おそらくアレンはその何かでもって入学儀礼は余裕と判断したんだろう。

なんかカッコイイね。


「まぁ俺は合格なんて出来ないから、その『男友達』は一瞬で消え……、あれ? 『男友達』?」

「オイオイ悲しい事言うなよ。って、どうした?」


 自分で喋っていて何か違和感がある。

自分の合格率がゴミより小さいってところでは勿論ない。

『男友達』だ。

わざわざ『男』を付けなくてもいいよね普通。

ここで初めてできた『友達』で普通は十分だよ。

でも敢えて『男』を付けるって事は、やっぱりその逆もあるって事だよね。

日本語に慣れてないから友達の性別をくっ付けて言ってるってオチではない気がする。

だって英語で言う時は『friend』で、性別なんて付けないもん。付けたら高確率で別の意味になるよ。


「ねぇ、『男』友達って事は『女』友達はもう既にいるって意味?」

「……? おう、別に新しい友達ってワケではないけど幼馴染がいるな」


 俺の質問にアレンは一瞬キョトンとしたけど、直ぐに笑いながら答えてくれる。

……やっぱりね、予想通りだ。

いや、でも幼馴染だとは思わなかった。

なんて漫画っぽい関係だ。


「可愛い?」


 取り敢えずこの質問は外せない。

答えによってはこれからのアレンとの関係を考えないといけないね。いやまぁこの『イニシェーション』が終わったら俺は日本に帰るだろうから関係自体は短いけど、それでもだよ。

大切だ。

 俺の質問に答えるのは照れ臭いのか、アレンは肩を組んでいない左手の人差し指で頬を掻きながらちょっと間を置く。

だからと言って俺は質問を撤回しないけどね。


「……いや、『可愛い』って言うよりは『綺麗』だな。勿論幼馴染の贔屓目無しで」


 全然違う方を向いて俺の方を見てないあたり、やっぱり照れ臭いらしい。本人はいないけど。

……しかし、まさかと言うかやっぱりと言うか、何とも言えない答えが返ってきたね。

可愛い、じゃない、綺麗で美人な幼馴染なんて余程の幸運の星の下に生まれなきゃ側にいないと思うんだけど、アレンにはいるらしい。

まぁ贔屓目無しとか言ってるけど、実際どうかは分からない。アレンの好みが人類共通でもないしね。

……照れながらでもそう言える幼馴染がいるのは羨ましいけど。

いや、殴りたいかもしれない。

今ならまだそっぽ向いてるし、肩組んでるからゼロ距離。殴るなら今だ。……とか一瞬思ったりもしたけど、さすがに殴りはしない。

殴ったら色々な意味で俺の敗けだよ。


「……やっぱ帰りたい。アレンはその綺麗な幼馴染とイチャイチャしてたらいいじゃんか」

「そんな事出来たらもうとっくの昔にやってるっつの。そういう奴じゃねぇんだよ」


 なんかもう色々悲しくなってきた。

せっかくできた友達は最強のリア充だったし。

可愛い彼女より稀少かもしれないよ、綺麗な幼馴染って。

今日もう何度目か分からないぐらいのため息が勝手に口から溢れるよ。

 我ながら悲壮感たっぷりの声でアレンに妬みを言ってみる。

が、アレンはアレンで苦労しているらしい。

ため息混じりにイチャイチャ出来たらイチャイチャしてるって。

焦らされてんのかな?


