始まりの日
『神縁』
大切なものを失った少年・一ノ瀬智也と、異世界から現れた神獣の少女・こはく。ひとつの出会いが、ふたりの運命を静かに動かし始める。
心を通わせながら過ごす穏やかな日常、その裏では、世界を喰らう闇が目を覚まそうとしていた――。
過去の傷、隠された力、交わる縁。青春と戦いが交錯する中で、ふたりは“生きる意味”を探していく。
人と神獣の垣根を越えて描かれる、優しくも切ない異世界ファンタジー。
朝の光で、僕はゆっくりと目を開けた。
天井を見つめていると、どこからか鼻歌が聞こえてきた。
……叔母さんだ。
そっと布団から起き上がり、リビングへ向かう。
「おはよーっ! 智也くん!」
明るい声が飛んできた。キッチンに立つ叔母さんは、エプロン姿でフライパンを手にしていた。
「おはよう」
僕がそう返すと、にっこり笑った。
こんなふうに朝が迎えられるなんて──叔母さんがいてくれて、本当によかった。
「今日は……学校、行くんでしょ?」
僕の気持ちを察したように、優しく言った。
「うん」
自然と、笑みがこぼれた。
「よーし! じゃあ、おいしい朝ごはん作らなくちゃねっ!」
張り切った様子で、再びコンロに向かってフライパンを振り始める。
僕は洗面所へ向かい、顔を洗い、歯を磨いた。
制服に袖を通す。久しぶりの感触に、少しだけ背筋が伸びる。
すると、リビングから声が響いた。
「智也くーん! ご飯できたよー!」
「はーい!」
鏡の前で、結んだネクタイを軽く整える。
──がんばれ、一ノ瀬智也。
鏡の中の自分にそう言って、僕は深く息を吸い込んだ。
リビングに戻ると、テーブルには温かい朝食がきちんと並べられていた。
席につき、手を合わせて「いただきます」と言うと、叔母さんは何も言わず、ただ微笑んで僕の姿を見守っていた。
食事を終え、カバンを手に取り、玄関へ向かう。
靴を履きながら、振り返る。
「いってきます!」
叔母さんはそっと僕の肩に手を置き、笑った。
「いってらっしゃい! 智也くん!」
扉を開け、朝の光の中へ足を踏み出す。
──久しぶりの登校だった。
校舎の前で立ち止まり、深く息を吸う。
「……よし、行こう」
その瞬間、後ろから声がした。
「一…ノ瀬?」
振り返ると、村上が、驚いた表情でこちらを見ていた。
「……あ、おはよう。久しぶり」
少し緊張した顔で、僕は挨拶を返す。
「お、おう……。もう、大丈夫……なのか?」
村上が気まずそうに聞いてくる。
「……うん。大丈夫だよ。ありがと」
僕が照れくさそうに答えると、村上は突然焦ったように僕を指さして言った。
「そっか! なら気なんて使うなよ! 俺も使わねーから!」
その言葉に、自然と笑みがこぼれる。
「ありがと、村上」
すると村上は、少し目をそらしながらぼそっと言った。
「……翔でいい」
「ん? なんて言った?」
聞き返すと、村上は顔を少し赤くして叫んだ。
「だから! もう友達だろ! 翔でいいって言ってんの!」
その言葉に、僕はふっと笑った。
「わかった。ありがと、翔」
「……おう。智也」
その瞬間、ふたりの距離が、ぐっと近づいた気がした。
ふたりは目を合わせて、照れくさそうに笑った。
村上は目をそらしながら言った。
「んじゃ、教室……いくか」
「うん」
僕も思わず、嬉しそうに返事をした。
ふたりで下駄箱に向かい、靴を履き替えていると──
「おはよーっ!」
元気な声とともに、女の子が走って登校してきた。
「おはよ!」
村上が先に返す。僕も少し気まずそうに、「おはよう」と返した。
女の子は村上の隣に立つ僕を見て、目をぱちくりとさせた。
「……一ノ瀬……くん?」
「あ、うん」
僕がうなずくと、心配そうに僕を見つめた。
「もう、大丈夫なの? あ! 前の席の泉沙月です!泉でいいよ! 村上とは幼馴染で……」
突然の自己紹介に、僕も思わず背筋を伸ばして答える。
「一ノ瀬智也です!よろしく」
ふたりのやりとりを見ていた村上が、ふいに腹を抱えて笑い出した。
「なんだよお前ら、お見合いかよ!」
「なんで笑うのよ! まったく!」
泉がむっとして怒るが、すぐにため息をついて肩をすくめる。
「こんなやつなの。ほんと、呆れちゃう」
その言葉に、僕も笑いがこぼれた。
「え、一ノ瀬くんまで!? もう……!」
泉も笑いながら、僕らを見つめていた。
3人はそろって教室へと向かった。
まだ授業開始までは少し時間がある。
智也が席につくと、泉が振り返った。
「そういえば一ノ瀬くん、休んでる間に、少し授業進んだんだよ」
「え、ほんと?」
「しかもね、村上、一ノ瀬のためにーって真面目にノートとってたんだよ~」
「お、おい泉!余計なこと言うなって!」
「えー、だってほんとのことじゃん」
村上は照れ臭そうに頭をかきながらも、ちょっと得意げだった。
「ありがとう、助かるよ」
智也がふっと笑うと、泉が続ける。
「あとね、昨日から部活見学とかも始まってね!……」
泉が身振り手振りで話す様子に、智也は自然と笑顔を浮かべていた。
村上も、泉の話に乗っかり笑っている。
そんな、何気ないやりとり。
自分がいなかった数日間も、みんなの日常は続いていて──今、自分もその中に戻ってきた。
そのことが、なんだかたまらなく嬉しかった。
ふと、視界がぼやける。
涙が、にじんでいた。
「……えっ、ちょ、智也!? 泣いてる!?」
村上が慌てて立ち上がる。
「泉!なんか変なこと言ったんだろ!? 」
「は!? なんで私のせいなのよ! 村上の顔がしつこいからでしょ!」
「おまっ……それ、ただの悪口じゃん…」
「しかも、ちゃっかり、ともやぁ~なんて呼び合う仲になってるし」
「べ、別にそれはいいだろ…」
「え~照れてる、きも~い」
「ほんとお前ってやつは……」
わちゃわちゃと騒ぐ二人のやりとりが、可笑しくて、あたたかくて。
涙ぐんだままの顔で、僕は思わず笑ってしまった。
「二人とも、ありがとう」
その笑顔に、二人もようやく落ち着いて、静かに微笑み返す。
──この二人は、何があっても大切にしよう。
そう、心から思った。
毎週水曜日/日曜日更新予定(第一章・全48話)
※諸事情により日曜日のみの更新の可能性もございます。
更新当日にはインスタで告知致します。
評価、ブックマークがとても励みになります!
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。




