再会
『神縁』
大切なものを失った少年・一ノ瀬智也と、異世界から現れた神獣の少女・こはく。ひとつの出会いが、ふたりの運命を静かに動かし始める。
心を通わせながら過ごす穏やかな日常、その裏では、世界を喰らう闇が目を覚まそうとしていた――。
過去の傷、隠された力、交わる縁。青春と戦いが交錯する中で、ふたりは“生きる意味”を探していく。
人と神獣の垣根を越えて描かれる、優しくも切ない異世界ファンタジー。
柔らかな風がカーテンを揺らす中、はじめての授業に少しだけ緊張していた。
横を見ると、村上はすでに睡魔と格闘中。教科書を枕にしそうな勢いでうつむいている。
その前の席では、泉がまっすぐ前を向いて、真剣にノートを取っていた。
ふと視線を窓の外へ向ける。あの日の光景が、胸によみがえった。
──こはく。
もう一度、あの場所に行ったら会えるのかな…
そんな思いがよぎった。
***
昼休み、チャイムが鳴ると同時に、
「よし、智也! 屋上で昼飯食おうぜ!」
村上がどや顔で言ってきた。
「なんなの、その顔……」泉があきれたように目を細める。
「なんでわざわざ屋上で食べなくちゃならないのよ」
「決まってんだろ、青春は空の下で食うもんだ!」
「うわ、なにそれくっさ……」
二人のやりとりに、僕は思わず笑ってしまう。
***
屋上では、風が心地よく吹いていた。
「今日もいい天気だなー! 俺のテンションもMAXだぜ!」
「はいはい、勝手に昇りつめててください」
泉の軽い一言に、村上が悶絶する。
「お前なあ! ちょっとは俺に優しくしろよ!」
「へー、じゃあ優しくしてってちゃんと言ってみて?」
「……死んでも言わん!!」
わちゃわちゃと騒ぎながら、僕たちは屋上のベンチに腰を下ろし、それぞれお弁当を広げた。
「おっ、智也、それ手作りか?」
村上がのぞきこむように言う。
僕はちょっと戸惑いながら、笑顔を作って答える。
「うん、今は……叔母さんが、色々やってくれてるんだ」
そのとき──泉が村上のネクタイをぐいっと引っ張った。
「ちょっと、村上……!」と小声で。「もっと気を遣いなさいよ……!」
「えっ、あ……わ、悪い」
村上は焦ったように目を逸らし、それから急に声のトーンを変えた。
「で、でさ!部活見学始まったみたいなんだけどさ!どこいこうかなって、ほんと迷うよな~!あははは……
慌てて話題をそらすように、早口でまくしたてる。
泉は呆れたように肩をすくめた。「はぁぁ…わかりやすいんだから」
昼休みを終え、午後の授業もあっという間に過ぎていった。
そして放課後──
「じゃあ、いよいよ部活見学タイムだな!」
村上が腕をぐいっと伸ばし、やる気満々の声を上げた。
「そんなに張り切ってどうするのよ。」
泉が呆れ顔で肩をすくめる。
「こういうのは雰囲気が大事なんだよ。勢い!部活は勢いで決めるんだ!」
「意味わかんない……」
そんなやりとりを笑いながら、僕たちは昇降口を出て、校舎のあちこちをまわり始めた。
一つ目に入ったのは──文芸部。
教室の扉を開けると、カーテンがほんのり閉められた室内に、静かな空気が漂っていた。
「いらっしゃい……」
どこからともなく現れたのは、メガネをかけた長髪の女子生徒。
「この部屋に入ったということは、君たちも“言葉”に魅せられた者たち……ですね?」
「え、なに、こわっ……!」
泉が小声でつぶやく。
「まぁまぁ、ちょっとだけ話聞いていこうぜ」
そう言って、村上が前へ出る。
しかし女子生徒は村上をじっと見つめ──
「君、孤独の匂いがする。書けますね」
「あ、なんか、すごい刺さった…つらい…」
胸を抑えて悲しげな表情をする村上に、僕と泉は笑いをこらえるのに必死だった。
次に訪れたのは──占い研究部。
「あなたの未来、見てあげるわ」
待ち構えていたのは、水晶玉を前に真剣な顔をした男子生徒。
「まって、男子なんですか!? いや、なんでもないです……」
泉が目を丸くする。
「まずはあなた。恋愛運を見てあげる」
そう言って指名されたのは──僕だった。
「え、僕……?」
「うむ……ふむふむ……なるほど」
水晶をじっと見つめた後、生徒は小さくうなずいた。
「運命の人と、すでに出会っている……!」
「えええええ!?」と泉と村上の驚きの声が重なる。
「まさか…俺なのか…?」
「なんであんたなのよ」
僕は顔を真っ赤にしながら教室を出た。
「やっぱり、俺なんだ…」
「だから違うって」
次に立ち寄ったのは──ロボット研究部。
「我が部の最新機体を、見よ!」
部室の扉が開いた瞬間、謎のロボットがいきなり前転しながら登場。
「え、なにこれ!? なにこれ!? なんなのこの動き!?」
泉が後ずさる。
「名前は“ゴリラMk.II”だ。感情認識機能を搭載している」
「なんでゴリラ!?」
「感情認識って……“うほっ”とか言うの!?」
ロボットの奇妙な動きに、僕たちは笑いすぎてお腹が痛くなってしまった。
そして最後に訪れたのは──人生相談部。
教室に入ると、スーツ姿の顧問らしき人物が、なぜか渋い表情でうなずいていた。
「悩み、あるか?」
「いや、いきなり圧が……!」
村上がたじろぐ。
「ないなら、つくれ。人生は悩んでこそ深くなる」
「深くなりたくないです!!」
教室を出る頃には、3人ともぐったりだった。
「……なんだかんだ、面白かった」
僕がつぶやくと、村上が笑った。
「だろ? 変な部ばっかだったけど、こういうのも学校の醍醐味だよな」
泉も、あきれたように、でも楽しそうにうなずく。
「ほんと楽しかった!てか、スポーツ部一個も行ってないし」
笑いながら別れ道に差しかかり、三人はそれぞれ帰路につく。
「また明日な!智也!」
「一ノ瀬君!また明日~!」
一人になった僕は、ふと思い立って歩き出した。
あの桜の木を、あの花畑を目指して。
スマホの地図を見ても、あの場所は出てこない。ただ、記憶の中の景色と感覚を頼りに、曖昧な道を進んでいく。
途中、葬儀場の建物が目に入る。
数日前、家族と最後の別れをした場所──
思わず、足が止まった。
けれど、ゆっくりと深呼吸をして、また歩き出す。
角を曲がって、坂をのぼって、住宅街を抜けて……気づけば靴は砂埃をかぶり、息が少し上がっていた。
そして──
視界がふいに開けた。
暖かな夕日が差し込む、色とりどりの花が揺れる小さな丘。
中央には、大きな桜の木が、静かに風に枝を揺らしている。
「……見つけた」
ほっと息をつきながら、足を進めたけれど──
その場所には、誰の姿もなかった。
「……やっぱり、夢だったのかな」
そう、ぽつりとつぶやいたそのとき。
「智也か…」
聞き覚えのある、静かな声。
はっとして見上げた先には──
風に揺れる白い髪と、金色の瞳が、こちらを見下ろしていた。
毎週水曜日/日曜日更新予定(第一章・全48話)
※諸事情により変更する可能性もございます。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。