「ツンデレ?」

「……なんだ『ツンデレ』って?」


 なんとなくこういう関係にありがちなパターンを訊いてみるけど、通じなかった。

そういえばアレンは外人だったね。だったら知らないか、この言葉。

まだまだ最近の言葉だし。

『スシ』とか『サムライ』とかと同じ様に外国に定着してたら引くよ。

 聞かない言葉に首を傾けるアレン。

説明するのも面倒なので適当にはぐらかして話を変えようか。


「ところでいつまで歩くのかな?」

「さぁな。あ、でもなんか見えてきたぜ」

「……前の人の背中しか見えないんだけど」


 いったいいつまで歩くのか、なんだかんだでもう結構歩いてる。

いい加減目的地かどっかに着かないのか。

話題を変える為にもアレンに言ってみれば、アレンはちょっと爪立ちになって上を見ながらそんな事を言う。

生憎俺には前で歩いてる人の背中と頭しか見えないんだけど。前の人結構でかいし。

それでも悲しいかな、これが西洋人と東洋人の差か、俺とアレンじゃ頭一つ背丈が違う。

……いや、小柄と言われる東洋人の中でも残念な事に更に小柄な俺と、スラッとしたアレンとの差は頭一つで済んでいないか。

今まではあんまり背丈は気にしない様にと心掛けてきたけど、アレンを含めた外人だらけのこの場所じゃ流石にコンプレックスになりそうな。

 悔しいからアレンの肩組みを解いてピョコピョコ跳ねてみる。

確かに前の人の肩の上からほんの一瞬だけ何か建物らしき物が見えた。

隣のアレンから何とも言えない視線を感じるけど、この際無視だ。


「確かに何かあるね。よく分からないけど、なんかボロそう」

「……あー、ありゃ城だな。相当古そうだな、壁とかボロボロだぜ」


 跳ねてやっと一瞬だけ見えた建物。

ほんの一瞬だから詳しくはよく分からないけど、見えた感じ灰色がかってボロそうな印象だ。

 アレンは哀れみを含ませた俺への視線を外して、もう一回その建物を見ながら教えてくれる。

さっきより建物に近付いたからか、アレンはもう背伸びもしていない。

前の人混みの隙間から覗いてる。

それなら俺も見えそうだと思ったからやってみたけど、残念ながら視界の上の方にちょっと何かが見えるだけ。アレンは前の人達の頭とか肩の間から見てたってワケだ。目線の低い俺じゃムリだった。


「んー、さっきの城とは形がちょっと違うな。ちっさいし」

「! って……あ、お城がか」


 アレンが『ちっさい』とか言うからピクッて反応してしまった。

それでもって反応してしまった自分にもイラつく。俺はちっさくはない、周りの外人が高いだけだ。

 アレンはまだジッと俺には見えないお城を見てるから、俺の今の反応には気付いてない。

よかったと思いたいけど……もういっそ拾って欲しかったね。そっちの方が笑い話でいいよ。一人ってねぇ。

一人でピクッてして一人で片付けたら何か悲しいよ。

スベッたみたいだ。


「おっ、前の人達が止まり始めた」

「じゃあそのちっさいお城が目的地だったってことだね。やっとだよ」


 アレンの声が少し弾む。

やっぱりアレンも歩くのは飽きていたらしい。

前の人達が止まるって事は先導していた空中を歩いてた人が止めたって事だもんね。

『イニシェーション』なるものが始まる場所がそのボロい城らしい。

アレン曰く入試なんだけど、場所から察したらペーパーではなさそうな。

俺にとってこれは好都合なのかは分かんないけど。

ただの体力テストならなんとかなるかな……。って、なんで受かろうとしてんの俺!? 受からなくていいんだよ俺!

ハッとしてビシビシと両の頬を叩く。目を覚ませ俺と。

隣のアレンは気合い入ってるなと感心してる。

そんな意味じゃないけどね。むしろ逆。

そんなアレンの気持ちに水を差す事言わないけどね。

なんか申し訳ないし。


「……ちっさいとか言ってたけどさ、でかいじゃん」

「いや〜、高さがねぇからそう思ったんだけどな〜。広かったな」


 ダラダラとアレンとダベりながら歩を進めると直ぐに俺でも見える様になった。見えたとたんに到着って事で周りの人全員が止まったから、そりゃ見えるよねって話なんだけど。

 城の外観は灰色の石造り。城壁も何もかもがボロボロというのを差し引いても写真とかで見たり千葉の浦安とかにある所謂『西洋のお城』って感じの見た目ではない。

さっき見た巨大な城よりも高さは低いし、尖塔が連なってもいない。

見張りの為っぽい塔が城壁の左右に一棟ずつあるだけで、後はもうそんなに高く階層があるわけではなさそう。五階建てくらいはあるけど。

外観で言えば城っていうよりも宮殿に近いね。

おまけに城壁には蔦だのなんだのが這い回り、ヒビだって見える。

昔はどうだったか知らないけど、今は震度2くらいで全壊しそうな気がする。

てか最大の疑問は、なんで森の中にこんな城があるのかって事だね。


「……何するのか知らないけどさ、こんな人数で何かしたらあの城潰れない?」

「城の中でやるとは誰も言ってねぇぜ?」


 見た感じ高さはともかく広さは凄いありそうなこの城。城を囲ってる城壁がずっと続いてるからね。

今この場に100人以上はいるけど余裕で入るだろう。まぁお城だし、昔は100人以上の人が実際に生活してたんだろうから当たり前だけど。

ただ、何せボロい。

仮に100人が一斉に稲葉ジャンプをしてみたら数十秒で音を立てて崩壊しそうな気さえする。

アレンは城でやるとは誰も言ってないって言うけど、わざわざここまで歩いてきて城を使わないワケが無い。それに、たとえ使うのがほんの一瞬でも心許ない外観だし。

地震の無いイギリスって国の建造物はとにかく揺れに弱い。石造りの時点でもうダメでしょ。荒っぽく言えば積み木と似たような造りって事だからね。


「だいたい、こんな場所でするんだからペーパーの筈無いじゃん? て事は実技だよ? 魔術がどんなものかは知らないけど、あんなボロボロの城壁くらいは崩せ――ムグッ!?」

