NO,0: Prologue
東から顔を出した太陽が煉瓦造りの建物を照らし、その間を朝霧が漂う。
ここは霧の都、論敦。世界に名高い大都市である。
そんな京の郊外に真っ黒い柵で囲われた広大な森がある。
政府が推進したグリーンベルトの一つであり、同時に文明が発達する以前からここにあったそれは自然保護区にも指定されている。
自然保護区ゆえに一般人は立ち入り禁止で、広大な面積を持つこの森の周りを全て高い柵で囲む厳重さ。
あまりに厳重なので近隣に住む人々は軍が秘密の実験を行っているだの、強大な魔女が住んでいるだの好き勝手に噂をする。
しかしまぁ、木々が生い茂り緑を通り越して黒々とした外観を見ればそんな噂が立っても仕方ないと言えば仕方ない。
高名な『黒ノ森』にも勝るとも劣らないの程黒々としているのだから。
そんな怪しげな森を囲む柵にも一ヶ所だけ門がある。
しかしこれがまた人気の殆ど無い、地元の人でも中々通らない謂わば裏道に面した場所にあり地味。
またその裏道には街灯なんて気の利いた物が無いので夜は真っ暗になり、真っ黒な柵の門は見事に消失してしまう。
門存在を知る者と現英国の女王を知らない英国人を探したら後者の方が早く見つかるだろう。
要は門の存在を知る者などほぼゼロである。
ただ一部の者達を除けばの話であるが。
朝霧漂う時間、森を囲む柵に唯一ある門の前に一人の少年が立っている。
リュックサックを背負い、左手にはキャリーバックの持ち手を掴んだ少年。
柵と同様に真っ黒な髪に細身の体、顔はまだ幼い。
西洋人特有の顔立ちでもなく、そもそも肌の色は白ではない。
見た目の特徴だけで判断すれば東洋人、しかも極東地域だろう。
そんな少年は右手に持った紙切れと目の前にある怪しげな門を静かに交互にジッと見つめるばかり。
朝っぱらからこんな場所で怪しい事この上無いが、こんな場所であるから周りには誰もいない。
少しして、少年は一歩門の方へと踏み出した。
すると門が音を立てずにゆっくりと開いた。
朝霧が開いた門の周辺だけ晴れ、奥へと続く道が現れる。
少年はそれを見ると少し戸惑いながらも、それでも無く中へと入って霧の中へ消えた。
門はゆっくりと、やはり音一つ立てずに閉まり、再び朝霧が漂う。
まるで今入っていった少年を隠すように。
森はただ静かに、厳かにそこに佇んでいるだけであった。