「シッ! 何か話し始めるぜ」


 ヒビが入って隙間だらけの壁を見ながら訴えてると無理矢理アレンに手で口を塞がれた。

結構マジな目で。

当たり前だけど初めて見るアレンのマジな目にちょっとビビりながらも、アレンの視線の先を見る。

 先導役だった人が周りを見下ろしながら、さっきの城で見た時よりも立っている場所の高度を上げようと何も無い空中で階段を上る様な動作を繰り返していた。

なんかパントマイムみたいだけど、実際に高度は上がっている。何も無い空間を本当に『踏んで』いるらしい。


「ふむ、やはり高度を上げると全員の顔がよく見えるな。……よし、それじゃあ今から入学儀礼イニシェーションの説明するからよく聞けよ!」


 見下ろしながら満足そうに頷き、先導役の人が大声で喋り始めた。人が結構な数いるから全員の耳に声を届かせるのにはかなりの声量がいる。だからか、なんか最後の方は怒鳴ってるみたいな口調になってる。

そしてその怒鳴り口調のせいなのかは分からないが、周りの空気に今まで以上の緊張が張りつめた。

見える限りではアレン以外の全員が口を真一文字にして一言一句聞き逃さないようにと真剣な眼差しで上の人を見てる。

唯一の例外たるアレンは和やかな表情だ。余裕たっぷりって言うのかな?


「な、なんか凄い緊張感だね」

「!? ちょっ、いきなり話し掛けるなって、ビックリするだろ!」

「……なんだ、その表情ってハッタリだったんだ」


 唯一の門外漢たる俺にはこの緊張感がよく分からない。なんせ別段ここに来たかったワケではなかったからね。

だからこの周りの緊張感に着いていけなくて居心地が悪い。周りの人は俺の事どんな風に見てるのか気になる。……いや、どうせ誰も見てないだろうけど。

居心地が悪いし、着いていけない身で何となく寂しいから周りで唯一余裕そうな顔のアレンの肩を軽く叩いて話し掛けてみる。

が、ビックリする程裏返ってすっ頓狂な声が返ってきてなんか申し訳なくなった。

どうやら余裕そうな表情はハッタリだったらしい。

 ものの見事に張ってたブラフが破れたアレンは何ともバツが悪そうな顔をした後、口を突き出して拗ねた感じで文句を言ってくる。まぁ当たり前かな、ごめんなさい。


「やっぱりアレンも緊張するんだね」

「……当たり前だろ、物事に『絶対』なんてねぇだろ? 俺の自信は過剰じゃねぇんだよ」


 予想外だったアレンの反応に苦笑いしか出ない。

ごめんと謝っても文句を止めないのは仕方ないか。

ただやっぱりずっと言われるのは精神的に楽しくはないから、俺はアレンの反応を見てやっぱりアレンは合格すると思うとかプラスな事を言って止めようとしてみる。

実際そう思ったし。

するとアレンは文句をピタリと止めた。

そして不思議そうな顔をしてそう思った理由を訊いてくる。

 アレンが自分で言った様に物事に絶対は無い。

中学生のサッカーチームにバルサが負ける可能性は0%ではない。可能性は限りなくちっさくても一応はある。

同様に、アレンがいくら優秀な魔術師であっても今回の入学儀礼に合格する可能性は100%ではない。

『サッカーの試合』みたいに明確なルールを事前から知ってる様なものでもないし、アレンが半端じゃないくらい苦手なものが『偶々』出てくるかもしれない。

この入学儀礼を受けると決めた時点で、そう決めた人達には例外無く受かる可能性も受からない可能性もある。

という事で意味も無く自信満々だと足元を掬われる可能性が高くなり、そういう人に限ってなんかバカらしいケアレスミスで死ぬ。

だからある程度緊張してるのは良い事だし、慢心とかも無いからアレンは大丈夫だよって感じの事を軽く、外人のアレンの為に優しい日本語で言う。

慢心さえなければ大丈夫。

なんたって「生温い努力はしてない」らしいからね。

そこの自信は良い事だ。


「……」

「なに?」

「いや、魔術の覚えがねぇのに戦闘経験がスゲーある奴みたいな事言うなって」

「まぁ柔道してたし勝負事には慣れてるよ」


 スッゴい訝しげな表情で見つめられたからどうかしたのか訊いてみる。

どうやらアレンは俺の口からこういう勝負事に関する事が出るとは思っていなかったらしい。

……俺、華奢だしね。自分で言うのは悲しいけど、気持ちは分からない事はない。ただ、俺は体の線は細いけど実は中に筋肉が詰まってるという事実だけは伝えたい。

柔道やってたからと言って右腕に力こぶを作ってアレンに触らせる。

アレンにとってはやっぱり意外だったらしい。

マジか、と驚いてペタペタ腕を触ってくる。

お望みとあらば腹筋だろうが背筋だろうが触らしてあげるよ。

柔道舐めたらダメだからね? 全身使うから嫌でも体全体に筋力付けないとダメなんだ。


「……いやぁ、まさかユウキがジュードー《柔道》してたとはな! だったらそんな事言うのも分かるぜ。ジュードーの試合は一対一さしだもんな」


 疑問が解けて満足そうにアレンが笑う。

そういえばまだ俺が柔道してたって言ってなかったからね。

 柔道は一対一の競技。

野球やサッカーみたいに仲間がグランドやピッチの上に複数人に立っていない。

だからこそ自分の実力が絶対的にものを言う。

油断、慢心、それがチームスポーツよりも多く生まれやすいし、同時にその怖さを何度も経験してしまう。

畳の上では仲間の支えが声援以外無いからだ。

勿論俺だって経験したし、だからこそアレンの状態を見て大丈夫だろうなって思ったワケだ。

 アレンは今まで魔術以外何をしていたのか分からないけど、それでも俺の言いたい事や柔道をしてたからこそ知っているものを理解してくれたらしい。

気が楽になったって笑ってる。

……ちょっと楽になり過ぎかもしれないけど。


「――って事で、今回君達の入学儀礼はこの目の前にある古びた城で行う」


 唐突に先導役だった人の声が耳に入る。

……そういえばなんか今は入学儀礼の説明中だった。

完全に話を無視してたけど、ヤバいよね。

なんか大事な話を聞き逃してたら洒落にならない。聞いたところでおそらく何も無い俺はともかくアレンは。


「ヤバッ、何も聞いてなかった……」

「最初は屋外でやるつもりだったんだけど、天気よほー《予報》で天候がよろしく無いからこの城ん中でやる事に一昨日決まったんだと。今までの話は長い間歩かせたから申し訳ないって謝罪だな」

「……俺と喋りながら聞けてたんだ」

「そりゃ、このくらいは出来なきゃいけねーからな。ユウキも練習しとけよ」


 話の聞き漏らしはヤバいと焦ったけど、アレンがサラッと今まであの人が言ってた事を纏めて言って落ち着く。

天候で場所が左右されるとか、なんか小学校の遠足みたいなノリだ。ノリが軽いよ。

 それはともかく、アレンのその聞き分けの良さに脱帽だ。

さも出来て当たり前みたいな顔してるけど、かなり凄いと思う。俺と結構ガッツリ話してたと思うんだけどなぁ。

聖徳太子みたいだ。

……いや、だからといって練習はしないけど。

別に出来なくても怒られはしないし。むしろ大概の人は出来ないよ。


「今回の入学儀礼のルールよりも先ずは君達、適当に四人組になって固まれ。別に近くの奴じゃなくていい。パッと周り見て気に入った奴だ。あぁそうだ、君達は全員で368人だから余りは出ないから安心してくれ」


 上空からそんな言葉が落っこちてくると、すかさずアレンは俺の肩に手を回した。

先ず一人って事だろう。

その行動があまりにも自然過ぎてどこのチャラ男だとツッコミたい。

甚だやる気が出ないね。

いや、完全素人という俺の事情を知ってるアレンがいてくれるのは嬉しいけど、アレンは実力者だ。実際はどの程度凄いのか知らないけど、何となく雰囲気から察するに、本当に実力者っぽい。

だったら仮に今から作る四人組がチームだった場合、何かの偶然で俺が『合格』というイレギュラーな事態が発生しかねない。

流石にそれは『学院』としてはダメだろ。完全なド素人だよ俺。

ただ、逆に四人でバトルとかだったら是非ともアレンに俺の処理を頼みたいね。

 周りの様子を伺ってみる。

やっぱり周りの人達も今から組む四人はチームになるのか敵になるのか戸惑って、あんまり人集めは進んでいない。

せいぜい俺とアレンと同じように二人組ってとこだね。


「……さて、と。残り二人のうち一人はもうそろそろ来るだろうし、どーせそいつがもう一人連れてくるだろうから俺らは決定だな」

「ねぇ、それってアレン幼馴染さん?」


 余裕そうにアレンがニヤリとする。

人が来るアテがあるとすれば、やっぱり噂のアレンの美人な幼馴染さん。

当たり前の様に来るって言ってるんだから間違いないだろう。

訊いてみたら案の定アレンはそうだと頷いた。

どんな人か気になるけど、それよりも訊いとかないといけない事がある。


「その人ってさ、強い?」


 仮にこの四人組が敵になるなら事情を知ってるアレンはともかく、その他の強い人はお断りだ。

命がヤバいからね。

事情を知らないんだからきっと容赦無く攻めてくるよ。

それは願い下げだ。


「強いな。味方にいれば最高に頼りになる。敵には死んでも回したくないな。厄介だからな」


 シレッととんでもない事をアレンは言ってくれる。

実力者で幼馴染たるアレンが強いと認めてる時点でその幼馴染さんはかなりの人だと考えていい。

しかもその後だ。

死んでも敵に回したくない。

どんな魔術師なのかは勿論知らないけどアレンがそう言うんだ、絶対ヤバい。

てか敵になる可能性もあるのになんでその厄介な幼馴染さん待ってんの?

仲良く二人で受かれる様に仕組めばいいのに。


「……ねぇ、四人で潰し合う可能性だってあるのに『厄介』な幼馴染さんと組むの?」

「は? どー考えてもこの四人はチームだろ。敵になるなら強敵あいつなんて呼ばねぇよ。リスキーなのは嫌いだし」


 アレンはアッサリと俺が思っていたのと同じ考えを言って、四人で潰し合う説を否定した。

曰く、目の前の古城からどうも怪しい気配するらしく、そんな場所で合格を懸けて闘ったらヤバい奴はヤバいらしい。要は死ぬかもって事。

なんか抽象的でよく分かんないが、たぶん実力者だけが持ってる『気配が読める』アレだろう。マンガとかよく見るやつね。

実際に柔道とかやってると相手の気配が少し読める様になったし、その魔術師版だろう。

という事は今俺達の周りで迷ってる人は全員アレンより弱いってとこだろうね。

 そういえば上にいる人は『気に入った奴と組め』って言ってた。要するに組む相手は自由って事だ。

……もしかしてこれ、この作業だけである程度受験者の実力が分かる様に仕組んでるのかな。

力のある人はある人同士で素早く四人集まって、後の入学儀礼もさっさとクリア。逆に中々四人集まって組めなかった人は微妙な人ばっかりで終わりっていう。

……酷い。じゃあもう入学儀礼は始まってる様なもんじゃん!


「……この入学儀礼って、エグいね」

「まー、フェアではねぇよな」


 『気付けない』人への同情か、アレンが苦々しく笑う。

でもさっきまで虚勢を張って隠してたとはいえ緊張してたアレン。苦々しかった笑顔は自分にも向かってるのか。

今はリラックスした顔してるけど、これもハッタリかな?

てか今までのアレンの話が正しいのかは本当は分からないから結局どう転ぶかは分からないんだけど。


「緊張してる?」

「……多少な」


 横から見れば涼しげな顔をしてるアレンだけど、近寄ってみると少しだけど冷や汗が顔に浮いてるし、ポケットに突っ込まれた両手は拳になってるっぽい。肩がちょっと張ってるし。

本人も緊張してると認めてはいるけど、強がりなのか表情は余裕だ。

もうちょっと喋って気を楽にしてあげようか。一応今の俺達は一蓮托生だし。


「アレン以外にも気付いて動いてる人、いるかな? あ、幼馴染さんは除いてね」

「……よく見てろよ、俺みたいに涼しげな顔して動き回ってる奴が何人かいるだろ? そいつらは気付いてるぜ。……あ、目が合ったな」


 せわしなく周りを動き回ってる周りの人達を見ながらアレンに話し掛けてみる。

多少緊張しているのと、母国語じゃない日本語のせいで返答に間があるけどしっかり答えてくれる。

その途中に誰かと目が合ったのか、右手を軽くあげた。

 アレンの視線の先を見てみると俺達と同じような二人組がいた。ただ俺とアレンみたいな男二人ではなくて男女一人ずつで二人だ。

なるほどアレンが言った様に二人とも涼しい顔をしてるね。

アレンが右手を上げて挨拶したからか、向こうも右手を上げて男子の方がこっちにやってくる。


「君らも二人組? なら俺らと組まないかな? あ、俺はリドル、よろしく!」


 なんかスッゴい気さくな感じで話し掛けてきた。勿論英語でね。

近くで顔を見てみるとアレン同様顔の掘りが深くていかにも西洋人って顔立ちだ。黒っぽい茶髪によく動くブラウンの眼は好奇心が強そうだ。ついでに中々精悍だからアレンと並ばれると俺は悲しくなってくる。

やっぱり俺より背高いし。

アレンに右手を差し出して握手を求め、誘うのと自己紹介が同時。ノリまでもがいかにも西洋人だ。

アレンは握手しながら自分の名前と、ついでに俺の名前も言って友好的な印象を与えてる。……内心はどうなんだろうね。

差し出されたから釣られるままに俺も握手したら、マメがいっぱいの硬い手だった。野球でもしてんのかな?


「あー、せっかくの誘いはありがたいけど、もう俺らは合流待ちだから。悪ぃな」

「……そっか、そりゃ悪かったよ。それじゃあな。グッドラック!」


 アレンが爽やかな笑顔で断ると向こうのリドル、だったかな? ともかく向こうも爽やかな笑顔で爽やかにそう言って、何故か俺にも爽やかに手を軽く振って待たせている人の方へ引き返す。

……何この爽やかなやり取り。イケメンってズルいよ。

 その爽やかに去っていくリドルは途中で仲間の子に向かって「振られた!」と潔く言って歩きながら器用に肩を竦めた。

続けて「男女同数でバランスよかったんだけど残念だよ」とも。

……あれ?


「今『男女』って言ったよね!? 『男女』って!? 俺は『男』なんだけど!」

「東洋人は『可愛い』からな。男が化粧して許されるのは極東だけだぜ? こっちがやったら大ブーイングだ。つか、向こうの子もだいぶ中性的だな、服見なきゃどっちか迷うぞ。多民族の混血だなありゃ」


 俺は『男』だと主張する。すぐ反応しちゃったから日本語が勝手に出ちゃって通じないけど。主張したい気持ちが先走って英語が喉から全く出ないけど。それでも言いたい、『男』だと。

向こうも悪気が無いのは分かる。分かるけどさ、やっぱり性別は譲れないじゃん。

隣でアレンが染々と何か言ってるけど耳には入らない。

多民族がなんだって?

 向こうの二人は勿論の事ながら俺の主張は届かず、いや通じず、人混みの中に消えていく。

やりきれない思いが残る。


「……」

「褒め言葉だと思っとけって。……てか遅いな、あいつ」


 ガックリだよ。

褒め言葉として受け止めれるのはオネェ系の人だけで、そういう人はやっぱり少数派。勿論俺も違う。

何も分かってないアレンを八つ当たりで睨んでみるけど気付かれず、余計にガックリ。

そのアレンは腕組みながら遅いなとぼやいている。


「今さらだけど、幼馴染さんとは別に集まる約束なんてしてないんでしょ? アレンが勝手に集まるって思ってるだけじゃ?」

「……そっ、そんなワケねぇ……っ!」

「弱々しく言うね……」


 アレンが勝手に思って勝手に待ってる可能性は多々ある。

なんせ別に「一緒にいこう」なんて約束してないんだし。幼馴染さんは幼馴染さんで勝手に四人集めてもう終わってるかもしれないよね。

アレンもさっきまでは余裕ぶった顔してたけど、今の俺のでブレた。

弱々しく大丈夫だと言ってるけど、自信は無いらしい。

さっきの人達を振った手前、アレンは今仲間探しに行ける心境でもない。

 周りの人達が少しずつだけど四人集まってチームを完成させ始めた。

それがアレンの不安を増大させる。


「……探すか、俺の幼な――」


 ポツポツと四人集まってきたのをアレンは見て、遂に折れた。

でも『見知らぬ誰か』を探そうと言わないあたり、まだ幼馴染さんを待っている。

ただジッとしているよりかはマシだ。俺がいいよと言いかけたその時、何かエコーのかかった声が古城の前にいる俺達受験生の間に響き渡った。


『こらーっ、アレン! 女の子待たせないないでよねっ! なに、もしかしてあんた待ってんの!? ふざけないで、普通待つのは女の方よっ!』


 完全な怒号。相当お怒りらしい。

どこからか聞こえる謎の怒号に周りの人達や上でこの様子を眺めてる先導役だった人はビックリして辺りをキョロキョロと見回している。その中でアレンはニンマリと笑って悪りぃと誰かに呟いた。

……どうやら幼馴染同士考える事は同じだったらしい。

 俺の手を掴んでアレンは走り出す。どうやらどこからあの怒号が飛んできたのか分かってるらしい。

周りの人がいきなり動き出したアレンと俺を見た。

……恥ずかしいな。


「……パワフルな人だね」

「まったくだ」


 引かれっぱなしじゃいけないから、手を振りほどいてちゃんと走って横に並ぶ。

口から出る言葉は迷惑してるって感じのものだけど、口調と表情は嬉しそうだ。

……えー、なにこれ妬む。

 人混みを掻き分けて進むアレンを横目で見失わない様に確認しながら着いていく。

走り出して一分経たずにアレンが減速し始めたから、もうすぐだと思う。

周りを見るに、古城の城壁近くだ。

っていうかなんで場所分かるんだろ?


「悪っりぃ、俺らも――」

「遅いっ! わざわざ連絡させないでよねっ!」

「――待って……。お、おぅゴメン」


 ジョギングの様な速度になったところでアレンが叫ぶ……んだけど途中で遮られた。

アレンの見てる先にいるのは腕組んで城壁にもたれかかった赤みがかった茶髪、所謂赤毛の女の子。ご機嫌斜めなご様子だ。

……あ、でも成程アレンの言う通り美人。

スラッとした細身で、女の子にしては長身。日本人の女の子では中々見れないタイプ。……もしかすると俺より高い。

髪は肩に届くくらいのショート。

キリッとした目力のある大きな瞳が特徴的で、気が強そうな印象。ってか間違いなく気は強い。

ともかく顔のパーツは整ってて、モデルみたいに凛々しい感じ。確かに可愛いよりは綺麗だね。


「……もぅ、アレンが来るまで一体何回誘いを断ったと思ってるの!? 面倒くさかったわ!」

「あぁ……だからそのっ、悪かったって」


 もたれてた城壁から背中を上げて、アレンの方に歩み寄って早口の英語で捲し立てる。

アレンはタジタジ。完全に尻に敷かれてる。

これは今までのアレンのイケメンなイメージが崩れ去って残念だ。

そして一つ言える事は、このアレンの幼馴染さんに何故誘いがいっぱいきたか、その理由。どう考えてもルックスだろうね。

もう実力とかたぶん関係無い。取り敢えず見た目でアタックだろう。


「いいっ!? あたしのパートナーは後にも先にもアレンだけ、分かってる!?」

「お、おぅっ!」


 アレンに寄って襟元を掴んでサラッと物凄い事を言ってるが、果たして幼馴染さんがそれに気付いてるのか。

ほぼプロポーズなんだけど……そういう意味が含まれているのかは不明だ。

一応アレンは気付いてるね。脅されてるみたいな形になってるのに嬉しそうだし。

ただよくよく考えれば幼馴染さんは襟元掴んでるあたり、あの言葉にそんな意味は無さそうだ。

口から普通に出た言葉とかそこら辺だろう。……仲良しだね。


「で、一人連れて来たワケ!?」

「……ひ、左を見てくれ」


 襟元掴んだままアレンに問い詰める。

なんかアレンがカツアゲされてるみたいだ。

襟元を締められ、更に強く問い詰められてアレンは苦しいのか、変な声を上げながら左側を指差す。

俺がいるからね。

 そうすると幼馴染さんはチラッとこっちを見た。

なんか気まずいから軽く会釈をしてみる。

しかし幼馴染さんは俺を本当に一瞬だけ見た後、またアレンを締め上げた。

ウゲェっとアレンの喉から呻き声が漏れる。


「な・ん・で、『女の子』なのよ!? 四人組の男女比がおかしいでしょ!?」

「いや……ユウ――」

「ちょーーっと待ったっ! ほんと待ったっ! 俺は『男』なんだけど!?」

「――って事だ」


 聞き捨てならない言葉が飛び出たから遮らしてもらう。やっぱり反射的に日本語が出たから通じてるかどうかは知らないけども!

なんでさっきから俺の性別を間違えるかなっ!?

よく見てみよう、男だから!

 アレンの幼馴染さんは俺の乱入とアレンの精一杯の言葉でキョトンとし、もう一回俺を見た。

そしてアレンの襟元を放し、こっちに近付いてくる。

近付いてくると今度はズイッと顔を俺の顔の目の前まで寄せて、じっくりと俺の顔を眺めてる。

……あ、睫毛長いしなんか良い匂いする。じゃない、近いっ! 近い近い近いっ!

顔じゃなくて服とかで判断して! 顔が、顔が赤くなるのを抑えられない!


「……ホントだ。可愛いから女の子かと思ったけど、立派な男の子ね。……ごめんなさい」


 じっくり俺の顔を眺めた後、スッと身を引いてアレンの方へ戻る。

どこでどう判断したのか分かんないけど一応分かってもらえたらしい。

ついでに戻り際にごめんなさいという言葉と共に軽く、しかし強烈なウィンクを叩き込まれた。

これは強烈。顔が煮えた、トマトの様に。


「日本人なのね、だったらこのルックスも納得よ。面白い子見つけてきたわねアレン」

「おぉ……俺の仕打ちへの謝罪は無しか」


 日本人なら納得って、日本人が海外でどんな目で見られてるのか疑問でしかない。

幼馴染さんは襟元締めてたアレンに対して悪びれも無く俺を連れて来た事を評価してるけど、アレンはやっぱりちょっと不満らしい。ボソッと「謝罪は?」と呟く。

が、それが聞こえたらしい幼馴染さんがアレンの方を向くと黙る。

……哀れだよアレン。


「あ、そういえばまだ名前言ってないわ。……あー、あー、日本語ってこれでいーわよね?」

「!」


 もう一度俺の方をクルリと向いて、幼馴染さんが今度は日本語を喋りだす。

やっぱりちょっと拙い部分はあるけれど、それでもかなり流暢だ。

……アレンもだけど、なんで喋れるの?

 幼馴染さんは自分の日本語が問題無いかアレンに確認を取っている。

アレンがオッケーと人差し指と親指で丸を作ると、意気揚々と話しだす。


「初めまして、あたしはミュウ・ヴィント。Family nameは『B』じゃなくて『V』だから気を付けてね。いちおー、アレンのオサナジミをやってるわ。ヨロシクね」

「あ……北藤悠輝です、よろしく」


 欧米人ってシャイはダメな性格だと見なしてるって話は聞いた事あるけど、どうやら本当らしい。

アレンの幼馴染さん、改めミュウさんも気さくだ。

なんか『さん付け』しなくちゃいけない気がする人だから、日本語の時は『さん付け』で呼ぼう。

さっきの爽やかなイケメン(名前は忘れた)の人が右手を出して握手を求めてきたから、今回も握手だろうと思って右手を出す。

が、ミュウさんは俺の右手を無視して堂々とハグをしてきた。

確かにハグは欧米では普通の挨拶らしいけど……照れる。スッゴい照れる。

やっぱり良い匂いするし、体が当たるからミュウさんがスタイル良いと分かってしまった。あと背はギリギリ俺の方が高いって事も。

 何故かアレンが驚きの声を上げた。


「お前、基本的にハグはしないんじゃなかったのか!? 男と!?」

「ユーキが可愛いもの。あたしが可愛い物好きなの知ってるでしょ?」

「……『物』扱いですか、俺?」


 どうやらミュウさんがハグするのは珍しいらしい。

ただ、どうやら俺は『男』として見られてはいない。

『物』だって、俺。

素直に喜べない。ってかむしろ泣きたい。

 気を落とす俺の目の前でアレンとミュウさんが何か揉めてる。

英語のスラングはよく分からないけど、俺の事を『男』として見てやれって主張するアレンと可愛いのがいけないと応戦するミュウさんって構図だ。

え、俺の責任?


「てかミュウ! 俺はユウキをゲットしてきたけどお前はどうなんだ!?」

「よくぞ聞いたわね! 見なさい、私がゲットしてきた妖精ピクシーを!」


 アレンがミュウさんにお前は誰か見つけたのかと言い放つ。

いや……でもちょっと待て、『ゲット』ってなんだ?

俺はポケモンか?

てかミュウさんも『ゲット』とか言わないで! 人権は誰もが持ってる権利だから!

 アレンに言われてミュウさんがさっきまでもたれ掛かってた城壁の方を向き、誰かの名前を呼んだ。

すると城壁の側にいた女の子が反応してトコトコとやってくる。

ミュウさんはその子を後ろからギュッと抱き締めながら俺とアレンに紹介した。


「セイラよ! どう、可愛いでしょ?」


 セイラと呼ばれた子がミュウさんの腕の中で小さく会釈した。

俺もアレンもどう反応したらいいか分からない。

どうやらこの子は欧米では非難されて矯正くちくされてる稀少種のシャイガールらしい。

ただ、確かにミュウさんがピクシーと形容したくなる気持ちは分かる。

日本で言う森ガール的な服装に、腰まで届く長い金髪は手入れが良いのかマジで陽光を反射して光ってる。

金髪の人は周り見たら沢山いるけど、このセイラって子のは一線を画してる。

長い睫毛にパッチリとした二重に大きな瞳。

前髪は作らずに二つに分けていて、顔は全体的に柔らかい印象。

背は小柄で線は細い。いや、なんかもう華奢過ぎて魔術師とか大丈夫なのか魔術を知らない俺が心配になってくる。

綺麗なミュウさんとはまた違う、可愛い子。

……何この四人組、ルックスのレベル高過ぎて鬱になるんだけど。


「……」

「……」

「……」


 セイラって子は会釈をして以降何も喋らない。

というか、たぶん話に着いていけてない。

俺とアレンもなんて話し掛けたらいいのか分からずに黙りっぱなし。

さっきから頻繁にお互いにアイコンタクトでどうしたら良いか相談してるけど、何も思い浮かばない。

……仕方ない、なんか無理矢理話し掛けてみようかな。


「……」


 そう思ってセイラを見ると、目が合った。バッチリ合った。

喉まで上がってた言葉が萎んで腹の中へ落ちていった。

そして目を外してもらえない。なんかもう、チワワみたいな目でずっと見られてる。

これは精神衛星上よろしくないね。緊張してなんか色々ヤバい。

何か、何か話さなければ!


「……日本人形みたいで可愛らしいですね」

「ハゥッ!?」


 何か話さなければ、そう思ってるといきなりセイラがアレンやミュウさんよりも流暢な日本語でそう言ってきた。

なんでそんなに流暢な日本語が喋れるのかとかそういう疑問もあるっちゃあるが、別の衝撃で体が崩れ落ちてしまってそれどころではない。

隣でアレンがあーあと肩を竦め、ミュウさんはやっぱりそう思うわよねっ、と同調して笑う。

崩れ落ちたから顔は見えないけど、セイラは俺のリアクションにビックリしてオロオロしてるっぽい。

そういえばセイラはさっきまで何故か城壁の側にいてアレンとミュウさんのやり取りを聞いてない。だから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。


「あの……私、何か気に障る様な事言いましたか?」

「そんな事無いわセイラ、ユーキが紛らわしいのが悪いの」

「……あー、セイラだったっけ? ユウキは『男』だからな」


 アレンの言葉にセイラが驚きの声を上げる。

……何故、何故アレン以外皆俺を女と判断するのか?

むしろなんでアレンはちゃんと分かったのか、俺が男だと。

ここに来て魔術師というショッキングな存在を知った事よりも、俺のアイデンティティーが崩壊しそうで怖い。

 俺の頭の上で必死に謝るセイラ。悪気が無かったのは分かる。

……ただ、日本に早く帰りたいという思いが強まったのは仕方ないと思う。

 日本人形には勿論男女両方あります。

故に本当はそう言われたからといって、女の子と思われてるワケではございません。

神威です。


 思ったよりも文字数が増えた。ビックリです。

かなり予想外だったんですが……まぁいいや。

 極東の人と西洋の人の顔のつくりはそれはもう違いますから、基本的に若く見られます。

イメージしてください。

亀梨君とトム・クルーズ、どっちの方が女装似合いますか?

という風な感じですかね。

日本の独身女性が海外に行く時にダミーの指輪を填めるのもこれが原因。

若く見られてモテるんですよ。狙われちゃぁ危ないでしょう?


 「〜だからねっ!」って使うとツンデレみたいに見えますね。……何この魔法の言葉。

ツンデレにしようとは思ってないのでお願いします。

あと、ハグは基本なので外国に留学しても驚かないでください。キスも。

挨拶です。


 それでは。

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